第68話 怪獣殺しと国防長官

 爆炎と爆風が収まっていく。

 そうすると僕の目の前に、コトンとアジ・ダハーカの頭部が転がった。


 最期が最期だからか、異形ながらも恐怖に怯えた表情をしている。

 やがてそれは塵のように崩れていき、風に乗って消え去ってしまった。


(……よくやった一樹よ。見事、悪鬼は葬られた)


「うん、ありがとうお爺さん」


 僕は肩の力を抜いてから≪獣化≫を解いた。

 同時に、僕の背後のお爺さんじみたエネルギー体も消え去る。


 とは言っても、周りが僕達の戦闘によって火の海だ。

 困ったな……こりゃあ消防隊もよこさないと駄目だな。


「……ん?」


 なんて思っていた矢先、その火の海が急に飛んでいった。

 

 いや、飛んでいるというよりはどこかに吸い込まれているような感じだ。

 その吸い込まれていく方向をたどってみると、何とフェンリルが火を文字通り呑み干しているのだ。


 彼女のそばには無数のミルメコレオの死骸が転がっているので、あちらも終わったみたいだ。


『……ングッ……もう大丈夫……』


 一帯の火の海を呑み干したフェンリルが、巨体に似合わない優しい声で言った。

 

 彼女によって一瞬にして鎮火し、煙が漂っているだけとなった。

 これには僕も舌を巻いてしまう。


「加勢してくれてありがとう。君には結構助かったよ」


 僕がお礼を口にすると、フェンリルの身体が突然燃え出す。 

 その身体が塵となって拡散すると、中から見慣れた人間の少女が出てきた。


 さっきも思っていたんけど、顔立ちが人形のような端麗さだ。

 ウェーブがかった金髪のセミロングもまた美しい。


 外見年齢は10~13歳といったところで、街中で歩いていたら数人は振り返るに違いない。

 ヒメとフェンリルといい、怪獣の人間体は美形が多いな。


「どういたしまして……。それにアイツ、『獣の終着点』に手を出した……。今度こそ逃がさないって思ってたから……」


「そうか……君達にとって、あそこは大事な場所なんだね」


「うん。でもあなたがアイツを倒してくれた……お礼しなくちゃ」


 フェンリルがニッコリしながら、「腰を屈んで」的なジェスチャーをした。

 

 何をするんだろう?

 僕が言われた通りに屈んでいくと、彼女が僕の首を腕を回してきた。


「偉いね……よしよし……ほんとに嬉しいよ……」


 そこから何故か頭を撫でられたり、頬ずりをされるという。

 

 そこまでしなくても……。

 でも彼女の好意を無下にする訳にはいかないし、黙っておこう。

 

 あと彼女、めちゃくちゃ温かい。

 冷たかったヒメとは対照的だ。


(フェンリル、後継者たる一樹を助けてくれて感謝する。相変わらず元気そうだな)


「うん、そっちは最近どう……?」


(すっかり骨の状態さ。動く事も叶わん)


「そっか……」


 そのお爺さんの声に、フェンリルが当たり前のように話しかけていた。


「もしかしてフェンリルとお爺さん、知り合いだったの?」


(彼女は我が古い友人だ。我が生きていた頃にはちょくちょく交流があってな、彼女に日本語を教えたものだ)


「スタンピードは私が自力でやったけどね……自分の土地は自分で守りたいし……。それよりもあなたの後継者、私をチンピラから助けてくれて……本当に強くて優しいんだね……」


(当然さ、我が可愛い孫だからな)


「じゃあ、そんな可愛い一樹に……よしよし……よくやったね……」

 

 またフェンリルに頭撫でられる……これって立場逆じゃないかな?


 にしてもお爺さんとフェンリルが友人同士か……。

 どちらも人間の味方をする者同士、惹かれ合うところがあったのだろう。


「……ん?」


 そんな撫でられていた僕だったけど、その視界がこちらに向かってくるヘリを捉えた。

 フェンリルもそれに気付いた後、名残惜しそうに僕から離れる。


「じゃあ、私行くね……本当に……本当にありがとう……」


「あっ、そういえば国防長官が君を……」


 国防長官がお礼をしたいというのを思い出したものの、既にフェンリルが煙の中へと消え去ってしまった。

 

 彼女が見えなくなった頃、ヘリが着陸してドアが開いた。


「一樹様ぁ!!」


「大都さん!」


 中から出てきたのはヒメと雨宮さんだった。


 さっき言っていた回復能力の影響か、傷とかはもう見受けられない。

 その彼女がまっすぐ僕に向かい、ガバッと僕に抱き付きながら泣いてきた。


「ご無事で……ご無事でよかったですぅうう!! ヒメ、嬉しいですぅうう!!」


 フェンリルの熱に続いて今度はヒメの冷却……なんという温度差。

 僕は心配させてしまった事を詫びるべく、彼女の頭にポンと手を置いた。


「ごめんね心配かけて……アジ・ダハーカはもう倒したから」


「そこなんですよぉ!! あの外道でクズでカスな奴を倒してくれて、本当に嬉しいですぅうう!!」

 

