第16話 森塚凛 視点

 あたし、森塚凛は大都君の事が気になっている。


「ん……うわっ、大都がこっち見てる」


「何見てんのよ」


 大都君が女子達の話を聞いていた時、その女子達がゴミを見るような目で睨んでいた。

 彼が謝って小説に目を落とす中、私は複雑な感情を抱いていた。

 

「ほんと、大都って華がないよねぇ」


「そだねー。転入生と入れ替えしてほしいわぁ」


 ほんと見下すのって最低。一体何が楽しいんだろう。


 言っておくけど、大都君とはこれといった接点は持っていない。

 大都君もあたしの事をあまり認識していないはず。


 あくまで同じクラスの生徒同士という、それ以上でもそれ以下でもない関係。

 ただあたしは、何もしていないのに侮蔑されている大都君が可哀想で仕方がなかった。


 一方的な同情……って感じかな。


 長いこと見てきたけど、彼は何も悪い事はしていないし態度とかも問題ない。

 むしろちゃんと勉強したり掃除したりと、見習うべきところがあったりする。


 そんな彼が陰キャ陰キャと馬鹿にされるのは、あまりにも度が過ぎている。

 

 彼は多分だけど1人でいるのが好きなタイプだ。

 ちなみにあたしも大方そんな感じ。


 だからなんで彼がああまで言われるのか、全く理解できない。

 皆そっとすればいいのに。馬鹿なんじゃない?


「……!」


 大都君がこっちを向いてきた。


 あたしは思わず目線をそらしてしまう。

 本当はあたしが出向いて彼を擁護すべきなのに、身体が全く動かない。


 大都君を黙って見ているという意味では、あたしもアイツらと同類かもね……。

 ダメダメ……卑屈になったら精神ブルーになっちゃう。切り替えないと。


 話題を変えるとして。

 転入してきた雨宮さんって人、女優みたいに綺麗だなぁ……。


 早速、五十嵐とか池上とかが彼女の周りに集まっている。

 雨宮さんはああいうのあまり好きじゃないのか、右に流すような言動をしていた。


「雨宮さん、どうしたの……ってああ、大都見てたのか。アイツ良いところなしの陰キャだから気にしなくていいよ」


 また出たよ、五十嵐の常套句。


 そうやって他人をナチュラルに見下すスタイル。

 取り巻きの女子には好評みたいけど、あたしにとっては大滑りもいいところ。


 ああいう事を言わないと、自分を優位に立てないんだろうね。

 本当に五十嵐には性格ブスという言葉が似合う。




 モヤモヤとした感情を抱きながらも、放課後になった頃。


「森塚さん。実は俺達マックに向かう予定なんだけど、君もどう?」


「…………」


 教室を出ようとした矢先、五十嵐が誘ってきた。


 いや、何が悲しくてあんたとハンバーガー食べないといけないのよ。

 第一、あんたの誘いに乗った事なんて一度もないんだけど。

 

「ごめん、これから用事があるから……」


「そっか……でもその気になったら、いつでも言ってくれよな。俺、待っているから」


「うん、分かった」


 あまりにも鬱陶しいので棒読みで返した後、教室を出て行った。


 五十嵐の奴、チラチラとあたしの胸見すぎなのよ。

 キモいったらありゃしない。


 自慢じゃないけど、あたしの胸は大きい方だ。

 今まで胸をガン見する男子を見てきたし、あたし自身もそういう視線に敏感になってしまった。


 胸が大きいというのは何も良い事だけじゃない。

 ああやっていやらしい視線があるし、一部の女子には嫉妬されるし。

 

