第6話 怪獣殺しの帰宅

「ただいま」


 真っすぐマンションに帰った僕は扉を開けた。


 玄関には女物の靴がある。 

 絵麻はもう帰ってきているみたいだ。


 おそらく時間からして、もう夕食を作っているはず。

 すぐに居間に駆け込んでみると、テーブルに座っている絵麻の姿があった。


「フフッ、可愛いー」


 ――キューン!


 ――キュンキュン!


 どうも絵麻、『ワイバーン』を出しているみたいだ。


 ワイバーンといっても一般的に想像される大型の方ではなく、テーブルに乗っかるくらい小さいサイズをしている。

 それも実体はなく赤いエネルギーで構成されている。これは絵麻の力で生み出された眷属のようなものだからだ。


 生み出されたと言っても自我はあるので、2匹のワイバーンが犬か猫のようにお互いじゃれ合っている。

 その様子を見守る絵麻……愛おしいな。


「あっ、兄さんお帰り」


「ただいま。ごめんね遅くなって」


 伊達眼鏡をポケットにしまいながら僕は謝った。

 対して絵麻が首を振る。


「もう夕飯は出来てるから大丈夫だよ。それよりもこの子達見て。すっごく可愛いでしょ?」


「ああ確かに。しかもミニサイズで生み出したって事は、かなり上達したんだな」


 基本、絵麻は大型の眷属を生み出す。

 一般的に想像されるワイバーンのサイズだ。


 それを小さく生み出したという事は力を調整した結果。

 つまりそれを上手くコントロールできた証だ。

 

「本当に絵麻はすごいな。さすが僕の妹だよ」


 僕は優秀で愛おしい妹の頭を撫でた。


「もう兄さん……もう13歳だよ? 恥ずかしいよぉ……(ホントはもっとされたいけど……)」


「ん?」


「ううん独り言」


 何か言ったような気がしたけど……まぁいいか。

 さすがに恥ずかしいだろうから手を離すと、何故かしゅんとする絵麻。どうしたんだろう?


「それで兄さん、未央奈さんと何の話してたの?」


「昨日倒したサラマンダーの解剖結果を聞いただけだよ。……あっ、あと未央奈さんに新しい部下が出来たんだ。雨宮飛鳥っていう人なんだけど」


「雨宮飛鳥……女の人?」


「うん。ちなみに僕と同年代。それで未央奈さんの部下になったんだから、よほど優秀なんだろうね」


「へぇ……同年代……かぁ」


 何だろう。すごい微妙そうな顔をしている。

 たまに絵麻がこういう顔をするのだが、何の意図があるのかよく分からない。


「とりあえず彼女、僕のアシストとメンタルチェックをしてくれるんだって。もし会ったら仲良くしてもらいたいな」


「う、うん……。ねぇ兄さん、私も……」


「待って」


 絵麻が言う前に、手を前に出した。


「僕の手伝いを、したいんだよね」


「うん……」


「その事なんだけど、まだちょっと悩んではいるんだ」


 絵麻の前では言えないが、正直なところ「戦場に出てほしくない」が8割ほどだ。


 もし絵麻に消えない傷が出来たりしたら、僕は一生後悔する事になる。

 第一、絵麻にはなるべく平穏な暮らしをさせてほしいのだ。


 ……ただ、こうして自分の意見を押し付けるのも、絵麻を否定しているみたいで嫌になる。


 絵麻には怪獣掃討をさせたくないという自分と、絵麻の意志を尊重させたいという自分がせめぎ合っている気分だ。

 いつも淡々と怪獣を葬っている癖に、妹の事になると優柔不断になる。我ながら変な奴だよ。


「確かに僕、絵麻より幼い時にはもう前線に出ていたんだけど……でも絵麻には絵麻なりの役目があるというか」


「役目って何?」


「帰ってくる僕を迎えてくれたり、ご飯作ってくれたり……」


「そんなのいつもしているじゃない」


「それはそうだけど……」


 やっぱり絵麻の前になるとたじたじになるな……。


 絵麻はおろか、テーブルでじゃれ合っていた小型ワイバーン達もこちらを見ている。

 僕はどうすればいいのか必死に考えた。


「やっぱり兄さん、優しいんだね」


「えっ?」


「いや、そうやってあれこれ考えているのも私を想っての事だもんね。ごめんね、悩ませちゃって」


 急に絵麻が謝ってきた。

 そんな理由はどこにもないのに……。


「絵麻……」


「ただ私、何でもいいから兄さんの力になりたい。兄さんを兵器としか思ってない特生対上層部とか、兄さんの事を全く知らない世間とかよりもずっと……兄さんの事知っているから」


