第84話 モテモテの怪獣殺し
「さぁ、どんどん好きなだけ食べてねぇ」
ホットプレートの上に焼かれている肉と野菜。
それを中心に、僕達はご飯を持ちながら座っていた。
焼肉は久々なので、恥ずかしながら口の中でよだれが溢れてしまう。
絵麻も同じなのか、それはもうワクワクとした表情だ。
「ではいただきます」
「「いただきます」」
まず僕は好みのタン塩を手に取った。
これをレモン汁に浸して、口に入れて……。
……美味い!
やっぱりタン塩はいいな。この歯ごたえとか塩味とかがいい。
「美味しいか、絵麻?」
「うん、このカルビすごく美味しいー。本当にありがとうございます、お姉さん」
「いいよいいよ。凛ちゃんのお友達なんだから遠慮する事ないって」
実はこのお肉、お姉さんが文化祭に行けなかった事へのお詫びとして、自腹で買ってくれたらしい。
さすがの森塚さんも躊躇ったらしいだけど、結局こうして推し進められる形になってしまった。
明らかに馬鹿にならない値段なのに……本当に申し訳ない気分だ。
「僕からも、こんなにもして下さってありがとうございます。なんてお礼すればいいのか」
「そんなの気にしないで。最近、交際とかしてないからお金貯まる一方で。だから、こういう機会が来てよかったって思ってるんだぁ」
以前の恋人が『恵みの会』構成員だと分かってから、そういうのは控えているみたいだ。
お姉さんは美人だし、すぐに素敵な人が見つかるんじゃないかな。
「そ、それよりも大都君、こう聞くのもなんだけど……なんか好きな趣味とかある……?」
「「えっ?」」
僕はもちろんだけど、絵麻と森塚さんも同じような声を出していた。
雨宮さんだけは「また始まったか……」と呟いたけど。
「趣味ですか? まぁ、小説を読んでますけど……」
「そうなんだぁ、私も最近小説読むようになったんだけど。あっ、好きな食べ物は?」
「えっと……」
お姉さん、グイグイ寄りすぎじゃないですか?
彼女の身体がほんのちょっぴり触れてしまっている。
しかも良い香り……ってこれはマズいんじゃ……?
「もう、駄目だよお姉ちゃん!!」
ちょうどそこに森塚さんが間に入ってきた。
森塚さんありがとう……おかげで助かったよ。
「大都君は年下でしょ!? 何考えているの!?」
「いやぁ、つい大都君を見たら……。というか凛ちゃん、そういう事なんだ」
「そ、そういう事ってどういう事かなー!? さっぱり分からないなー!?」
「どうみても分かっているじゃない。ほらっ、大都君は育ち盛りだからどんどん食べてねぇ」
お姉さんがトングで肉を掴んで、僕の皿へとひょいひょい盛っていった。
「すみません……っと絵麻、豚トロ焼けたよ」
「あっ、ありがとー」
絵麻が豚トロが好きだというので、率先して焼いたのだ。
僕が差し出した豚トロを口にした後、
「美味しいー。やっぱ豚トロは最高だよね」
「それはよかった。どんどん食べなよ」
「うん!」
絵麻の笑顔が愛おしいなぁ。
やっぱりコイツを連れてきてよかったよ。
その笑顔を見たら、こっちも嬉しく感じてしまう。
「妹さんへの配慮もイケメンだぁ……ねぇ凛ちゃん」
「私に振らないでよ!」
お姉さん、何でそこでイケメンなんだろう……。
それと頬を膨らませている森塚さんに対して、絵麻がわざとらしく目線を逸らしていた。
それから数分して、焦げ付いたホットプレートと空になった肉パックが残された。
雨宮さんが布巾で口元を拭きながら、お姉さんへと頭を下げる。
「お姉さん、ごちそう様でした。とても美味しかったです」
「どうもねぇ。じゃあ凛ちゃん、パックは外のゴミに捨ててくれる?」
「でしたら僕、手伝いします」
空パックの半分を手に取ってから、僕は立ち上がった。
「ありがとう大都君。お姉ちゃん、外のゴミ箱に案内してくるね」
「はーい」
森塚さんも残りのパックを持った後、一緒に外へと出た。
彼女の案内でゴミ箱に着き、その中にパックを放り込む。
それからゴミを触ったので、外に設置されている水道で手を洗い流した。
「じゃあ戻ろうか」
「うん。あっ、その前に」
「ん?」
