第94話 怪獣殺しの断罪

「……孕ませ?」


『ああ、よくゲームとかにあるじゃねぇか。強いモンスター同士を配合させれば、より強い子供が産まれるってさ。そんで特生対に子育てと戦闘教育を任せて、それから俺と一緒に怪獣退治をさせようって思っている訳』


 五十嵐はいかにも楽しそうな身振りをしながら、そう答えたのだ。


『つーか、お前のような陰キャクズにそんな妹はもったいねぇわ。しかも池上の親父から聞いたんだけど、妹を気遣って戦場に出していないらしいじゃないか。本当にアホだわ、そういう力は出し惜しみせず使うもんだろ?』


「…………」


『お前が瀕死になったところで、俺と妹の行為を見せてやるよ。お前の悔しさでにじんだ顔、脳内フィルムに収めてやるわ!』


「……………………」


『妹も感謝しなよ!! 俺という最高の遺伝子が身体の中に入るんだからな!! それはもう脳が焼け切れるほどの……………………えっ?』


 五十嵐が気の抜けた声を出しながら、自分の腹を見下ろしていた。

 

 ――そこには、僕が突き刺した手刀があった。

 力を入れてねじると、赤い鮮血が滝のように流れてくる。


『……ガッ……ハ!? 大都テメ……ガアアアアアアアアア!!』

 

 すぐに五十嵐を蹴り飛ばすと、樹を2本倒しながらすん飛んでいった。

 それからある程度の位置で止まる。


 服や手に返り血が浴びるのを見越して、それらの表面に障壁を張って防いでいた。

 血塗れの怖い姿を絵麻に見せたくなかったからだ。


 五十嵐へと近付いてみると、奴は倒れた樹にうもれながらうめき声を出している。

 人間なら腹を抉られたら死ぬはずだが、どうもコイツには致命傷になっていないようだ。


「やっぱり怪獣のような状態になっているんだな。ちょっとやそっとじゃ死なない」


『テ、テメェ……俺を突き刺したなぁ!!? 殺そうとしただろぉ!!?』


「そうだけど?」


『ああん!!?』


「僕はそのつもりでここに来たんだ。お爺さんの頭骨を奪い、町を破壊するお前を生かす理由なんてどこにあるんだ。それに……」


 僕が背後をチラ見すれば、嫌悪感に身体を震わしている絵麻の姿があった。

 アイツの前で、平然とあんな事をベラベラ喋って……。


「お前は絵麻を、大切な妹を辱めようとしたんだ。絵麻はな、お前のクソみたいな欲望のはけ口じゃないんだよ……都合のいい事をほざくのもいい加減にしろ」


 怒りを通り越して、無の感情が僕を支配した。

 といってもこれはある意味、コイツに対して怒る価値すらないという意味合いが強い。


 お爺さんを、絵麻を、2人の尊厳を踏みにじった罪。


 その身体に刻み込んでやる。


『……お、大都ぉお!! テメェいつからそんな偉い立場になったんだ、ええ!!? たとえお前が≪怪獣殺し≫とかなんとか言われようともなぁ!! 最強である俺には勝てねぇんだよぉ!!』


「ほんと哀れだな、自分の身の程を知らずに。もう少し自分を省みたらどうだ?」


『黙れクズが!! テメェなんか俺に勝てると思うなよぉ!!?』


 奴は怒り狂って気付いていないみたいけど、せっかく身体に装着させた盾は僕によって貫通されている。

 つまり装着の意味がなっていない訳で、省みろと言ったのはその為だ。 


 しかし五十嵐は愚かにも、両腕を思いっきり地面に叩き付ける。


 僕達の周囲に無数の結晶が生えてきて、電流らしきものが放射された。

 この空間に、肌で感じられるような違和感が生じる。


『ヒャハハハハ!! このフィールドの中にいると身体の電流がおかしくなり、不調をきたす事になるんだ!! しかも能力もロクに発動できない!! つまりお前らは手も足も出せないという事だ!!』


