第85話 池上茂 視点
夕方になった頃。
「ただいま」
ひとしきりクラスメイトと遊んだ後、池上茂は自分の豪邸へと帰宅した。
周りの家よりも大きく広く、それでいて豪華。
もちろん母親だけでは全部賄いきれないので、初老の雇い家政婦が1人いる。
「ぼっちゃま、お帰りなさいませ」
「母さんと父さんは?」
「奥方様はお風呂に、旦那様は居間でございます」
「そっか。分かった」
家政婦の言葉を聞いた茂は、すぐに父親のいる居間へと向かった。
覗いてみれば、ノーパソとにらめっこしている父親――宗吾の姿がある。
「おお、帰ってきたか茂」
「ただいま。明日、特生対本部の見学をしてくれるんだよね? 何時頃だっけ?」
「まだ決まってなかったな……朝の10時はどうだ?」
「それでいいよ。じゃあ、その準備とかしておくから」
科学班に入る為の勉強として、茂は本部の見学をする事にしていた。
部屋に戻ったら、メモとかの持ち物の準備。
その後に、大学に向けての勉強をしようと彼は思っている。
(……大都の妹か……)
部屋へと向かっている間、学校で聞いた噂を思い出していた。
何でもあの地味で陰キャの大都一樹に、綺麗で可愛い妹がいるそうだ。
その子が文化祭に来たものだから、クラスが騒然となったらしい。
らしいというのは、茂が女子と遊んでいて実際に目撃した訳ではないからだ。
なので、その妹がどんな姿をしているのかは分かっていない。
(綺麗な妹とか……面白くないな)
一樹が妹の事で、男子にチヤホヤされていた。
ああいうの見ると、腹の中から妙な不満が出てくる。
そもそも綺麗な妹がいるくらいで態度を変える男子も男子だし、そんな彼らを見ると苛立ちを感じる。
何であんな連中と同じクラスにいるのかと思うくらいだ。
(早くクラス替えしないかな。まぁ、かなり後になるけどさぁ)
なんて軽く考えつつも、彼は改めて階段を上がろうとした。
――ピンポーン。
「ん?」
ちょうどその時、玄関からインターホンが鳴り出した。
しかし今は夕方。
こんな時間に来る人なんて滅多にいない。
「はいはい、今出ます」
「あっ、俺が出るからいいよ。どうせ近いし」
ちょうど玄関近くにいた為、茂自身が出る事になった。
きっと宅配か何かだろう。
そう思いながら玄関に向かうが、
――ピンポーン……ピンポーン……ピンポーンピンポーンピンポーン……ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン……。
「何だよ、うるさいな……」
何故かしきりに鳴りっぱなしだ。
眉間にしわを寄せながらも、茂は扉にチェーンを掛けてから開けた。
「は……い゛!!?」
その瞬間、扉の隙間から手が伸びてくる。
しかも扉を掴んだと思えば、チェーンを引きちぎって強引に開けてしまった。
人力ではありえない行動。
恐怖におののきながら引き下がる中、茂は扉を開けた張本人を確認した。
そして目を疑った。
「い、五十嵐……」
「……おう」
それは何と、不登校になっていたクラスメイトの五十嵐琢磨だった。
最近学校に来なくなった奴が、何故かこちらに来ている。
一応、彼に家を見せた事があったので住所を覚えていたのだろうが、いきなりの訪問に動揺を隠せなかった。
それに今の琢磨は異様だ。
口元には青色の液体が付着し、服は土まみれ。
皮膚にもところどころ擦り傷がある。
そんなゾンビのような姿で扉を強引に開けたのだから、茂は言葉を失ってしまった。
「な、何しに来たんだ……? というかどうしたんだお前……?」
「……お前の親父はいるか?」
「はっ……?」
「親父はいるかって聞いてるんだ……話があっからよ……」
「話って何の……っておい!! 五十嵐!!」
琢磨が土足で入り込む。
制止も聞かずにズカズカと進んでいき、やがて宗吾のいる居間へとたどり着いてしまった。
「なっ、何なんですかあなたは!?」
「ん? 誰だね君は!?」
家政婦も宗吾も、琢磨の出現に困惑を隠せていなかった。
琢磨が宗吾に近付き、その虚ろな目を向ける。
「話がある……あんた、特生対の上層部だよなぁ? なら俺が今から尋ねる事を知っているはずだ……」
「いきなり何を言い出すんだ君は!? 勝手に土足に入り込んで訳の分からない事を……」
――バキイイイ!!
