第76話 怪獣殺しの喫茶店

「ただいまぁ。ごめん遅くなっちゃって」


「ああ、お帰り」


「……ヘヘヘ……」


「?」


「あっ、ごめん。何でもない」


 居間で待っていると、絵麻がパタパタと入ってきた。

 基本絵麻の方が帰り早いので、今回は珍しく感じる。


「今日は遅かったな。どうしたんだ?」


「学校帰りに友達と一緒にゲーセン行ってて。それとこれ、友達と撮った写真なんだけど」


「どれ……おっ、結構可愛く仕上がってるじゃん」


 絵麻がスマホの写真を僕に見せてくれた。


 その写真には、数人の友達と寄り添いながらピースしている絵麻が映っている。

 周りにハートや可愛いクマとかがデコレーションしていて、いかにも女子力を感じるデザインだ。


「まだ他にもある?」


「あるとは言えばあるけど、友達が私に抱き付いているのが大半なんだよね」


「モテモテだね、お前」


「もー、兄さんったら。というか、何でか女の子からも告白されやすいんだよねー」


 絵麻はちゃんと学校で上手くやっていて、友達もそれなりにいる。

 最初、学校生活をやっていけるか不安だった僕だけど、それは杞憂だったと実感したものだ。


「そろそろご飯にするね。今日はオムライスにするから」


「ああ、手伝うよ」


 僕達は一緒にキッチンに立って、料理を始める事にした。


 絵麻が鶏肉を切っている間、僕は玉子を溶く作業に取りかかる。

 コイツと一緒に料理を作るの、すごく好きなんだよな。


「確か文化祭って土曜なんだっけ?」


 切った鶏肉をトレイに移しながら、絵麻がそう言ってきた。


「ああそうだな。その日限りなんだけど」


「そっか。……ねぇ、行ってもいいかな? 文化祭」


「えっ、行きたいの?」


「うん」


 絵麻を白神高校にか……。

 正直、色んな意味で招待して大丈夫かなって思っているけど……かといって絵麻の頼みを断りづらいしな……。


「駄目……?」


 潤んだ上目遣い……くっ、それは卑怯だよ。


「……大丈夫だけど」


「やった! だったらおめかしちゃんとしないと! 最近、未央奈さんからメイクの仕方教えてもらってるんだよね」


「ほぉ、それは楽しみだな。ただ高校に来てナンパとかされたりしたら……」


「ああ、平気だよ。その時には……こうだから」


 と言って、青筋が出るくらいの握り拳を作る絵麻。

 ……うん、大丈夫そうかな。この分だと。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 後日、雨宮さん経由で結晶怪獣クリスタルの資料が届けられた。


 あの山には結晶に覆われた地下空洞があったらしく、クリスタルはそこから生まれた……あるいはそこを根城にして結晶を取り込んでいたと思われる。


 実は結晶じみた身体は外側だけで、内部には半透明ながら生物的な肉体を持っているという。

 血液も内臓も透明だったので、映像みたく夜になるとほとんど見えなくなってしまう。

 

