第29話 怪獣殺しへの当てつけ

 放課後、僕は手紙通りに体育館裏へと向かっていった。


 角に隠れながら覗いてみると、確かに2人組の女子がいる。


 片方はウェーブのセミロングをして、もう片方はサイドテールをしている。

 一応どちらも美人には入る。ただやっぱり誰なのかさっぱりだ。


「早く……大都……」


 2人が喋っている様子だけど、さすがに距離の関係で上手く聞き取れない。

 なんか怪しい……僕の長年の勘が告げているのもそうだけど、2人ともニヤニヤと悪い笑みを浮かべている。


 ちょっと探ってみるか。


「≪龍神の眷属≫」


 僕はドレイクを召喚した。

 ……手のひらサイズのを。


 僕とリンクしているので、ドレイクが見聞きした情報をこちらへと伝達できる。

 周りに誰もいないので、僕がコイツを出したという事もバレていない。


 ソイツを女子達の近くの草むらへと向かわせると、ハッキリと彼女達の会話が聞こえてきた。


『にしても由良、良い事を思い付いたよねぇ』


 サイドテールの女子が、セミロングの女子へとそう言った。

 つまりセミロングの方が、手紙を差し出した清水さんという事になる。


『でしょう? そんでさぁ、アイツが告白にOKしたら「残念でしたー! 嘘でーす!」って言おうよ! あっ、撮影の準備も忘れないでね!』


『もちだよ! あの陰キャの呆然とした顔をカメラに残さないとね!』


 告白をOKしたら嘘でーすって……。

 

 ……そうか、思い出した。

 

 確かそんな被害があったと、中学の頃に聞いた事がある。

 男を呼んで告白して、でもそれは男を陥れる為のゲームとか。


「こんな事する人、まだいるんだな……」


 なんか時間を無駄にした気分だよ。

 僕があちらに向かっても損するだけだ。


 僕はドレイクを消して、そのまま家へと帰る事にした。

 あれに付き合うのなら、絵麻のところに向かう方がかなりマシだ。


 聞いて後悔したよ……僕にとって重要な話があるのでは思ったものだから。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 


