第59話 怪獣殺しのチンピラ対処方法

 僕達は国防長官が用意した車に乗り、アメリカの街を横断するように移動した。


 高層ビルに豊富なお店が立ち並ぶという、日本とは比べ物にならない豪勢さ。

 これにはヒメが窓に張り付いて、ワクワクしながら体を上下させていた。


「ぬほおおお! アメリカすごい! さすが黒船を作った異国!!」

 

「黒船から離れましょうか。ところで大都さん、さっき言った彼女ってどういう意味ですか?」


 隣に座る雨宮さんが尋ねてくる。

 僕は窓を見ながら答えた。


「『フェンリル』、知っているよね?」


「ええ、一応は。アメリカで確認されている大怪獣で、その名の通りオオカミの姿をしているとか」


 フェンリルの姿は、僕も以前に資料で見た事がある。


 全体としてはオオカミベースで、頭部には2本角、尻尾は爬虫類のような見た目になっているという。

 体毛はまるで光り輝くような淡い金色をしているとか。


「フェンリルは古くから神出鬼没なんだけど、同時に人間の味方をしながら怪獣と戦っていたって言うんだ。最初のスタンピードの時も怪獣を撃退していたし、あとアメリカの先住民すら巻き込んだ大怪獣による虐殺の際にも、彼女が必死に人間を守ったとか。だから米軍は密かに彼女を『親愛なる牙獣』と呼んでいるんだ」


「そこら辺は知っています。ただ何でフェンリルに、『彼女』という形容を付けたのか気になって……」


 ああ、そういう意味ね。

 僕が窓から雨宮さんへと向く中、彼女がハッと察したような顔をした。


「もしかしてフェンリルって……」


「考えてる通りだよ。実は一般には公表されていないけど、フェンリルは人間の女の子に変身できるって報告もあるんだ」


 1回目の渡米の際、国防長官から聞かされた話を雨宮さんへと伝えた。


 アメリカ軍が大怪獣に苦戦している時、か弱そうな女の子がいきなり現れたという。


 もちろんいきなりの乱入に米軍が焦ったものの、その時に女の子がフェンリルへと変身したらしい。

 その大怪獣を瞬殺した彼女は米軍の制止を聞かず、どこかへと去ってしまったとか。 


「……だから彼女、人間社会に紛れながら生活しているんじゃないかって言われているんだ」


「そういう事でしたか……」


「国防長官はフェンリルに対して敬意を持っていてね。1回だけでもいいから会ってお礼を言いたいんだって。もっとも捜索に苦労しているみたいだけど」


 もちろん軍に捕まるから警戒しているという線もなくない。

 ただ国防長官なら、絶対にそういう事はしないと信じている。


「国防長官がヒメさんに対して驚いてなかったの、そのフェンリルの事があったからなんですね」


「そうだね。見つかるといいんだけど」


「ええ……」


 なんて会話している間にも、高層ビルの数が減っていくのが分かった。

 