 これは以前、ヒメや高槻さん達に襲いかかった現象だ。

 フィールドが形成されている間は身体が思うように動かず、さらにミスリルまでもが発射不能に陥ったという。


『これでお前らはおしまいだ!! 存分に痛め付けてやるよぉ!!』


 五十嵐が両肩にある試作ミスリルを僕達に向け、その銃口にエネルギーを灯らせる。


 そして躊躇なく発射。

 青白く光る弾丸が僕達に向かい、周りの草木を焼き尽くさんばかりの爆発を起こした。


『ハハハハ!! ザマァザマァ!! これで俺が≪怪獣殺し≫だ!! 日本を守るヒーローだ!! ハハハハハ……』


「お前は日本を守るヒーローどころか、日本に害をなす怪獣なんだけどな」


『ハハハ……ハッ?』


 爆炎が収まったと同時に、僕達は姿を現した。

 それもダメージすらない、無傷の状態でだ。


『なっ!!? えっ!!?』


「どうした、その程度なのか?」


『ク、クソッ!! くたばれ……えっ!? 何でだ!? 何でミスリルが発射できない!!? どうして!!?』


 ミスリルの直撃に対して無傷だったのも、ミスリルの再発射が出来ないのも、この≪龍神の簒奪≫のおかげだ。


 本来、怪獣のエネルギーを吸い取る簒奪にとって、人間が作った武器は対象外のはずだ。

 しかし五十嵐がミスリルを癒着させているのと、ミスリルの元になった特殊物質がお爺さん怪獣由来というのもあって、簒奪の対象に入ったのだと思われる。


 ミスリルの弾丸は発射する際、特殊物質を燃焼させて擬似的なエネルギー弾になる。

 なので僕の簒奪によって吸収され、さらにミスリルを発射不能にさせる事が出来たのだ。


『何でだよ!! クソッタレがあああああ!!』


 性懲りもなく、奴が口から金色の光線を放った。

 地面や岩を抉りながら向かってくるソレを、僕は右手で受け止めた。


 光線は瞬く間に右手に吸収される。


『なああ!!?』


「≪龍神の簒奪≫……この能力にエネルギーを奪われた怪獣は、一切の技が使えなくなる」


 その僕の言葉通り、五十嵐の口から光線が途切れていく。

 吐けなくなったのに気付いて、奴が慌てふためいた。


『何でだ、吐けない!! テメェ何をした!!?』


「エネルギーを奪ったって言っただろ? もうお前は光線を吐く事すら出来ない」


『嘘だぁ!! そもそもテメェ、何でフィールド内で平然と動けている!? 何で平然と応戦できているんだ!?』


「これは≪龍神の加護≫と言って、相手の能力を無効化するというもの。つまりお前は、僕に対してどうする事も出来ないんだ」


 わざわざ説明しているのは、五十嵐に現実を突き付ける為だ。

「お前は最強でも何でもない。僕には敵わない」と。


 その思惑通り、奴は目に見えて錯乱し始める。


『嘘だ!! 嘘だ!!! 俺が、俺が最強なのに!! 何で大都が一枚上手なんだよ!! おかしいじゃねぇか!!!』


(いや、何もおかしくはない)


『!!? 誰だ!!?』


 誰なんてもんじゃない。

 これはお爺さんの声……今まで返事がなかったから驚いてしまった。


 僕や絵麻が思わず頭骨を目にする中、お爺さんが続ける。

 同じ子孫だからか、五十嵐にも聞こえているようだ。


(お前はその力の意味を理解していない。その力に振り回されているだけで、全く制御できていないのだ)


『んだよオイ!! 一体どこから言ってやがる!! 出て来いよぉ!!』


(お前は破壊や殺戮を続ける……まさに怪獣そのものだ。我が後継者たる一樹達とは雲泥の差がある。最強から程遠くて失笑すら出ない)


