第73話 怪獣殺しの好き
僕達は戦闘服から着替えを済ませた後、空きの会議室へと入った。
「絵麻ちゃん、模擬戦とってもよかったわ! どうもありがとうね!」
するとそこで待っていた未央奈さんが絵麻を抱き締め、豊かな胸へと引き寄せた。
顔をうずめられた絵麻が、驚きながら赤らめる。
「こ、こっちこそ……ところで何持っているの?」
「ああこれね、凛ちゃんが作ったはちみつアイスキャンディー」
「はちみつアイス?」
「はちみつとレモン果汁とかで作ったアイスだよ。全員分あるから食べて食べて」
森塚さんがそう言いつつクーラーボックスから取り出したのが、透き通ったはちみつ色のアイスキャンディー。
ちなみに未央奈さんだけじゃなく、雨宮さんもそのアイスを食べている様子。
「これも自作?」
「うん、今日めっちゃ暑かったからさ。ヒメちゃんはこういうの初めてでしょ? ああやって手に持って食べるんだよ」
「おおおお! これは何とも不思議なお菓子ですね! いただきます!」
ヒメが颯爽と受け取って、アイスをバリバリと食べた。
「冷たぁ!! でも甘ぁ!! 何これ、神秘の味ですね!!」
「歯ぁ染みない? そんな一気に食べて」
「えっ? 全然ですが?」
「怪獣だからかな? あっ、大都君と絵麻ちゃんも食べてみて。疲れた体に結構効くよ」
「ああ、いただきます」
「いただきます」
僕や絵麻もアイスキャンディーをもらって、ひとかじりをする。
ふむ、冷たくて甘くて美味しい。
さっきの模擬戦で火照った身体を癒してくれるな。
「イケるな。すごいね森塚さん」
「あ、ありがと……。絵麻ちゃんもどう?」
「ええ、結構美味しいです。……でも、私だってこれくらいは作れますね。それこそ兄さんが絶賛してくれるような」
「ほぉ、絵麻ちゃんのアイスキャンディーかぁ。それは食べてみたいかも」
「そこまで言うなら作ってみましょうか? 絶対に負けませんから」
「フフッ、楽しみだね」
なんか、お互いニコニコしながらも火花を散らしているぞ……。
初対面ほどの苛烈さはないんだけど、何故そこまで競争し合うんだろう……。
「本当に素晴らしかったよ一樹君。おかげでいい戦闘データが取れたわ」
そう思った途端、アイスキャンディーを完食した未央奈さんが僕に言った。
「ええ。さっきの能力があれば、大抵の怪獣を完封できると思います」
「そうね。あとは一樹君におあつらえ向きな大怪獣が出てくればいいんだけど……って、この台詞は特生対らしくないか。とりあえず私達は残るから、気を付けて帰宅してね」
「分かりました。ヒメもいい子にしているんだよ」
「もちろんです! いい子にしながら寝てます!」
ヒメは相変わらずだなぁ。
僕達はアイスキャンディーやスポドリを食した後、特生対研究所を後にした。
その途中で森塚さんの家付近に向かい、彼女を送り返す。
「ありがとう大都君。絵麻ちゃんもまた今度ね」
「うん」
「お気を付けて、森塚さん」
彼女と別れた後、僕達はまっすぐ自宅へと向かう。
その最中に絵麻が「今日の夜は冷しゃぶかなぁ」と上の空で呟いた。
もう献立を決めている辺りが、完全に主婦みたいだ。
そんな絵麻を見てみると微笑ましく感じる。
……だけど同時に、絵麻から力を奪おうとしたさっきの自分を思い出してしまい、複雑な気分になる。
直接言っていないとはいえ、僕は絵麻に対してそんな
それが罪悪感となって、未だ心を痛む。
「どうしたの兄さん?」
絵麻が不意にこちらを向いてきた。
少し驚きはしたものの、僕は首を振る。
「ううん、何でも……ないよ」
「……本当に?」
「えっ?」
「何となくなんだけど、思い詰めているように見えるもん。悩み事とかそういうのじゃないの?」
「…………」
「……でも言えないのなら無理しなくていいよ、私もあまり聞かないから。もし言える時が来たらそうして」
……やっぱり絵麻は鋭いな。
僕の考えている事なんてお見通しなんだ。
