第89話 怪獣殺しへの宣戦布告

 それは昨日の夜の事だったという。

 池上宗吾は他上層部と連絡を取り合っていたりしていたけど、ある時間にそれが繋がらなくなったらしい。


 そこで諜報班が家に駆け付けたところ、血まみれの池上宗吾と放心状態の池上君が発見されたのだ。


 すぐにヒメ達も向かうと、微かに五十嵐君の匂いを感じたらしい。

 ただ血の匂いでさえぎられていた上に、五十嵐君が開けただろう道路の穴から異臭が漂っていて、追跡は困難になってしまったという。


 意図的なのか分からないけど、五十嵐君は自分が追跡されているのを知って、地下の移動を繰り返しているんじゃないかと推測されている。


「……それで俺の目の前で、父さんが五十嵐に嬲られて……。母さんも脊髄やってしまったのか意識不明で……別の病院にいて……」


 虚ろな目をした池上君が、事の顛末てんまつを僕に話してくれた。


 普段通りに家にいたら、急に五十嵐君が現れた事。

 その五十嵐君が怪物の姿になって、自分の父を嬲った事。


 相当酷い目に遭ったのが、その怯えた表情からよく分かる。


「父さんから……お前が怪獣を倒している異能者だって聞いて……。まさかそんな訳ないとか思ったけど……父さんが嘘ついているようには見えなかった……」


「嘘なんかじゃない!! 彼が今まで強い怪獣を倒してきたんだ!! こんな事を世間に公表してみろ!! 特生対の信用はガタ落ちなんだ!!」


「分かった!! 分かったから!! もうこれ信じるしかないだろ!!」


 本当のところは「落ち着いて」とか言いたかったけど、2人の鬼気迫る姿に黙るしかなかった。

 すると、池上君の父が僕の前に座り始める。


「大都さん、今までのご無礼すいませんでした!!」


 急に土下座をし始めたのだ。

 僕はおろか、未央奈さんや雨宮さんも驚いてしまう。


「何を……」


「あの化け物を何とか出来るのはあなただけなんです!! 何でもしますので、どうか許して下さい!! 許して下さいぃ!!」


「俺も!! 俺も大都の事を勘違いしてた!! 本当にごめん!! 都合が良すぎと思うけど……父さんの仇を、五十嵐をどうにかしてほしいんだ!! アイツがいると、俺も父さんも落ち着かなくて!!」


 あろう事か、池上君までもが土下座する始末。

 そこまでするほど切羽詰まっているのか。

 

 五十嵐君……いや五十嵐、アイツのしている事はもはや人間の所業じゃない。


 アイツは無関係の人を傷付け、さらにお爺さんの力を私利私欲の為に使っている。

 そういうのは同じ力を持つ者として許しがたい事だ。


「お願いします!! お願いします!! 大都さん、どうかお願いします!!」


「大都!! 頼む!!」


「分かった、分かりましたから……。じゃあ、他に何があったのか教えてほしいんですが……」


「は、はい!! さっき息子が言ったように、大都さんが異能者だって事を明かしました!! それで奴は大都さんを殺した後、自分が≪怪獣殺し≫の座に就くと!!」


「本当はアイツに口止めされてて……だからこの後、絶対に殺しに来るんだ!! そう思うと怖くて怖くて!!」


「そうか……他には?」


「あなたの妹が同じ異能者なのも言いました!! それと……それと……そうだ!! この地下に眠るバハムートの骨の事もです……!!」


「お爺さんを……」


「はい!! その骨に、ミスリルの元になった特殊物質があるのを言ってしまって!! だから奴はそれを狙いに来るはずです!!」


 五十嵐は怪獣を捕食する事で、エネルギーや性質などを取り込む事が出来る。

 もし奴がお爺さんの骨を喰らったりしたら……。


 





 ――ドオオオオオオオオンン!!!


