第79話 怪獣殺しの爆滅

「……分かりました。すぐに早退します」


 電話を切った後、僕は頭をかいてしまった。

 全く……文化祭途中に大怪獣とかツイていない。


「もしかして怪獣?」


「まぁ……」


「そっか……じゃあ私が雨宮さん達に伝えておくから。兄さんは早く行ってきて」


「分かった。……あの、絵麻……」


「謝らないで、これも仕事なんだから。それに短かったけど、兄さんと文化祭回れて楽しかったよ」


 そう言ってくれた絵麻に、僕は思わずはにかんだ。

 正直、不完全燃焼なんだけどよしとしようか。


「じゃあ行ってくる」


「うん、気を付けてね」


 僕は絵麻から離れた後、職員室にいる担任先生に早退の意を伝えた。

 そこから学校を後にし、未央奈さんがよこしただろう諜報班の乗る車へと駆けこんだ。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 特生対本部に到着して、そこで待っているヘリで現場へと急行する。


 場所は東京渋谷区のど真ん中。


 今回は防衛班と協力体制をとるので、顔バレを防ぐようヘルメットと戦闘服を着る事になった。

 未央奈さんは先に行っているというので、着いたらすぐに彼女と合流するつもりだ。


 ヒメについては……どうなるんだろう? まだお留守番だろうか?


「……あれか」


 そう思っているうちに、人がいなくなった渋谷の歩行者天国が見えてくる。

 もちろん怪獣の姿も。


 あたかも巨大な巻貝……いやカタツムリか。

 それが2体いて、まず1体目がビルの壁面に、2体目が道路に張り付いている。


 怪獣を遠巻きで見ている防衛班らしき姿があって、その近くにヘリが降り立つ。

 そしてドアを開ければ、馴染みのある姿があった。


「文化祭だというのに……ごめんなさいねほんと」


 申し訳なさそうな表情を浮かべる未央奈さんと、何と意外な事に巫女服を着たヒメもいる。

 ヒメがこちらに気付いて、パァッと明るい顔をして駆け込んできた。


「かず……」


「シッー、名前出さないで。防衛班には僕の詳細は明かしてないから」


「おっと、申し訳ございません!」


「それでよし。……にしても防衛班と一緒にいるって事は、未央奈さんもしかして……」


「ええ、高槻隊長達にはヒメちゃんの正体を明かしている。皆最初は戸惑っていたけど、ヒメちゃんの性格からなんとか受け入れてくれたわ」


「そういうこった。というかこんな可愛い子を連れてくるなんて、≪怪獣殺し≫も隅に置けないねぇ」


 そう言って近付いてきたのは、東京本部防衛班隊長――高槻裕さん。

 彼女と会うのは新型ミスリルの模擬戦以来だ。


「お久しぶりです、高槻隊長」


「おひさー。榊原もちゃんといるぞ」


 高槻さんの背後に集まっている防衛班。

 その中に榊原さんの姿があった。

 

 彼が僕に気付いた途端、キビっと敬礼をする。

 僕も同じようにすると、防衛班から色んな声が。


「あれが噂の≪怪獣殺し≫か……」


「今回は面倒な奴だから、来るのも当然か。というかアイツの周りだけ美女が集まっているの、すごい目の毒だわ。羨ましい……」


「それだけじゃないぜ。噂だとアメリカに行ってスタンピードを止めたんだって。しかもそこでシルバースターもらったとか」


「嘘だろ!? じゃあアメリカの英雄同然じゃん!」


「おいお前ら、あまりボソボソ言うな。彼に失礼だろ」


「わ、悪かったよ……」


 そこに榊原さんが注意をした。


 それはともかくとして、カタツムリのような怪獣は依然として壁や道路に張り付いたままだ。

 怪獣がじっとしているなんて珍しい。


「あれは一体?」


「コードネーム『ル・カルコル』。2体とも地面から出現して以来、ああして壁などに張り付いたままじっとしているの」


「そこもカタツムリそっくりですね」

 

