第32話 怪獣殺しへの悩殺攻撃

 僕が部屋で勉強していた時、急にドアからノック音がしてきた。

 開けてみるとバスタオル姿の絵麻と未央奈さんが立っていて、さらに絵麻の方がぐったりと様子がおかしい。


「ごめん一樹君! 絵麻ちゃんのぼせちゃった!」


「ええ……」


 さっきまで未央奈さんがベロンベロンだったのに、何で逆転しているんだろう?

 疑問には思いつつも、絵麻をすぐに部屋まで運んだ。


 僕がパジャマを持ってくると、未央奈さんが手際よく着替えさせてくれる。

 そして最後には、絵麻をそっとベッドに寝かしつけた。


「ごめんね、兄さん……未央奈さん……」


「気にしないで。明日も休みだからゆっくり寝てな」


「うん……」


 電気を消した後、僕達は絵麻の部屋を出た。

 居間に着いてから、未央奈さんが困った風に頭をかいている。


「少しやりすぎたわね……反省しなきゃ」


「反省?」


「こっちの話。あっ、すっかり酔いが収まったから心配しないで」


「はぁ……」


 僕がソファーに腰かけると、未央奈さんも同じようにしつつ色白の足を組む。


 今はバスタオル姿だから、胸元とか鎖骨とかがまる見えだ。

 さすがの僕も、これには目のやり場に困ってしまう。


「タバコいい?」


「別にいいですけど」


「ありがと。そういえば出かけた後に言おうと思ってたんだけど、実はあなた宛てのメッセージがあるのよ」


「メッセージ?」


「ええ、あなたが知っている人物」


 僕が換気のスイッチを押している間、スマホをタップする未央奈さん。

 すぐにスマホから、そのメッセージだろう声が出てきた。


『……俺です、榊原翔です。突然のメッセージすいません』


 榊原……あの防衛班の榊原翔さん?


 最近、やっと形になった新型ミスリルを支給されたとは聞いたけど。


『知ってるとは思いますけど、今の自分はあの時の新型ミスリルで怪獣を倒しています。最近では貨物船に乗って、襲撃してきた「ケートス」のタマ取ったりしましたね』


『ほらっ、そういう話はいいから。伝えたい事があるんだろ?』


 そういう話、確かあったなぁ。


 前の海底油田と同様、貨物船なんかも怪獣に狙われる可能性もある。

 その時にも、防衛班が護衛の為に同乗する事もあるのだ。


 というかさっきの声、高槻さんみたいだな。


『すいません。俺、あなたと模擬戦してから「上には上がある」と思い、少し自信をなくしてました。でもあなたはあなたなりに怪獣を倒しているんだと分かって、ここで腐る訳にはいかないと思い直した。

