第22話 怪獣殺しの威圧

 本日の某時刻、東京湾内にある日本管轄の海底油田が襲撃された。


 僕はスマホでその映像を見ていた。

 海底油田に勤務する作業員が、怪獣の襲撃中に撮ったものらしい。


『うわあああああああ!!!』


『逃げろおおおおおおおお!!!』


 ――グオオオオオオオオンン!!


 撮影している作業員も逃げているので、映像がブレブレだ。


 それでも何とか、海底油田に絡み付きながら壊そうとする怪獣の姿を捉えていた。

 怪獣の姿がちゃんと映っているところで一時停止して、よく確認してみる。


 怪獣は蛸のように触手を生えた頭部をして、さらにタールのように黒光りする胴体と長い指をした両腕を持っている。

 あと閉じた翼のようにも見える一対の突起物が、背中から生えていた。


 怪獣は口元の触手で油田の鉄骨を絡め、あたかも小枝のように折っているようだ。


「名状しがたい姿ってこういう事言うんだね……」


 どうみても旧支配者的なやつだよ、これは。


 もしかしたら件の作者、何らかの形でこの怪獣にでくわして、それで件の神話と旧支配者を描いた……とかあったりするのかな。


『たった今、この大怪獣には「クラーケン」と名付けられたわ。かつて船乗りに恐れられた海の怪物の名よ』


「いや知ってますけど……そこは『クトゥルフ』とかじゃないんですか?」


『怪獣に仰々しい名を付けるのは、それこそ世界を滅ぼすレベルじゃないとね』


 僕のスマホは未央奈さんの映像、そして怪獣の映像の2分割になっている。

 

『クラーケンに襲われた海底油田には、もちろん警護中の防衛班がいた。彼らの攻撃が効かなかった事から、奴は大怪獣で間違いない』


 海底油田が怪獣に襲われる可能性なんて、特生対も織り込み済みだ。


 だからこそ海底油田には、交代で防衛班を待機させている。

 映像には描写されていないが、その防衛班はおそらくクラーケンによって……。


「なるほどですね、他には?」


『映像を見れば分かると思うけど、奴の主食はおそらく原油。海底油田を襲ったのも、効率よく原油を補給できるからだと思うわ』


 映像をもう一度再生させてみると、クラーケンがひしゃげた海底油田に首を突っ込んでいった。 

 ああして原油を啜っているらしい。


『科学班の推測はこう。クラーケンは海底で原油を啜る生態をしていたけど、食べすぎたせいか原油が枯渇してしまい、次の餌場を求めて各地を放浪していた。カルキノスは、この怪獣の移動を察知して逃げてきたのかもね。

