これって負けフラグ?

 夜明けだ。


 港町センケーゲのクロス教町教会まちきょうかいの庭に、俺たち反ホンゴ同盟の面々は集まった。

 真冬の日差しが潮風と共に、各々の真剣な顔を照らしている。


 さて。


 決戦に備えて、ここで俺の手札を今いちど確認したいと思う。



【仲間】


 白波丸アビヤドマウジュで対戦するのは、俺、ブ、女騎士ツォーネだけだ。残りはすべて教会組。シロカゲも向こう。正直言って頼りになる天才ネズミには側に付いていてほしかったけどさ、船を爆破する予定だから、シロカゲ最大の戦力となるネズミ民もいくらか犠牲になるんだよな。確実に。それだったらその部下ネズミごと教会組に付いているほうがいい。だからそう厳命した。


 べ、別にフツーのネズミごときを心配してるんじゃないからね。あくまで戦略的判断なんだからね!


 こほん。

 教会の庭、建物内、そして裏庭……ここの配置は済んでるぜ!



【武器】


 まずは、いわずと知れた自作の攻撃魔法具「FBファイヤーボールライフル」。前世の知識から、ライなんとかが無きゃライフルと呼んじゃいけないというトリビアの断片が思い浮かぶが、転生してそんな細かいことまで覚えているほうがおかしい。


 その従来のFBライフルに、1時間もの改良と訓練を重ね、より凄ェ武器に進化させてやったぜ!


 次は、前々から考えていたけど今回はじめて自作した「爆弾」。

 名付けて「FBBファイヤーボールボンバー」。大きさは硬式野球ボール並みだ。ファイヤーボールの魔法は起動するとまず至近距離で数秒間滞空し、その間に目標物の指定や威力を設定するが、この爆弾に仕掛けた魔法陣は、ゼロ距離ゼロ時間に最大威力でFBを展開する。まあ最大威力ってのは魔導糸で繋がれてる魔力に依存するけどな。なお、タイマーは無いので起動はガ〇プラ形態のぼくか、ゴーレムにしかできない。なんて使い勝手の悪い爆弾だぁ~


 このFBBを15分ぐらいで10個作った!


 なお、白い塔のパーツにはまだ解析していない魔法陣があるので、これを活かした武器も作りたかったが、時間が無くて無理だったよ~


 通常兵器としては、ニュタルの盗賊どもから奪ったクロスボウ3丁とその短矢ボルトがあるが、これは少し改造したうえで教会組に渡してある。シュトッキの店で買った武器類は、残念ながら全部素材にしてしまった。そのドワーフ娘にも協力してもらって、槍と両手剣からシャベル作った。あと、船の男衆の皆さんは、もともと持ってる武器だ。



【その他の装備】


 武器じゃないけど特筆すべき発明品もある。魔法技術による無線の近距離通信機、名付けて「魔声インカム」だっ!

 これは白波丸アビヤドマウジュに使われていた伝声管にヒントを得て、と言うか端っこを少々分解させていただいて、ガシャガシャやったらできた。FBボンバーみたいに前もっての構想もせず、完全に思い付きだから、3セット作るのに30分以上もかかってしまったぜ……また寝不足でお肌に悪いのよ~


 魔声インカムの通話範囲はファミレスのWifi程度。片耳用、使用者の魔力を使うタイプ。俺専用デバイスの見かけはデカめ(俺にとってはね)のインカム、後の2つは骨伝導イヤホンに酷似している。似てるだけで別に骨に伝導はしてない。しいて言えば魔力伝導かな。この2つはブとツォーネに装着してもらう。


 これ作動してるとこ見せたら、マルマリス姫様たちがぽかーんと口開けてやんの。俺また何かやっちゃいました?


 でもさ……これ作ってるとき、ひとつ疑問を持った。クソエルフ共はサイボーグとかの凄い技術を持ってるのに、こういうメカとか電波無線とかは持ってないみたいなんだよな。ツーフェの宿屋で見た紅の騎士クリムゾンは笛を(まぬけ)咥えてた。白い塔では撃たれた伝書鷹を(かわいそう)を見た。


 そんなイビツな技術体系ってある?