「はぁ……」


 ため息を吐きながらも、家に向かって歩き出した。


 また明日、大都君がからかわれるのを見る羽目になるのかな。

 かといって何も出来ないし……本当にあたしってヘタレだよ。


 大都君も大都君だよ。

 少しばかり反論してもいいと思うんだけどな。あと眼鏡は外した方がいいと思う。


「おっ、あの子可愛くね?」


「確かにそうだなぁ……ねぇ君、もしかして学校帰り?」


「はい?」


 声がしたと思えば、いかにもチャラそうな男3人が近寄ってきた。


「君1人? よかったら俺達と食事とかなんて」


「もし今日駄目だったらライン教えてよ。連絡するからさ」


 ナンパか。まさかこんなところに現れるなんて。


 あたしは無視を決め込んで離れようとした。

 ただ男達がしつこく付いて来る。


「ねぇ聞いている? 一緒に遊ぼうよ」


「付いて来ないで下さい」


「そう言わずにさぁ」


「だから嫌ですって……」


 ああもうしつこい。

 今まで無視すれば諦めてくれたのに……どうやって追い返そう。


「なぁ、いいだろ? 別にやましい事じゃないんだから」


 あたしにグイグイ来る男達。

 この際叫ぼうかと思った矢先、私達の元に誰かが来た。


「森塚さん?」


「えっ、大都君?」


 まさかの大都君だった。

 男達が彼を見るなり、威圧感たっぷりの表情を浮かべた。


「なに、同じ高校の生徒? 陰キャ?」


「なんか弱そうじゃん。俺達、彼女と話があるから……」


「森塚さんは早く行った方がいいよ。まともに相手しなくていいから」


 大都君が男達を無視するかのように間を潜った後、あたしのところにたどり着いた。

 ……今、結構スムーズだったよ? 男達もやっとこっちに向いたし。


「おい無視するなよ!!」


「ぶっ殺されてぇのか!!」


 男達が拳を上げながら向かってくる。

 大都君が危ない……!


 ……と思っていたら、彼が蹴りを入れた。それも後ろを見ないまま。


 蹴りを入れられた男が数メートル吹っ飛ばされるのを見て、仲間達が唖然とした表情を浮かべていた。


「てめぇ、ふざけんなよ!!」


 ただすぐに凶暴性を露わにして向かってくる。

 1人のストレートが大都君に襲いかかってきて……!


「大都君……!!」


 あたしは叫んだ。すると大都君が、男のストレートをひらりとかわしてしまう。

 その男に膝蹴り。さらに向かってきたもう1人へとまたキック。


 ……すごい大都君。

 一瞬にして大人をノックアウトするなんて。


「てめぇ、調子に乗って……」


 倒れていたチャラ男達が立ち上がろうとした。 

 しかしどういう事か、大都君を見るなり「ヒッ……」と急にたじろいでしまった。


「調子に乗って……何です? 女子1人に対して、数人で取り囲む方が調子乗っているでしょう?」


 理由が分かった。今の大都君の目、かなり怖い。

 まるで凶暴な怪獣の目みたい……。


「えっと、す、すいません……ほら行くぞ……」


「ああ……」


 すっかり弱腰になって引き下がるチャラ男達。


 ソイツらがいなくなった後、大都君がふぅーと吐きながらこちらに向く。

 もうさっきのような怖い目はしていなかった。


「えっと、大丈夫かな?」


「……あっ、うん……」


 ……本当にあの馬鹿にされている大都君?

 

 今までクラスで見てきた姿とまるっきり別物だよ。

 同じ姿の別人と言われた方がまだ信用できる……。 


「……あの、ありがとう」


 あたしのお礼に対して、大都君が軽く口元を緩ませてくる。


「うん、どうも。じゃあ僕はこれで」


「うん……」


 こうして大都君も、あたしの元から去っていく。

 あたしは呆然と佇みながら、その後ろ姿を見届けた。


 大都君……本気出せば五十嵐達くらいやれるんじゃない?


 いや絶対にそう。さっきの蹴りなんかマグレでやったとは思えない。

 睨み顔だって、五十嵐に見せたら怯えだすんじゃないかな。


 あと大都君の顔を初めて間近で見たけど、割と顔立ちが悪くなかったような気がする。


 大都君、眼鏡外せばカッコいいんじゃ?


「……大都君、もったいないなぁ」


 なんでそれなりのスペックがあるのに、ああいう格好しているんだろう。

 ……近い日に眼鏡を外すの頼んでみようかな。

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