第88話 怪獣殺しに会わせたい人物

「ふっ、ふっ……」


「うわぁ、絵麻ちゃんダンス上手い!」


 ところ変わってゲームセンター。


 絵麻がダンスゲームをやりたいと言うので、そこに連れていってみればイキイキと踊ってくれた。

 まさに寸分の狂いもない、良いフォームだ。


「絵麻は小学生の時、ダンスクラブに入ってたんだ。それもガールズヒップホップ」


「へぇ意外。あたしなんて小学校は家庭科クラブだったなぁ」


 かく言う僕は、クラブにも部活にも入っていなかったな。

 結局、ダンスクラブは小学校で打ち止めになったけど、まだ感覚は衰えてなかったようだ。


 それに絵麻の奴……成長したな。


 ダンスをしていた頃の小さい絵麻と、今の女らしい絵麻。

 見比べると本当にそう感じてくる。


 両親に捨てられて以来、僕はずっと絵麻の成長を見てきたけど、これから先もっと魅力的になるんだと思うと期待してしまう。

 こういうの、父性っていうのかな。


「ふぅ……なんとかやり切った!」


 音楽が終わった後、絵麻が可愛いドヤ顔を僕達に見せてくれた。


「すごかったよ絵麻」


「ほんとほんと!」


 僕達は、周りの喧騒に負けないくらいの拍手を贈った。

 それで絵麻が頬をかきながら照れる。


「いやぁそんな……。じゃあ次はガンシューティング行こうよ。兄さん好きでしょ?」


「確かにそうだけど、もう何か月もやってないよ」


「そのうち勘を覚えるよ。早く行こ」


 筐体から降りるや否や、僕の手を引っ張る絵麻。

 なんかもう……そういう仕草とかがいいんだよな。


 僕達はかれこれ1時間は遊んでいった。

 ガンシューティング、カーレース、UFOキャッチャー等々。


 UFOキャッチャーは3人とも上手くなくて何も取れなかったけど、それでも中々に良い体験だった。


 ――それから僕達はゲーセンを出て、一息吐く。


「はぁ終わったぁ。楽しかったね絵麻ちゃん」


「はい!」


「結構楽しんだね、2人とも」


 正直、僕よりも絵麻達がゲームに楽しんでいたと思う。

 

 僕としては、そうしてくれた2人を見れただけでも大満足。

 お釣りが来るくらいだ。


「さてどうしようかぁ。あとは買い物かな」


「それがいいね。その後に別れる感じで」


「うん。……ちょっと言うの早いけど、今日はありがとう。すごく楽しいよ」


 花開くように微笑む森塚さん。


 きっと今回のは、彼女にとって忘れられない思い出になっているはず。

 それに何だか、不思議と笑みがこぼれてしまう。


「フフ……」


「どうしたの兄さん? そんなにニヤケて」


「ニヤケる言うな。いや、僕が今まで怪獣を倒しているから、お前や森塚さんが楽しんでくれているんだって感じてさ。僕がしている事は決して間違いじゃなかったんだ」


 もし大怪獣をそのままにしていたら、東京は火の海になっていた事だろう。

 そんな風になってしまったら、こんな楽しい事なんて絶対なかったはず。

 

 僕は結果として、絵麻と森塚さんの笑顔を守ってたんだ。

 

「……そうだね。大都君はすごく頑張っているよ」


「その通りですね。兄さん……今まで本当にありがとう」


「……ああ、どうも」


 2人のお礼の言葉に、胸が込み上げてくるのを感じる。


 僕はずっと対怪獣の切り札として、世間に知られないまま大怪獣と戦ってきた。

 もちろん見返りも何も受けずに。


 でもその行動が絵麻達の喜びに繋がっていって、それが僕自身へと返ってきた。

 報われた気分というのは、こういう事を言うのだろう。


 絵麻達のその言葉は、どんな賞賛や表彰よりもはるかに上回っていた。


 絵麻達の笑顔を守りたい。

 僕はこれからも、その気持ちを抱きながら戦い続ける……そう決心した。


「よし、それじゃあ……」


 そろそろ次の目的地に行こうとした時、スマホから着信音がやって来た。


 ……こんな時に……また怪獣かな?


