第97話 怪獣殺しの悲痛な願い
「彼が……≪怪獣殺し≫なのかね? 神木君」
「ええ、そうです」
この部屋には大きなテーブルがあり、そこに数人の男達が座っていた。
彼らが特生対のトップである上層部。
僕は隊員の時みたく接触を避けていたので、こうして彼らと面向かうのは初めてだ。
「まず、この東京で何があったのか説明しないとね。これを見て」
未央奈さんが、近くに置いてあったノーパソに手を伸ばした。
それを弄った後、僕にある映像を見せる。
「これは私達諜報班がドローンで撮った映像。あなた達が五十嵐のところに行っている間、ヒメちゃんとフェンリルちゃんがテュフォエウス……いや正確にはテュフォエウスと名付けられる前の怪獣と戦っていたわ」
映像には東京の上空が広がっていて、そのビル街の中にテュフォエウスがいた。
しかもこの時は変異前の姿だったらしい。
そのテュフォエウスに対し、怪獣の姿になったヒメとフェンリルが立ち向かっている。
声は混雑していて聞き取れないものの、どちらも水ブレスや炎ブレスを奴に叩き付けていた。
しかしブレスの連続攻撃を受けても、テュフォエウスは怯みもしなかったのだ。
――グァオオオオオオオオオオオンン!!
テュフォエウスが咆哮を上げた時、何と姿が一瞬にして変化する。
各部が刺々しく、両肩の結晶がねじれ、尻尾が長大に。
そして両肩の結晶が放電したと思えば、それが宙で発火。
燃え盛る2つの火球になった。
火球が意思を持っているかのように、まっすぐヒメ達へと向かう。
『何かヤバい!! フェンリル様、避け……キャアア!!』
『グウウ!!』
やっとヒメ達の声が聞こえたのだけど、それが火球の爆発にさえぎられてしまった。
炎が画面内を覆い尽くした後、テュフォエウスがまたもや結晶から放電。
今度は複数の火球を作って、辺り一面に降り注ぐ。
――ドゴオオオオン!! ドオオオオオン!!
あるビルには大穴が開けられ、またあるビルの上部が抉られる。
さらに他の建物や道路が膨大な炎に包まれた。
今までにないような破壊と爆破が、東京に襲いかかる。
火の海になったその場所で、テュフォエウスの咆哮が高らかに上がっていた。
「…………」
「見ての通り、変異前と後では戦闘力が大幅に違うわ。しかもこの火球が本部付近にも襲いかかってきてね、今じゃあこんな有り様。だから早急に避難して、この駐屯地に移ったのよ」
次に映し出されたのが、炎に包まれた特生対本部。
確かにこれは避難して正解のようだ。
あの火球、かなり広範囲に攻撃できるに違いない。
これもまたお爺さんの負の力とでも言うのか。
ヒメ達のブレスが効かなかったのは、五十嵐がお爺さんの骨を喰らった影響のはず。
この時点でお爺さんの力が奴の体内に入り込み、戦闘中に『テュフォエウス』という最悪の怪獣と化した。
何とも……厄介極まりない奴だ。
「防衛班も避難が遅れた市民の救助に当たっていたけど、この状況で散り散りになってしまって……指揮系統も混乱しているわ」
「それじゃ、高槻隊長達は……」
「まだあちらに残っている。ヒメちゃん達とは別行動してたから……」
なんて事……。
大丈夫だろうか、高槻さん達は……。
「……それで、あなた方が僕を呼んだのは……」
今までの事が分かったところで、次は上層部だ。
彼らが僕に話があるそうだ。
これには、僕から一番近い白髪混じりの男が答えてくれる。
「今さっき聞いた通り、我々の指揮系統が混乱を極めている。それに加え、東京が火の海状態という大惨事だ。だからこそ君を待っていた」
「僕を……」
「ああ、奴を倒せるのは君だけだ。これは切実な我々の頼み……どうかテュフォエウスの掃討を!」
……やっぱり僕だけが頼りか。
まぁ、気持ちは分かる。
何もかも手を尽くしたのがさっきの口論で察したし、まさに僕はテュフォエウスに対しての最終手段なんだろう。
「……もちろんお受けいたします」
「それじゃあ……!」
「ただ僕からも頼みがあります。高槻隊長達の事があるので簡潔にしますが」
彼らが僕に頼み事をしたのだ。
僕にも頼み事をする権利があるし、何より上層部と話せるのなら良い機会でもある。
「一体……何だね?」
「あなた方の同僚でもあった池上宗吾。彼は以前に僕の妹……大都絵麻を戦場に出そうとしました。彼がああ言ったという事は、あなた方の総意でもあるのでしょうか?」
「……いや、あれは勝手に池上が言っただけだ。我々は関知していない」
「口だけならいくらでも言えますよね? むしろ彼をスケープゴートにして、真偽をはぐらかしているようにしか見えないんですよ、僕としては」
「……それは……」
大人の屁理屈なんて僕には通用しない。
池上宗吾も、五十嵐も、みんな絵麻に目を付けてくる……僕としてはそっとしてほしいのに。
仮に池上宗吾が会議にかけられて責任を取ったところで、この人達が今後同じような事をしないとも限らないのだ。
もうその時には、本気でこちらなりの方法で対処するしかない。
僕はそういった牽制の意を込めて、上層部達に睨みを効かせたのだ。
「もう二度と妹に関与しない事を約束して下さい。怪獣とかそういうのは自分でしますので。もし破ったら……分かってますよね?」
「…………」
僕の一言で、全員が凍り付くように押し黙った。
それで十分だった……十分なのに。
何故か僕は、睨みを解いて目を伏せていた。
「突然ですが……あなたにはお孫さんはおりますか?」
「えっ?」
「歳はいくつでしょう?」
「……あっ、ああ……13歳だ」
「ちょうど僕の妹と同じですね。さぞ成長にご期待でしょう」
「……一樹君?」
僕の発言が突拍子もなかったのか、眉をひそめる未央奈さんと上層部達。
それを分かっていた故に言ったので、僕は気にせず続けた。
「それと同じなんですよ。僕は妹が楽しく人生を歩むのを、これまでずっと見ていきました。七五三をしたり、誕生日を祝ったり、一緒に動物園に行ったり……これからも僕は、そんなアイツの成長を見守っていきたいんです。
アイツはたまに僕の仕事を手伝ったりします。その辺はしょうがないのですが、今回のような命が関わる怪獣退治には参加させようと思ってません。そんなの僕だけでやれば済む問題だし、アイツにはアイツなりの幸せを満喫してほしいんです」
「……一樹君、あなた……」
「アイツには、良い高校に行かせて、良い大学に行かせて、良い仕事に就かせて……そしていつまでも、僕に対して優しい子でいてほしくて……。だから絶対に邪魔しないで下さい……アイツを、対怪獣の兵器として見ないで下さい!!」
珍しく最後の方になって、声を張り上げてしまった。
それだけ僕は絵麻の事を、アイツの事を強く想っていたはずだ。
愛する妹がいつまでも幸せでいてほしいって。
僕の言葉が響いたのか、あるいはさっき言ったように孫の姿と重ねたのか。
上層部の人達が、無言のままバツの悪い顔をしていた。
「……僕はあなた方を信じてます。どうかこの事を忘れずに……今後ともこういう関係を築いていきたいです」
僕はお辞儀をしてから、部屋から出て行った。
その後を、未央奈さんが速足で追いかけてくる。
「未央奈さん、急ぎましょう。時間がない」
「ええ……」
まだ戦いは終わっていない。
僕はすぐに駐屯地の屋上へと向かった。
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