第80話 トヨタマヒメ 視点2

 わたくしはフェンリル様と共に、ル・カルコルというカタツムリ怪獣を追いかけていた。


 後方には、軍用車に乗った防衛班の方々が付いて来ている。


 ふふん、現代の勉強をした甲斐があって、かつての時代になかった名前を間違えずに出せるようになりました。

 わたくしってば偉い!


『ヒメ……私が回って奴を止める。後はお願い……』


『了解です!』


 フェンリル様がビルの壁へと三角飛びして、転がるル・カルコルの前に回り込んだ。

 ル・カルコルが接近する直前に、フェンリル様が上体を大きく上げる。


『ウォオオオオオオオンン!!』


 身体全体を使って、ル・カルコルの突進を受け止めた。


 彼女が下がるたび、道路がガリガリ削られていく。

 それである程度の距離になったところで、ル・カルコルの動きが止まっていった。


『フェンリル様、大丈夫ですか!?』


『No Problem……』


『のー……何?』


『大丈夫って事……』


 ル・カルコルの巻貝には無数の棘が付いているけど、フェンリル様はそれを口でくわえていた。

 

 あの回転突進から器用に棘を捉える。

 フェンリル様が怪獣だからこそ成せる業でしょう。


 ――ギュルウウウウオオオオオン!!


 巻貝から紫色の蛇のような本体が出てきた。

 止められた事に激昂したのか、鋭い牙でフェンリル様を噛み付こうとする。

 

「フェンリル、避けるんだ!!」


『!』


「榊原、あの子が離れたら撃て!!」


「了解!!」


 軍用車から榊原様という方が降りて、大きいミスリルを掲げていた。

 フェンリル様が言われた通り下がると、そのミスリルから青白く光る弾が飛ぶ。


 それがル・カルコルの身体へと当たり、大きい穴を開けた。


 ――ギイイイイイイ!?


 悲鳴を上げるル・カルコル。

 だけど防衛班を敵と定めたのか、そちらへと首を伸ばしていった。

 

 まるで妖怪のろくろ首みたいです。


『させません!!』


 わたくしが尻尾でその首をはじき飛ばした後、≪泡沫うたかた≫を放った。

 泡が頭部に触れて破裂した瞬間、まるでそこがなくなったかのように大きく抉られる。


 ついにル・カルコルは絶命した。

 首がなくなった本体が倒れると、防衛班の方々からどよめきが上がってくる。


「すげぇ……榊原のミスリル当たっても動いてたのに……」


「さすが大怪獣だな。それでいて俺達の味方に付いてくれるなんて、頼もしいというか……」


 これは褒められているのでしょうか?

 ……うん、嬉しいです!


 とりあえずわたくしが人間の姿に戻ると、フェンリル様も同様にしながら近付いてきた。


「ヒメ……Good Play」


「むう、英語は苦手なんです! もっと分かりやすく言って下さい!」


「上手に出来ましたって事」


「おお! それなら嬉しいです!」


 お館様の盟友である方に褒められるとは、中々悪くない。

 まぁ、一樹様に頭撫でられる方が一番嬉しいのですが!


「……そうか分かった。あっー皆、あちら側の連絡が来たんだけど、≪怪獣殺し≫がもう片方のでんでん虫をやったらしい。しかも私達より先に」


「そうなんすか! さすが俺の師ですね!」


「榊原様、師というのは?」


 高槻様の言葉に、何故か嬉しそうにしている榊原様。

 この方と一樹様にどういう接点があるのでしょうか?


「実は模擬戦の時にあの人にやられてさ、それ以来あの人を超えようと心の弟子になったんだ。まだまだ修行が足りてないみたいけどさ」


「あっ、ふーん。なるほど、そういう事ですか」


「……何でそんなに軽いんだ……」


 この方には悪いですけど、一樹様を超えるのは無理でしょう。


 あの方はどんな強大な怪獣がかかっても平然と倒し、かつそれを鼻にかけない。

 それでいて美形の顔立ち……もうわたくしはあの方に夢中です!


 はぁ……今すぐに一樹様と合流して頭を撫でられたいです!

 そして「よく頑張ったね」と褒められたいです!


「ヘヘッ……ヘヘ……!」


「ヒメ……どうしたの?」


「うぉっと、何でもございません! 別にあの方に褒められるのを想像して、ニヤニヤしていた訳でありません!」


「……分かった、じゃあ先に私が褒められるようにするから」


「ちょっ、何でそういう事になるんですかぁ!?」


 一樹様のところに向かおうとするフェンリル様を、私はあたふたしながらも追いかけようとした。

 

 ――ドオオンン!!