 そして海底油田に主食が貯蔵されている事を知ったクラーケンは、真っ先にそこを襲撃した。間違いなく奴は次の油田……あなたが今いる場所を狙うはずよ』


「つまり必ずここに来ると」


『諜報班のルート計算によれば、87パーセントの確率でそこに目指す』


 僕は今、東京湾に位置する海底油田にいた。

 もちろん眼鏡を外してスタンバイモードだ。


 作業員は特生対によって避難済みなので、ここには僕しかない。

 あとどうでもいいけど、海底油田って基地みたいでかっこいいんだよね。


『それでね……これは結構痛い事なんだけど』


「痛い事?」


『ええ、奴は原油を主食としている。つまり下手に攻撃を加えてしまったら……』


「大爆発っと」


『その通り、奴はまさしく生きた爆弾。一樹君はんだろうけど、逆に海底油田が巻き込まれてしまう。ただでさえ1つ駄目になったのに、2つ目もそうされたら経済ガタ落ちよ』


 確かにそれは痛い話になる。

 それに奴が通常の怪獣だったとしても厄介だ。


 大爆発するというからには、特生対は遠距離攻撃で仕留めるはず。

 もちろん爆発に巻き込まれる心配はないが、今度は奴が貯めていた原油が海に流れ出る恐れがある。


 そうなれば海の生態系が危うい。

 もしかしたら奴が強大だろうが弱かろうが、僕の出動は免れなかったのかもしれない。


『っと一樹君、話の最中ごめんなさい。何でも上層部があなたと話したいんですって』


「……繋げて下さい」


 未央奈さんは耳にインカムをつけていて、それでその報告を聞いたようだ。


 クラーケンの映像が切り替わり、上層部の顔が映り出す。

 顔といっても、モザイクをかけられていて何も分からない。


 これも接触をなるべく避ける為の一環。

 上層部側も僕の顔がモザイクになっているのが、右上の小さい映像でよく分かる。


『今回もお勤めご苦労、≪怪獣殺し≫君。今回の件は、我々にとっても見過ごせない問題だ。どうか海底油田を守ってほしい』


「ええ、必ずや遂行します。……それで話というのは?」


 正直、この人と話す事なんてあまりない。

 それでも上層部の人は続けた。


『ああ、そうだったね。君の活躍には大変感謝しているが、私としては大怪獣への防壁を強くしたいと思っているんだ。それでだ、確か妹さんも同じような能力を持っているのだろう? ぜひとも彼女には東北に向かって大怪獣の警戒に……』







「――はい?」







『……ッ!?』


 この時、自分でも分かるくらいに声音が低くなった。

 表情は、自分の顔がモザイクになっているので分からない。


「申し訳ありません、電波の状況が悪くてよく聞こえませんでした。今何とおっしゃいました?」


『い、いや、妹さんにも大怪獣掃討に出てもらおうと……』


「お言葉ですが、妹にはなるべく平穏で平凡な日常を送らせようと考えています。アイツを死と隣り合わせの場所に連れて行く気なんてサラサラない」


『しかしだな……せっかくある能力を腐らすのも……』


「つまりあなた方は、妹をそんな目で見ていると? そう言いたいんですね?」


『……ッ』


「残念ですが、その要望には首を縦に振る事は出来ません。それでも妹に何かしたら……こちらにも考えがありますので」


 あの優しい絵麻に大怪獣掃討をやらせるなんて……冗談じゃない。

 それで消えない傷でも出来たら責任取れるのか? いや、後ろで待機している年寄り達に、そんな義理を果たせるとは思えない。


 絵麻は絵麻なんだ。

 決して対怪獣の兵器なんかじゃない。


 僕はどう思われようが構わないが、絵麻をそんな目で見るのは絶対に許さない。


『彼の言う通りです。今現在、大怪獣掃討は彼で事足りています。妹さんを出す意味なんてないでしょう』


 未央奈さんが援護射撃をしてくれた。

 彼女も上層部の意見に思うところがあったはず。


『そ、そうだな……。すまなかったね、この話はなかった事にしてくれ……では健闘を祈る……』


 逃げるように映像を切ってしまう。

 僕が一息ついた後、未央奈さんがニコリと笑ってきた。


『すごいわね、あのジジイを黙らせるなんて。私も絵麻ちゃんの事聞いてカチンってきちゃってさ』


「これで相手も下手に動かないでしょうね。絵麻にはそんな事絶対にさせませんから」


『フフッ、本当に妹想いね。あなたは』


「こんなの普通ですよ」


 正直、あんな食えないタヌキと話しているより、未央奈さんと話している方が億倍マシだ。


『じゃあそろそろ切るから。もし何かあったらまた連絡してね』


「分かりました」


 リモートを終了させた後、ラインに複数のメッセージが届いている事に気付いた。


《雨宮さん:大都さん。今は何も出来ませんが、頑張って下さい。あなたの帰還をお待ちしてます》


 雨宮さんの文、固いなぁ……。

 まぁ、彼女らしいと言えばらしいけど。

 

 続いては絵麻だ。

 さっきラインで早退の報告したので、その返信が来たみたいだ。


《絵麻:兄さん無茶しないで……ちゃんと戻ってきてね》


 こちらは涙目をした怪獣のスタンプ付きだ。


 よし、頑張ろう。

 あんなタコ怪獣なんて、茹でタコにして終わらせてやる。


 ――ブーンブーン!!


 突如、海底油田内にブザーが鳴り出す。

 これは巨大生物が近くに現れた時に発動するものだ。


 その警報通り、僕の目の前の海面が大きく盛り上がる。

 いよいよ大怪獣のお出ましのようだ。

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