第92話 怪獣殺しの煽り
奥多摩のキャンプ場跡地に向かうヘリ。
その中で僕はじっと座っていた。
座っているといってもリラックス的なものじゃないのは、他の人が見ても明らかなはずだ。
自分で言うのもなんだけど、今までの怪獣退治のような「よし頑張るか」という気持ちが今はない。
「……了解しました、大都さんに伝えておきます。大都さん、試作品のミスリルや盾が跡形もなくなっていると神木さんが言っていました。おそらく五十嵐の手によるものでしょう」
「……分かった……」
「…………」
「…………」
雨宮さんがインカムの報告を伝えてくれたけど、この通り会話がぎこちなくなってしまっている。
例えるなら、苛立ちかな?
僕を見下していた今までの五十嵐に対しては、特に何も抱いていなかった。
そういう性格なんだと思っていたし、人それぞれという事もあるから
なのでそういう現状維持をしつつ、高校卒業できればいいとも思っていた。
でも今回、五十嵐の奴は色々やりすぎた。
しかも僕達に対して笑えないコケをしてくれた。
それだけで怒りを抱くのは十分。
奴がこれ以上好き勝手するのなら……もうその時には命乞いしても遅い。
「大都君」
「……ん?」
色々と考えていたところ、森塚さんが濡れたタオルを差し出してきた。
このヘリには絵麻や雨宮さんはもちろん、森塚さんもいる。
怪獣が暴れているあの場にいるより、ヘリの中にいる方が安全だと僕が考えたからだ。
また僕と絵麻は、特生対本部から借りた戦闘服を纏っている。
ある種のお決まりとも言うべきか。
「顔、粉塵まみれだよ。気付かなかった?」
「あっ……そうだったのか」
僕はすぐにタオルを受け取って、顔などを拭った。
おそらく地下7階で先輩達と戦っていた時だろう。
あそこは破壊された直後だったから、かなりの粉塵が舞っていた。
見れば絵麻も同じようにタオルで拭っている。
「どうもね、森塚さん」
「ううん……大丈夫……」
森塚さんは首を振りつつも、どこか釈然としない顔を見せていた。
多分、彼女は奴の事を考えている。
「五十嵐の件、黙っててごめん。僕と雨宮さんと未央奈さん……あとヒメ達は分かってたんだ」
「そうだったんだ……いや、そうだよね。クラスメイトが化け物になったなんて言いにくいよね。しかもアイツ……死人を出してちゃってさ……」
森塚さんが口元を噛みしめる。
やっぱりあの光景は許しがたいものだったに違いない。
「……森塚さん、もう君はこちら側の人間だから包み隠さず言うね」
「えっ」
僕はこれからする行動を明かす事にした。
その途端に、絵麻や森塚さんがこちらを見る。
「理由はさすがに言えないけど、アイツは怪獣とほぼ同等の状態になっている。そしてさっきみたく大勢の死人を出してしまった。もう奴は人の道から外れてしまったんだよ」
「…………」
「だから僕は奴を……言わなくても分かるよね?」
あまり明言すると引かされてしまうので、あえてぼかした。
しかし普通に考えれば子供でも察せれる。
正直、こういう事をして今後の関係がこじれてしまうのではとも思っていた。
それでも伝えたのは僕なりのケジメで、言わずに黙っているという事が出来なかったからだ。
それに僕は決めたんだ。彼女や絵麻の笑顔を守ると。
その為なら手が汚れても構いはしない。
対して森塚さんはしばし黙った後、
「……あたしは……大都君を支持するよ」
まっすぐな目をして僕に答えたのだ。
「森塚さん……」
「アイツを止めないと、間違いなく大勢の人達が死んでしまう。それにアイツが自省から止める奴とは思えない。……だから大都君、あなたがやるべき事をやって」
そう言って、僕にスポドリを渡してくる。
僕はそれを見下ろした後、すぐに受け取って飲み始めた。
ちょうど喉が渇いていたんだ、結構助かる。
そしてヤケ飲みともいうのか、僕は一心不乱に飲んでボトルを空にした。
「ふぅ……森塚さん、ありがとう」
「ううん。だって大都君、陰ながら日本を守ってきたんだもん。それにあたしはこれから諜報班になるんだし、その辺の覚悟もしないとさ」
「……そうだね」
僕が静かにうなずいてから、おもむろに窓を見下ろす。
すると目的地だろう森が広がっていた。
おそらくここに五十嵐が潜んでいる。
「大都さん、目的地が見えてきました」
「分かってる。絵麻、準備はいい?」
「うん」
さて、そろそろだ。
そう思って腰を上げたところ、そっと森塚さんが近付いてきた。
何だろうと思っていたら、自分達の顔の距離感が縮まる。
「大都君、頑張ってきてね」
そう言いながら、僕をギュッと抱き締めた。
柔らかい感触といい香りが伝わってくる……これは……マズいなほんと。
「…………」