「さすがに言葉の死体蹴りはどうかと……」


 そこから雨宮さんへと顔を上げると、彼女が嬉しそうに微笑む。


「ご無事でよかったです。まさかアジ・ダハーカを1人で倒すなんて……」


「僕が奴にやられるように見える?」


「……いいえ。それにしても、どうやって私達のところへ来たんですか? 割と着くのが早かったような……」


「ああ、それね。空を飛んできた」


「えっ?」


「あっ、いや。≪龍神の力場≫を使ってさ」


≪龍神の力場≫は相手だけじゃなく、自分にも使用する事が出来る。

 そうすると身体が浮き、飛行する事が可能になるのだ。


 本当は人に見つからないか心配だったので使いたくなったけど、ヒメ達のところにいち早く向かう為にはそんな事を言ってられなかった。


「……本当にすごいですね、大都さんって……」


 これには雨宮さんにはドン引きされてしまった。

 まぁ、これはしょうがない。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 そうして夕方になった頃。

 いよいよ僕達の帰国する時間が迫ってきた。


 ウィリス国防長官の屋敷の庭に、僕達メンバーと国防長官、そして女性メイドさん達が集まっている。


 国防長官が代表として僕の前に立ち、感謝の言葉を述べてくれた。


「アメリカの大災害を2度打ち払ってくれた英雄――大都一樹君! ぜひともこのシルバースターを受け取ってほしい!」


 彼から勲章シルバースターを授けられた後、僕は「ありがとうございます」と頭を下げた。

 同時にメイドさん達から拍手が贈られる。


 国防長官には僕がアジ・ダハーカのところに向かう前、一応連絡はしておいた。

 

 それから衛星映像で、僕とアジ・ダハーカが戦闘しているのを確認。

 スタンピードなどの事件が奴の仕業だと知ったのだ。


「本当はこれ以上の褒美をしたかったのだが、君にいらないと言われたら引き下がるを得ないな」


「勲章だけでも嬉しいですって。それに僕はそんな大した事してなくて……」


「いや、謙遜する必要はないぞ? スタンピードの主犯格であり、かつ我々にとっての悪魔だったアジ・ダハーカを倒した。勲章以外で何もしないのがおかしいくらいさ! ……もっとも君の指示で報道できないから、未だ市民はアジ・ダハーカがとっくの昔に死んでいると思っているのだが」


「それでいいですよ、名誉とかなんて全然興味ないですし。むしろ奴を過去の存在にしておいた方が、市民の方々も安心すると思います」


「……確かにその通りかもな。このままアジ・ダハーカを歴史の闇に葬る……奴にとっては屈辱的な事に違いない。君らしい素晴らしい考えだ」


「いやぁ……」


 それから国防長官が天を仰ぐ。


「それとフェンリル、やはり彼女は我々の愛する味方だった。すぐに去ってしまったのが惜しいな」


「それはおっしゃる通りですね」


 僕とアジ・ダハーカの戦いを見ていたのだから、当然フェンリルの姿や活躍も同様だ。

 

 今まで口頭での情報を聞いていただけで、国防長官がハッキリと彼女を捉えたのは初めてだったとか。

 彼女が消えてしまった事に、かなり惜しんでいる様子だ。


「ともあれ、君が活躍していた事は揺るぎない事実だ。私だけではなく、他の上層部も君の事を称賛していたよ」


「本当ですか?」


「ああ、特に君に対して懐疑的だった副長官も……」


「大都一樹」


「「ん?」」


 僕達が向いた先には、いつの間にか立っているアダム副長官の姿があった。

 険しい表情をしているような?


「アダム副長官、この場には来ないと思っていたが」


「いえ、少し野暮用を……大都、実は話があってな」


「はぁ……」


 国防長官に返事した後、僕へと近寄る副長官。

 何されるかな……と思っていたら、なんと彼が頭を地面に付いたのだ。


「すまなかった!!」


「ええ!?」


 そう、土下座!

 まさかアメリカの人が土下座をするなんて!


「私は君に対して、いい感情を持っていなかった。だがそんな中で、君はアメリカの災厄を打ち払った! 許してほしいとも思っていない……だがせめて日本式の謝罪をさせてほしい!!」


「え、えっと……副長官、顔を上げて下さい……」


「本当にすまない! そして我が国に貢献を成した君に対して、このまま帰らせるのはもったいない! だから君を日本とアメリカを結ぶ重要なパイプ役になってほしい!!」


「パイプ役!?」


 顔を上げながらの言葉に、雨宮さんが泡を食ったみたいに驚いた。

 一方で意味が分からなかったヒメは首をかしげているけど。


 日本とアメリカを繋げるパイプ役だなんて、かなり偉い立場になる。

 もしそれを引き受けたら、冗談抜きで一生遊んで暮らせるはずだ。


 でもそういうのに興味ないんだよねぇ。


「すいません副長官、そういう事を望んでなくて……」


「しかし……いや、それもそうだな。これは失礼した……」


「いえ……」


 副長官は身体を起こしたものの、まだ僕はポカンとしたままだった。

 僕、軍のナンバー2を土下座させちゃったよ……。


「……っと、そろそろ時間だな。君達も別れの言葉を言いなさい」


 国防長官がメイドさん達に言うと、彼女達もまた僕のところに集まってきた。


「大都様、あなたのお世話が出来て嬉しかったです!」


「よろしければオフの日の際、私と……」


「何言っているのよ、抜け駆け禁止!」


「ぜひともよろしければ眼鏡なしを!」


 何かすごいグイグイ来るな……これがアメリカ式の別れの言葉なのかな?

 言われた通り眼鏡を外してみると、何人かが顔を真っ赤にしてそっぽ向いてしまった。


「(やだ……! 直視できない……!)」


「(前もって覚悟するべきだった……!)」


 そっぽ向いたら外す意味がないような……ごにょごにょ言っているし。

 と、雨宮さんが白い目をしていたり、ヒメが頬を膨らませている様子が見えた。


「どうしたの、2人とも?」


「いえ、何も」


「別に怒っていません! 頬を膨らませているだけです!」


「そ、そう……」

 

 いや、ヒメは怒っていると思うんだけど……。


 やがて飛行機の時間が来たので、僕達は車へと乗り出した。

 ドアを閉めようとする僕達に対し、国防長官が一言。


「親愛なる友よ! また会おう!」


 僕はそのお言葉に対して、深々と頭を下げた。

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