終章

最終話 怪獣殺しと呼ばれる青年

 ――あれから2年の月日が経った。




 肌寒くなった冬の時期。


 体育館に多くの生徒と教師が集まり、冬休みに向けての終業式を始めていた。

 そこで校長先生が話を綴っている。


「えー、2年前は皆さんが知っての通り『東京大怪獣災害』がありました。テュフォエウスという怪獣によって、多くの死者が出まして……」

 

 彼が話しているのは、2年前に起きた『東京大怪獣災害』。


 大怪獣テュフォエウスが引き起こした災害によって、市民と特性対隊員合わせて2万人以上が死亡。

 被災地にある高層ビル群も未だ復興中であると聞けば、その規模の大きさが分かるだろう。


 またこの災害において白神高校は無事だったけど、逆に生徒の何人かが巻き込まれ帰らぬ人となった。

 

 校長先生の話は、そんな生徒への弔いも意味している。

 こればかりは長いだ眠くなるだと思っている場合じゃなく、真剣に聞こうと耳を傾けていた。


「……話は以上となります。それでは全員、教室に戻ってからホームルームを受けるように」


 校長先生に言われ、ゾロゾロと体育館を出る僕達。


 あれから3年生……18歳になった僕は、大学に向けての勉強を日々取り組んでいる。

 亡くなった同級生には申し訳ないけど、そういった将来への努力はしておきたいのだ。


「なんか……2年前の事とは思えねぇよなぁ……」


「確かに。五十嵐は死んでしまうわ、サッカー部はなくなりそうになるわ、池上は退学になるわ……ほんと色んな事があったなぁ……」


 僕の近くにいた男子達が、そんな会話をしていた。


 確かに彼らの言う通り、五十嵐はもう死んでいる。

 ……とっくのとうに、結晶怪獣クリスタルに襲われたという形になって。

 

 本来それが奴の怪獣化のきっかけだったけど、今ではそのように処理をされた。

 ある意味「人間としての」五十嵐は死んだので、間違っていないと言えば間違っていない。


 奴に操られた取り巻きやサッカー部は無事回復したものの、どうも記憶的にも身体的にも後遺症が残ったらしく、そっち方面の学校に転校してしまった。

 その影響で、一時期サッカー部が廃部になりかけたのは有名な話だ。

 

 最後に池上君はというと、父親が上層部から失脚した後に退学している。

 

 母親が車椅子でありながらも回復したという風の噂を聞いて以来、その後の足取りは掴めていない。

 強いて言えば、怪獣解体業者の現場で池上君と父親らしき2人を見たくらいか。


 ともかく僕は教室に戻った後、ホームルームを受けてから帰宅準備に取りかかった。

 その際、2人の女の子が目の前に現れてくる。


「一樹君、そろそろ行こうか」


 森塚さん……改め凛さんと雨宮さんだ。

 この2年の間、僕と同じように成長して美人度が増している。


 特に凛さんなんか、モデルの勧誘を受けるくらい容姿に磨きがかかっていた。

 あと互いに名前呼びになって、親密度が増したと思う。


「ああ、分かった」


 僕は彼女達と一緒に教室を出た。


 もう2人との仲は周囲に知れ渡っているせいか、誰1人指摘する者はいない。

 昇降口で靴を履き替えている間、雨宮さんが凛さんに話していた。


「さっきも言ったように、冬休み中は怪獣のデータの更新と修正をしてもらいます。あと大都さんが倒した怪獣の死骸の写真撮影とかも」


「分かりました、先輩」


「先輩はいいですって……あと敬語も……同い年なんですし」


「だって諜報班としての先輩だもん、雨宮さんは。さすがに礼儀を弁えないと」


「私は別に気にしてないんですけどねぇ……」


 そう、凛さんは無事諜報班に入隊する事が出来た。


 まだまだ下っ端の雑用係ながら、何とか上手くやっているし将来性もあるらしい。

 今でも復興できた特性対本部と研究所を行き来したり、雨宮さん達と一緒に仕事したりと大忙しだ。


 もちろん怪獣と接しやすい危険な職業でもある。

 だからこそ常に目を光らせ、その身に危機が迫ったら守り通すつもりだ。


「……ん」

 

