第24話 雨宮飛鳥 視点2

 私は今、バスの椅子に座っていた。


 学校が終わった後、神木さんから何故か特生対研究所に来て欲しいとの連絡があった。

 大都さんの後始末なら普通本部でやると思っていたが……まぁ、そこでその処理があるのかもしれない。


《海底油田を襲った怪獣クラーケン、特生対によって掃討!》


 スマホの画面には、でかでかとこんな見出しが映っている。

 私が学校を出る前には、このようにクラーケン掃討のニュースが拡散されていた。

 

 曰く、1つ目の海底油田を襲ったクラーケンに対し、特生対は2つ目を守るべく展開。

 海底油田を完璧なまでに守りつつ倒す事に成功した……と。


 これを見た途端、私のクラスが盛り上がったものだ。

 特に特生対に入りたがっている五十嵐さんや、上層部の息子らしい池上さんが中心になって、特生対すげーすげーの一点張りだった。


 ……情報統制というのは恐ろしいな。


 その様子を遠くから見ていた私は、そんな事を思っていた。


 実は同じクラスメイトの、それもいつも見下している男子が倒しただなんて、彼らは微塵にも思っていないのだ。

 しかも上層部の息子である池上さんすら知らないのだから、実に皮肉だ。


 私はそんな彼らを冷めた目で見ながら、教室を出て行ったものだ。

 真実を知っている身からすれば、この現実のギャップの差には世知辛いものを感じる。




「お勤めご苦労様、飛鳥ちゃん」


「いえ、神木さんこそお疲れ様です」


 特生対研究所のエントランスで神木さんと落ち合った。

 会釈した頭を上げると、何故か彼女がニコニコしている。


「どうしました?」


「いえね、絵麻ちゃんからお食事しませんかってライン来たでしょ? やっとあの子に認められたんだって思っちゃって」


「はぁ……」


 絵麻さんと言えば、初対面の時とかヘリの時とかすごい怖かったな……。

 あの時の自分、怪獣に睨まれた人間っぽかった。


「ニュースを見ましたが、今回の大都さんもすごかったそうですね。海底油田を守ったみたいですし」


「その事なんだけど、私達が送り込んだドローンに収めてるから見てみる? 絶対『そんな馬鹿な』とか言うから」


「そこまでですか? いや、まさかそんな……」


 もう大都さんの能力には慣れているので、大丈夫のはずだが。

 映像は神木さんのスマホに収めているらしいので、それを受け取ってから拝見してみた。


「……そんな馬鹿な……」


「ほらっ、言った」


「いやこれはさすがに……いくら大都さんでも、睨みだけで怪獣を退けるなんて……!」


「そういう子だからしょうがないでしょう。もしこうしなかったら海底油田にも被害が出ていたし、本当に一樹君様々よ」

 

 眼力だけで怪獣を退ける高校生……。

 なるほど、これは特生対も情報統制したくなる。


「……本当に何者だろうな、あの人」


「よくぞ言ってくれました」


「はい?」


「ここに呼んだのは、そんな一樹君の秘密を教えようと思ったからよ。そろそろ頃合いだしね」


「というと私の仕事評価は……」


「合格って事。さっ、長話もなんだし移動するわよ」


 神木さんが私を奥へと案内してくれた。

 

 とあるエレベーターに乗り込む事になったのだが、ボタンを見て私は驚いた。地下が7階まであったのだ。

 以前の地下にあったミスリル実験ルームにはエスカレーターを使っていたから、まさかここまで深く建設されているなんて思ってもみなかった。


 神木さんが押したのは、そのもっとも深い7階のボタンだ。


「飛鳥ちゃん。今から見せるのは、特生対において極秘中の極秘よ。一樹君と同様、決して表に漏らしてはいけない」


「極秘……」


「そう。そして特生対にとって重要な存在でもあり、一樹君にとっても重要な存在でもある」


 特生対と大都さんにとっても……?


