第20話 怪獣殺しの女難

 僕達が研究所内で待っている時、バラバラと機械音が鳴り響いた。


 窓から覗いてみれば、特生対本部から多数の軍用ヘリが飛んでいる。

 おそらくアレに防衛班が乗っていて、甲殻類怪獣の出現ポイントに向かうのだろう。


 一方で僕達用のヘリが研究所の屋上に着陸したので、そこから現場へと急行した。


「甲殻類怪獣の群れは『カルキノス』と名付けられました。本来は海底で群れを成しながら、獲物を襲う種だと思われます」


 飛んでいる最中、雨宮さんがインカムで聞いた報告を伝えてくれた。


 カルキノス。ヒュドラと戦っていたヘラクレスに対し、その命を奪おうとしたカニの魔物の名前。

 こっそりヘラクレスに近寄ったものの、彼に気付かないまま踏み潰されたという呆気ない逸話があるとかないとか。


 ヘリという障害物のない飛行は、瞬く間に僕達を現場まで案内してくれた。


 ヘリのドアを開けてみれば、広大な港が僕の視界に広がってくる。

 さらに軍用ヘリから降りた防衛班が集まり、来るべき脅威に向けて戦闘態勢に入っていた。


「あと数分してカルキノスって怪獣の群れが上陸する!! ケツに火が付く勢いで狩るよ!!」


「「了解!!」」 


「返事が小さい!! もっと大きく!!!」


「「了解!!!」」


 部隊を率いているのは、もちろんさっき会った高槻さん。


 僕達のヘリに届く勢いで隊員達へと叫んでいた。

 ヘリの音にも負けない大声って、どんな声帯をしているんだろう……隊員方も大概だけど。


 それと隊員達の中には榊原さんの姿が見えた。 

 後ろ向きなので表情とかは分からないが、きっとあの人なら大丈夫かな。


「一樹君、あんまり顔を出すと隊員達にバレちゃうわよ」


「ああ、すいません」


 僕はそう言われてドアを閉めようとした。


 すると目の前に広がる海が、割れるように波打つ。

 その中心から赤黒い物体が浮上し、防衛班へとまっすぐ進んでいた。


 遂にカルキノスが姿を現したようだ。


「撃てッ!!」


 高槻さんの号令。ほとばしるミスリルの射撃。


 海上を泳ぐカルキノスの何体かが撃ち抜かれ、青黒い体液を流す。

 さすがに全滅とはならず上陸を許してしまう中、榊原さんが前に出て大型ミスリルを放った。


「オラッ、どけどけ!! 撃つぞぉ!!」


 ――ドオオン!!!


 さっきの試作品とは別物だが、それでも数体は葬るほどの威力はある。


 僕達はドアを閉めるのを忘れ、防衛班の戦いざまに釘付けになってしまった。

 

 と、風の影響かヘリが揺れてしまう。

 雨宮さんがこけそうになったので、すぐに彼女の身体を抱きかかえた。


「大丈夫?」


「え、ええ……ありがとうございま……ッ!!?」


「ん?」


 雨宮さんが僕の後ろを見るなり、ゾクっと震え出した。

 そこには絵麻のハイライトが消えた目が……。


「え、絵麻?」


「あっ、何でもない……えっと、カルキノスの目的だよね」


 絵麻……目が治っていないんだけど……。

 

 謎のヒヤヒヤ感を覚える僕をよそに、絵麻は一掃されるカルキノスをじっと見た。


「……やっぱり、あの子達は怯えて逃げてきたんだよ。何か大きな……多分大怪獣……」


「未央奈さん」


「ええ、決まりね。カルキノスは大怪獣の出現を察知して上陸したんだわ」


 絵麻のこの能力には外れがない。

 つまりそう遠くない内に、海から大怪獣が現れる事を意味しているのだ。


 一方でカルキノスは徐々に数を減らし、残り数体となってしまう。


 そこに≪早撃ちの裕≫こと高槻さんの出番だ。


 彼女が愛用の二丁拳銃で次々と撃ち抜いていく。

 さらに後ろから迫ってきた個体は、何と振り返らないまま発砲。


 ――ギイイ!!?