 ル・カルコルとはフランスに伝わるカタツムリの怪物で、まさに奴らにおあつらえ向きだ。

 本体の方はよく確認できないけど、灰色の巻貝には無数の鋭い棘を生やしている。

 

 巨大なモーニングスターにも見えるか。

 ちなみに巻貝の高さはおよそ15メートル……怪獣としては小さい方だ。


「コイツがまた厄介でね。あの巻貝は、榊原隊員が持っている大型ミスリルでも傷一つ付かないの。まだヒメちゃんの水ブレスは試してないけど、変に攻撃して暴れる可能性を考慮してあなたが来るのを待っていたわ」


「なるほどですね。周囲の避難は?」


「もちろん完了している。周りには住民なんていやしないわ」


 ならいいけど。

 見た感じ、巻貝の防御力以外これといった要素がなさそうだから、そんな処理に長引く事はないだろう。


「それとね。あなたにお客さんが来ているわ」


「えっ? ……うお?」


 その時、誰かが後ろから抱き付いてきた。

 

 しかも暖房みたいに温かい……。

 もしやと思い振り返ってみると、端麗な顔つきをした金髪少女がいる。


 まさか……アメリカで共闘したフェンリルじゃないか。


「お久しぶり……」


「フェ……あっ……」


 ここで名前を出したらいけないのでは?

 僕がおもむろに未央奈さんへと振り向くも、彼女がクスリと笑みを返した。


「大丈夫よ、フェンリルちゃんの事も防衛班は把握済み。これも『あのアメリカで有名なフェンリルが!?』って大騒ぎだったのよ。まぁ、かく言う私もビックリしちゃったわ」


「そうですか。まさか君が来るなんて……どうやってここに?」


「海を渡ってきた」


「……ん?」


「海を渡ってきた」


「……泳いで? アメリカから日本に?」


「うん」

 

「へ、へぇ……」


 それって密航にならないのかな……。

 でも彼女はあくまで怪獣だし、そういうのは例外になっていたりとか……?


 というかアメリカから日本へ泳いできたなんて……肺活量とかエグイな……。


「アジ・ダハーカの時のお礼……まだしてなくて……だからしばらく日本で怪獣退治やるの……」


「そうなんだ……アメリカの方は大丈夫なの?」


「うん、何とか怪獣災害は収まった……次は私の番……ちゃんと頑張るから」


 彼女はもう一回僕へと抱き付いてきた。

 やっぱり温かい。


 と、そこにヒンヤリと冷たいヒメがくっついてきて、


「もうフェンリル様! その辺にしておいて下さいよ!」


「何で……?」


「そ、それは……とにかく駄目なんです!」


「……へぇ」


「へぇって何ですか!? へぇって!」


 方や温かい、方や冷たいという……こんな温度差斬新すぎでしょう。

 僕が戸惑っている中、また防衛班がひそひそ話していて、そこに高槻さんが「ほらっ、静かにしな」と注意した。


 怪獣が目の前にいるのに大丈夫かな……。


「ほら2人とも、怪獣がいるんだか……」


 ――ギイイシシ……。


 そう口にした時、ねじるような軋み音が聞こえてきた。 

 それはじっとしているル・カルコルからだと分かり、2体とも巻貝を震わせていた。


「総員、射撃用意!!」


 高槻さんの一言で、防衛班が各々のミスリルを掲げる。

 ル・カルコル達はしばし震えていたけど、突如として自身の身長以上の高さまでジャンプ。

  

