第54話 怪獣殺しの外回り 終

 最後はアメリカのある町から、数キロメートル離れた山岳地帯だ。


 既に町には避難命令が出されている為、町自体が閑散として静けさを増している。

 町の頭上をヘリが飛行すると、目の前にその山岳地帯が見えてきた。


 山岳には申し訳程度の樹木が生えているだけで、あとは茶色の地面や岩が丸見えになっている。

 その山頂を乗り越えた時、最後のターゲットが見えてきた。


「……でかい……」


 ドアから顔を覗かせていた雨宮さんが、ありえないものを見るかのように固まっていた。


 山の頂上を大股で超えようとする、巨人のような超巨大怪獣。


 全身が病的に白い皮膚で覆われていて、手足が虫のように細長い。

 口には剣のような鋭い牙、顔にはサメのような黒い眼を持っていて、それ以外は角すらないツルツルの頭部をしている。


 今まで相対してきた怪獣の中では、『異形』『奇怪』という形容が似合う。

 そんでもって今までの怪獣よりも遥かに巨大だから、その存在感は他の追随ついずいを許さない。

 

「……あれがアメリカにおける史上最大の怪獣『アンタイオス』……みたいです。写真は見ましたが実物は初めてです……」


「約300メートルはあるらしいからね。ただ図体の割には温厚だから、破壊活動は自らしないんだって」


 普段はある湖を拠点として、その底で沈みながら静かに生きていたという。

 その巨体ゆえに食事の量なども尋常じゃないと思うが、現時点では何を食べているのか不明とされている。


 ちなみにアンタイオスとは、ヘラクレスに倒された巨人の名だ。

 ヘラクレスには僕や絵麻みたく「怪獣と人間の混血児説」があるので、それが倒した巨人と相対するのは運命的なものを感じる。


 ……とウンチクはここまでにして、自ら破壊を行わないアンタイオスまでもが町を目指すとは、どこか釈然としない気分だ。

 まるで……に動かされているかのような。


「……いや、今は考えている場合じゃないか」


「何がです?」


「こっちの話。とりあえず奴を仕留める」


 僕は雨宮さんに首を振った後、大怪獣を一発で仕留められる≪龍神の劫火≫を放った。

 しかしアンタイオスの頭部に近付くにつれ、あまりのスケール差に劫火が豆鉄砲のようなものに見えてしまう。


 劫火がアンタイオスの脳天を貫いた……けど、穴が開いているにも関わらず奴は行進を続ける。

 自分が攻撃を受けた事にも気付いていないようだ。


「奴が大きすぎて、さすがの劫火でも効果が薄いらしい」


「そんな……あなたでも瞬殺できないと!?」


「かもしれない。さてどうするか……」


 雨宮さんに答えつつ、僕は考えを張り巡らせた。

 

 この際、例のを解き放つべきか?

 いや、そんな事をすればヘリも巻き込まれる可能性が高いし、何よりアレはここぞという時に出しておきたい。

 

 ならば別の方法を……そう思っていると、不意にスマホにリモートの着信が舞い込む。

 すぐに映像を開くと、ウィリス国防長官の姿が映し出された。


『大都君、今現在アンタイオスの掃討をしているようだが、首尾はどうかね』


「デカすぎて処理に時間かかるかもしれないですね」


『そうか……やはり超巨大怪獣には分が悪いか。これはさすがに援護攻撃が……』


 国防長官が言いかけた時、足音が突如として聞こえてきた。

 何事かと思っている中、男性の日本語の声がする。


『少々よろしいでしょうか、国防長官』


『アダム国防副長官。一体どうしたかね?』


『お話の途中申し訳ございません。その少年……≪怪獣殺し≫についてなのですが』


 この人か……。

 

 アダム・ライアード国防副長官。

 その肩書き通り、国防長官の側近に当たる人だ。

 

 穏やか初老の見た目をした国防長官とは違い、いかにも歴戦の戦士と言わんばかりの大男で、さらにボリュームのある黒髪や髭がクマを思わせる。


「ご無沙汰しております、副長官」


『……ふん』


 挨拶を述べたところ、鼻を鳴らせてしまった。


 彼もまた僕の事情や正体を知る者で、1回目の渡米の時にも会った事がある。

 でも……この人苦手なんだよな。 


『何の用事がある? 彼は今、アンタイオスの掃討途中なのだ』


『そのアンタイオスなのですが、通常は一個連隊が必要な相手なはずです。それをいくら怪獣由来の能力があるとはいえ、≪怪獣殺し≫とかいう軟弱な少年に任せてよろしいでしょうか?』


