第78話 怪獣殺し、妹に近付く悪い虫を追い払う

 それから1時間が経った。


「委員長、休憩に入るね」


「うん、分かった」


 僕は仕事している委員長へと声をかけた後、エプロンを脱ぎ始めた。

 

 やっと仕事がひと段落して、肩の力が抜ける気分だ。

 ここから3時間ほどは暇になるので、それまで絵麻と遊んでおこうか。


「じゃあ、あとはよろしく」


「ええ、大丈夫ですよ」


「行ってらっしゃい。まだあたしは仕事なんだけどねぇ」


 僕は雨宮さんや森塚さんへと一言伝えた。

 普段は屋上や帰り道くらいしか会話がなかったけど、今回は報連相が必要な文化祭という事でそれなりに話せる。


 それにクラスに全生徒がいる訳じゃないので、あーだこーだ言ってくる陽キャもいない。

 だからなんだというのもあるけど。


「……それと大都君、アレまだ覚えているよね?」


「もちろんだよ。文化祭が終わった後でね」


「うん」


 実は文化祭が終わった後、森塚さんの家で打ち上げパーティーを開く事になっている。

 その際、仕事の都合で来れない森塚さんのお姉さんも参加するとか。


 お姉さんと言えば、以前怪獣を匿っていたカルト『恵みの会』で出会っている。 

 ただお姉さんの方は気絶していたので、僕達の事を知らないはずだ。


 さて、あまり絵麻を待たせてしまうのもアレなので、すぐに出て行った。

 絵麻は教室から離れた廊下の奥にいるので、そこへと向かう。


 ちなみに文化祭だからだろうか、カップルを多く見るような気がする。

 お菓子を一緒に食べたり、お化け屋敷から出てきてワイワイ感想言ったり、果ては人目憚らずイチャついていたりしている。


 彼女か……。

 

 こんな静かな僕に彼女なんて出来るだろうか。

 大体彼氏といったら、彼女に対して明るくエスコートできるタイプが多いし。


 そもそも怪獣退治に勤しんでいるから、彼女作っている暇なんてないか。


「お待たせ、絵麻」


 目的の場所に到着すると、壁に腰かけている絵麻の姿があった。

 いじっていたスマホから僕へと向いた時、それはもう嬉しそうに微笑んでくれた。


「やっと来てくれた。喫茶店大変だったでしょ?」


「いや、そんなんでもなかったよ。むしろあんな事になってごめんな」


「気にしてないからいいよ。それにアイツら、今まで兄さんを馬鹿にしてた連中でしょ? スカッとしちゃった」


「そんなもんか?」


 まぁ、あの取り巻き達の事はさておき。

 改めて絵麻の姿を見てみると、本当に中学生なのかというくらいに魅力的だ。


 そりゃあ、教室に入った途端に騒然とするよなぁ。


「どうしたの?」


「いや、服装似合っているなぁって。可愛いよ絵麻」


「か、可愛い……ありがと……嬉しい……」


 目を見開いていたと思えば、急にしおらしくなる絵麻。

 こうやってオシャレしているとなると、いつの日か絵麻にも彼氏が出来るだろうか。


「絵麻、お前って彼氏とか考えてる?」


 絵麻がどう思っているのか聞きたくて、そんな事を口走ってしまった。

 すると絵麻が泡を食ったように慌てふためく。


「か、か、彼氏!? そんな……全然考えてないよ!」


「そうか……?」


「そうだよ! 私には兄さんがいれば……それで十分なんだから……って何言わせんの、恥ずかしい!」


「自分でツッコんでどうする」


 とりあえず彼氏については考えていないようだ。


 もし仮に彼氏を連れてきたら……その時の僕はどういう反応するだろうか。

 割と頑固父親のような感じだったり……酷い奴だったらマジでキレるかもしれないけど。


「見ろよ、あの子。マジ可愛いな」


「というか隣の奴、確か大都だっけ?」


「どういう関係? まさか恋人って訳じゃないだろうし……」


 おっと、後方からざわめきが聞こえてきたぞ。

 早く場を変えようか。


「確か体育館に行きたいんだよね。こっちだよ」


「うん」


 絵麻は体育館で劇を観たいらしい。 

 逆にあまり学校の中を回るのは好きじゃないと。


 体育館には色んな出し物があって、軽音部によるライブ、演劇部による劇、そしてお笑いコンテストまであったりする。

 もうとっくライブは終了し、あと数十分後くらいに劇が始まる予定だ。


 体育館の中に入ると、既に満席に近い状態となっていた。

 つまり後ろで立たないといけなくなる。


「立っているの大丈夫?」


「平気だよ。というかその方が見やすいしね」


 ならよかった。

 

 その後に体育館が暗くなり、劇が始まろうとしていた。

 内容は交通事故により記憶喪失に陥っていた主人公に対し、自分が彼女だと言い張る女の子が3人現れるという恋愛ミステリーものだ。


 誰が本当の彼女なのか、誰が嘘を吐いているのか。

 そしてどういった結末になるのか、僕は割と気になってしまった。


「……いっその事、3人まとめてハーレムすればいいのにね」


「お前からそんな言葉が出るとは思わなかったよ」


 もはやラブコメになるんですがそれは。

 