 だけどその時、轟音が背後から発してきた。

 

「えっ?」


 何事かと思い振り返ってみると、誰かがル・カルコルの近くに着地していた。

 それによって瓦礫が吹っ飛び、周りに飛び散る。


 一樹様……じゃない。

 いや、そもそもそれは人じゃなかった。


『……ハァ……ハァ……』


 青白く光る目をした獣の顔つきに、背中の鋭い結晶。

 灰色の外殻に長い尻尾。


 それはあたかも怪獣を人型に留めたような姿。

 そんな奴がル・カルコルの死骸に近付くと、まるで一心不乱にがぶりついた。


 ――ゴリ……グジャ……バギ……。


 咀嚼そしゃくする音が鳴り響く。

 わたくしはおろか、フェンリル様や防衛班の方々も凍り付いたように奴を見ていた。


『……ゲホッ……ゴホッ……クソッ、マジぃ。しかも大した力持ってねぇじゃねぇか、クソが』


 食べかけの肉を吐き出し、言葉を話す化け物。

 コイツはわたくし達みたく、人間に変身できる怪獣でしょうか?


『……あっ? 何であの時の女がここにいる……?』


「えっ?」


 化け物がわたくしを見るなり、そんな事を言ってきた。


 ……こんなゲテモノ、知り合いになった覚えなんてないですが?


 なんて思っていた時、奴の身体がみるみるうちに変わっていき、全く別のものへとなった。


「あっ!?」


 化け物の正体は何と人間だった。

 しかも……しかも、ソイツは以前に一樹様を襲おうとした五十嵐という男だった!


「……何であなたが……」


「この匂い……そうか、テメェらは怪獣か。というか何で防衛班と一緒にいるんだ? ええ?」


 口元から喰らった怪獣の体液を垂れ流し、汚れた服を纏い、さらに焦点の合ってない目で向けてくる。

 もはや人間と呼べるべきか怪しい雰囲気だ。


 異様な姿に言葉を詰まらせていると、高槻様方が奴へとミスリルを向けた。


「何もん? もしかしてヒメ達と似たような存在?」


「動くな! 動くとこのミスリルをお見舞いする!!」


 榊原様も大型ミスリルを突き付ける。

 すると五十嵐が目に見えて狼狽え始め、声を張り上げる。


「ちょ、ちょっと待って下さい! 俺、実は防衛班になりたくて……まぁ思ってたのとは違う感じになったんすけど、この通り力にはなれるかと……」


「黙りな化け物。じゃないとミスリルの雨を降らせるよ」


「……いやいや、おかしいでしょう? 俺、一般人なんですよ? 何でミスリルを向けるんですか? 警戒しすぎでしょう?」


 顔が引きつる五十嵐に対し、高槻様方は表情を緩めなかった。

 やがて奴の顔がキッと怒りのそれになり、わたくし達へと向く。


「テメェら、まさか防衛班に何かしたんじゃねぇのか!? 洗脳とかそういうの使ってよぉ!!」


「はい? 一体何を……」


「いや、そうに違いねぇ!! でないと俺にミスリルを向けるなんてありえない……そうだよ、どう考えてもお前らが原因だ!! お前ら絶対に許さねぇ!! 絶対に叩き潰してやるからなぁ!!」


 その時、五十嵐の姿がまた異形のものとなる。


 奴が地面に手を叩き付けると、青白い光が手元からほとばしる。

 光が道路を覆った直後、周りから結晶が生えてきたのだ。


 結晶から稲妻が発生して……って、そんな事を思っている場合じゃないですね。


「そんな結晶なんてすぐに……えっ? 身体……が?」


 何と真の姿になれない……というか身体が重い。

 まるで言う事が聞かないみたいに!


 フェンリル様も同じで、苦しそうに膝をついてしまっている。

 そしてそれは高槻様ら防衛班も同じらしい。


「た、隊長……!! 身体が……!!」


「くっ……!! きっとあの結晶だ……今すぐに……何!? ミスリルが撃てない……!?」


「高槻隊長、俺もです!! ミスリルが反応しない!!」


 何と身体が崩れているだけじゃなく、ミスリルが撃てないという。

 結晶がそうさせているのでしょうか。


「一体何をしたんです、お前は!?」


『黙れ怪獣共がぁ!! 今ここでお前らを潰してやらぁ!!』


 奴の目の前にエネルギーが集まり、固形化する。

 続けて顔、胴体、足、尻尾が姿を見せて……、


 ――グァオオオオオオオオオオオンン!!


 異形の怪獣が姿を現してきた。

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