「カルキノス、掃討完了クリア!!」


 こうしてカルキノスの群れは、防衛班によって駆逐された。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 僕達は特生対研究所に帰った後、昼頃という事なので食事に向かった。

 

 場所は研究所の近くにあった、ごく普通のファミレス。

 未央奈さんが研究所の食堂より、こちらの方が好みだと選んだらしい。


 それと僕が研究員と接触するのをなるべく避ける為でもある。


「うーん、ここのパフェはやっぱり美味しいわぁ」


「未央奈さん、そっちも食べていい?」


「いいわよ。はい絵麻ちゃん」


「えっ、いや自分ですくうからいいよ……」


「いいのいいの。あーんして」


 僕と絵麻が隣同士、そして未央奈さんと雨宮さんが隣同士になるように座っていた。


 食後に絵麻と未央奈さんがパフェを頼んで、それはもう楽しそうに食べていた。

 そんな中で、未央奈さんが絵麻に「あーん」をした後、


「あら、クリーム付いているわ」


「ん、どこ?」


「ここよ、ここ」


 絵麻の頬に付いていたクリームを指ですくってから、チロリと舐めた。

 その瞬間、絵麻が耳まで真っ赤になってうつむきだす。


「ふ、布巾で拭うとかあったでしょ……」


「ごめんごめん、あんまりにも可愛いからさ」


「……あの神木さん、そろそろミーティングを……」


 僕と同じようにコーヒーを飲んでいた雨宮さんが言うと、未央奈さんが不服そうにする。


「もう、飛鳥ちゃんには絵麻ちゃんの魅力分からないの? 同性でさえガツンと来るわよ」


「いえ……そういうのはまた近い日に聞きますので……」


「全く真面目なんだから……えっとね。さっき電話で聞いたんだけど、別働隊の諜報班がカルキノスの出現ポイントを中心にドローンを放っているわ。あとは大怪獣お客さんが引っかかるのを待つだけ」


 もちろん諜報班には、怪獣を捜索する為のドローンを持っている。

 見慣れた飛行型の他にも、水中用なんてものも。


「で、一樹君。あなたは大怪獣が出るまで待機。場合によれば、授業中に出動なんてありえるかも」


「大丈夫ですよ。その分は勉強しますし」


「本当にごめんなさい。私も勉強手伝うから」


 大怪獣に人間の都合など知った事じゃない。

 僕が家にいる時や休みの時に出現すると限らないし、それこそ授業中に出現する場合だってある。


 その場合はやむなく早退を選択するしかない。

 もちろんテストの最中にもそうせざるを得なかったケースもあったが、その時には未央奈さんが根回ししたらしくテストおじゃんなんてならずに済んだ。


 何をしたのかと未央奈さんに聞いたところ、「ひ、み、つ♪」とウインクを返されてしまったけど。


「そして飛鳥ちゃん。一緒に早退すると怪しまれるから、そのまま学校にいなさい。情報交換は大怪獣を倒した後でも構わない」


「了解しました」


「とまぁ、上陸する保証なんてないから骨折り損になりそうだけどね。そのまま一生、海の底でひそかにお魚さんを食べていたりなんて」


「でも戦後、核実験で目を覚ました海底怪獣が某国を襲ったなんて話もありますし、油断は出来ませんよ」


「そうそこ。なんで海の怪獣に歩行能力なんてあるんでしょうねぇ……」


 そう愚痴られてもね。

 怪獣は常識の通用しない存在なんだし。


「とりあえずどんな怪獣が出るのか分からない。頼むわ一樹君」


「ええ」


 僕はうなずいた後、静かにコーヒーを飲んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る