「ヒイイ!?」
琢磨が低いテーブルに足を乗せた時、それをいとも簡単に砕いてしまった。
恐怖に怯える宗吾や家政婦。
茂も何が起こったのか分からず、ただ硬直するしかなかった。
「渋谷で防衛班がカタツムリ怪獣を退治してただろ? その時に俺が向かったら、アイツがいたんだよ」
「ア、アイツ……?」
「アイツだよアイツ、大都一樹だよ。しかもアイツ、俺の繰り出した怪獣の攻撃をいとも簡単に防ぎやがったんだ。……一体何であそこにいる? 特生対は何を隠しているんだよ!?」
「……大都……? お前、何を言って……」
何故そこで一樹の名前が出てくるのか、茂には理解できなかった。
彼はクラスの中で一番地味の陰キャで、自己主張もしないなよなよとした男子。
どう考えても、この場で出る名前とは思えなかった。
「……い、いや! 何の事かさっぱり分からないな!! 何か勘違いしているんじゃないか!?」
しかし茂は気付いた。
宗吾が一樹の名前を聞いた途端、異様に慌ただしくなったのだ。
すると琢磨が彼の首根っこを掴みだし、宙まで上げていく。
「ぐわあ!!?」
「絶対に隠し事しているよな……正直に言えよ、オイ!!」
「や、やめて下さ……あああ!!?」
止めに入った家政婦までも殴り倒し、気絶させてしまう。
茂は止めるどころか動く事すら出来なかった。
何もかも異常で、全く身体に力がない。
しかもどういう事か、琢磨の身体がみるみるうちに変わっていく。
茂が呆けている中、一瞬にして琢磨が別の姿へとなる。
それはまさに怪獣の如き異形だった。
「ヒッ……!!? ば、化け……!?」
『さぁ言えよ!! 大都は何で防衛班と一緒にいたんだよぉ!?』
「こ、これは機密事項だ!! 漏らしたら私に責任が……ガアアアアア!!?」
怪物となった琢磨が、宗吾をテレビごと叩き潰す。
粉砕されるテレビ。
続いて食器棚、大きな壺、女神像……色んなものに叩き付けるたび、それが音を立てながら粉々に壊されていく。
次第に宗吾も、まるで雑巾のようにボロボロになってしまった。
「ギャアアアアアアアア!! い、痛い……!! やめ……!! ギイアアアアアアアア!! アガアアアアアアアア!!!」
『吐けぇ!! 吐けよぉ!! 吐けぇええええ!!』
「……あっ……あう……」
父親が暴行されている中、茂は腰を抜かし震えていた。
琢磨が怪物になって、暴力を見せられて。
もはや彼の頭の中には恐怖しかなかった。
「ヒイイ!? あ、あなたぁ……!!」
『あん!?』
ちょうどそこに、バスローブを着た茂の母親がやって来る。
彼女がスマホを取り出したところ、琢磨が宗吾を投げ飛ばす。
2人は激突し合い、キッチンへと叩き付けられた。
「グウエエエエエ!!!」
母親は宗吾の下敷きになって気絶。
宗吾はまだ息があったものの、顔や身体には痛々しい傷と血がまみれていた。
「助け……助け……」
『言えよ、洗いざらい全部……。じゃないと……』
近付いてきた琢磨によって、再び首根っこを掴まれる宗吾。
その時、彼が必死に叫んだ。
「言います!! 言います!! 大都一樹は≪怪獣殺し≫と言って!! 大怪獣を仕留められる異能者なんです!!」
「……はぁ……?」
茂は思わず変な声を出してしまった。
一樹が怪獣を倒す異能者……何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「や、奴がいるから日本経済に支障がなくて……特生対でも手に負えない怪獣が出てきたら、アイツに依頼して倒してもらってるんです!!」
『……つまり特生対が怪獣を全部倒したっていうやつ、真っ赤な嘘なんだな?』
「はい!! 奴の事が知られたら特生対の
『……ふざけ……ふざけんなよおおぉ!!』
「ヒエエエエエ!!」
琢磨から振るわれる拳に、咄嗟に身構える宗吾。
しかし琢磨が殴ったのは近くの冷蔵庫であり、それを一撃で粉砕してしまう。
さらに原型がなくなるくらいに、何度も何度も殴り続ける。
――ドガッ!! バキッ!! ボキッ!!
『特生対が!! あのゴミクズを匿っているなんてよ!! しかもアイツが怪獣を倒しているだぁ!? あの陰キャが!? あの下等生物が!!? 認めねぇ!! 認めねぇぞ!! アイツが俺よりも上なんて認めねぇえええええ!!』
――ガシャン!!
ついには、それが冷蔵庫だと気付かないようなスクラップになってしまった。
荒い息を立てる琢磨。
やがて彼は鋭い牙の生えた口を歪ませ、狂ったように笑い出す。
『そうだ……じゃあアイツを殺せばいいんだ……。そうして……俺がその≪怪獣殺し≫になって、日本を救うヒーローになる……。完璧じゃないか……』
壊れた目覚まし時計みたいに、身体を酷く震わせる。
その琢磨が人間の姿に戻った後、宗吾の腹を踏みつけた。
「グゥオオ!?」
「なぁ……息子のよしみでよぉ、俺に協力してくれよオッサン。そんで大都を殺したら、俺にその≪怪獣殺し≫っていう仕事を回せ……分かったな?」
「は、はい!! します!! 協力します!! だからお願いします!! どうか殺さないで!!」
「よし、決まりだな」
宗吾の腹から足をどけると、琢磨が残虐な笑みを浮かべる。
「アイツなんて俺にかかればカスも同然だ……俺が負けるはずがない。必ずKOしてやるからな……」
「………」
「なっ、お前もそう思うだろ? 池上?」
「……はい……」
茂は、ただただか細い返事をするしかなかった。
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