第44話 怪獣殺しへのサプライズ

 とりあえず何が起こったのか話したい。

 

 あれから当日になって、僕達は電車で目的の駅に到着した。

 そこには未央奈さんの部下の女性が待っていて、僕達を目的地まで車を送ってくれるという。


 目的地は山の森の中に存在していて、なおかつ到着するのに1時間はかかるらしい。

 だからか女性諜報班が「もし弁当持っているなら、車の中で食べて構いません」と、後部座席に座る僕達に言ってくれたのだ。


 そうしたら絵麻が弁当、森塚さんがデザートを用意して、僕を文字通り挟みながら言い合っている訳だ。


「言っておきますけど私の料理、いつも兄さんが美味い美味い言ってくれるんです。まだ1回しか食べていないデザートやお菓子には負けませんから」


 絵麻が怪獣の如き鋭い目をしながら、森塚さんを挑発している。

 こんな言動、見るの初めてだ……。


「へぇ、そうなんだ? でもあたしのはカロリーを意識して寒天主体なんだよ? まさに健康的なんだから」


 森塚さんも口角を上げながらマウントしている。

 健康に良い事は確かに素晴らしいけど……。


「兄さん、先食べて」


「大都君、一口だけいいから!」


「……じゃあ、先にこっちから」


 僕が先に手を付けたのは、絵麻の手料理だ。


 ごめん森塚さん。

 デザートはなるべく食後にしたいタイプなんだ。


「うん、この玉子焼き美味しいな。やっぱり絵麻は最高だよ」


「……ありがとう兄さん……」


 もじもじと恥ずかしそうにする絵麻。

 

 ただ森塚さんの方が、しゅんと残念そうな顔をしていた。

 その顔に罪悪感が芽生えた僕は、いつの間にかスプーンでフルーツ入りゼリーをすくっていた。


「あっ……」


「おっ、このゼリー甘いのにしつこさがない。イケるイケる」


「あ……ありがとう大都君……」


 森塚さんもソワソワと挙動不審になった。


 さっきの睨み合いがなくなったのはいいが、今度はなんか2人の様子がおかしくなっている。

 

 何でだろう……単に料理を食べていただけなのに。

 やっぱり僕には女心が分からないな……。


 


 やがて料理を完食してから数十分、車が森の前へと停車した。


「車通行禁止」という標識がある通り、その先はかなり樹木が入り組んでいる。

 なので、僕達は歩きで目的地まで向かわなければならなかった。


「なんか怖いなぁ……」


 最後に車から降りたのは、クーラーボックスを抱えた森塚さん。

 彼女が不安そうに森を眺めていた。


「昼にしては暗いからね。足元とか気を付けて」


「いや、あたしが怖いのは毛虫とかの方。出会ったらどうしよう……」


 そこがなんとも女の子らしいな。

 それを聞いた絵麻が呆れた顔をする。


「大丈夫なんですか? 割とこういう調査があるんですから」


「まぁうん……というか未央奈さんに言われて、虫よけスプレー持ってきたんだ。大都君ちょっとごめん」


「ああ、うん」


「……これでよし。ほらっ、絵麻ちゃんも」


「……一生の不覚……ありがとうございます」


 僕にかけた虫よけスプレーを、今度は絵麻にもかけた。

 ただ一生の不覚は大げさのような。 


 森塚さん自身もかけ終わったところで、僕達は女性諜報班を先頭に森の中に進んでいく。

 

 コケが密集した足元に、都会では絶対に見ないだろう巨大な樹木。

 まるで異世界の森に来たみたいだ。


 それとこの比良坂山。

 僕なりに調べてみたけど、怪獣に関する伝承は皆無だった。


 そこから、お爺さんの示したものが分かるのではと思った自分が甘かったようである。

 何にしてもお爺さんが教えてくれないとなると、見るまでお楽しみという事か。


 ともかく森を突き進んでいくと、体育祭で見るような仮設テント、そしてその下に集まっている数人の諜報班が見えてきた。

 彼らも未央奈さんの部下なので、素顔丸出しについては問題ない。


「大都さん、お疲れ様です」


 その中に雨宮さんがいて、僕達のところに駆け寄ってきた。


「「お疲れ様です!」」

 