「……≪龍神の簒奪≫で能力を奪えるって知った時、お前の能力もそうする事が出来るんじゃないかって思ってさ。そうすればお前も、普通の女の子として生きているし」
絵麻への引け目からか、僕は目を逸らしていた。
「でもそれはお前の意志を無視した行動じゃないかって思って、そう考えてしまった自分の事が嫌になったんだ。もし本当に実行してしまったらと思うと……ゾッとするよ」
「……兄さん」
絵麻の声が聞こえてくる。
今、コイツはどんな表情をしているんだろうか。
怖くないというと嘘になるけど、確かめたいという気持ちもあるにはあった。
それに従うままに目線を向けようした時、いきなり絵麻が僕の手を引っ張った。
「えっ?」
「こっち」
キョトンとする僕をよそに、絵麻が連れて行ったのは細い路地裏だった。
「……? どうしたんだ?」
誰もいないこの場所に着いた後、絵麻が僕へと面向かう。
そして……表情を確認できないうちに、急に僕の胸へと顔をうずめてきた。
「気付かなかった……兄さん、私の為に色々と考えていたんだね……」
「絵麻……」
「兄さんにはちょっと悪いけど、ほんの少しだけ嬉しく感じちゃった……。だからごめんね、あれこれ悩ませちゃって……」
「そんな、お前が謝る事じゃ……」
こんな絵麻は初めて見る気がする。
その姿に戸惑っている中、絵麻が顔を上げてきた。
少し悲しそうな顔をしている。
「この際だから言うね。兄さん、自分が人間なのか怪獣なのかって悩んでた事あるでしょ? それを確認したくて、わざと学校では弱いフリをしてクラスに溶け込もうとしたんだよね?」
「…………」
「私は何とか学校に馴染めてるし、友達もいるよ。でも時たまに『自分は友達と違うんじゃないか』って思う事もあって……だから兄さんの気持ちはよく分かるの」
まるで堪えているような表情に、僕は何も言えなかった。
しかしすぐに、絵麻は柔らかに微笑む。
「だからさ、私は一生この力を持ちたい。それで一緒にこの力の秘密を共有しようよ。同じような人が近くにいれば、自分は人間なのかって不安も消えるでしょ?」
「……お前……」
その言葉を聞いた途端、熱いものが胸から溢れ出そうだった。
こんなにも想ってくれているなんて、何で今まで気が付かなかったんだろう……。
――そう思っていた時には、僕は絵麻の身体を抱き締めていた。
絵麻の温もりと柔らかさが、僕の腕の中でいっぱいになってくる。
「ありがとう絵麻……兄さんの事を想ってくれて……」
「と、当然だよ……私、兄さんの事が……好きなんだもん……」
……「好き」か。
コイツからそう言われるなんて嬉しいよ。
「僕もだよ、好きだ絵麻……」
僕は愛しい絵麻の頬を、優しく触れる。
滑らかで柔らかく、それでいてほんのり温かい感触……もう夢中になりそうだ。
「……に、兄さん、今なんて……?」
「ん?」
「……好きって……言ったよね?」
「言ったけど……」
「…………好き……兄さんから好きという言葉……好き……」
――ドッ、ドッ、ドッ、ドッ、ドッ……。
うわっ、絵麻の心臓の鼓動がこっちに伝わってくる。
体温も熱くなってきたぞ。
「だ、大丈夫か絵麻?」
「大丈夫……むしろ嬉しい……ハァ……ハァ……」
「息が荒いよ!? 早く家に帰らないと!」
「ヘッ……ヘヘ……好き……兄さんから……ヘヘヘ……」
「お、おい! 本当に大丈夫なのか!?」
僕は様子がおかしい絵麻を抱えて、すぐに家へと直行した。
まさかこんな事になるなんて思わなかったぞ!?
(本当……人間というものは面白いな)
(お爺さんは黙ってて! というか入り込まないで!)
なんかお爺さんが言ってきたので、思わずツッコんでしまう。
そうしてしばらく寝込んだ絵麻だったけど、夕方辺りには回復して夕食作りに励んでいた。
「ヘヘ……好き……兄さんが私の事好き……ヘヘヘヘ……!」
ただ……妙にニヤケついていたのが気になって仕方がなかった。
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