 あいつら、嘘発見機のイヤリングみたいにペアのアイテムを使ってるし、選別の指輪だかの特定アイテムを探し出すこともした。だったら赤外線通信とかレーダーみたいな技術があるってことだろ。それが電波だか魔力だか判んないけどさ、指向性……って用語で良かったっけ? ええと、指向性のない何かのビビビで情報を伝える法則を発見できなきゃウソだろ。その法則に気付いたら通信機ぐらい開発してそうだけどなあ。それとも、あれで発展途上なのかな。


 あ、でも、だからこそ白波丸アビヤドマウジュが欲しいのかも。あれってスーパーテクノロジーのカタマリだもんな。そう言えば、ツォーネのやつが抱えてたでっかい宝石……あれって確か、船のゴーレム頭脳の外部記憶装置、ツインドライブの片割れだよな。あ~分解してえ……


 俺、勝ったら、あれ絶対に分解してやるんだ。




 うっ、しまった!

 これって負けフラグ?



【作戦】


 最終的で理想的な目的は、ホンゴに契約通り船を引き渡し、俺たちが脱出した後、あやつもろとも船を爆破することだ。そうすればクソエルフは、船が手に入らなかったのは俺たちのせいじゃなくて、もう弁解できなくなったホンゴの不手際と見るはずだ。


 死人にクチなし。沈黙せよシュワイテ


 方法として、FBBを船底の各所に配置、そこから魔導糸を伸ばして船のゴーレム脳につなぐ予定だ。操舵輪のそばにはカメラ(たぶん)とマイク(たぶん)付きディスプレイがあり、これを見て接続の確認をする。なお、船の倉庫に魔導糸のストックがたっぷりあった。俺もたっぷりもらった。そして時がくれば、音声による自爆の指令を出す……


 ごめんよ……白波丸アビヤドマウジュ


 他にもコマゴマとした作戦がある。ブに命じて訓練させたヤツもそのひとつだ。姫様と女騎士は大反対した。「いくら魔力があっても、たったひと晩の訓練でできるはずない」ってな。でも、あいつはやり遂げた。指や手首を切り落とされても、頭や足を潰されても、絶対あきらめなかったんだ。やっぱりな。


「お前ならできると思った」


 ただの感想を言っただけで、またブは頬の刺青を濡らしてた。ヒトのこと言えないけど、あいつ涙もろいとこあるよな。訓練につきあってくれたツォーネにも感謝だ。少し見直してやってもいいかな。


 教会組、教会に籠城する面々を指揮するのは、信頼のダチ、マヌーにまかせた。さらに俺のアイデアでメイドさんの衣装を魔改造し、教会敷地の庭にワナを仕掛けた。前庭のワナは「特職使いが荒いよ~」と愚痴るフレーメが頑張り、裏庭のワナは俺が頑張った。作戦名はもちろんプランD。プランDのDはデストロイのD、殲滅だ!

 


 よし! カンペキだっ!


 細工はリューリュー、仕上げをゴローじろ、だぜ!


 先祖代々とかいう自前の槍を装備したツォーネと、ぶるると白い鼻息を放つ馬を横目で見ながら、いつものように白ゴブ娘の胸元に収まった俺は叫んだ。


「行くぞブ!」


「はいっ!」


「あのデカいゴブリン野郎を、必ず仕留めてやる!」






「……ゴブリン……」



 ブ……ゴブリン族の突然変異、見かけはヒト族の美少女が、そう、とまどうように漏らした声が降ってきた。


 ん?