「……ああ、ごめんね。絵麻ちゃんも頑張って」
「むぐっ……!?」
難しい顔をした絵麻に気付くと、そちらにもギュッとする。
身長差があるので、絵麻の顔が彼女の豊満な胸へと……。
「も、森塚さん……恥ずかしいです……」
「リラックスだよリラックス。絵麻ちゃんはこれくらいした方がいいんだから」
「はぁ……。でも……ありがとうございます……」
顔を赤くしながらも、まんざらでもない顔をする絵麻。
……何だが、ささくれた心が癒されたよ。
「ありがとう森塚さん。それじゃ行ってくる」
「……行ってきますね、森塚さん、雨宮さん」
「うん、気を付けて」
僕は森塚さん達に見送られながら、ヘリのドアを開けた。
絵麻を抱えながら森の中へと落下し、難なく着地。
絵麻を降ろした後、辺りの森を見回した。
「……静かだね」
「うん。でも奴らは必ずここにやって来る」
ヘリの音がうるさかった上に、森の上空を飛んでいたのだから、五十嵐からは丸見えのはずだ。
奴がじっとしている訳もないし、すぐに先輩達のような手駒を仕掛けてくれるはず。
――ガサッ……。
「……兄さん」
「ああ」
ほらっ、噂をすればなんとやらだ。
今、敵は近くの樹の上に潜んでいる。
バレバレ。バレバレすぎて逆に呆れるくらいだ。
『……ガアアアアアア!!』
そうして気付かれている事を知らない奴が、わざわざ奇声を上げながら飛び降りてきた。
「≪龍神の眷属≫」
絵麻がワイバーンを召喚して、ソイツを脚で捕らえた。
やはり先の先輩と同様、怪物の姿になった誰かさんのようだ。
そのままワイバーンが、その誰かさんを樹の表面へと叩き付ける。
『グワッ!! クソッ、離せ!! 俺を誰だと思って……』
「あんたが誰かなんて知るか。≪龍神の簒奪≫」
ワイバーンが拘束している隙に、僕が奴のエネルギーを奪い取る。
『アガアァ……!! 力……がぁ……!!』
みるみるうちに異形の姿は解除され、本来の人間の姿が見えてきた。
誰なのか結局分からないけど。
「ガ……ガガ……」
十分にエネルギーを吸い取ったところで、ワイバーンが奴を離す。
ソイツは完全にミイラのような姿になってしまい、ヨダレを垂らしながら気絶していた。
「……いるんだろ、さっさと出てこい」
でもまだ終わりじゃない。
僕が前方へと告げると、ぞろぞろと木陰や地面から這い出てきた。
人数は10人ほど。
どれも例外なく怪物の姿をしている……と思いきや、その中に人間の姿をしているのが2人いた。
しかもあろう事か、五十嵐の取り巻き達だったのだ。
「まさか本当に来るなんてな、大都よぉ」
「俺、てっきりブルっちゃって逃げるかと思ったわ。そんな勇気あるように見えないしな」
「ギャハハハハハ!! ウケるわそれ!!」
1人が口にすると、ほぼ全員が大声で笑い出す。
何がツボったのかは知らないけど、こちとらは全然笑えないんだよね。
「何でお前達がここにいるんだ?」
「おいおい、何かキャラちげぇぞ? 全然似合わないんだけど!」
「言えてるな! まぁ、俺達は五十嵐から力をもらってさ! なんつーの、すごい気分がいいんだよ! それで大都がもし来たら、身体バラバラにしてぶっ殺せってさ!」
「あと妹がいたら連れて来いって言ってたな。ていうか文化祭の時はよくもコケにしてくれたな、メスガキが」
「全くだ。俺達に恥かかせた事を後悔させてやるからな」
下品な笑みを浮かべる2人に、絵麻が怒りで顔を歪める。
僕はそっと絵麻の肩を抱いた。
「そういえばそんな事があったような。覚えているか絵麻?」
「……ううん、全然」
「だって。とにかく、僕達は五十嵐のところに行かなければならないんだ。お前らみたいなのには用ないからさ、さっさとどいてくれないか?」
「ああん!! ふざけんじゃねぇぞゴミカスが!!」
「クラスで一番地味だった奴が調子乗んじゃねぇぞ!! 早い事コイツを殺りましょうよ!!」
『ああ!! アイツの顔見てると、こっちもムカついてきたわ!! 乗ってやるぜ!!』
『俺達つええからよぉ!! ハラワタ引き裂くのも造作もねぇんだよ!!』
いくらコイツらといえども、ここまで殺人への忌避感がないのは異常だ。
よって、五十嵐の奴に精神的な洗脳をされたのは間違いない。
だけど奴らが襲いかかってくるのなら話は別だ。
とりあえずさっさと片付けたいところ。
「俺達は五十嵐から最強の力をもらったんだ! 全員でかかれば、お前なんて瞬殺なんだよ!!」
取り巻き達もまた怪物の姿になった後、束になって襲いかかってきた。
じゃあ見せてやるよ。
本物の『力』ってやつをね。
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