「むむ、なんて失礼な! 一樹様は軟弱ではありません!」


『小娘は黙っておれ』


 ヒメが文句を言ったところ、アダム副長官が凄みを効かせる。

 それから彼が僕へと向く。


『大都一樹、今アンタイオスに苦戦しているのなら、即刻その場から立ち去れ。あとは我々の手でやる』


「そうはおっしゃりますが、奴は付近の町へと進行中です。部隊を展開している間にも奴が町に入ってしまったら……」


『口答えするな! 私はな、貴様のような奴を信用ならない。そもそも貴様を再び渡米させる事には私は反対であったのだ!』


「それは僕に言われましても……」


『言われましてもじゃない!! ったく、これだから日本のガキは!! 言っておくがな、怪獣掃討は我々の専門だという事を忘れるな!!』


 ……以前もこんな感じに言われていたな。

 僕やヒメに対して寛容的だった国防長官とは違い、副長官は排他的な感情を抱いている。

 

 それは無理もない。相手は怪獣の力を持った小童こわっぱで、単体で怪獣を倒せるという得体の知れない存在。

 そんなのが怪獣を掃討しているなんて、軍人の彼からしたら不条理で目の上のたんこぶだろう。


「何ですかあなたは! 一樹様の事を知らないで……」


「ヒメ、少し黙って」


「ですが……」


 言おうとしたヒメに対して、手を挙げて制止させる。

 意図に気付いた彼女はしばし口ごもったが、すぐに引いてくれた。


「……お言葉ですが、部隊を出していらぬ被害を出すか、その軟弱な少年1人だけこうむるか。どっちがマシだと思います?」


『はぁ?』


 あまり軍人と言い争いたくない僕だけど、何故かこのばかりは言い返していた。

 アメリカの存亡が関わっているからかもしれない。


「あなたも軍人であるならば、命の尊さを知っているはずです。無駄な犠牲が出るよりは、僕1人死んだ方がマシでしょう」


『……それはつまり、自分1人でアンタイオスを倒せるという事だな?』


「…………」


『ハッ、笑わせるではない!! では今すぐにやってみろ!! この目で確かめてくれる!!』


「……了解しました。これ、ちょっと持ってて」


 僕は呆然としている雨宮さんへとスマホを渡して、副長官達に見えるようにした。

 さて、仕事に取りかかりますか。


「……≪龍神の眷属≫」


 ヘリの近くにある山頂に、ドレイクを召喚させる。

 

 ――ただ今回は1体だけではない。

 あのアンタイオスを確実に仕留めるべく、5体ほど用意をした。


『……なっ、以前は1体だけだったのに……』


「1体で十分なので出さなかっただけです。あまり出しすぎると、かえって邪魔になりますし」


 絵麻が複数のワイバーンを出せるのだから、僕に出来ない道理はない。

 

 全てのドレイクが1か所に集まった後、両腕を地面に突き刺せつつ口を大きく開ける。

 その喉の奥から灯っていく赤い光。


「一樹様、もしかして……」


「ヒメもあそこに並んで、一緒に≪水流≫を放ってほしい。なるべく数は多くあった方がいい」


「……はいです!」


 ヒメも真の姿になって、ドレイクの中へと入り込んだ。

 

 狙いは未だ山岳を超えようとしているアンタイオス。


 さながらエネルギーをチャージするかのように、ドレイクの口内の光が増していく。

 そして、


「……撃て」


 僕の一言で、ドレイク全員が赤い熱線を吐いた。

 最大火力だ。


 そこにヒメの≪水流≫も加わり、6本の太い筋がアンタイオスへと向かう。

 奴が何事かと振り向いたけど……もう遅い。


 ――ッ……!!


 30メートル級の怪獣6体が繰り出す、超強力なブレス攻撃。

 それらが≪龍神の劫火≫でさえ致命傷にならなかったアンタイオスの頭部に、大きな風穴を開けた。


 大量の鮮血が舞う中、アンタイオスが山肌へと転がり込む。

 

 やがて麓へと真っ逆さま。

 奴は山岳の最も深い場所で埋もれ、ピクリとも動かなくなった。


『……馬鹿な……一個連隊が必要な奴を一瞬に……』


 動画の中で、副長官が呆気に取られていた。

 まぁ、そういう顔するのは想定内だ。


「ふぅ……アンタイオスの掃討はクリアしました。これでいいですよね?」


 僕はドレイク達を消してから、副長官へと完了の報告を伝えた。

 彼は目を泳がせ、言葉を詰まらせているようだ。


『……認めないぞ……私は……くそっ!!』


 そうして吐いたのはそれだけで、すぐに画面外へと消えてしまう。

 国防長官は横目で見届けていたものの、すぐに僕へと向いて笑みを浮かべた。


『ご苦労だった大都君! アンタイオスの掃討をもって、スタンピードは収まった。つまり君らの勝利だ!』


「……そっか。よかった」


 どうやら人的被害を食い止められたようだ。

 アメリカを震撼させた怪獣大災害は、これで幕を閉じたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る