第9話 怪獣殺し、なじられる

「皆、冷静に聞いてほしい。もう知っているとは思うが、富山県に怪獣が現れた」


 帰りのホームルーム。

 僕の担任先生が、渋面じゅうめんを浮かべながら生徒達に言った。


 これに対し、知っていると言わんばかりの平然な態度をとる生徒や、逆に衝撃的な報告に動揺する生徒など、色んな反応があった。

 先生の言う通り、もうそういう事件はネット中に流れている。今驚いている人はネットで確認しなかったのかもしれない。


 僕は一応確認したので別に驚いていなかった。


「何でもさっきの地震は、火山から怪獣が出現した影響らしい。富山だから避難勧告は出ていないけど、念の為に家に帰ったら外出は控えるように。……では話は以上だ」


 ホームルームは終わった。


 先生に起立礼をした後、生徒達が不安な面相をしながら支度を始めていった。

 怪獣はありふれた存在なんだけど、なんやかんやで不安は隠せないのだ。

 

 それとこの件、未だ依頼の連絡は来ていない。

 特生対で倒せる怪獣なのかそうではないのか不明だが、いずれにしても連絡が来ないとなるとこちらには関係ない事だ。


「よぉし、皆でカラオケ行きますか!」


「おっ、いいねぇ!」

 

 帰ろうとした時、五十嵐君が何人かの男女を集めてそんな話をしていた。

 その中には池上君もいる。


「でも大丈夫ー? さっき先公が自宅待機しろって言ったけどぉ」


「そんなの聞くのは生真面目でつまらん人生送っている奴だけだよ。第一、怪獣が出現したところから相当離れているからさぁ。気にするだけバカだよ」


「アハッ、五十嵐君ユーモアあるぅ! 確かに怪獣がこんなところなんて来ないよねぇ!」


 ギャル風の女子もこんな感じだ。

 僕は話を小耳に挟みながらも教室を出ようとしたが、その際五十嵐君に止められてしまった。


「大都」


「ん、何?」


「俺達これからカラオケに行く予定なんだけど、お前も参加したいとかあったりする?」


 何を言い出すかと思えば、こんな時に誘ってくるとは。

 半ば呆れながら僕は答えた。


「今さっき先生が自宅待機しろって言ったような。怪獣の中には縄張り意識が強い奴もいるから、もし外にいる時にやってきたら狙われる可能性があるんじゃないかな?」


 怪獣が出現した場合に自宅待機するのは、一応効果的なのだ。

 

 怪獣と言えども一応生物なので縄張りを持つ。さらにあの巨体なので、それに比例して縄張りの範囲も非常に広くなっている。

 いくら出現場所から遠いと言っても、そこが怪獣の縄張り外とは限らないのだ。


 そういう場合どうすればいいのか。

 それは家に隠れて身を隠す事。


 家に隠れていれば怪獣に見つかりにくくなり、狙われる心配もない。

 そうして家で待っている間に特生対を倒してもらえればそれでよし。それでも街に侵入するのなら早急に避難するのもよし。


 怪獣は非常に特異な存在だが、生物的生態を持っている者もいる。

 縄張りに他者がいたら排除しようとするものだ。


「はぁ? なに本気になっちゃっている訳? キモイんだけど」


 しかし五十嵐君が汚物を見るような目をしてきた。


「せっかくだから誘おうかなって思ったら説教かよ。まじ萎えるわ」


「いや、説教のつもりじゃ……」


「大体、陰キャからそんな事言われても説得力ねぇから。特生対の隊員でもないのに」


「ほんとほんと。これだから陰キャは」


 女子達も冷たい視線をしてくる。


 ううむ、困った。

 善意のつもりで言ったんだけど、余計なお世話だっただろうか。


 もっとも「怪獣は特生対がやっつけてくれる」という先入観があるご時世。

 自分達は大丈夫という考えを持つのは当たり前の話か。


「そんなんだからお前はモテねぇんだよ。いつも眼鏡スタイルでダセェし、本当良い所がないんだな」


 それとこれは関係ないような。

 どうも五十嵐君の『いつもの』が起こったようだし、変に刺激するのはやめておこう。


「よしなよ、五十嵐」


「……! 池上……」


 今まで黙っていた池上君が前に出てきた。


「大都なりに俺達の事を心配してくれているんだよ。それを説教って片付けるのもどうかと思う」


「……まぁ、池上がそう言うのなら」


「ごめんな大都、引き留めちゃって。でも俺達はこのままカラオケに行くよ。富山から相当離れているし、何より怪獣は特生対が倒してくれるしね。東京が平和なのも彼らのおかげなんだよ」