 こうしていられるのも、あなたと模擬戦したおかげです! 感謝しています! そしてこれからも防衛班隊員の名に恥じないよう、精いっぱい努力していきます!』


『という訳なんだ。まぁ突然何事って思うだろうけど、要は榊原は君を心の師匠にしたいんだよ』


『あまり会う事はないと思うんですけど、俺はあなたを尊敬していますので! 背中を追うつもりで行きます!! 以上!!』 


「……はい終わり。榊原隊員と高槻隊長のメッセージはこれで以上よ」


「あっはい……」


 そんな僕、尊敬される立場じゃないと思うんだけどなぁ……。


 やっている事なんて防衛班のハイエナ行為で、むしろ恨まれる方。

 一体、榊原さんは僕の何に憧れたんだろう。


「あまり実感わかないみたいね」


「そりゃあそうですよ」


「まぁ、こういう人もいるって事で覚えておきなさい。あと……これはオフレコの範囲なんだけど」


「オフレコ?」


「まだ色々とハッキリしなくてね」


 なんて言いながら、未央奈さんが火のついたタバコをくわえる。


 にしても、風呂上がりの未央奈さんは目に毒だな……。

 肌がピンク色に上気していて、しかもシャンプーの香りが漂ってきて……いけないいけない、あまり意識しないようにしないと。


 離れて下さいって言うのもアレだし、このままにしておこう……。


「実はね、練馬区の外れに妙な新興宗教がいるのよ。名前は『恵みの会』って言うんだけど」


「宗教ですか……でも特生対は民間への立ち入りをご法度にしてますよね?」


「そう、ただの民間なら……ね」


 何とも含みのある言い方から、僕はピンと来た。


「もしかして怪獣がらみですか?」


「まだ確証はないんだけど、これまでのケースからシロとも断定できない。なので同期が現在『恵みの会』に潜入しているわ」


 怪獣は人知を超えた存在ゆえ、一定の人から神格化されやすい傾向にある。


 新興宗教が崇める神の正体が、実は怪獣だったというケースもなくもない。

 それだけならまだしも、新興宗教が眠っている怪獣を匿っているなんて事もあった。


 そういった怪獣を匿う新興宗教が後を絶たないらしく、特生対はそれらへのマークも怠っていないんだとか。


「同期の定期報告によれば、施設を維持する教祖や神官を除いて、信者の9割近くが女性だそうよ。しかも信者は皆スマホを没収されて、施設に泊まり込みで働く事になる。連絡も耳に付けたイヤリング型マイクでするしかないって」


「それだけだと、まだ怪獣の線は薄そうですね」


「もしかしたら女性を集めたいだけの変態宗教で、怪獣とは無関係という事もある。そうなれば立ち入りなんて出来やしないわ」


 ため息と同時に、紫煙を吐く未央奈さん。

 やがてタバコを携帯灰皿に捨ててから、僕に振り向く。


「まだ確固たる証拠がないから、潜入した同期に任せるしかない。気長に待つとするわ」


「せめて怪獣がらみじゃなきゃいいんですけどね」


「うーん、私は怪獣が関わっていた方がいいわ。それなら遠慮なく立ち入りできるし、市民を守る事だって出来る」


 なるほど。

 確かに怪獣から市民を守れるのは特生対だけだからな。


 ……それよりも、そろそろ離れた方がいいのかな。

 今の未央奈さんを、これ以上相手するのはさすがに……。


「一樹君、どうしたの?」


「いや……別に……」


「……あー、もしかして恥ずかしい? 私が近くにいるから」


 にんまりといたずらっぽい笑みを浮かべつつ、豊満な胸元を突き出してくる未央奈さん。

 言うまでもなく、僕は目をそらす。


「未央奈さん、まだ酔っているんじゃないですか……? 風邪引きますよ……」


「さっきも言ったけど、とっくに覚めているわよ。というか、一樹君のクラスの女子ってほんと見る目がないのね。こんなにも魅力的な子がそばにいるってのに」


「魅力的って……僕はそんなんじゃ……」


「私はちゃんと見てるんだけどなぁ、一樹君の事」


 未央奈さんの身体が僕に密着してきて……。

 うわっ、未央奈さんの胸が……。


「……とまぁ、冗談はここまでにしてっと。ごめんなさいね、おちょくっちゃって」


 と思っていたら、すぐに未央奈さんが離れた。

 この人は本当に……。


「そういうのは彼氏にやった方がいいですって。僕にはもったいないです」


「もったいないと来たか……ほんと鈍感なんだから」


「鈍感って何の……あっ」


 未央奈さんに尋ねようとした時、思わずそんな声を出してしまった。

 絵麻が据わった目をしながら、こちらを覗いていたのだ。


「ん? あらっ、絵麻ちゃん。休んでなくて大丈夫なの?」


「喉乾いたから水飲もうと思って……なんか私がいない間にイチャイチャしてたね」


「否定はしないね。というかもしかしてあれ? 『いくら未央奈さんでも、お兄ちゃんとイチャるのは嫉妬しちゃう』ってやつ? やだぁ可愛い~」


「……むぅ」


 絵麻が頬を膨らませるなり、僕の隣に寄り添ってきた。

 ……急にどうしたんだ、お前?


「大丈夫か絵麻? さっきまでのぼせたのに……」


「大丈夫……じゃないかも……。まだクラクラする……」


「ほら言った。今連れてくから」


「いや、私がするわ。怒らせてごめんね、絵麻ちゃん」


 と言いながら、絵麻を抱きかかえる未央奈さん。

 確かお姫様抱っこかな。


「もう……未央奈さんったら」


「ごめんって。じゃあ一樹君、いつもみたく空き部屋で寝るから。おやすみなさい」


「おやすみなさい……」


 僕は部屋に戻っていく2人を見守るしかなかった。

 何というか……女心がよく分からない。

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