 突如として、空爆に遭ったかのような轟音が鳴り響いた。

 病室……というより研究所全体が大きく揺れ出す。


「き、来たんだ!! 奴が来たんだ!! 助けてくれ!! 助けてぇええ!!」


「父さん大丈夫だから!! た、多分奴が来たんだ!! 大都、どうか奴を!!」


「…………」


 僕は未央奈さん達を連れ、病室の外を出た。

 絵麻達も突然の揺れに戸惑っているようだ。


「大丈夫、皆!?」


「兄さ……」


 絵麻が言おうとした直前、近くの床が豪快に吹き飛んだ。


「わぁああ!!」


 ヒメが悲鳴を上げた事以外は、特に問題はない。

 僕はすぐに絵麻達の前に立った。


 吹き飛んだ床が崩落する中、巨大な異形が顔を覗かせていく。

 それは以前に五十嵐が召喚した、≪龍神の眷属≫に相当する怪獣だった。


『やっぱりここにいたか……大都……』


「……五十嵐……」


 その怪獣から、何と五十嵐の声が聞こえてきた。

 変異しすぎてコイツになったとでもいうのか。


 僕がその名を口にすると、事情を聞いていなかった絵麻や森塚さんが驚く。


「五十嵐って……確か森塚さんが言ってたあの……?」


「何でコイツが……どういう事、大都君!?」


『……もしかしてそこにいるの、森塚さんか? 何で大都と一緒にいる……?』


 怪獣の目がハッキリと森塚さんを捉えていた。

 それ故か、彼女が僕の腕にしがみつく。


「あ、あんたこそどうしちゃったの!? 何で怪獣なんかに……」


『おい!! 何でそんなカスの腕を掴んでいる!!? テメェまさか……カスとデキたっていうのか!!』


 近くの壁が崩壊する。

 怪獣の腕が振り上げられたからだ。


『クソがクソがクソがクソが!!! テメェもカスと一緒に……』


「うるさい」


 僕は≪龍神の劫火≫を斬撃のように放つ。

 三日月状の劫火は怪獣の首を斬り落とし、首を失った身体は音を立てながら倒れていった。


『…………ヒャハハハハハハ!! バカが!!』


「!」


 だがその時だった。

 斬り落とされた怪獣の首から、五十嵐のうるさい声が響いたのだ。


『俺はこの怪獣を経由して声を出しているだけだ! 別に死んじゃいない!! それよりもお前のご先祖とかいう怪獣の骨、ありがたくもらうからな!! 取り返せるもんなら取り返してみろぉ!!』


「……お爺さん……クソッ!!」 


 僕が再び劫火を放ち、怪獣を粒子状に粉砕させた。


 それによって、怪獣が開けたと思われる深い穴が見えてくる。

 もしかしたら地下7階に続いているかもしれない。


「ヒメ、フェンリル、絵麻達を頼む! それと怪我している人を見つけたら救助して!」


「分かりました! ……って一樹様は!?」


「地下に行ってくる」


 今考えている通りなら、地下でとんでもない事が起こったに違いない。

 僕が穴へと飛び込もうとした時、待ったをかけた人が出てきた。


「兄さん、私も行く!」


「絵麻……」


 絵麻が心配そうな目をしていた。

 奴の話を聞いて、僕と同じような事を考えたのかもしれない。


「……分かった。じゃあ」


「えっ、わっ、ちょっと……」


「行くよ」


 僕は絵麻を抱きかかえて、地下に通じるだろう穴へと飛び込む。


 降りる途中、逃げ惑いパニックに陥っている研究員の姿が見えた。

 

 いきなり怪獣が現れたんだ。

 この状況は誰しもそうなる。


 それよりも案の定、穴は地下の奥深くに通じているようだった。

 僕と絵麻はその穴に吸い込まれるように落下し、やがて瓦礫が埋もれている地面へと着地。


 絵麻を降ろしたところで、僕が周りを見渡したところ……、


「……!?」


「兄さん、どうし……」


 僕と絵麻が見ている先には、お爺さんの骨が収められているルームがあった。




 そのお爺さんの……頭骨がない……。


「……嘘でしょ……」


「…………」


 ――ザッ……。


 黙っていた僕の耳が、背後からの足音を捉えた。

 さらに下卑げびた笑い声もしてくる。


「よぉ……あの時は世話になったな、後輩君?」


 そこにいたのは、文化祭の時に会った先輩達だった。

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