 血液が透明なのは、酸素を運ぶヘモグロビンが欠落しているから。

 一応、透明な血液の持ち主というと『コオリウオ』という魚がいるけど、巨体を持つ怪獣でヘモグロビンがないというのは色々とおかしい。


 なのでこの怪獣は呼吸を必要としないのではという、科学的におかしい生態をしている事になる。

 その辺は「怪獣は科学的常識が通用しないから」と済まされるだろう。


 もう死んでいるので正確には不明だけど、奴は地下空洞に近付く生物を排除する獰猛さを持っていた。

 だからこそ踏み入れただけで何もしていない五十嵐君達を襲った……という訳だ。


 五十嵐君の行方については、諜報班や警察が共同して捜索を勧めている。

 また万一怪獣が出現するのを想定して、防衛班を後方へと待機させているらしい。


 いずれにしても、クラスには未だ不登校のていで伝えられている。

 もっとも時期が来れば、行方不明の件を明かされるとは思うのだが。


 僕はそんな報告を片隅に置きながら、文化祭の準備に取り掛かっていた。

 なんか取り巻き達からのオドオドした視線が気になるけど、そこは段々と慣れていくだろう。




 そうしてついに、文化祭当日となった。


 学校の中は出し物によって埋め尽くされ、生徒や外の来訪者が行き来する賑やかな空間となっていた。

 もちろん僕達が考案した喫茶店も例外じゃなく、多くのお客さんが足を運んできた。


「オレンジジュースとアイスコーヒー、あとチュロス2つ」


「かしこまりました。少々お待ちください」


 僕はウェイター係を任されている。

 まぁ、僕が進んでやっているというよりは押し付けられた感じだ。


 雨宮さんもウエイトレス係で、他のお客さんの注文を請け負っている。


 ちなみにウェイターとかウエイトレスとか言っても、僕らは共通して質素なエプロンをつけている。

 予算不足というやつだ。


「森塚さん、オレンジジュースとアイスコーヒー、チュロス2つ」


「はーい」


 森塚さんは料理当番。


 単に冷蔵庫に入れた飲料やお菓子を出すだけなので、彼女の料理スキルが披露される訳じゃないのが残念なところ。

 一応、ホットコーヒーはサイフォンで淹れる本格仕様で、これがまたお客さんに好評となっている。


 いずれにしても彼女なりに頑張っていて、見ていてホッコリする。


「いやぁ、なんか文化祭って大変だよね」


 ジュースを用意している最中、小声で話す森塚さん。

 僕も小声で返す。


「確かに。こんなにもお客さん来るなんて思わなかったよ」


「それもあるけど、さっきから一緒に回ろうって男子からしつこく迫ってくんだよね。学校内でナンパとかありえないよ」


「まぁ、君は綺麗だしね」


「き、綺麗だなんて……」


 僕が言うと縮こまってしまう森塚さん。


「あっ、ごめん。変な事言ったかな?」


「う、ううん、気にしてないよ……それよりも絵麻ちゃんが来るんだよね?」


「ああ。そういう予定なんだけど」


「こう言っちゃなんだけど、なんか修羅場りそうだね。あっ、用意できたから行ってきて」


「あっ、うん」


 妙な事を言っていた森塚さんだけど、何とか注文品を用意してくれたのでお客さんのところへと持って行った。


 その直後「すいませ~ん」と気だるい声がしてくる。

 見てみると、僕に仕事を押し付けようとしたギャル達と五十嵐君の取り巻き達がテーブルに座っているではないか。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」


「ねぇーねぇー、営業スマイルしてよぉ。動画に撮るからさぁ」


「どうせブサイクな笑顔が出るだけだよ。それはそれで映えそうだけどね!」


「ダハハハ! 言えてる!」


 また無茶苦茶な事を……。

 こういうのはスルーするのが一番。


「営業スマイルはやってないから無理だよ。それよりも注文は?」


「チッ、つまんねぇの。ホットコーヒー5つ」


「かしこまりました。少々お待ち下さい」


 僕が離れていくと、ギャル達の話し声が聞こえてきた。


「ねぇ何であんたら、大都に対して消極的になっちゃったの? そんなにアイツが怖いの?」


「いや……怖いというか……」


「てかさぁ、ほんと女子に対して扱いが雑よねぇ。あんなの彼氏だったらマジ捨てるわ」


「あんな奴でも兄妹とかいんのかなぁ? 文化祭だから来ると思うんだけど」


「もしいたら不細工で陰気なんだろうねぇ。見てみたいなぁ」


「キャハハ! 隠れてスマホで撮っちゃおうか!」


 ……絵麻が……不細工で陰気……?


 ――ボキッ!


「……!? 大都さん……?」


「あっ、ごめん……何でもない」


 つい鉛筆を折ってしまったところ、その様子を雨宮さんに見られてしまった。

 すぐに新しい鉛筆を用意しようとした時、


「おい、あのボブカットの子可愛くね……?」


「えっ? うおマジかよ……」


「やべぇ、お近づきになりてぇ……」


 廊下の方から、ガヤガヤとした声が聞こえてくる。

 僕が振り向くと同時にある女の子が入ってきて、教室全体が騒然となる。


「いたいた、兄さん来たよ」


 ナチュラルメイクと可愛らしい服装をした絵麻だった。

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