第46話 怪獣殺しへと力を証明するヒメ

「おお、これが『こんびにべんとう』というものですか! いただきます!」

 

 あれから僕達は仮設テントの下に集まった後、ヒメに弁当を食べさせた。

 目覚めたばっかりなのでお腹が減っているんだとか。


 ちなみに雨宮さんが本来食べる予定だったコンビニものだ。


「ごめんね、雨宮さん……」


「昼くらい抜いても平気ですよ。それよりも、彼女が池の中に眠っていた怪獣で間違いないんですね?」


「ああ、もちろん」


「……正直まだ信じられないです。怪獣が人間に変身するなんて……」


「気持ちは分からなくもない」


 目の前にいる女の子は、それはもうコンビニ弁当を美味しそうに食べている。

「モグモグ」という擬音が聞こえてきそうだ。


「うまぁ! 美味いです! まさかわたくしが眠っている間にこんな料理が生まれたなんて! 感激です! 最高です! 泣けます!!」


 泣くんだ……。

 なんというか、言動も怪獣らしくない。


 それに気がかりなのは、さっきまで水の中にいたのにも関わらず、ヒメの服が全く濡れていない事だ。

 まるで彼女自身が魔法を使ったみたいだ。

 

「多分だけど、あの身体と服は撥水性はっすいせいだろうね」


 撥水性とは、簡単に言えば水を弾く性質の事だ。


「私も思います。もしかすればあの服、そう見せかけているだけの身体の一部なのかもしれません。……人間への変身のメカニズムは、科学班でもお手上げでしょうけど」


 だろうね。


 僕達人間は、科学をもって怪獣の生態や性質などを分析している。

 しかし元々怪獣は『人類が超常存在を認識していた古き時代の名残的存在』という事もあり、中には科学でも解明できない……いわば『異能』と呼ぶべき能力を持った個体も存在している。


 僕のご先祖様のお爺さんがいい例だ。

 というか僕や絵麻も、ある意味ではそういう部類に入る。

 

 そして異能を持った個体は希少で、能力も未知数。

 このようにかよわい見た目のヒメも、実は災害級に強いと明かされてもおかしくはないのだ。


「……まるで本当の人間みたいだね」


「森塚さんはこういう経験初めてでしょ?」


「うん、大都君はこんな感じと戦っていたんだ……すごいよ本当に」


「いや、さすがに人間に変身できる怪獣は初めて見た。ところで喉乾いたからスポドリいいかな?」


「ああ、ごめんごめん」


 森塚さんが持っているクーラーボックスには、全員分のスポドリが入っている。

 それをもらう事にした。


 その時、僕のスマホに着信音が届いたので、皆から離れてから電話に応じた。

 相手は本部にいる未央奈さんだ。


『もしもし一樹君? さっきトヨタマヒメという子の写真と映像が届いたわ』


「お疲れ様です。それでどう見ます、未央奈さん」


『ふむ……可愛くて美味しそうだなって』


「未央奈さん……」


 可愛ければ怪獣でもいいのか……。

 全くこの人は……。


『ってのは冗談として、彼女がバハムートの従者で間違いないのね?』


「はい。自らそう名乗りましたし、お爺さんも間違いないと言っています。かなり昔に仮死状態になっていたせいか、今の文化を知らないみたいですけど」


『そこは彼女の知性にもよるだろうけど、追々慣れさせるしかないね。とりあえず彼女に敵意がなくてなおかつ物分かりがいいのなら、こちらとしても色々とやりやすい。彼女は特生対研究所に預ける事にするわ』


「疑う訳じゃないけど、人体実験とかしないでしょうね? そんな事をしたらお爺さんが……」


『分かっている。死んでもなお、意識とエネルギーが骨の中に残留している。何が起こるのか予測できないわ』


 なにせお爺さんは神に等しい存在だし、それこそ呪い殺す事も出来そう。


『ヒメちゃんは飛鳥ちゃんと一緒に、車で帰らせる事にするわ。あなた達も頃合いを付けて、そこを撤退しなさい』


「分かりました」


 通話を終わらすと、トコトコと絵麻がやって来た。


「未央奈さんはなんて?」


「ヒメを様子見する感じかな。とりあえず研究所に預ける事になったよ」


「まさか解剖とか……?」


「それはしないしない。僕もさっき思ってたんだけどさ」


「ならいいけど……。それよりも、何か予想外な展開になっちゃったね……」


 複雑そうな顔で、ヒメ達に振り向く絵麻。

 ヒメは「美味い美味い!」としか言ってなくて、森塚さんも雨宮さんも困り気味になっている。


「お爺さんが私達の力になれるとか言うから、てっきり厳格な怪獣が出てくるって思っちゃった」


「僕も同じ。お爺さん、僕達が驚くのを見越して黙ってたんだろうね」


「……お爺さんって本当に人間臭い」


 人間臭いか……。

 でもだからこそ人間の女性と上手くやれて、子供を授かる事が出来たんだろうね。

 

 と、いきなりスマホにラインが届いたので見てみると、


《未央奈さん:ごめん一樹君! 急に大事な話が出来たから、飛鳥ちゃんと一緒の車で研究所に来て!(土下座をする怪獣のスタンプ)》


「何だろう、急な用事?」


 僕の一言に、絵麻も首を傾げる。


 この事を雨宮さんにも伝えようとした時、突如として地面が揺れ出す。

 それも大きい。


「何……!?」


 森塚さんが大慌てで、キョロキョロ見回していた。

 

 僕はこの地震に既視感デジャヴを感じている。

 火山の怪獣ケツァルコアトルが生まれようとした時も、こうして揺れていたのだ。


 ――ドオオオオオオンン!!