 集中しながら劇を観ていた僕だけど、ふと左腕に柔らかい感触がしてくる。

 絵麻の両腕がくるんできているようだった。

 

 僕が見下ろすと、絵麻がこちらをチラ見しつつ力を入れてくる。

 

「甘えん坊だなぁ」


「甘えん坊でいいですー。どうせ誰も見てないしー」


「フッ」


 なんか笑みがこぼれてしまう。

 それと微かに絵麻の頬が赤くなったと思うけど、多分気のせいかも。


 やがて劇が終わって、数十分のインターバル時間が設けられる。

 劇については意外な結末が明かされたので、終了した時には何とも言えない余韻さが残った。


「結構よかったな」


「そうだね。夢中になっちゃったよ」


 絵麻も劇が面白かったらしい。それは何よりだ。

 この後にお笑いコンテストが始まるけど、コイツ興味あるのかな?


「絵麻、お笑いも観ておく?」


「そうしようかなぁ。それよりも喉乾いちゃったから、何か飲もうよ」


「分かった。一旦出ようか」


 僕も喉がカラカラだ。なので自販機がある外へと向かった。

 ただ出入り口を通過した時、僕達を阻むように何者かが立ち塞がる。


「お前、確か大都一樹って言うんだよな」


「可愛い女の子を連れているなんて、いいご身分だな。ええ?」


「……どなたですか?」


 2人の強面をした男達。

 見た事がない顔だ。


 ただ制服は着ているので、この学校の生徒で間違いないはず。

 となると上級生だろうか。


「お前と同じクラスの五十嵐。ソイツが所属しているサッカー部の3年だよ」


「という事は五十嵐君の先輩……それで何の用で?」


「お前さ、五十嵐に絡まれたらしいじゃん? よくサッカー部でアイツがお前の事話してたよ。だけど2学期になってからアイツが来なくなってさ、それってお前と関係あったりする?」


 ユーツーバーと一緒に怪獣に襲われて以来、生死不明になっています。

 ……なんて言える訳ないよね。


「僕も彼の事は分からなくて……」


「まぁそうだよな。でさぁ、そんな可愛い子を引き連れてよぉ、不釣り合いとは思わない?」


「そうそう、お前みたいな根暗にはもったいないっての。ねぇ、俺達と一緒に遊ばない? こんな奴よりも楽しくさせられるよ?」


 そう言って、先輩の1人が絵麻の肩を馴れ馴れしく掴んだ。


 ――何かがプッツンとする。


 いつの間にか僕はその腕を掴んで、強く握っていた。


「いっ!?」


「「その腕を離してもらえないでしょうか……えっ? あっ」」


 なんか絵麻とハモったと思ったら、コイツも腕を握っているではないか。

 つまり同じ事を考えていて、同じ行動をとっていた……やっぱり僕達は兄妹なんだな。


 まぁ、それを抜きにしても、彼らだけは許さないけどね。


「な、何を偉そうに!! ぶっ飛ばされてぇか!?」


「……それでしたら場所を変えましょう。ここではマズいです」


「おお、そうだな! 絶対に後悔させてやる!!」


 僕達は人の目が付かない体育館裏へと足を運んだ。


 そして……。


 ――バキッ!! ドカッ!!


「グオッ!?」


「グハッ!!」


 後ろから殴られそうだったので、とりあえず戦闘不能に陥らせた。

 ふぅ……あまりこういう事はしたくなったけどなぁ。


「う、嘘だろ……陰キャの癖に……」


「暴力を振るって何ですが、この事はあまり広めないで下さい」


「はっ? 何を言って……」


「どうか……お願いします」


「……ッ……」


 目つきが怖いと散々言われたので、まだ息のあった1人へと睨みを効かせた。

 効果はてきめんらしく、先輩が恐怖の表情で凍り付いている。


「ふんっ!」


「ゴッ!!」


 そうして怯んでいる先輩の頭を、絵麻が肘打ちを叩き付ける。

 結果として2人とものびてしまい、地面に伏せた。


「絵麻を守る為とはいえ、手荒くやっちゃったな……ちゃんと広めないでくれるといいけど……」


「大丈夫でしょ。周りが私達を兄妹だって信じてなかったんだし、この人達が広めても誰も信じないよ」


「そうかなぁ」


 そう言われてなるほどと思いつつも、まだ不安が募っていた。

 ただその時、僕の身体へとそっと寄り添う絵麻。


「兄さん、私の為に身体張ってくれたんだよね。私、それが嬉しい……」


「絵麻……」


「やっぱり兄さん……カッコいいよ。どんな人よりも……」


 そうやって浮かんでくるのは、優しくも艶やかな笑み。


 実の妹が相手なのに、ついドキリとしてしまった。

 今しているメイクの影響だろうか。


 こう言われてしまうと、さっきの不安が嘘のように吹き飛んでしまうようだ。


「……絵麻、ありが……」 


 ――ピロリン、ピロリン。


 お礼を言おうとした時、ポケットから鳴りだすスマホの着信音。

 全くこんな時に……僕はため息を吐きながらも、それを取り出した。


「ごめんちょっと……って未央奈さんか。はいもしもし」


『一樹君、文化祭の途中申し訳ないけど、大怪獣が出てきたわ。至急合流をお願い』

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