第49話 怪獣殺しへのイチャモン

 先日以外、あまり接点のない2人がどうしたんだろう。

 

 不思議に思って後を追ってみると、彼女達が人目付かない昇降口の陰へと潜り込んでいた。

 そこで五十嵐君が雨宮さんを睨み、きつく言いだす。


「なぁ、俺が特生対に入れないってやつ……あれは君でも許さないわ。俺が入れないとかありえないだろうが」


「私は入れないなんて一言も言ってないのですが? ヒーローになりたいという認識が甘いと言ったんです」


「俺の熱意を否定するって意味では同じでしょうが。第一、なにその上から目線? クールな感じも悪くないって思ってたんだけどさぁ、ほんとガッカリだわ」


「別にあなたに愛想振りまいていた訳ではありませんので、ガッカリして結構。そもそも、あなたが特生対に採用されても上手くいくかどうかですが」


「あのさぁ、その言い方がどうなんだって言っているんだよ!!」


 まさか……この前みたく喧嘩が白熱するとは。

 これは行くべきか? 


 いや、五十嵐君から馬鹿にされている僕が行けば、火に油を注いでしまうのは目に見えている。

 ただ雨宮さんが五十嵐君や取り巻き達に囲まれている……その状況を見てしまったら。


「とんだ性格ブスだな、あんた。俺に上手くいくかどうかって言っているけどさ、人の気持ちも汲み取れねぇあんたにそれを返してやるわ」


「……ッ……」


 それは酷いんじゃないかな。

 雨宮さんは諜報班でいい仕事をしているし、評価もそれなりにある。


 上手くいっていないなんてありえないんだ。


「……2人とも、落ち着きなよ」


「大都さん!」


 雨宮さんから何言われようとも、僕には見捨てるという認識が出来なかった。

 この際、僕がヘイト役になって場を誤魔化すしかない。


「大都……ちょうどよかったわ」


「ん?」


 急に五十嵐君が僕の肩を掴み、壁に叩きつけてきた。

 ちなみに全く痛くない。


「一昨日、お前に絡んだせいで雨宮さんに怒られるわ、皆にカッコ悪いところ見せてしまうわで最悪だったんだ。おかげで初めて早退しちまったよ」


「それって僕のせいって言いたいの?」


「そりゃあ、お前が雨宮さんと話してたのが原因だからな。ああしなきゃ俺も突っかからなかったのに」


 えー……それは逆恨みというやつじゃないかな。


 五十嵐君が僕の事を見下しているのは重々承知していたけど、まさかここまで憎まれているとは。


 いや、彼に好かれようが憎まれようが正直どうでもいい。

 問題はこれが彼にとってもヤバイという事だ。


「五十嵐さん、あなたって人は……!」


「ああ、悪い雨宮さん。これは男同士の大事な話なんだ、あまり入らないで」


 雨宮さんが手を握り、戦闘態勢に入っている。

 彼女もある程度の護身術を学んでいるので、いざという時に五十嵐君達を気絶させようとか思っているのかも。


 僕は雨宮さんに『待て』のサインをしてなだめさせる。

 気付いた彼女は、口元を噛みしめながら踏みとどまった。


「落ち着いて五十嵐君。特生対はこういった事をする人間を採用しないんだからさ、やめた方がいい」


「……はぁ?」


 特生対はその辺うるさいので、本気で落とされる可能性が高い。

 すると五十嵐君が青筋を立て、僕の胸倉を強く掴んできた。


「てめぇまで言うのか!!? この俺のどこが特生対に相応しくないって言うんだ、ああん!?」


「そういうところだよ。というか一旦冷静になろうよ」


「んだとゴラァ!! 俺は冷静だよ!!」


 いやいや、全然冷静じゃないような。


 なんか、雨宮さんが特生対に相応しくないと言っていた理由が分かった気がした。

 その性格から反省してまともにならないと、マジで特生対に採用してもらえなくなってしまう。


 と、僕はこちらを覗く人物がいるのを見つけた。

 池上君だ。


 彼は僕と目が合ったものの、すぐに知らん顔をして行ってしまった。

 あれかな、いくら池上君でも争いごとはごめんな感じかな。


「それにお前、前々から思っているんだけどムカつくんだよ。根暗の分際で森塚さんに話しかけてよぉ。お前のどこにそんな資格があるっていうんだ!?」


「資格とか言われても……別にたわいもない話してただけだよ。そんな大したものじゃないさ」


「……ッ。そういったすました顔がウザいんだよ!!」


 五十嵐君の拳が、僕の鳩尾みぞおちにめり込んだ。

 ……参ったな……全然痛くない。


 とりあえず痛がってるフリをしておかなければ。

 それで雨宮さんが唖然としているので、「別に問題ない」というアイコンタクトを交わした。

 

「ぐうう……」


「ハッ、ざまぁ!! 次は顔面!!」


 五十嵐君が再び拳を振り上げてきた。

 ……って、これで満足じゃないの? まだやんの?