 爆弾が破裂したような音が響く。

 同時に諜報班の一人が、上へと指差していた。


「あれを!!」


 頭上を覆い尽くす森でも、空が見えるくらいに開けた箇所が存在する。

 そこを見上げれば、樹木を超えるほどに高く、そして長大な巨大ムカデが土煙と共に出現したのだ。


 外殻は苔むしたように緑色をして、さらに頭部にはクワガタを思わせるハサミ状の顎が生えている。


「ム、ムカデ……!!」


 虫が苦手なのか、森塚さんの顔が引きつっていた。

 一方でヒメの方は、巨大ムカデを見ても平然としていた。


「ああ、あれはわたくしの時代によく見た奴ですね。どうやらわたくしが目覚めたのを反応して、地面から起きたんでしょう」


「説明するのはいいけど、口にご飯粒付いているよ」


「おっと! これは失礼しました!」


「諜報班は下がって下さい、僕が始末します!」


 僕は雨宮さん達に指示した。


 アイツが大怪獣とは思えないので、本来は防衛班の仕事だ。

 しかしその防衛班が近くにいないので、戦力のある僕がやるしかない。


 と思っていたら、僕を制するようにヒメが前に出た。


「あれしきの輩に、一樹様が出るまでもありません。わたくしが退治します!」


「「一樹様……?」」


 絵麻、森塚さん、何でそこに反応したの?


 するとヒメの周囲に花びらのような鱗が舞い、彼女の身体へと張り付いていく。


 鱗が顔や身体、ヒレ、長い胴体、尻尾へと形成する。

 そうしてさっき見た、美麗な水龍型怪獣へと早変わりだ。


 ――ピィルルルルルルルルウウウ!!


『トヨタマヒメ、いざ参らん!!』


 小鳥のような鳴き声を出した後、ムカデ怪獣へと飛行。

 首元を噛み付きながら奥へと行ってしまった。


 さらっと宙を舞っていたけど、多分お爺さんみたく重力制御能力でも持っているのかも。


「ちょっと様子見てくる」


「大都さん!」


 雨宮さんにそう言ってから僕はジャンプして、木の枝へと乗り移る。

 

「そこを絶対に動かないで!」


「…………」


「どうしたの森塚さん、ボォーとしちゃって!」


「……い、いや! 大都君が平然と数メートルジャンプしたから! 忍者かと思ってた!」


 そういやそうだ。

 こういうの見たら普通びっくりするよね。


 とりあえずヒメがどこに行ったのか探るべく、枝から枝へと跳びながら移動する。

 やがて鈍い音が前方から発してきたので急行してみれば、ヒメとムカデ怪獣の戦いが繰り広げていた。


 ――キシャアアアアアアアアアア!!!


 と言ってもムカデ怪獣が放ち続ける毒液を、ヒメがかわすかわす。

 美しい見た目と相まって、まるで芸者が躍っているかのようだ。


『下品な攻撃ですね! これで終わりにしますよ、≪水流≫!』


 ムカデ怪獣の背後に回ったかと思えば、口から勢いよく水を放つヒメ。

 水はウォーターカッターのようになって、ムカデ怪獣の胴体を切り裂く。


 ――ギアアア!!?


 ムカデ怪獣が黄色い体液を流しながら倒れる。

 しばらくのたうち回ったが、次第に弱々しくなって動かなくなった。


『ざっとこんなものです! いかがですか!?』


 ヒメがその一部始終を見届けた後、僕へと振り返った。

 どうもヒメ、水を操る能力を持っているらしい……なんて思っていたら、ヒメの近くの地面が2つ盛り上がった。


「ヒメ!」


『えっ?』


 地面が爆発するように四散した後、もう2体のムカデ怪獣が現れる。


 まだ別個体がいたのか。

 それらがヒメに喰らい付こうとするので、僕は技を出した。


「≪龍神の力場≫! ≪龍神の劫火≫!」


 ――ギイイイ!?


 まず2体もろとも、僕が放つ重力攻撃で地面に叩き付ける。

 すかさず≪龍神の劫火≫を放ち、2体の頭部を吹き飛ばした。


 残ったのは、脚をピクピク痙攣させる死骸だけだ。


『今のはまさしくお館様の技! それを扱えるなんて、やはり一樹様は素晴らしいです!』


「う、うん」


 異形の顔つきをしていながらも、ヒメの目が輝いているのが分かった。

 やっぱり怪獣っぽくないな、この子。



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 お気づきな方もいるかと思いますが、トヨタマヒメのモチーフはタマミツネです。人間体の服装も女性用装備に近いです。

「面白い」「続きが気になる」と思った方は、ぜひとも☆や♡やフォローよろしくお願いします!

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