第72話 怪獣殺しの性能実験
「ほほう、稽古ですか! でしたらわたくしにも参加させてくれませんか!?」
模擬戦は、以前に使用したミスリル実験ルームでする事にした。
そこに向かおうとエスカレーターに乗っている際、ヒメが申し出をしてきたのだ。
「大丈夫なの?」
「もちろんですとも! わたくしにとって、一樹様の貢献を成す事が何よりの喜びですので! どうか遠慮なくわたくしを叩いて下さい!」
「ヒメさん……それだとそういう性癖があるように聞こえますよ……」
「あっ、そういうの『まぞひずむ』って言うらしいですね。亀甲縛りされるのが好きとか」
「どこで調べたんですか!?」
ツッコミをする絵麻。ほんとだよ全く。
森塚さんはそんな2人の様子を見ながら、静かに微笑んでいた。
するとそこに未央奈さんが声をかける。
「凛ちゃん、そろそろあの事を一樹君達に言っていい?」
「えっ? ああ、自分で言うから大丈夫ですよ。実はね大都君、あたし諜報班に入ろうって決めたんだ」
「へぇ…………えっ!?」
今軽く流そうとしちゃったよ……森塚さんが諜報班に!?
どうもその事実を知っているのは未央奈さんだけで、絵麻達も目をひん剥いて驚いていた。
「いつ決めたの?」
「ちょっと前辺りにね。それで神木さんと一緒に両親を説得したり勉強をしたりしてるんだ。試験難しいって聞いたし」
「……その、こう言うのもなんだけど大丈夫? 割と諜報班ってアレだし」
「まぁ、神木さんにはしばらく大都君達の世話役に徹してほしいって言われてるよ。それにあたし、中途半端な立ち位置になりたくないからさ。最後まで責任もって大都君達の側にいたいの」
森塚さんが僕に対してまっすぐな目をして、そう言ったのだ。
彼女が諜報班……まさかこんな展開になるとは。
「それで凛ちゃんが正式に諜報班に入ったら、私達が隠しているものを見せようと思ってね。それまでは聞かないようにね」
「はい、分かってます」
どうも未央奈さん、森塚さんにお爺さんを会わせるつもりらしい。
きっと驚くだろうな、彼女。
「……森塚さん、試験頑張って。応援してるから」
不安じゃないというと嘘になるけど、それでも森塚さんが決めた事なんだ。
僕は激励を彼女へと送った。
「私も。頑張って下さいね森塚さん」
「何か知りませんが、成功を祈っております!」
「あなたの入隊をお待ちしてます」
「……ありがとうね皆」
絵麻達もまた応援すると、森塚さんが嬉しそうにしていた。
もし彼女が諜報班に入るのなら、絶対に守らないとな。
そうした会話の最中、いよいよミスリル実験ルームへとたどり着いた。
そこには未央奈さんと縁の深い研究員が2名ほど待機している。
僕と絵麻は更衣室に向かい、安全の為の戦闘服を身に纏う。
ヒメはそういうのを必要としないのでそのまま。
それで3人一緒に、特殊合金の壁に覆われたルームへと入った。
『3名の配置を確認しました。実験データ収集、いつでもよろしいです』
『了解。では一樹君達、模擬戦を始めちゃって』
「分かりました。≪龍神の眷属≫」
未央奈さんと研究員の声がスピーカーから聞こえてくる。
それを聞いた絵麻がワイバーン5体を召喚。
続いてヒメの周りに鱗が集まり、真の姿である水龍怪獣へとなる。
ワイバーンは僕のドレイクと同様、絵麻とリンクしているので攻撃で消えるという事はない。
かといって共に戦ってきたワイバーンを痛みつけるなんて真似は出来ないので、なるべく怪我を与えないようにしておきたい。
(では一樹よ、新しい能力の説明をする)
そこにお爺さんの声が響き渡った。
(まず≪龍神の爆滅≫。これは触れた怪獣の箇所を、一瞬にして爆砕する能力だ。その気になれば、怪獣の全身を粉々にする事が出来る。……なので今回は見送ってほしい)
(絵麻達に出来ないよな、それ……)「未央奈さん、≪龍神の爆滅≫は今回できないです。触れた相手を爆砕するって能力なので」
『……それはやんない方がいいわね』
これには未央奈さんもドン引きだ。
絵麻達もうんうんと引き気味でうなずいている。
(≪龍神の簒奪≫については問題ないので披露させてもらおう。それの効果……すなわち敵の能力を奪い取るというものだ)
(奪う?)
(怪獣が繰り出す炎や毒、そういった敵の攻撃を吸収し無効化する事が出来る。しかもこれには面白い副次効果があってだな)
(それは自分の目で確かめろって言うんでしょう?)