 同時にこちらに振り向いた途端、敬礼しだす諜報班の方々。

 それに気付いた雨宮さんも、慌てながらも同じようにした。


「大都君……色々すごいんだね」


「いや……さすがにこれはやりすぎ。雨宮さん、いつも通りにして」


「失礼しました。つい……」


「えっと、皆さんも……」


 僕の指示に諜報班がバッと敬礼をやめ、作業に戻った。

 偉い人じゃないんだから……僕はただ脅威になる大怪獣を倒しているだけなんだし。


「それで雨宮さん、何か分かったの?」


「ええ、まずこれを見て下さい」


 雨宮さんが示したもの。

 それは森の中に出来た池だ。


 見た目が染色したように青々としていて、底が見えない感じだ。

 一応、目を凝らせば魚が見えるか。


「我々が生体反応探知機を使って調査していたところ、あの池……というより池の下に微かな反応を発見しました。この事から察するに、池の下には怪獣が眠っていると思われます」


 雨宮さんの近くのテーブルには、仰々しい機械が置いてある。

 生体反応探知機という名の通り、ソナーやサーモグラフィー機能で怪獣の反応を探知する事が出来るのだ。


「やっぱり怪獣かぁ……」


 お爺さんの事だから……と薄々思っていたけど、これはまた面倒そうだ。


 もし仮に、その怪獣が僕達人間の味方だとしよう。


 お爺さんが紹介した手前、殺す訳にはいかない。

 しかし他の怪獣みたく巨体だったとしたら、色々と管理とか飼育とか厄介な面が起こるのは想像に難くない。


 大食いだったら森の生態系が崩れかねないし、こちら側が用意するのも予算がかかるし。


 特生対じゃないのに、その怪獣の今後を心配してしまうよ。


「雨宮さん、怪獣が起きる前兆とかあったりする?」


「いえ、今のところないですね」


「そっか……」


 それ以前に、この怪獣がいつ目覚めるのかが問題だ。

 このまま目覚めるまで待つほど、こちらとて暇じゃない。


(……一樹よ)


(……! お爺さん)


 そんな時、脳内にお爺さんの声が響いた。


 同時に絵麻もピクリと反応する。

 僕だけじゃなく、絵麻にも聞こえている証だ。


(目的の場所に着いたようだな。そこにはお前達の力になれる者が存在する)


(それは分かったから、この怪獣いつ目覚めるの? どうすればいい?)


(池の中に入ってくれ)


(はい?)


(その者は長い間眠りに就いているせいで、力が枯渇している。なのでお前が直接池の中に入り、力を分け与えてほしい)


 要は白雪姫よろしく魔法解きのキスをしろと。

 確かにそういう事もやろうと思えばやれるけど……。


(お爺さん、一体どんな子が眠っているっていうの?)


 この念話の影響で、絵麻の声も響いてくる。

 しかし返ってきたのは、


(ここで言ってしまったら楽しみが減るであろう。お前達の言う……そう「さぷらいず」だ)


((……お爺さん……))


 思わず絵麻と一緒に突っ込んでしまった。


 この怪獣、絶対に楽しんでいるな。

 というかお爺さんって、怪獣にしては結構フランクというか……。


「ねぇ、2人とも何で黙っているの?」


 蚊帳の外だった森塚さんが尋ねてくる。

 確かに黙っていたら、かなりおかしいか。


「ああごめん。とりあえず僕、この池の中に入ってどうなっているのか確かめてくる」


「酸素ボンベもなしに?」


「こうすればいい」


 僕の周りに障壁を形成させる。

 これで溺れる心配もないし、酸素も問題ない。


「大都君って何でもありだね……」


「だからこそ、こうやって森塚さんの監視が必要なんです。世に出されたら今までの常識がひっくり返る」


「まぁ、巨大な怪獣を男の子が倒してるなんてねぇ」


 雨宮さんに釘を刺される森塚さん。

 しかしあまり驚いていない辺り、彼女の順応性がある意味すごい。


「じゃあ行ってくる」


「うん、気を付けて兄さん」


「ありがとう絵麻」


 僕はそっと足から池に入り、身体を投じる。


「先に言われた……悔しい……」


 なんか森塚さんがぐぬぬと言いたげな顔をしていたものの、もうその時には池の中に入っていた。

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