 全く……なんか彼にとって無駄な事になりそうだし、あまりしたくなったけどしょうがない。

 とりあえずストレートを受け止めて、それから取り巻きまとめて気絶させてもらおうかな。







「一樹様ぁ!!」


「「えっ?」」


 僕達がそろって漏らした時、取り巻きの1人が何者かに飛び蹴りをかまされていた。

 

「ブッ!!?」


「えっ!? グウオオ!!?」


 続けてもう1人の鳩尾にストレートをかまし、昏倒させてしまう。

 

 何という事……。

 取り巻きを倒したのは、紛れもなくヒメだった!


「わたくしの新たなご主人様を袋にするとは、なんて不届き者!! なんて外道!! ここで成敗します!!」


「えっ!? えっ!? 急に何!!?」


 僕が驚いているのだ。

 何も知らない五十嵐君は、それ以上に混乱している。


「さぁ、覚悟してもらいますよ!! 悪党!!」


「!? ってめぇ!! 俺が悪党だってぇ!?」


 ただすぐに怒り狂ってしまい、ヒメに殴りかかろうとする五十嵐君。


 これは見逃せない。

 僕は彼の殴ろうとする腕を掴んだ。


「んだよぉ!? 離……せ?」


「やめるんだ、五十嵐君」


「…………」


 呆然としている彼の頭を、僕は裏拳で意識を散らした。

 起きていると色々と面倒だからだ。


 彼が気絶し倒れた後、ヒメがパタパタとこちらに駆け込んでくる。


「一樹様、大丈夫でしょうか!? お怪我は!? 痛みは!? 精神的苦痛は!?」


「大丈夫だけど……えっと、雨宮さんは?」


「私は何ともないのですが……何でヒメさんが?」


 僕が言いたかった事を雨宮さんが口にすると、ヒメが自慢げに答えた。


「『けんきゅうじょ』って場所の庭で遊んでいたら、一樹様に危機が迫ったのを感じたのです! 昨日、身の危険がありましたら即急行すると言ったじゃないですか!」


「いや、確かにそう言ったけど……」


 全然身の危険は感じなかったし、そもそも気絶させて終わらせようと思っていたくらいだ。

 それなのにわざわざ来るなんて、律義というかなんというか。


「まぁ……嬉しいは嬉しいけど」


「ありがとうございます!」


「でも研究所を出て、こっちに出るのは褒められたものじゃないよ。未央奈さん達に迷惑がかかるからね」


「はい、申し訳ありません……」


「うん、分かればいい。とにかくこの人達は別に暗殺者とかじゃないから、警戒はしなくていいよ」


「承知しました! ただ、彼らが一樹様を袋にしたのは許せないですね。こういうのどうしようもない外道って言うんですよ! 心が腐ってます!」


 嬉しそうにしたと思えば、しゅんと意気消沈。

 さらに五十嵐君達を見下ろして、蔑むような表情をする。


 表情のふり幅がすごく大きいな……本当に怪獣らしくない。


 ――ブー、ブー。


「悪い、電話だ……って未央奈さんか。はいもしもし」


「おお、何ですかそれ!? もしや噂に聞いた常世とこよの宝物……」


「ごめん、ちょっと静かにして」


「はい、申し訳ありません!」


 ヒメが謝った直後、電話から未央奈さんの声がした。


『一樹君、ヒメちゃんそっちの学校に来ているとかない? 発信機の反応がそこを示しているんだけど』


「ええ、目の前にいますよ」


『やっぱり……ヒメちゃんを見張っていた研究員から、彼女が急に一樹様に危機が~とか叫んで出て行ったって聞いてね。全く行動力が旺盛ってのも困りものだわ』


「あの、その研究員の方は悪くないので、減給とかしないで下さい。こっちにも非があるので」


『うん、何とかする。一樹君も何があったのか、あとで報告してくれると嬉しいかな』


 報告……いきなりクラスメイトに絡まれただけだから、そんな大げさな事じゃないんだけどな……。


「えっとヒメ、研究所には1人で帰れる?」


「もちろんです! 未央奈様の匂いは覚えたので、すぐに帰れます!」


「……と言っているので、すぐにヒメを送り返しますので」


『ええ、分かったわ』


 と、ここで切ろうと思った時、ふと思い直した事があった。

 拒否られそうな気もするけど、でもこれはやる価値がありそう。


「未央奈さん、お願いがあるんですけど」


『ん、何?』


「ヒメを、アメリカに行かせてもいいですか?」


 彼女に行動力があるのなら、僕が手綱を握ればいいという判断だ。

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