 奴らはまるで車輪のように回転し、バウンドしながら逃げようとした。


「撃て、撃て!!」


 逃げようとする奴らに、ミスリルの一斉射撃。

 だけど強固な巻貝によってことごとく防がれてしまい、さらに周辺の建物に流れ弾が当たってしまう。


 建物に大小の穴が開く中、奴らの逃走を許してしまった。


「高槻隊長、1体目は僕が追います。2体目は任せます」


「りょーかい。そっちにも人員よこしとくよ」


「ヒメ、フェンリル、高槻隊長の援護をお願い」


「かしこまりました!」


「分かった……」


 2人して真の姿へと戻る。


 ヒメは美しい水龍の怪獣に。

 フェンリルは炎を纏った金色の狼に。


 高槻さん達がおお……と驚くも、すぐ近くにあった屋根なし軍用車へと乗り込む。


「怪獣と共闘するのは初めてだけど、頼むよ2人とも!!」


『はいです!』


 ル・カルコルを追うヒメとフェンリル。

 その後を続くように、防衛班の軍用車が走る。


 さて、僕はあっちの個体だな。

 ソイツへと目を向けると、軍用車に乗ろうとする隊員が叫んできた。


「おいあんた! 車に乗らなくてもいいのか!?」


「ああ、気にしてなくて大丈夫ですよ。≪龍神の力場≫」


 それを唱えてから両足にかける。

 そして超高速のローラースケートの如く、滑るように移動した。


「えっ!!?」


「何だアレ!!?」


 隊員が大層驚いているようだ。


 アメリカの一件で自身にかけて以来、≪龍神の力場≫のコツが何となく分かった。

 わざわざ飛行しなくても、こうしてローラースケートもどきにも使えるし、何より普通に走るよりも格段に速い。


 おかげで、逃げているル・カルコルへと接近する事が出来た。

 

 奴がバウンドする事で道路が砕け、破片が周りの建物の窓を割ってしまう。

 窓の値段はバカにならないっていうのに、余計な事をして。


「ん、こっちから来るか?」


 こちらが鬱陶しかったのか、ル・カルコルが旋回して向かってくる。

 

 それはさながら巨大な棘付き車輪。

 地面を削りながら肉薄してくるそれに対し、僕はあえて立ち止まった。


「無茶だ!! いくら≪怪獣殺し≫でも轢き殺されて……」


 後からやって来た軍用車の隊員が、心配の声を上げる。

 だけど僕は右腕に『あるもの』を纏わせ、全神経を集中させて、


 迫ってきたル・カルコルの貝殻の棘を掴んだ。


「はっ!!?」


 吹っ飛ばされないよう、≪龍神の力場≫で重量をかけている。


 もちろん普通の右腕で掴んだらもがれるので、≪龍神の眷属≫のドレイクの右腕を装着し、その巨大な手で受け止めたのだ。

 これがさっき言った『あるもの』で、見事ル・カルコルの回転突進を止める事が出来た。


 さて、トドメはアレにしてみようか。


「≪龍神の爆滅≫」


 以前に使えなかった新能力を発揮する事にした。

 

 止まったル・カルコルの貝殻に手を触れる。

 すると手を中心に、貝殻にヒビが広がっていき……、


 ――ドオオオオオオオオンン!!!


 貝殻ごと本体が粉々に吹き飛び、肉片やら体液やらが辺りに飛び散った。

 僕は障壁で防いだものの、ビルや道路が青い体液によって酷い有様に。


「……ヤバいな」


 これが≪龍神の爆滅≫……お爺さんチートすぎるだろこれ。

 まぁ、とにかくル・カルコル掃討完了クリアだ。


「こっちは何とか終わりました」


「……お、おお……」


「突進を止めた挙げ句、触れただけで爆発……?」


「≪怪獣殺し≫こええ……」


 今回の荒技のせいか、軍用車の隊員方がドン引きに。

 そりゃあそうだよな……我ながらやりすぎた。

 

 なんて思っている場合じゃなく、こちらが片付いたのならヒメ達のところに向かわなければ。

 まだ苦戦している可能性がある。


「……ん?」


 向かおうとした時、妙な違和感というか気配が襲ってくる。


 まるで……こちらに接近してくるような感じだ。

 こんなの初めて感じる……何なんだこれ?




 その正体が一体何なのか、この後の僕は否が応でも知る事となった。

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