第62話 怪獣殺しの危機

 天地が逆転したと言わんばかりに、僕の視界が反転した。

 車がひっくり返ったんだと思った時には、強い衝撃が車体全体に響き渡る。


「うおおおおおお!!?」


 ヒメだけの悲鳴が聞こえた。

 僕は耐えた方で、雨宮さん達は悲鳴すら上げられなかったのかもしれない。


 車体は酷く歪み、ガラスは全部割れて四散している。

 すぐに僕は頭を振り、安全確認をとった。


「皆、大丈夫?」


「わ、私は何とか……」


「大丈夫です!」


「じゃあ運転手さんは……」


 そう言いながら前方を確認してみれば、額から血を流している運転手の姿があった。

 

 これはマズい。

 打ち所によっては悪化してしまう。


「運転手さんが気絶してる。早く外に出て……」


 ……が、僕は最後まで言えなかった。


 車体の外を細長い脚が蠢いていた。

 それが車に近付いてくると、今度は虫のような鳴き声が聞こえてくる。


 ――ギチギチ……。


「……はぁ」


 何でこう、面倒事が僕達に舞い込んでくるのやら。


 僕は脱出と攻撃を兼ねて、車のドアを蹴破った。


 ドアは景気よく吹っ飛び、細長い脚の主へと直撃する。

 脚の主が怯んで一歩下がっている内に、僕はすぐに外を出た。


 ――ギギチチチチ……。


 どうやらコイツが車をひっくり返したらしい。


 外にいたもの、それはアリだ。

 もちろんただのアリなんて事はなく、車すら超えるほどの大きさを誇っている。

 

 コイツはよく知っている。

 アメリカにおいて、もっともポピュラーな存在。


「『ミルメコレオ』……!!」


 外に出ようとした雨宮さんがそう叫んだ。

 

 ミルメコレオ。

 アリとライオンのキメラの名の通り、頭部にたてがみのような触手を生やした巨大アリ怪獣だ。


 性質は怪獣にしては臆病な方だけど縄張り意識が高く、縄張りに入った侵入者は徹底なまでに排除しようとする。

 1950年代のアメリカは都市開発の際、コイツの縄張りに出くわす事が多かったらしく、それはもう巣穴から大群が出てきて人間を強力な蟻酸ぎさんで虐殺していったらしい。


 現在では、ミルメコレオ側が淘汰され出くわす事がほとんどなくなったけど、それでも縄張りに不用意に入るのはある種のタブーとなっている。

 土を掘ったら大量のアリ怪獣が出てくるなんて、下手な怪獣よりも恐ろしいからだ。


「もしかしてコイツらの縄張りに入っちゃったのか?」


 コイツが車を吹っ飛ばしたのはそういう事なのだろうか。

 なんて思っていると、


 ――キイイイイイイイイイイイイイイイイイインン!!!


 金切り音……さっきのやつだ。


 しかも音はミルメコレオが出てきた穴から聞こえてきている。

 そうして次々と周りの地面が弾けていき、ミルメコレオが姿を現してきたのだ。


「やっぱりあの音、怪獣の出現となんか関連が……」

 

 バジリスクと同じ状況、偶然とは思えない。


 ただもうソイツらしか見えなくなるくらい、周りがその大群によって囲まれてしまう。

 金切り音の真偽を確かめるのは、その後のようだ。


「ヒメ、雨宮さんを頼む。あと雨宮さんは運転手さんの止血を頼む」


「一樹様は!?」


 とっくに外に出ていたヒメが尋ねてきたので、僕は微笑みながら振り返った。

 

「ちょっとアリ退治に専念するよ」


 ――ギチチチイ!!


 1体のミルメコレオが僕へと迫ってくる。


 頭部にある鋭い牙が襲い掛かる前に、僕は思いっきり蹴飛ばした。

 

 鈍い音と共に、ミルメコレオの頭部が真上に吹っ飛ぶ。

 胴体は脚をひくひくさせながら倒れた。


「どうせ周りには一般人はいない。存分に戦えるな」


 コイツらが現れたのが都市外でよかったよ。

 思う存分暴れられる。


「来い、アリ共」


 僕の挑発が通用したか不明だが、ミルメコレオ達が僕へと迫ってくる。

 遠目で見れば、黒い絨毯じゅうたんが蠢いているかのようだ。


「≪龍神の力場≫」


 まず僕は重力操作を施す。


 その場にいるミルメコレオ全員を浮かせていき、身動きを取れなくさせる。

 奴らはジタバタと脚を動かしつつも、僕目掛けて蟻酸を放ってきた。

 

 僕は障壁を張るまでもないとして、蟻酸を身体能力でかわす。

 蟻酸を受けた地面から、ジュウという音と煙が出てくる。十中八九強酸性レベルかと。


 まぁ、奴らの手の内が読めたところで、そこからさらに技を唱える。


「≪龍神の獄槍≫」


 奴らの下にある地面から、エネルギーの槍を無数生やす。


 ――ギイイチイイイイイイイイイ!!