 その声音には今までの優しさがなく、怒りを込めたものになっていた。

 お爺さんからしても、五十嵐のやり方は否定すべきものだろう。


(ハッキリ言おう、お前は決して一樹を超える事は出来ない。いずれその力に喰われるだけの、哀れな存在よ)


『うるせえええええええええええええええ!! 何が程遠いだ!! 何が超える事は出来ないだ!! こんなゴミカスより下なんて認められるかあああああ!!!』


 癇癪を起こした五十嵐が、雄叫びを上げながら向かってきた。


 まず鉤爪が連続で振るわれる。

 しかし僕からすればスローモーションそのもので、それはもう難なくかわす事が出来た。


『俺は将来のヒーローなんだぁああ!! ヒーローは悪役を殺すもんだろぉおお!!』


 さらに焦ったのだろうか、奴ががむしゃらに尻尾を振るってきた。


 これは手で受け止めれるほど簡単だった。

 それに好都合でもある。


「≪龍神の爆滅≫」


 触れた箇所を爆砕するの能力。

 尻尾が粉々に吹き飛び、辺りに肉片が四散した。


『ギャアアアアアアアアアア!!?』


 さらに悲鳴を上げているうちに、両腕も掴んだ。

 で、≪龍神の爆滅≫で跡形もなく吹き飛ばす。


『アアガアアアアアアアア!!!』


 両腕を失った五十嵐がついに転倒する。

 能力も使えず、両腕も使えず、ただ這いつくばるしかない有様。


 苦痛に歯ぎしりしていた奴だったけど、僕を見上げた途端に後ずさる。

 

 ただ両腕を失っているので、ほとんど後ろに下がっていない。

 精々荒い息を吐いているだけだ。


 そんな滑稽な奴が何を思ったのか、その目線を絵麻に向けた。


『おい!! おい!! お前の兄貴、俺を殺そうとしているぞ!! 止めろよ!! 俺は人間なんだぞ!!! 早く止めろ!!!』


 このに及んで、僕の妹に助けを求めている。

 なんて厚かましい事だろうか。

 

 絵麻はどう反応するのだろう。

 そう思い振り返ってみると、ソイツは至って無表情だった。


「人間? どういう事?」


『……はっ?』


 絵麻が口にしたのは、冷たい氷のような発言だった。


「あなたは人間じゃない。どこをどう見ても怪獣、怪物、化け物だよ。悪い怪獣を倒すのは当たり前の事だよね?」


『…………な、何を言っているんだよ!! ふざけんなテメェ!! 俺は人間だ!! 怪獣じゃねぇ!!!』


「そんな姿をして何が人間だよ。……さっさと死ねば? いやむしろ死んでくれる?」


『…………』


 五十嵐は絵麻をそういう目で見ていた。

 見限るのも当然の話だ。


「そういう訳だ。お前は人間ではなく怪獣……≪怪獣殺し≫の名のもとに、お前をここで掃討する」

 

 もちろん、僕はコイツを『怪獣』として葬るつもりだ。


 もしコイツに悔恨の念さえあれば、さっきの連中みたく力を奪い取ろうと思った。

 出来ればそうしたかった。


 しかしコイツはもう駄目。

 身も心も怪獣……いや怪獣と呼ぶに値しないケダモノに成り果ててしまった。


 こうなった以上、コイツは生きていても仕方がない。

 僕はコイツを殺して、最期までそれを背負うつもりだ。


『……俺が怪獣……? ……俺が掃討される……? 噓だ……嘘だ……嘘……ガアア!!?』


「もういい。お前さっさと消えろ」


 五十嵐の腹に手刀を突き刺し、宙へと上げる。

 そうして片方の手で奴の頭を掴み、思いっきり力を入れた。


『噓だぁアア!!! 嘘だぁアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』


 絶望の叫びを上げる五十嵐の首を、脊髄ごと引き抜いていった。

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