(察しが良いな)
(何年、お爺さんと付き合っていると思うのさ)
思えばお爺さんと初めて会ったのは、未央奈さんとそのお父さんに会ってから間もない頃だった。
僕や絵麻が研究所に着くなり脳内に響く声を聞いて、それに導かれるままお爺さんの部屋に向かっていったのだ。
そこから『バハムートの意識が骨の中に残っていて、大都兄妹はその声を聞く事が出来る』と判明した。
そんな事を知った科学班はもうビックリ仰天。
骨の中に意識なんていうオカルトが判明したものだから、怪獣関係の学界がひっくり返るのではと大騒ぎしたものだ。
なんて昔話はここまでにしようか。
模擬戦に集中しないと。
「絵麻、遠距離攻撃を放ってくれる? 遠慮しなくていいから」
「うん。ワイバーン達、お願いね」
――ギュオオオオ!!
ワイバーン全員が口を開け、光弾状のエネルギーブレスを放った。
相手のブレスを吸収するんだよね。
とりあえず右手を前に突き出してっと。
「≪龍神の簒奪≫」
ブレスを手で受け止めると、何と吸い込まれるようにブレスが消えてしまったのだ。
しかも僕の目がおかしいだろうか。
ワイバーンの身体からもエネルギーのようなものが出て、ブレスと一緒に吸い取っているような。
『エネルギーの数値が彼の手前でゼロになりました!! こんなのありえない!!』
研究員が慌てふためく。
まぁ、僕自身がありえないからなぁ。
「ブレスを吸収するなんて……ワイバーン達、もう1回!」
――ギュオオ…………ッ!?
――ギュウオ!?
「えっ、何? どうしたの?」
ワイバーン達がブレスを吐こうとした時、何故かそれを出せず狼狽えていた。
これはもしや……。
(お爺さん、これって……)
(気付いたか。力を吸い取られた怪獣は、その力を使う事が一切出来なくなる)
(チートだよそれ……!?)
(ほほう、それはとんでもない能力ですねお館様!)
お爺さんの声を聞いていた絵麻がツッコミをしたり、ヒメが絶賛したりしていた。
絵麻の奴、随分ツッコミ役になっているなぁ。
「なるほど……まさに簒奪の名に相応しいな。未央奈さん、この能力は相手の熱線とかを吸収した後、それを使えなくさせるって感じらしいです」
『そういう事! 怪獣は熱線や火球を得意としているから、まさに対怪獣において有効な戦力になるわね!』
『ええ、怪獣側の戦力を大幅ダウン出来ます!! 実に素晴らしいです!!』
スピーカーから未央奈さんと研究員の嬉しそうな声。
確かにその通り。
例外はあるものの、怪獣は飛び道具を持つタイプが多い。
ソイツらの攻撃を封じるなんて、まさに究極の対怪獣戦術だ。
『ちょっとわたくしも気になってきました! 吐いていいですか!?』
「別にいいけど」
『それじゃあ、≪水流≫!』
「≪龍神の簒奪≫」
ヒメの口から放たれる水ブレスを、さっきみたく能力で受け止める。
質量がある水も吸収されていき、ヒメの口から水ブレスが途切れた。
『……本当だ! 全然出せない! ≪
「他の技も使えなくなるんだな」(お爺さん、もちろん戻す事できるよね?)
(ああ。そうするように念じれば、相手に能力を戻す事が出来る)
僕は早速ワイバーン達に返すよう念じようとした……
……その時、ふとある事が頭に浮かんだ。
この簒奪で絵麻の能力を吸収できないだろうか?
そうすればきっと、絵麻は普通の女の子として上層部に目を付けられず、平穏に暮らせるはず。
「…………」
…………いや、駄目、駄目だ。
そんな事をやって、絵麻が喜ぶと思うのか?
きっと悲しく思うに違いない。
そうやってアイツの意志を踏みにじって能力を吸収しようとする真似、僕には出来ない。
確かに絵麻を戦場に出したくない気持ちがある。
あるんだけど、だからと言って能力を奪い取るのはどこか間違っている。
それは紛れもなく精神への暴力だ。
「……能力戻すよ」
僕が右手をワイバーンとヒメに向けると、先ほど見たエネルギーの波が溢れ出す。
それがあちらの身体に注がれていった後、ヒメが真上へと水を吐いた。
『出ました出ました! 一樹様、ありがとうございます!』
ワイバーン達も明後日の方向へと試し撃ちして、無事に吐ける事が確認できた。
「未央奈さん、実験はこれくらいでいいですかね」
『ええ、十分なデータが取れたわ。お疲れ様、一樹君達』
(我からも
(どうもお爺さん。まだ≪龍神の爆滅≫が気掛かりだけど)
(それは次の機会にしておこうか)
全くとんでもない能力だな。
でもこれなら怪獣退治がやりやすくなるというもの。
「皆、お疲れ様。模擬戦に付き合ってくれてありがとうね」
自分の元に集まってきたワイバーン達に対し、絵麻が頭を撫でたりキスをしたりしていた。
ワイバーン達も嬉しそうに猫撫で声を上げている。
たとえ自分が生み出した分身体でも、愛情を込めて接している。
ああいう優しい絵麻が……本当に好きだ。
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絵麻は設定上、一樹と同じ技を使えるのですが、メタ的な差別化としてワイバーンを使役する戦闘スタイルをとらせています。
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