 いぶかしむ私をよそに、エレベーターは着々と下に降りていった。

 やがて目的の7階に到着すると、今度は通路の先に固く閉ざされた扉が見えた。


「さぁ、飛鳥ちゃん。自分の目でちゃんと確かめなさい」


 扉の横にあるテンキーにカードをスライドさせて、さらに暗証番号を入力する。

 扉が独りでに開いたと同時に、部屋の明かりがパッと点灯した。


「……これは……」


 自分の目が信じられない……そんなテンプレな言葉が浮かび上がってしまった。


 体育館よりもはるかに大きく広い部屋に、巨大な生物の骨が安置されていたのだ。


 獰猛な恐竜のような髑髏に鋭い爪を備えた腕の骨、さらには背ビレまで見える。


 今さっき生物と言ってしまったが訂正だ。

 これは……そう、巨大な怪獣の骨。


「大怪獣の中の大怪獣、かつて『偉大なる龍神』とも畏れられた最強の怪獣――『バハムート』よ」

 

「……バハムート……」


 バハムートと言えば、ファンタジーとかに君臨している最強のドラゴンの事だ。

 ただ実際は半分創作で、元の伝承は地球すら超えるほどの超巨大魚だったらしい。

 

 どちらにしても『神』と畏れられている幻獣。

 そんな名前を持っている怪獣なんて、私は初めて見た。


「2002年、漁師が房総半島沖でこの骨をソナーで発見し、それを特生対が回収した。念入りに調べた結果、古来の日本に君臨していた『お館様』という事が判明したわ」


「お館様?」


「伝承ではそう言われていたらしいからね。かつて日本を荒らす怪獣を手当たり次第に倒していったという文字通りの『怪獣の頂点』。さすがにお館様呼びはどうかとなって、バハムートというコードネームを付ける事になったんだけど」


 それから神木さんは一呼吸を入れて、


「実はね、ミスリルが放つ青白いエネルギーはバハムートの物なのよ」


「えっ?」


「バハムートが発見される2002年より前までは、通常火器を使っていた。もちろん倒せなくもなかったんだけど、それに比例して隊員の犠牲者数が無駄に増えるばかりだし、大怪獣に至っては人のいないところに誘導して帰らせるしか方法がなかった。

 それを解決したのが、バハムートの骨髄の中に入っていた特殊物質。それを弾丸などに組み込んだのがミスリルよ」


「つまり怪獣を早くに倒せるのは、その特殊物質のおかげという事に……」


「そう。特殊物質は身体全体にエネルギーを行き渡らす役割を担っていたというのが定説。青白く輝くのは、その物質を燃焼させているから。しかもどんなに骨髄から採取しても、1週間の間に復元するというボーナス付き」


 ……理解が及ばない。


 確かに科学班が怪獣の骨を研究するのは多々あるが、さすがに丸ごとは邪魔になるので一部を除けば処分する事がある。

 このように全身骨格をそのまま保管するなんて考えもしなかった。

 

「防衛班は、ミスリルの特殊エネルギーがこのバハムートの物だって事を知らないのですね?」


「知っているのはごく少数。大半は『科学班が開発した新世代エネルギー』として通っているわ」


「じゃあオフレコになりますね、これは」


「察しがよくて助かる。さらに特生対は大怪獣をも殺せる高出力ミスリルを開発して殺傷する事も出来た。ただエネルギーが膨大すぎて使用ごとに武器が破裂しやすかったり、着弾地点を広範囲で破壊してしまったり、そもそも一発で仕留めきれなかったりとデメリットばかりだったから、7年前に一樹君が戦場に出た途端すぐに廃れたけどね」


「7年前って事は……大都さん、小学生から大怪獣を倒していたという……」


 私の呟きにうなずく神木さん。

 ……次元が違いすぎる。


 しかもこれがオフレコとなると、私達はここにいない事になっている。

 バラしたらクビでは済まされない。


「……それで、大都さんとバハムートに一体何の関係が?」


 問題は大都さんの秘密だ。

 彼とこの骨の関係が知りたかった。


「まだ分からないの? 一樹君が技を出す時になんて言っている?」


「あっ……」


 そういえばそうだった。

 確か≪龍神の劫火≫とか≪龍神の眷属≫とか……。


「もしかして龍神ってバハムートの事でしょうか?」


「ええそう。あの技はバハムートの能力を再現したものよ」


「では彼にバハムートの特殊物質を埋め込んだとか……」


「さすがにそんなマッドな事するもんですか。そもそも私達がやっているのはバハムートの能力の劣化版で、一樹君のそれとは比べ物にならないわ」


 神木さんはいたずらっぽく笑った後、すんと真面目な顔をした。


「かつて、バハムートは人間との間に子供を産んだ事があった。一樹君と絵麻ちゃんはその子孫よ」

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