 前者はともかく後者は自分がそうさせたんだけどね。

 でも絵麻なりに僕の事を心配してくれているみたいだ。


「もし、私の力必要になったら遠慮なく言って。私、頑張るから」


「うん、その時が来たらね」


「とか言いながら有耶無耶にしたりして」


「さぁ、ご飯にするか! 今日は何?」


「カレーライスですけど……まぁ、一緒に食べようか」


 ジト目をしていた絵麻だが、すぐにやれやれと苦笑を浮かべた。

 僕としては、絵麻の力が必要になる時が来なければそれに越した事はない。


 絵麻がカレーを温めている間、ニュースを見てみようとテレビを付けた。

 すると悲鳴に似た女性の声が聞こえてくる。


『「アンフィスバエナ」と名付けられた怪獣が遊園地を襲っています!! ああっ!! 観覧車が崩れようとしています!!』


 これはどうも、怪獣災害の生中継が始まっているようだ。


 場所は高知県で、海岸沿いの遊園地を怪獣が襲撃している最中だ。

 怪獣は双頭蛇の名前通り、二頭の蛇の首を持った二足歩行形態をしている。


 ――シャアアアアアアアアア!!


 アンフィスバエナが自分とほぼ同サイズの観覧車にのしかかり、大きく倒れ込ませた。


 観覧車を構成するゴンドラや鉄骨が四散する。

 まさに特撮映画の1シーンみたいだ。


 一応避難は完了しているみたいなので、あのゴンドラの中に人はいないはず。

 というか、そんなの映像で流したらかなり悲惨だ。


『何という破壊力!! まさに今! 怪獣が私の目の前で破壊活動を行っています!! 正直、命の危険があります!!』


 巻き込まれるかもしれないのに、逃げずに報道を続ける女性アナウンサー。

 よほど怖いもの知らずか、あるいは上からそういう風にしろと命令されたのか。後者だったら同情を禁じを得ない。


 その時、彼女の後ろから複数の軍用車が出てくる。

 乱暴に停止した後、武装をした大人達が出てきた。


『来ました、特生対です!! 怪獣退治屋として名高い特生対が、颯爽とアンフィスバエナへと向かっ……』


『何をしているんですか!? ここは危険です、すぐに離れて下さい!!』


『あっ、ちょっと!! あなた方の雄姿をぜひ撮らせていただきたく……!!』


『命の保証が出来ませんので報道は禁じられています!! おい、連れていけ!!』


『ちょっと!! まだ話は……~~~~~!!』


 最後はかなり音声も映像も乱れてしまい、何が起きているのか分からなくなった。


 ――シャアアアアアアアアアアアア!!


 ただ喧噪の中でハッキリと聞こえてくる怪獣の咆哮。

 直後に映像が切り替わり、2人のキャスターがでかでかと出てきた。


『たった今、映像が途切れてしまいました。大変ご迷惑を……』


「サラマンダーからすぐに怪獣出るなんて早いね」


「まぁ、そういう年もあるよ」


 怪獣は予測できない自然災害のようなもの。

 かなり遅いペースで来る年もあれば、かなり頻繁に来る年もある。


「それに僕が呼ばれていないって事は、特生対で対処できる範囲なんだろうね。……さてと、そろそろ食べようか」


「うん」

 

 ニュースは後回しにして、僕達はカレーを食べる事にした。

 絵麻特製のはやっぱり美味しいなぁと思っていたら、ちょうどアンフィスバエナが掃討されたとの報道が入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る