 下駄箱から靴を取り出そうとした時、左腕の袖から傷んだ皮膚が見えた。

 おもむろに袖をまくってみれば、皮膚に火傷のような痕が出来ている。


「……相変わらず酷いな」


 テュフォエウスを吸収した後、しばらく左腕が結晶に覆われ麻痺するという憂き目に遭ったのだ。


 それでも結晶を抜き取る治療やリハビリを繰り返し、何とか動けるレベルまで取り戻せた。

 痕が酷いとか言っちゃったものの、左腕が治ったのならこれくらいどうって事はないだろう。


 というかあの時、もしもの場合に備えて左手で吸収してよかったと思う。

 右手だったら生活に支障が出たからね。


 それとテュフォエウスを吸収した事に関しては、特に後遺症などはない。

 僕は奴を……お爺さんの負の力を超えたという訳だ。


「すっかり痕が残っちゃったね……」


 凛さんが僕の左腕を覗いてきた。

 最初、腕の異常を見た時は驚いていたっけ。


「別に何ともないさ。それに絵麻と君がリハビリに付き合ってくれたから、こうして問題なく動かせているんだし」


「……そうだね。あの時は大変だったけど、悪くない思い出だったというか」


 凛さんは絵麻と一緒に、僕のリハビリに付き合ってくれた。

 その時の事があったのだから、もう頭が上がらないものだ。


 どんな事があっても傍らにいてくれる凛さんには、本当に嬉しく感じてくる。

 これからも僕のそばにいてほしいくらい……なんて。


「君と絵麻がいて本当に感謝しているよ。なぁ、お爺さん」


(全くだ。森塚凛に礼を伝えてほしい)


「お爺さんも感謝しているって」


「そんな……お爺様にも言われるなんて……でも嬉しいですはい……」


 諜報班に入った凛さんには、もう既にお爺さんと対面させている。

 以来、彼の事を「お爺様」と呼んでいるのだ。


 そうそう、お爺さんの頭骨はちゃんと回収されて、特生対研究所の地下に再保管されている。


 残念なのは、五十嵐に喰われた箇所がそのままになってしまったところだ。

 本人が特に気にしていないのが不幸中の幸いか。


「さて、早く行こうよ。絵麻ちゃんと神木さんを待たせちゃいけないしね」


「……そうだね。かなり時間押してるみたいだし」


 終業式の後、僕達のアパートで食事会をする予定だ。

 

 内容としては、ちょっと早いクリスマスイブな感じかな。

 皆して色んな仕事があるからイブの日に出来ないって言うんで、なら早めにやろうという事になったのだ。


 僕達はケーキを買いつつ、帰路につく。

 それからマンションの自室に入れば、ある2人が元気そうにやって来た。


「一樹様、お帰りなさいませ!」


「お帰り、一樹……」


 大怪獣コンビ――ヒメとフェンリルだ。


 どちらも正体が正体なので、見た目が全くと言っていいほど変わっていない。

 ちなみにフェンリルはテュフォエウス戦後アメリカに帰ったと思えば、いつの間にかこちらに戻ってきたというアグレッシブな行動をしていた。

 

「ただいま。ちょっと予定より遅れちゃったけど大丈夫?」


「全く問題ないですよ! それよりも一樹様としばらく会えないって思うと、寂しくて寂しくて……うう!」


「ヒメったら……そんな事で泣かない。ほらっ……一樹も言ってあげて」


「あっ、うん。僕も欠かさずリモートするからさ、会えないなんて事はないと思うよ。未央奈さんもそばにいるしね」


「そうですかね……。でしたら、そのリモートというのをガンガンしまくります!」


 それはちょっと疲れるかな……言いにくいけどさ。


 実はヒメとフェンリルはこの早いイブの後、アメリカに行く予定となっているのだ。


 フェンリルが人間に変身できる怪獣を数体知っているらしく、その怪獣らが人間に対して不干渉を貫いているとか。

 そんな彼らを交渉及びスカウトし、市民や街を防衛する怪獣チームを作り上げるつもりなのだ。

 