 嫌な気分になりつつも画面を確認してみると、どうも怪獣関連じゃないらしい。

 ただ、まさかの意外なものだった。


「どうしたの、大都君?」


「……ちょっとごめん。買い物の前に寄るところが出来た」


 僕はスマホから目を離さないまま、森塚さんへと答えた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 僕達が着いた場所は特生対研究所だった。

 

 まずエントランスを通過した僕達は、まっすぐある場所へと向かう。

 そこにはヒメとフェンリルがベンチに座っていて、僕達に気付くなり立ち上がっていった。


「お疲れ様です、一樹様! 今回は眼鏡なしなんですね!」


「まぁうん。……ああ2人とも、この金髪の子はフェンリル。正体は怪獣なんだ」


「フェンリルって……前に兄さんが言ってた!? まさかお会い出来るなんて……」


 絵麻もフェンリルの事は知っていたので、彼女が現れた事に仰天していた。


「やっぱりビックリするよな。フェンリル、妹の絵麻と世話役の森塚さんだ」


「Hello……。2人とも、服装とか可愛いね……」


「あっ、どうも……」


「それは恐縮で……」


 突然褒められた事に、絵麻と森塚さんが顔を赤くしていた。

 ただすぐに、フェンリルが近くにある扉を示す。


「それよりも一樹、未央奈と飛鳥があの中にいる……入ってあげて」


 研究所内に設置された病室だ。

 今さっき、未央奈さんから《研究所の病室に来て。会わせたい人がいる》と言われたけど、そこに誰がいるのかは聞かされていない。


 それを確かめるべく、病室のドアノブに手をかけた。

 

「絵麻達はここにいて」


「うん」


 僕はそう伝えてから病室に入る。


 まず最初に、未央奈さんと雨宮さんが立っているのが見えた。

 さらに背もたれのないベンチにもう1人いるが……。


「……池上君?」


 なんとベンチに座っているのは、あの池上君だった。


 やつれた表情をして、虚ろな目でうなだれている。

 まさに心ここにあらずといった様子だ。


「一体何が……?」

 

 まさかの彼の姿に、僕は呆気に取られてしまった。

 未央奈さんに尋ねてみると、彼女が奥のベッドに視線を向けた。


「我が特生対の上層部――池上宗吾さん。昨日に血まみれの状態で発見されて以来、ずっとあの調子」


 ベッドの上に、恰幅のある男が座っていた。

 その顔には数枚の湿布が張られていて、身体の節々に包帯が巻かれている。


 彼が小鹿のように酷く震えていて、ブツブツと小声を出していた。


「怖い……怖い……怖い……またアイツが来たら……来たら……ッ!!」


「!」


「お、大都さん!! どうか助けて下さい!! 今までの事は謝りますので!! お願いします助けてぇ!!」


 僕の姿を見た途端、その男が向かってきてしがみついてきたのだ。


 この声……確かクラーケン事件で話していた上層部の声だ。

 

 絵麻を戦場に出せという案には怒っていたんだけど、もはやあの時の図々しさとは全く別物になってしまっている。

 僕が戸惑うのは当然の結果だった。


「……どうしたんです、この人?」


「昨日、五十嵐君が家に入り込んだらしいの。それでボロボロになるまで暴力を振るわれたらしくて……」


「えっ?」


 未央奈さんの言葉に、僕は耳を疑う。

 彼が池上君の家に……?


「スマホで言った会わせたい人ってのは、この2人なのよ。どちらも最初は放心状態だったけど、次第に内容を明かしてくれたからね」


 そう言って、未央奈さんが池上君を見る。

 池上君は魂が抜けたような表情をしながらも、僕へとゆっくり顔を上げてきた。

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