 数十体のミルメコレオを、漏れなく串刺しにする。

≪龍神の獄槍≫を消して地面に落とせば、昆虫よろしく身体を丸めて絶命した。


「いつもながら一樹様、手慣れてますね!」


「そもそも軍が応戦するレベルの群れを殲滅させるのがおかしいというか……。というかさっき、頭部を蹴飛ばしましたよね……?」


「ああまぁ。その方が手っ取り早いし」


 運転手を助けている雨宮さんへとそう答えた。

 もちろん彼女は唖然顔。


 しかし話す暇も与えないとばかりに、再び地面からミルメコレオが大勢出てくる。

 ああもう面倒くさい……もう一回奴らに……、


「一樹様だけにやらせる訳にはいきません! わたくしも参ります!」


「ヒメ!」


 ヒメが真の姿である水龍怪獣になった後、急に口を頭上に向けた。


「≪五月雨さみだれ≫!!」


 口から水を吐き出し、それがミルメコレオへと雨になって降り注ぐ。


 するとそれを受けたミルメコレオの身体が徐々に溶け出し、もがき始めた。

 

 逃げようとする個体がいたものの、その前に脚が崩れて動けなくなる。

 さらに鳴き声も出せなくなり、しまいにはどれもが原型をとどめない肉塊へとなり果てた。


「……ヤバいな」


泡沫うたかた≫もそうだけど、ヒメの技ってエグいのが多いような……。


 なお僕達や車はヒメのヒレによって雨よけにされていて、実質ノーダメージだ。

 彼女が人間の姿に戻った後、僕は尋ねてみた。


「腐食性のある雨だったのかな?」


「ふしょくせい?」


「ああごめん。要は酸性の……古い言葉でそういうのなんて言うんだ?」


「うーん、さっきの技の事でしたら、まぁわたくし自身が定めた敵を溶かすといった感じですね。ちなみにこれで金属の鎧を持った敵を倒した事があります」


「なるほど……」


 土壌汚染とか大丈夫なのかな……とか思ったけど、雨が降り注いだ箇所の雑草には何の影響もなさそうだった。


 もしかしたら、本当に相手を指定して殺傷できるタイプだろうか。

 じゃあ僕達に雨よけさせたのは何だとなるけど、それは単に濡れるのを防ぐ為だったとか。


「ヒメの研究が忙しくなるだろうな。それよりもミルメコレオを全滅させた事だし、運転手さんの手当て手伝ってくれないかな?」


「承知いたしました!」


 ヒメがパタパタと雨宮さんのところへと向かう。

 僕はその間、金切り音の正体を探ろうと思った。




 だが次の瞬間、ミルメコレオが開けただろう近くの穴から、何かが飛び出してきた。


 僕が見上げると、まるで蛇のような黒いものだった。

 それがすぐに僕の方に口を開けて、喰らい付こうと迫ってくる。

 

「一樹様!!」


 ヒメが叫ぶ。

 僕は横っ飛びで回避し、難を逃れようとした。


 だが同時にもう1体の蛇が現れて、ヒメ……そして近くにいた雨宮さんへと襲い掛かってくる。


「2人とも!」


「えっ!?」


 彼女が振り向いていた時には、もう奴が迫ってくる。


 回避行動をとっていた僕は、これにはさすがに対応が遅れてしまった。

 それでもヒメは咄嗟に雨宮さんを抱え、回避しようとしている。


 しかし蛇のようなそれによって、虚しくも丸呑みされてしまった。


 一瞬のうちに蛇が穴へと消えてしまう。

 僕を襲った奴も同様に。


「ヒメ!! 雨宮さん!!」


 僕は慌てて穴へと向かう。

 しかし穴の向こうは闇に包まれていて、彼女達の姿はどこにもなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る