 奇しくもそれは、独り身だったヒメに手を差し伸べたお爺さんの行動とそっくりだ。


 また僕が言った通り、この2人には未央奈さんが同行する。

 彼女が不在の間、凛さんと雨宮さんが僕のアシストをしてくれるのだ。


「……っと、そろそろ居間に行こうか。いるでしょ、絵麻達?」


「はい、ただいま料理をしています!」


 僕は皆を連れて居間に向かった。

 そうすれば、キッチンで料理している2人の人影が。


「ただいま、絵麻、未央奈さん」


「あっ、兄さんお帰り!」


「お帰りなさい。これで全員揃ったわね」


 15歳になった絵麻は、一段と綺麗になっていた。

 ボブカットだった髪を若干伸ばしているところなんか、初めて見た時に口元が緩んだものだ。


 逆に未央奈さんは髪を切ってセミロングに。

 歳は重ねてしまったけど、その美貌は変わっていなくて安心だ。


「……一樹君、何か失礼な事を考えなかった?」


「いえ別に」


「ほんとかしら。まぁ、早速だけど絵麻ちゃんの手伝いしてくれる? 凛ちゃんもお願いね」


「はいはい」


「分かりましたぁ」


 伊達眼鏡を置いてから、僕と凛さんがキッチンに入る。

 料理が出来ない雨宮さんは、ヒメ達と一緒にテーブルの掃除をする事に。


「にしても、この間の子供を作らないって話……本当にいいの一樹君?」


「ええ、絵麻達とはちゃんと話し合ったんで。後々のリスクを考慮すれば、そういう選択をすべきかなと」


 僕と絵麻はこれから先、子供を作らない事にしている。

 理由は単純。その子供にお爺さんの血が受け継がれ、力が覚醒する可能性が高いからだ。


 それで子供が苦悩するのならまだしも、何かの手違いで五十嵐のような化け物になってしまう恐れがある。

 そのリスクがあるのなら、子供を作らない選択もやむなし……という事だ。


 もちろんお爺さんの子孫がネズミ算式に増え、そこから同類が現れる可能性も知っている。

 その場合には、僕やヒメ達が責任をもってその者を教え導こうと思っている。


 とにかく僕は引退するまで≪怪獣殺し≫として生を全うし、課せられた責任を最後まで果たすつもりだ。


 なお引退した後に日本の怪獣はどうするのかというと、さっき言ったヒメ達のチームが引き継いでくれるのだ。

 実質リーダーであるヒメが、お爺さんと同じ事が出来ると歓喜したものだ。


「ちょっと複雑だけど、あなた達が決めた事ならしょうがないわね。……ちなみに籍とかそういうのは?」


 ――ガタッ!


 未央奈さんが尋ねた途端、絵麻がボウルを落としそうになった。

 おいおい、大丈夫なのか?


「あっ、えっと……その……」


「それは一樹君次第って事にしています。何も結婚だけが幸せな道って訳でもないですし。……っね?」


「凛さん……」


 ニッコリする凛さんに対し、絵麻がどこか安心しきった顔をしていた。


 何故かそういう話は、僕が決めてもいいという事になってしまったのだ。

 まぁ、まだ籍なんて後の事だからいいけど……。


「でも兄さんが望むなら、養子も考えないといけないんですよね。……その子が私達の……フフッ、兄さんとの子供……フフフッ……」


「絵麻ちゃん……顔がニヤケてるって……。まぁ……あたしもなんか期待しちゃうんだけど……フフッ……」


 ……どうしたんだろう……絵麻達。


 でも養子も視野に入れないとなぁ。

 その辺も話し合っておかなければ。


「2人の目がすごいわね……。あっ、これをテーブルに運んでくれるかしら。量多いから気を付けてね」


「了解です。悪い絵麻、そっちお願い」


「はーい」


 僕は絵麻にも協力を仰いでから、受け取った料理を運んでいった。

 そうしてテーブルに載せる際、絵麻が身体を密着させてくる。


「どうした?」


「うん……なんかこう、幸せだなって」


「……そっか」


 あれから特生対上層部は、絵麻に一切関与しなくなった。

 あの時に僕がした発言が効いたのだろう。


 なのでこれからは誰にも邪魔されず、コイツを幸せにする事が出来る。

 これから先、死ぬまでずっと……。

 

「兄さん」


「ん?」


「私、兄さんの妹でほんとによかった。……大好きだよ」


「……ああ、好きだよ絵麻」


 僕が笑うと、絵麻に天使の笑顔が浮かぶ。

 僕は最愛の妹を守る為、怪獣退治を続けていこうと決めたのだった。



 ―――――――――――――――――――――――――――――――――



 ここまでお読みいただき、ありがとうございます! 

 これにて本編は完結となります!


 続きましては僕のあれこれを綴ったあとがきとなりますので、そちらも読んで下さればかと思います!

 これで最後となりますが「面白かった」と思った方は、ぜひとも☆や♡やフォローよろしくお願いします!

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