第96話 怪獣殺しが目撃する負の力

 テュフォエウスと名付けられた怪獣は、東京に現れた時よりも刺々しく禍々しいものになっていた。


 特に両肩に生えていた無数の結晶がねじれ曲がっていて、まるで蛇が蠢いているみたいだ。

 さらに灰色の体色はやや濃くなり、尻尾も身長を超えるほどに長大となっている。


 テュフォエウスは『テュポーン』とも呼ばれるギリシャ神話の巨神で、両肩には無数の蛇が生え、足は蛇の尻尾で構成されていたという。

 まさに今の怪獣は、その巨神の姿を如実に現したかのようだ。


「進化でもしているのか……?」


 僕達が離れている間、あんな姿へと急速に変異した。

 信じがたいけど、そういう事なんだろう。


 しかも高層ビル群を覆い尽くしている火の海が、いかにもこの世の終わりといった様相だ。

 短時間でこうなるなんて……一体どんな化け物なんだ。


「……何も感じない」


「絵麻?」


 テュフォエウスを見ていた絵麻が、そう呆然と呟いていた。 

 絵麻には怪獣の思考や感情を読み取る能力を持っているけど……。


「何も感じないって……あの怪獣には思考がないって事なのか?」


「……『無』だよ」


「無?」


「今までの怪獣には、多少なりとも考える知能があった。だけど、あの怪獣には何もない……精々原始的な本能があるだけだよ。まるで無そのものが怪獣の姿になったみたい……」


 無そのものが怪獣の姿をとったもの……。

 

(……なるほど、奴はそういう事か)


(お爺さん?)

 

 絵麻の話を聞いていた僕に、お爺さんがそう言ってきた。


(概ね五十嵐が蓄えた我が力が、眷属怪獣を依り代にして生まれた存在なのだろう)


(それはどういう……)


(五十嵐はお前達が来る前に我が骨を喰らい、力を得た。しかし同時に眷属怪獣にも力が流れ込んでいき、眷属の身体を乗っ取ってしまった。そうして五十嵐が死んだ直後として、奴の持っていた我が力が全て眷属に回されたのだ。

 つまりあの怪獣は、破壊しか能のない我が分身体のようなもの。我が力の負の化身とも言えよう)


(負の化身……)


 言わんとしている事は分かった。

 要はあれは、お爺さんの力が眷属怪獣という身体を持った存在なのだ。


 力そのものだから、絵麻の能力でさえ目的や思考を掴めない。

 さらに五十嵐が大してお爺さんの力を扱いきれなかった中、テュフォエウスはこれほどの破壊を起こすに至った。


 まるでお爺さんの力が意思を持って、五十嵐を見限ったかのように。


(……力自身がこうして暴れているって事だね?)


(その通りだ。奴にあるのは破壊だけ、その先の事など考えていない)


 破壊の先の事を考えていない。

 力自身が暴れているのもそうだが、僕はお爺さんの言葉にその禍々しさを再実感した。


「……もしかして特生対本部、この破壊に巻き込まれたんじゃ……」


 僕が地獄の光景に釘付けになっている際、雨宮さんが呟く。

 だから合流地点が別の場所にされたのか……。


 ともかくヘリはテュフォエウスから離れるように旋回し、目的地の駐屯地へと向かっていった。


 その全貌が見えてくると、広場に多くの仮設テントと特生対隊員の姿があった。

 やはりこの分だと、特生対本部は機能していない恐れがある。


「……見て……」


 森塚さんが指差す方向には、担架によって建物内に運ばれていく隊員達が。

 

 それも複数人。

 酷い怪我を負っているようで、服などには赤い血が染みている。

 

 十中八九、テュフォエウスの仕業だ。

 僕達が五十嵐のところに行っている間、相当な被害が出てしまったらしい。


 それらの光景を見つめている間にも、ヘリが駐屯地の裏側へと着陸。

 僕達はすぐに降りていった。


 ここはさっきの広場とは違い、隊員の姿がほとんど見受けられない。

 あそこで降りていたら、奇異の目で見られていたはずだ。


「一樹君、皆!」


「……! 未央奈さん!」


 勝手口の近くに未央奈さんが立っていて、こちらへと手振りしていた。

 僕達が彼女のところに駆け寄った時、あの2人がいない事に気付く。


「ヒメとフェンリルは?」


「……彼女達はこっちよ。中に入って」


 険しい表情を見せた未央奈さんが、僕達を建物内に案内してくれた。


 中は特生対や自衛隊の隊員が慌ただしく動いていて、さらには各部屋から喧騒が聞こえてくる。

 まるで戦時中みたいだ。


 なるべく隊員達と接触しないよう突き進んでいた僕達に、1つの医務室が見えてきた。

 その扉を未央奈さんが開けると、僕は自分の目を疑った。


「……あっ、一樹様……」


「一樹……」


 ベッドの上に、ヒメとフェンリルが寝転がっている。

 

