第56話 大都絵麻 視点

「では検査着を脱いで、胸を見せて下さい」


「はい」


 ここは特生対研究所内の医務室。


 私は馴染みのある女性医師さんに言われて、緑の検査着をはだけさせた。

 つまり胸が丸見え。


 そこにヒンヤリとした聴診器を当てられて反応しちゃったもんだから、医師さんがクスリと笑ってしまった。


「大丈夫ですか? すぐ終わりますから安心して下さいね」


「え、ええ……すいません」


 胸に何か当てられるのって慣れないんだよね……。

 それから検査が終わった後、医師さんが扉の方へと向かう。

 

「では神木さんをお呼びしますので、少々お待ち下さい」


「分かりました」


 医師さんが出て行ってから、私は背もたれのないソファーへと座っていった。


「何か意外と長かったね」


「ええ……」


 同じく検査着を着た森塚さんも、ソファーに座っている。


 私達2人はかれこれ、1時間半近くは身体検査をさせられていた。

 文字通り体の隅々まで調べられるので、何度もやっている私はともかく森塚さんは顔を真っ赤にしたり少し嫌がったりしていた。


『大丈夫ですよー、リラックスして下さいー』


『リラックスだなんて……あっ、いや……そこは……あん……』


 そんなんで検査させられるから、女の私でも恥ずかしくて……。

 っていやいや、そんな事を考えてどうするの私。


 ただこれだけ言えるけど、森塚さんって胸が大きいんだよね……。

 

 服越しでも分かっていたけど、脱ぐとすごいというか。

 今だって検査着から見える谷間がいい形をしている。すごく羨ましい。


 ……兄さんって胸の事どう思っているっけ? 


 もし巨乳好きだったら、私に勝ち目ないんだけど。

 でも兄さんに限ってそんな事……。


「ん、どうしたの?」


 唐突に森塚さんがこちらに向いたので、思わず目を逸らしてしまった。

 

「い、いえ……何も」


「もしかして胸見てた?」


「えっ!? そ、そういう訳じゃ!?」


「隠さなくていいよ、そういうの何度もあったし。やっぱ気になるよね」


「すいません……大きくて綺麗だなぁって思いまして……。私なんかこんなで……」


「そうかな? 絵麻ちゃんの胸さっき見たんだけど、結構美乳な方だと思うよ? クラスメイトに言われた事ない?」


「あるようなないような」


「何か大都君も近い事言ってたような……本当に兄妹なんだね」


 そうなんだ……ああ、でも兄さんなら確かに言いそう。


「それにしても大都君、大丈夫かなぁ。なんかアメリカで怪獣達が暴れているとか聞いたし」


「心配ないですよ。前にアメリカに行った時、荒野とかを縄張りにする怪獣達を間引きしてましたし」


「えっ、そんな害虫を潰す感覚で?」


「ええ」


「……すごいね大都君って……」


 我ながらベラベラ喋ってしまっているけど、森塚さんはもうこちら側の人間なので問題はない。

 仮にこの人がそういった証言や証拠をネットに流したとしても、特生対が抱えるハッカーがすぐに消去してくれるし、何より「怪獣は高校生が倒している」なんて一般人が信じる訳がない。