 家に帰ると、「お帰り兄さん!」とエプロン姿の絵麻が出迎えてくれた。


 絵麻の笑顔とご飯のいい香り。

 これがあると「ああ、家に帰ったんだな……」と思う。


 そうして絵麻の手伝いをして、一緒にご飯を食べて。


 清水さん達の戯れやらをまともに受けなくて、本当によかった。

 そうでもなかったら、こうして絵麻と楽しい食事が出来なかったのだから。




 そうして翌日になって、僕はいつも通り教室に入ると、


「ねぇ、来たよ大都……」


「やっとか……」


 僕の机近くに立って、僕を睨んでいる女子達がいる。

 紛れもなく、昨日体育館裏で待っていた清水さんとその友達だ。


 それが関係しているのか分からないが、教室全体の空気がヤケに重い。

 クラスの何人かが僕の方を見ているようだし、清水さん達も早く来いとばかりに手招きしてくる。


 これはあれかな……近付いてみると、清水さんがバンと僕の机を叩いた。


「ねぇ、何で昨日来なかったのよ! おかげで体育館裏で待ちぼうけ喰らったんですけど!!」


「そうだよ! あんた、由良の約束を破ったって事じゃん!!」


 やっぱり昨日の事か。

 顔を出しても僕が損するだけと思ったし、それよりも絵麻のところに向かう事を優先したからな。


 まぁ、怒るのも分からなくもないので、謝っておかなければ。


「ごめん、家の用事があったから……さすがに伝えなかったのは悪かったけど」


「悪かったどころじゃないよ! 私、告白を言いたくて待っていたのに、全くあんたは!」


 噛み付く清水さん。

 告白と言われても……そもそも君にそうされるきっかけなんてないんだけど。


「本当に清水、告白したかったの?」


「大都に限って嘘でしょ。ありゃ嘘告白してプギャーしたかったんだよ」


「あっ、こら! 言わないでよそこ!」 


 僕達の様子を見ていたクラスの女子達が、そんな事を話していた。

 それを清水さんの友達が強く当たっていく。


 うん、知っている。昨日聞いたから。


 それが失敗して、清水さん達がこんなにも怒っている。

 そう考えれば辻褄が合う。


 ただそんなに怒る事だろうか、たかがゲームなのに。


 それに僕には「絵麻の元に戻る」という早く帰らなければいけない理由があった。

 家で待つ妹と損するだけの嘘告白、どっちを優先するかなんて悩む必要すらない。


「行かなかったのは本当にごめん。でも君と僕は接点なかったんだし、いきなり告白とかどうとか言われてもピンと来ないよ。何かのいたずらだって思うのが普通じゃないかな」


「そ、それは……」


 口ごもっているという事は、それに対する反論が出来ていない証拠だ。


「それに今聞いたよ、噓告白だって。そういうゲームがあるって聞いた事あるんだけど、ゲームなら不確定要素だってあるはず。それを相手にあーだこーだ言うのはよくないよ」


「……ッ。でもだからって!」


「そこまで。落ち着きなよ、2人とも」


 清水さんが食ってかかろうとした時、池上君がやってきて制止した。


「大都も謝っている事だし、その辺にしておいてくれないか? もうそろそろ先生も来るしさ」


「……い、池上君が言うなら……うん、そうする」


「ごめんね池上君、大声出しちゃって……由良、行こう」


「うん……」


 突然しおらしくなった清水さん達が教室から出ようとした。

 ただ清水さんが急に振り返って、


「あの、池上君! もしよかったら土曜日に遊び行かない!? 私いい店知っているの!」


「ああ、いいよ。土曜日は暇だしね」


「ありがと! じゃあ後でね!」


 あれだけ怒鳴っていたのにウキウキしている……分かりづらいなぁ。

 

 その一方で池上君が僕に向いて、やれやれと首を振った。


「大都。いくらいたずらだからって、黙ったまま帰るのはどうかと思うよ。これは君が悪い」


「それはそうだけど。でも陥れる為にやったあちらもどうかと思うな」


「陥れるだなんて証拠でもある? もしかしたら彼女達、そこから大都に近付きたかっただけなのかもしれないんだし。あまりそう悪く考えるのはよそうよ」


 そう言って彼は離れていった。


 ……なんか僕が悪者みたいだなこれ。

 いや、昨日の内に清水さん達に一言伝えればこうならなかったけどさ。


 ただ僕に近付きたかったというのはさすがにないと思う。

 池上君は女子を美化しすぎじゃないのだろうか?


 何か腑に落ちないというか……まぁ、こういうのは慣れているんだけど。


「本当に池上君はフォローいいよねぇ」


「うん。それと比べて大都は……性格ブスかっての」


「まぁ、あんな奴なんだよ。空気読めないなんてどころじゃないわな」


 聞こえてるよ、女子達に五十嵐君。


 とりあえず何か終わったみたいなので、改めて席へと座る。

 そこから遅れて雨宮さんがやって来ると、教室の重さに気付いたのか眉をひそめつつスマホをいじり始めた。


 すぐに僕の元にラインが来る。


《雨宮さん:何があったのですか? あなた関係とか?》


 彼女は僕のメンタルチェックを任せられている。

 しかしこればっかりは付き合う必要ないだろう。


《一樹:そんな大した事じゃないよ。多分君が聞いたら呆れるんじゃないかな?》


《雨宮さん:……分かりました、今回は不問とします。何かあれば相談を》


 一応、納得してくれた。


 ちょうどチャイムが鳴り出したので、改めて机に座り直す。

 と、ここで妙な違和感に気付く。

 

 一体これは……。


「よぉし、おはよう……って森塚がいない? おい、森塚の事知ってる奴いるか?」


「「…………」」


「連絡もなしに欠席なんて珍しいな。とりあえず後で電話してみるか」


 先生の言葉でやっと気付いた。


 さっき感じた違和感。森塚さんが席にいない事だ。

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