 そろそろ街から出る頃だろう。

 目的地は街のかなり外れにあるというのだから。


「……あっ、一樹様」


「ん? ああ、失礼。停めてくれませんか」


 僕は英語が話せないので、雨宮さんを通してコミュニケーションをとっている。

 運転手が車を停止したところで、ヒメが示す窓の外を覗いた。


 ちょうどある公園の前。

 そこには、白いワンピースを着た金髪の女の子と3人の男性達がいる。


 マッチョな男性達が女の子へと怒鳴り散らしているのだから、絶対にただ事じゃない。


「……雨宮さん付いてきて。ヒメはここにいてくれる?」


「はい!」


 僕は雨宮さんを連れて、女の子達への元へと向かった。

 僕達に気付いた男性が「What!?」と叫び出す。


「雨宮さんは通訳をお願い。一体何がありました?」


 僕は雨宮さんを経由しつつ尋ねてみた。

 すると男性達が女の子を指差しながら、


『走っていたコイツにぶつかったから、コーラがこぼれて服に染み付いたんだよ!! 本当どうしてくれるんだ!!』


『責任取れるのか、ああん!!?』


 確かに1人の男性の服が濡れているし、近くには中身がこぼれ出た缶が転がっている。

 やれやれ……そんなんで女の子に怒鳴らなくてもいいのに。


「それならすいません。これで勘弁願いますか?」


 僕は場を収める為、彼らに手持ちの300ドルを差し出した。

 ……が、それでも彼らの怒りは治まらない。


『足りねぇよ!! 1000ドルは持ってこい!!』


「さすがにそれ以上は渡せないですよ」


『じゃあガキにケジメつけさせねぇとな。金なんていくらでも作れる』


 彼らの女の子を見る目が、明らかにカタギのソレじゃなくなった。

 息を呑む女の子……僕は彼女を守るべく、その前に立つ。


「やめたほうがいいですよ。300ドルはちゃんと渡しますから」


『ああ!? うるせぇぞ日本のチビ猿が!! じゃあテメェが代わりにやってくれるのか、おおん!!?』


 1人が僕の胸倉を掴んできた。

 はぁ、全く……争いは好きじゃないけどしょうがない。


『……!? ガアアアアア!!? コ、コイツ!!』


 胸倉を掴んだ手を握って、強くひねった。

 すると男性が殴りかかってくるので、僕はかわしつつカウンターのストレートを入れた。


『グエッ!?』


『なっ!? この野郎、ぶっ殺してやる!!』


『舐めんじゃねぇぞ!! この軟弱猿がぁ!!』


 吹っ飛んだ男性を見た仲間が、それはもう怒髪天をく勢いで襲いかかってきた。


 ――そして数秒後。


『……ぐう……つ、つええ……』


『いてぇ……いてぇよ……』


 僕の格闘術によって男性達が完全にのびていた。

 

 うん、弱い。

 

 随分と鍛えているつもりだろうけど、ストレートやキックを入れるだけでこの有様。

 こりゃあ鍛え直した方がいいじゃないんかな。


「ほらっ、300ドル。これを持ってさっさと消えてくれ」


『……う、うわあああ!!』


 男性達は僕がバラまいたドルを取って、我先にと逃げていった。

 バラまいた本人が言うのもアレだけど、ちゃんとお金持っていくんだね。


「雨宮さん、汚い言葉まで翻訳してくれてありがと」


「……もうしたくないです……」


 彼らの罵倒をそのまま伝えてくれた雨宮さん、マジVIP。

 

 僕は乱れた服を直しながら、女の子に向く。

 ボォーと見つめてくる彼女へと、努めて微笑んだ。


「もう大丈夫だよ。これからは気を付けて」


「……Thank You!」


 女の子はお礼を言ってから去っていった。


 これで一件落着だな。


 以前、森塚さんを助けた時はクラス側にバレないかと不安だったけど、ここはアメリカだ。

 別に暴れようが何しようがクラスに伝わる訳がない。


「おおお! 一樹様カッコよかったです!」


「あれ、ヒメ。外に出てたんだ」


「ちょっと気になってまして! さすがわたくしのご主人様です!!」


「関係あるかなぁ……」


 褒められるの慣れていないんだよなぁ……。

 まぁ、ヒメがそう言うのならありがたく受け取っておこうか。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 ちょっとした騒動から到着予定時間が遅れてしまったけど、運転手が言うには問題はないとの事。

 僕達の乗った車は、再び目的地に向けて走り出す。


 それで1時間くらいは経っただろうか。

 人影も建物もほぼなくなっていき、辺りには草原や山が広がり始めていく。


 車がその中を走行しているうちに、目の前に道路を塞ぐ金網柵と見張りらしき2人の軍人が見えてくる。

 軍人が「止めろ」のサインを出したところで、車が柵の前で停止した。


「国防長官が言いくるめたみたいですけど、大丈夫ですかね……。『親友の政治家の子供がやって来る』なんて……」


「まぁ、≪怪獣殺し≫と諜報班バイトがやって来るってよりも現実味あるんじゃない?」


「現実味とは一体……」


 軍人が武器などの怪しいものがないか、車の中や周辺をくまなくチェック。

 それが済んだ後は、僕達へとボディチェックをする。

 

 もちろん雨宮さん達は女性軍人が担当する事に。


 それを経たところで金網柵が両開きに開放。

 軍人達も英語を言いながら敬礼してきた。


「『お待ちしておりましたご子息様方。中にお入り下さい』と言ってます」


 うん、ちゃんとその通りになっているみたいだ。

 車がその先へと進んでいくと、広大な採掘場が僕達を待ち受けてきた。


 V字型の地形になっているので、このままでは全貌が把握できない。

 車を降りた僕達が見下ろすように覗き込むと、雨宮さんの顔色が変わった。


「これが『獣の終着点』の全貌……」


 この採掘場に広がっているもの。 

 それは地面の中に埋まっている巨大で異形な骨格の数々。


 獰猛な牙を覗かせる頭骨から、それらが怪獣である事をほのめかせている。


 そう、『獣の終着点』とは文字通り怪獣の墓場を指すのだ。

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