「全ての怪獣は特生対を含めた軍隊が倒している」。

 悔しいけど、それが世間にとっての一般常識なんだ。


「なんというか……世界には知られていけない事があるんだなぁって感じるよ」


「昔からそうですよ。世間は雲を掴むような真実よりも、手に取りやすい情報を信じるもんです」


「なんか歳にしては達観してるね。でもまぁ、絵麻ちゃんの言う通りかも。五十嵐の奴なんか、大都君のスペックに気付かないで根暗根暗言うし。ほんと何様なのよアイツ」


「気持ちは分かりますけど、陰口はその辺にしておいた方がいいですよ。兄さんがここにいたら『人を悪く言うのはよくない』って言うはずですし」


「あっ、ごめん……。なんか絵麻ちゃん、大都君の事よく理解しているんだね」


「まぁ、妹なので」


 ……何その人、兄さんの事を何も知らないのに……。


 軽く受け流したつもりだけど、その五十嵐という人には青筋が立ててしまいそうだ。

 なるべくその人には会いたくないよ。


「というか大都君、人が良すぎるんだよ。もっと強く反論してもいいのに」


「人が良いというか、自分が普通の人間じゃないからこそ、そういう扱われ方されて『ちゃんとした人間なんだ』って実感しているんですよ。だから反論しないんです、きっと」


「そうなんだ……」


「ただ兄さん、逆に人からカッコいいって褒められても気付かないんですよね。面白くない顔しているって言ってましたし」


「あー、あったあった。自分に無頓着なタイプなんかな?」


「だと思いますよ。前に雨宮さんにも『あの人鈍感すぎじゃないですか?』とか言われましたもん」


 まぁ、そんなヌケている兄さんも……好きなんだけど。


「もったいないよねぇ、大都君」


「ほんとですよ」


 森塚さんが笑うと、こちらもつい釣られてしまった。

 何だがこの人、悪い人じゃないかも。


「ていうか絵麻ちゃん。本当に好きなんだね、お兄さんの事」


「……! な、なんですか急に……」


「だって大都君と一緒にいる時の絵麻ちゃん、恋する女の子のそれだもん。よく見なくても分かるよ」


「…………」


 そう言われてしまうと、耳まで真っ赤になりそうだった。

 こんなにも指摘されたのは未央奈さん以来だから。


「……分かってますよ、兄妹の間でそういうのはどうなのかって。でも……仕方ないんですよ。兄さんが近くにいるとポカポカするし、いつも優しくしてくれるし、いい匂いするし、前に兄さんの裸を思わず見ちゃった時なんか……!!」


「え、えっと……なんかテンパって黒歴史掘っているよ……」


「……忘れて下さい……」


「うん……」


 ……何を言っちゃっているの私!!

 思わず暴露しそうだったよ!!


 お爺さん、どうか私のエネルギーをぐしゃぐしゃにして殺して!! 

 ……あっ、返事が来ないって事は無視してるんでしょ!?


「でもそっか、よっぽど大都君に大事にされてきたんだね。優しいもんね彼」


 森塚さんの言葉に、私は恥ずかしさでうつむいてしまった。


 自分で言うのもなんだけど、私は本当兄さんに大事にされてきたとは思う。


 兄さんは自分の事以上に私を気遣ってくれてるし、常に守ってくれる。

 そんな状態なんだから、私は実の兄に対して恋のような感情を抱いてしまった。


 これは単なる兄妹愛なんかじゃないって自覚するくらいに。


「……変ですよね、やっぱりそういうのは」

 

 でもどこかおかしいと思っている自分もいた。

 実の兄妹でこんな感情なんて……。


「いや、大事にしなよ。そういう気持ち」


「うぇっ?」


 予想付かなかった返事に、私は思わず変な声を出してしまった。


「きっと……ううん絶対、大都君はそんな気持ちを持つ絵麻ちゃんが大好きなんだよ。だからあんなに称賛されなくても、怪獣退治を頑張っているんだと思う」


「森塚さん……」


「だからその気持ちを捨てない方がいいよ、大都君の為にも。あなたにとっての大事なお兄さんなんだから」


「……ありがとう……ございます」


 なんか一枚上手いかされたような感じだ……。


 でもなんだろう、悪い気持ちはしない。

 むしろ嬉しいのかも。


「まぁ、それ抜きでもあたしの気持ちが消えるはずがないんだけど」


「……やっぱり私とあなたはライバルですね」


「確かに。それよりも絵麻ちゃんって美少女的に可愛いよね、大都君もシスコンになるはずだよ」


「そんな事は……」


「事実だって。というか神木さん遅いなぁ、座っているのも疲れるよ」


 と言って、背伸びをする森塚さん。


 その時にタプンと胸が揺れて、私は思わずチラ見してしまった。

 未央奈さんほどじゃないけど、やっぱりでかいな……谷間もエロいというか。


「ごめんごめん、ちょっと遅れてしまったわ」


 その時、部屋に未央奈さんが入ってくる。

 私がそちらへと向くと、何故か未央奈さんが目をパチリとさせていた。


「未央奈さん、どうかした?」


「……いえ、2人とも扇情的だなって。特に凛ちゃんの谷間」


 ……この人は相変わらずだった。

 本能で察したのか、森塚さんが赤らめながらバっと胸を隠した。

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