 謝罪してくれたのは嬉しいけど、結局カラオケに行くんだ。


 まぁ、その辺は人それぞれだからなぁ。

 何より池上君は特生対上層部の息子なので、特生対には絶対の信頼を置いているはずだ。


「池上君、本当に優しい……結婚したい……」


「はぁ? 池上君はアタシのだから。抜け駆け禁止」


 後ろで女子達のひそひそ話が聞こえてくる。


 これも体育の時と同様、僕は引き立て役にされたとでもいうのか。

 その辺はどうでもいいのだが。


「じゃあ皆行こうか。大都も帰り道気を付けて」


「どうも」


 池上君に付いて行くように、カラオケグループが教室から出て行った。

 その時に五十嵐君が僕を睨んでいたが無視無視。


 さて、そろそろ帰るとしよう。


 また五十嵐君達に絡まれるのは面倒なので、少し時間を置いてから教室を出て行った。

 家には絵麻が夕飯を作って待っている。今日の夕飯はなんだろうなぁ……。


「……!」


 校門を潜り抜けると、黒い車が停車していた。

 その運転席の窓から手招きしている人がいる。未央奈さんだ。


 これはもしかすると……嫌な予感を覚えつつも、僕は周りに人がいないのを確認してから車へと滑り込んだ。


「今日も学校お疲れ様、一樹君」


 後部座席に座った僕へと、未央奈さんがねぎらいの言葉をかけてくれた。 

 さらに助手席には、諜報班新入りの雨宮飛鳥さんが座っている。


「未央奈さんが僕のところに来たって事は、富山県の怪獣ですか?」


「ええ。コードネーム『ケツァルコアトル』。出現してすぐに特生対が出動したんだけど、掃討には至らず撤退するしかなかった」


 車のエンジンを掛け、移動を始める未央奈さん。


「じゃあ……」


「間違いなく、サラマンダーと同じく『大怪獣』よ」

 

 大怪獣。


 通常の怪獣よりも強大で、特生対でさえ倒せない個体を指す通称。

 厳密に言えば、特生対の火器すら無効化にしてしまうチート怪獣の事だ。


 すかさずスマホで怪獣のネットニュースを見たが、未ださっきの『大鬼山から翼竜型怪獣が出現!?』という記事しか載っていない。

 

 マスコミへの情報統制がなされているようだ。

 いかに防衛組織と言えども、特生対はメンツを大事にしているのだ。


「詳しい話は本部に戻ってからにするけど……その前に一樹君、クラスメイトに何か言われた?」


「えっ、何で?」


「私達が待っている間にある生徒の集団を見たんだけど、『大都の奴、マジむかつくわー』って言ってたのよ。また絡まれたんじゃないかしら?」


 どうやら未央奈さん、五十嵐君のグループを見ていたようだ。


「別に大した事じゃないですよ」


「一応言いなさい。私もあなたのメンタルチェックを任されているんだし……第一長い付き合いなんだから。言えば少しスッキリするものよ」


「……じゃあ」


 僕は観念して、さっきの事を未央奈さんに明かした。

 話し終えると、未央奈さんからため息が聞こえてくる。


「特生対が倒してくれるか……。その特生対ですら倒せない大怪獣がいて、それらから日本や東京が守られているのも一樹君のおかげだというのにね。日本の平和は一樹君があってこそよ」


「言いすぎですよ。それに知らなくていい事もありますし、そもそも僕は平穏に生きたいんですけどね」


「そうやって慎ましくしようと見た目を地味にしたから、あのクラスメイトにいじめられているんでしょう?」


「むぅ……ぐうの音も出ない」


 僕の立ち位置は特殊だ。それに絵麻にも迷惑をかけたくない。

 だからこそ、なるべく学校生活では普通に暮らそうと決意したのだ。


 そうしたら、何故か五十嵐君達にいじられるのだから困りものだ。

 ただこういう陰キャスタイルもある種の隠れ蓑になっているし、僕としては気にもしていないから放置しているまでだ。


「もっとも情報統制している私達にも非があるけどね。とにかく頼んだわよ、一樹君」


「はい」


 まぁ、やるからには本気を出しますか。

 僕はそう思いながら伊達眼鏡を取った。

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