第64話 トヨタマヒメ 視点

『……何……?』


 アジ・ダハーカという輩が、ひくりと口元を震わしていた。

 フフッ、いい気味です。 


「わたくしの主は常にお館様なのです。生きるのに精いっぱいで、それくらいしか取り得がなかったわたくしに、あの方は新しい生き方を教えて下さいました。例え肉体が滅びようとも、あの方は常にわたくしを見守って下さってます」


 わたくしは元々1人だった。

 親がどんな人だったのかも分からないし、そもそもどうやって生まれたのかも分からなかった身。


 唯一分かっていたのは、自分が真の姿と人間の姿を使い分けられる事だった。


 真の姿で獣を狩ったり、人間の姿で食べ物を盗んだりと、生きる為にそれなりの事をやってきた。

 ちなみに盗んだといっても、人間を殺したりはしていないのでそこは大丈夫です。


 ともかくそんな荒れたわたくしだったけど、ある日に着物を纏った壮年の男性がやって来たのだ。

 それこそが、人間の姿をとったお館様だ。


 わたくしはすぐに、日本を荒らす者を倒し尽くしていた『偉大なる龍神』だと察し、ここで始末されるんだと絶望してしまった。

 しかしお館様はそっと手を差し伸べて、


『お前は人間を殺していない。もしその気があるのなら、我が元に来ないか。飯ならたくさんあるし、寝床もあるしな』


 そんな風に言われた事なかったのだから、あの時は呆然としていたものだ。

 

 今までの同種は殺意をもって襲いかかってきた。

 でもあの方はわたくしをまっすぐな目で見て、そんな言葉をかけてくれたのだ。

 

 気付けばわたくしは、あの方の家来のような存在になっていた。

 それからお館様に優しくてもらって、あの方のお子様の出産に立ち会って、美味しいご飯を一緒に食べて。


 お館様と過ごす日々は、とても楽しかった。

 今でも……忘れられない思い出です。


「それにわたくしにはもう1人、大都一樹様という主がおります。あの方は優しくて寛大で……温かい心の持ち主なんです」


 一樹様はお館様のご子孫だけあって、その御心が眩しいのだ。

 わたくしに対して優しく頭を撫でてくれて、屈託のない微笑みを見せてくれる。

 

 ……恥ずかしながら、わたくしはあの方に恋のような情を芽生えてしまったのです。

 もしかしたら、お館様以上に夢中になっているのかも……。


『ああ、あの怪獣と人間の血が混ざり合った汚らわしい存在だろう? 本当はここに連れてきて殺そうと思ったが……全く油断も隙もない』


「……汚らわしい?」


『その通りだろう。害虫でも怪獣でもない歪な存在……しかも先祖がお前の主らしいじゃないか。……それが許せない。何故、奴の子孫がこの世に存在するのか理解に苦しむ!!』


 なるほど、汚らわしい存在ですか。

 その言葉を聞いたわたくしは、自分の中で何かが切れてしまった。


「お言葉ですが、一樹様はあなたが思うような歪な方じゃありません。それにお館様だけじゃなく一樹様を侮辱するのは……


 例えお天道様が許しても、わたくしが絶対に許さない……」


 久々にドスの効いた声を出してしまいましたね。

 それを聞いた雨宮様がピクリと震えたけど、こればっかりは仕方がない。


 だってこの外道が許さないのだから。

 

 コイツは散々一樹様をあざけっただけじゃなく、舐めた言動をしてくれたのだ。

 あの方を侮辱する奴は、徹底的なまでに仕置きをしておかないと。


 それが従者であるわたくしの務めなのですから!


『……やってみろ、格下が』


 アジ・ダハーカが睨んできた瞬間に、わたくしは雨宮様へと叫んだ。


「雨宮様、わたくしにしがみついて下さい!!」


「!」

 

 雨宮様は「何で」とか言わず、素直にわたくしの背中にしがみついた。

 

 それを確認してから、怪獣とかいう真の姿へと早変わり。

 雨宮様は、ちょうどわたくしの頭部後ろに乗っている形になっている。


『雨宮様は守ってみます! なんせお館様から「力ある者は弱き者を守るべし」と教えられたのだから!!』


 わたくしは口から水を射出する技、≪水流≫を奴へと放った。

 

 するとアジ・ダハーカが腕を払い、≪水流≫を跳ね返してしまう。

 おかげで建物を支えていたらしい柱に当たり、寸断させてしまった。


 ならば……今度は斬れ味のある尾びれをしならせる。

 しかしそれが向かう直前、奴は生意気にも跳んでかわしてしまった。


『どうした? その程度か?』


 アジ・ダハーカが右手を出すと、そこから黒い稲妻が放たれる。

 早すぎてかわしきれない……!