 見るからに怪我が酷く、服はボロボロ。

 さらに色白の肌には包帯が巻かれ、血がにじみ出ていた。


「……2人とも!」


 僕は居ても立っても居られず、2人の元へと駆けこんだ。

 どちらも怪我の影響か弱々しく、それでいて痛々しい。


「……申し訳ありません……あの怪獣、あまりにも強すぎて……」


「ごめんね……何とか食い止めようとしたけど……返り討ちにされて……」


 ……2人は大怪獣だ。

 特にフェンリルは単独で、スタンピードやアジ・ダハーカを食い止めた歴戦者でもある。 

 

 にも関わらず、2人がここまで追い詰められたなんて予想外だ。

 しかも酷い怪我になってまで戦って……さっさと五十嵐を仕留めなかった自分が恨めしい。


「ごめん2人とも……」

 

「いいですよ一樹様……それよりもあのアホンダラはやっつけました?」


「……一応」


「そうですか……本当に、本当にご無事で何よりです。ヒメは嬉しいです……」


 ぐったりしながらも、ゆっくりと笑顔を見せるヒメ。


「私もだよ……。それにこんな傷、大した事ないから……すぐに治るよ……」


 フェンリルも同様にだ。


 大した事ないって言われても、重傷なのは変わりない。

 胸が締め付けられる思いしかしなかった。

 

「……言いにくいけど一樹君、上層部があなたと話があるから顔を出してほしいって。そこで奴の特性や今までの経緯などを話すわ」


「上層部? 特生対の方の?」


「ええ、この駐屯地の4階にいるから。その……上層部との接触はこれで初めてなんだけど、大丈夫かしら?」


 僕は上層部と関わるのをなるべく避けていた。

 これまでもリモートで会話する際、お互いの顔にモザイクをかけるくらいだ。


「……ええ、問題ないです」


 しかしこの大惨事の中、関わりだのなんだの言ってられる場合じゃなかった。

 今までに何が起こったのか、それも聞きたいのだから。


「……分かった。ここは隊員達が使っている医務室とは離れているから、滅多な事では来ないわ。だから絵麻ちゃん達は2人を見ていて」


「分かりました……」


「じゃあ一樹君、こっちよ」


「はい。ごめん皆、行ってくる」


 僕は未央奈さんに連れられて、上層部がいるという4階へと足を運んだ。

 たまに隊員とすれ違う事があったものの、忙しかったのか僕を見向きする者はあまりいない。


 やがて4階に着くと、大きい両開きの扉が現れてきた。 

 その中に入ってみれば、大人達の言い争うような声が聞こえてくる。


「やはり自衛隊と協力して、戦闘機を投下するしかない!! 絨毯じゅうたん爆撃あるのみだ!!」


「怪獣に通常兵器が効かないのは知っているだろう!? たとえ戦闘機の火力でも無意味に違いない!!」


「ではこの惨状をどうする!! まだ≪怪獣殺し≫も帰って来ていないし、被害が増えるばかりだ!!」


「失礼いたします。≪怪獣殺し≫をお連れしました」


 怒鳴り声が響くこの部屋に、未央奈さんが遠慮なしに突入する。

 

 それまで言い争っていた大の大人達が鳴りを潜め、入室した僕達へと向いてきた。

 よほど焦っている感じだな、この分だと。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ご覧の通り、ラスボスは『バハムートの力が暴走した存在』テュフォエウスとなりました。

 五十嵐君はあくまで『救いようのないジャミラ』です。


 これは自己主張する分かりやすい悪役よりも、破壊本能しかない怪獣の方がこの作品のラスボスを飾るに相応しいと判断したからです。

 またテュフォエウスことテュポーンはギリシャ神話最強の巨神で、かつ災害でもある台風の語源でもあるので、まさにこの怪獣にピッタリな名称であると思います。


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