「言うに言えなかったんだけど、昨日は怪獣退治お疲れ様。差し入れといっちゃなんだけど、大都君達用にクッキー作ったからさ。それ食べてほしいんだ」
「もしかして前に作ってもらったチョコチップ? あれ結構好きなんだけど」
「そうそれ! すっかりハマっちゃったみたいだね」
「森塚さんのお菓子の中で、それが一番好きなんだよね。もちろん他のお菓子もそうなんだけどさ」
「分かってるよ。でも気に入ってもらってよかった……」
嬉しそうにこぼす森塚さん。
奇妙な縁からすっかり僕達のアシスタントになった彼女だけど、なんやかんやで彼女の作るお菓子やデザートが一種の楽しみになってきた。
「……あの、大都君」
そんな森塚さんが、僕に対してモジモジとしてきた。
「どうしたの森塚さん?」
「……本当に今までありがとう。あたし達が怪獣に怯えずに暮らせているの、大都君のおかげなんだよね。なんだか申し訳なくて」
「そんなの気にしなくても。僕はやりたいようにやってるだけなんだし」
「それでもそういう気分になっちゃって……だからお礼って言っていいのか分かんないけど、明日の10時に池袋に行かない? そこに新しいロールアイス屋が出来たから一緒に行こうか……なんて」
「ロールアイス屋か……」
「そんで絵麻ちゃんも連れて行こうよ。3人で一緒で遊びたいし」
ニッコリとする森塚さん。
絵麻も連れてか……それは楽しみだな。
「いいよ。絵麻にも伝えておく」
「……ありがと、大都君」
こうして約束が出来た。
ただそれで終わりかと思いきや、急に彼女が近付いてきて……僕の腕に抱き締めてきて……?
「も、森塚さん……?」
「ごめん、驚かせちゃって……しばらくこうさせて」
胸の感触が腕に伝わってくる……。
彼女がギュウっと力を入れて、まるで離さないと言わんばかりにしている。
まるで恋人のよう……いやいや落ち着け僕、それは考えすぎだって。
「これからも……」
「えっ?」
「これからもこういう関係を維持したいな。抜け駆けしたら絵麻ちゃんが可哀そうだもん」
森塚さんの顔を覗くと、少し赤みを帯びていた。
その直後に、彼女がそっと僕から離れる。
「じゃあ、あたしは先に行っているから」
「う、うん」
「さっきの約束、忘れないでね」
口元をはみかみしながら、家の中に入ってしまう森塚さん。
……なんだが最近、絵麻にも森塚さんにも抱き付かれているな。
こんな自分が相手で申し訳ないし、それに2人の柔らかさがまだ残っているというか。
……でも、なんだか悪くないのかも。
まだ申し訳なさがあるけどさ。
「……それにしても……」
こんな最中でなんだけど、五十嵐君はまだ見つかっていないらしいな。
ちらりと見たスマホにはラインも連絡もない。
まだ捜索が難航しているのかもしれない。
(お爺さん。五十嵐君のあの姿、なんだと思う?)
僕は五十嵐君がああなった原因について、お爺さんに尋ねていた。
僕と同じ力を持ちながらも、何であのような異形になってしまったのか。それが気掛かりだった。
(奴は我が力を全く制御できていない。もし制御できていたらお前と絵麻のようになっていたはずだが、結果はあの様だ。身も心も怪獣になっている)
(制御か……何で僕達とそんな差が出来たんだ?)
(お前達には、自身の血を押さえ付ける強い自我と信念を持っていた。だが奴にそんなものを持っていない。まさしく暴走した我が力に振り回されているようなものだ)
思っていたよりも厄介そうだ。
彼を野放しにしていたら、これから先大変な事が起こるかもしれない。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
一樹と五十嵐君の関係は、分かりやすく言うと仮面ライダーアギト(力を制御した完全なる姿)とギルス(力を制御できていない不完全な姿)のようなものです。
また五十嵐君の怪獣姿は、一樹の『≪獣化≫を発動すると同時に、怪獣の姿に変身する』という没案を再利用したものです。
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