『グアア!!』


「うわああ!!?」


 わたくしはそれを喰らい、建物の壁を壊しながら外に出てしまった。

 

 地面に転がるも、すぐに雨宮様を確認。

 雨宮様はちゃんとわたくしにしがみついたままだった。


『大丈夫ですか、雨宮様!?』


「え、ええ……何とか……」


 この方の安全を確保したところで、アジ・ダハーカへと向く。

 奴は壁の穴から飛び降り、わたくしたちの前へと着地する。


『フン……弱いなお前。さっきの威勢はハッタリだったのか?』


『くっ……』


『この雑魚が……俺に楯突く者はどうなるのか、その骨の髄まで教えてやる』


 そう言って奴が口を開けた。


 ――キイイイイイイイイイイイイイイイイイインン!!!


 そこから聞き覚えのある金切り音が発してくる。

 これは『獣の終着点』の時に聞こえたもの……という事はつまり……。


 ――ギチチチチ!!


 わたくし達の周りに、ミルメコレオというアリが集まってきた。

 まるでその金切り音に操られているかのように。


「その金切り音……じゃあ、あの時のは!!」


『その通り。知性が低い怪獣に限られているが、俺の出す高周波が脳波に影響を与え、操る事が出来る。スタンピードも「獣の終着点」の破壊も、全て俺が引き起こしたようなものだ』


「何……!?」


 雨宮さんへと答えるアジ・ダハーカ。


 つまりアメリカの人達を混乱に陥れた災厄は、コイツが裏で糸を引いていたという事に。

 ますます……ますます許せないです!!


『絶対にお前はぶっ殺す!! そこで待っていなさい!!』


 まずはミルメコレオだ。

 奴らが私に迫ってくるので、対象を溶かす≪五月雨さみだれ≫を噴出。


 それを四方八方にばらまいて、ミルメコレオを次々と溶かす。

 

 ――ギッチ……!! ギイ……!!


 身体がボロボロになって朽ち果てるも、まだ生き残りがいる。

 

 それには尾びれをしならせ、次々と斬り裂いていく。

 わたくしが円を描くようにしならせば、数十体が泣き別れになった。


 そうして安全を確保したところで、わたくしは頭部を地面に添える。


『雨宮様!! わたくしから離れて下さい!!』


「え、ええ!」


 一瞬躊躇いを見せたものの、雨宮さんは降りて物陰に隠れた。

 

 同時にアジ・ダハーカがこちらへと飛びかかってくる。

 

 わたくしは噛み砕こうとしたけど、奴がそれをすり抜けてしまう。

 鋭い爪を首筋に突き刺され、さらに爪先から稲妻がほとばしる。


 身体が……痛くて熱いッ!!


『グウウ!!? ガアアアアア!!?』


『何が主を侮辱する者は許さないだ!! 害虫を守る奴も、汚らわしい血の奴もみんなこの世にいらないんだ!! 害虫共は俺に怯えながら、洞窟の中でひっそり生きていればいいんだ!!』


 相手はまだ人間の姿なのに、ここまで手玉取られるなんて……。

 

 わたくしは抵抗すら出来ず、建物の壁を叩き付けられる。

 壁が音を立てながら崩れていく中、私の頭部を踏みつけるアジ・ダハーカ。


『お前は怪獣でありながら、あの汚らわしい奴の側にいた事で腐ってしまった。怪獣という存在意義を失ってしまったんだ』


『……一樹様は……汚れた存在なんかでは……アグッ!!』


『口答えするな。腐ってしまったお前の言葉など聞く気はない』


 踏んでいた足に力が込められてしまい、わたくしは唸った。

 参りましたね……まだ真の姿を現していないコイツに破られるなんて……まだまだ未熟だったようです。


『もう一度言う、俺の仲間にならないか? そうすれば今までの事は水に流す』


『……お前みたいな外道に下るなら、死んだ方がマシです』


『そうか。じゃあその目を抉り、死よりも惨い苦痛を与えてやる』


 アジ・ダハーカが、鋭い爪を持つ手を振り上げられる。


 ああ……申し訳ございません……一樹様、お館様。

 このトヨタマヒメ、もはやこれまでのようです……。


 それと一樹様、死ぬ前にあなた様の笑顔が見たかったです……。

 もう1回、頭を撫でられたかったです……。


『まずは、その生意気な左目からだ』


 奴が目をくり抜こうとする。

 死よりも辛い苦痛……何だろう、今になって怖くなってきてしまいました。


 目をくり抜かれたら、一樹様の笑顔が見れなくなってしまうじゃないですか。

 というかこのまま殺されたら、一樹様に二度と会えなくなって……。


 ……嫌だ……それだけは嫌だ……。


『……樹……様……』




 …………一樹様……。




 ……一樹様……。







『……一樹……様ぁ……!!』







「お前……僕の友達に何しているんだ?」


『ッ!?』


 わたくしに迫ってきたアジ・ダハーカの腕が掴まれる。

 わたくしと奴が目を向けると、能面のような顔をした一樹様が立っていた。


 アジ・ダハーカがその手を振り払ってから下がった後、一樹様が腰を屈めてわたくしを見る。


「ごめんね、遅くなって……でも大丈夫だからね」


 ……ああ、わたくしが見たかった一樹様の笑顔。

 やっぱり一樹様……大好きです……。

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