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 ホンゴが差し向けた冒険者軍団は、町教会に到着した。途中で会った衛兵たちは、彼らが誰の部下か判ると、黙って目を伏せた。


 潮風に錆びた門の前で彼らは一斉に立ち止まり、臨時の戦頭いくさがしらを命じられた者……ドワーフ娘を脅した地回りの長……は、声を張り上げた。


「おおい、教会に閉じこもる皆さんよ。まず話し合いをしようじゃないか。ホンゴ様は寛大だ。態度を改めるなら、悪いようにはしないぞ」


「いいから突っ込みましょうよ」


 ポカッ!


 そう呟いた部下に、戦頭は拳骨をかまし、小声で言った。


「少しは考えてものを言え、クラーケ頭。ホンゴ様にワナや伏兵に気を付けろ、と言われていただろう? あいつらから出てくれればその心配はいらない」


「本当ですか!? 殺さないでもらえるんですか!?」


 門から50歩ほど離れた教会の扉から、ひとりの若い娘が出てきて叫ぶように

言った。彼女の姿を見たとたん、冒険者たちは下卑た声を上げ、口笛を吹いた。


 彼女の着ている服は、貴族に仕える侍女によく似ていたが、そのスカートの丈がおそろしく短かった。定番の大ぶりな下着ではないようだった。娼婦でも弁当でもないのに露わになった瑞々しい太腿は、明らかにこの世界ナッハグルヘンの常識から外れていた。もし異世界ニホンに縁のあるものが見れば、「めいどかふぇの制服かよ」と呟いたかも知れない。


「それじゃ、どうぞ中に入ってくださいっ! マルマリス姫様がお待ちです!」


 欲望に血走った目で庭に駆けこもうとする冒険者たちを抑えながら、戦頭はすばやく前庭に目を走らせた。教会の建物に続く道は土の地面であったが、たいらで綺麗に掃き清められていた。


 まるで、大男のような怪力の持ち主が板でならし、続いて清浄の魔法クレンジングで土ぼこりが吹き飛ばされ、さらに乾いた土の色を塗られたかのように。


 いや、そんなことはありえない。


 どう見ても掘り返されていないように見える上に、幻覚の魔法も使われていないのだから、落とし穴は無いと考えるべきだ。戦頭はそう思った。それでも念のために指で合図を出し、三割の人員を裏に回した。


 教会の中に男はいない。斥候は中に入ってまで確かめたわけではないが、朝の祈りを捧げて建物を出た信者から、それを聞き出したのだ。


 頭がシダ花畑の女どもと孤児どもを蹂躙するべく、冒険者たちは教会の前庭に勢いよく踏み入り……


 異変に気付いた。



+++++++++++++



 教会の裏庭へと回った一団は、それなりに油断なく裏門から侵入した。常緑樹が植えられている庭の中央には、木々を渡るロープに掛けられた洗濯物がはためいていた。幻覚の魔法が使われていないことを魔法具で確認した無法者たちは、邪魔な洗濯物を面白半分に叩き落としながら、建物の裏口へと進み……


 異変に気付いた。



+++++++++++++



 港町センケーゲの裏の顔役ホンゴは、冒険者軍団と共に波止場に到着した。ボートを手配しているあいだにすっかり陽は昇った。沖合に停泊しているはずの白波丸アビヤドマウジュにたどりつく時分には、ちょうど真昼になっているだろう。


 小柄なゴブリン族たちがわらわらと、集めたボートに渡り板を掛けた。ホンゴは冒険者たちに乗船を命じるべく振り返り……


 異変に気付いた。


 冒険者たちが、いない。ひとりもいない。


 あたりを見回すと、少し離れた共同便所に大勢が列を作っているのが見えた。冒険者どもだ。みな一様に腹を抱え、うめき声を上げ、脂汗をかきながら並んでいる。近くの家に押し入る者や、草むらに消えていく者もいた。やがて、列に並んでいたおとこたちの尻から汚い音を立てて汚いものが滴り落ちた。遠巻きに町民たちがその無様な様子を眺めていた。


 この日、センケーゲにおける冒険者の面子めんつは完全に潰れた。


 毒だ。

 ホンゴは悟った。


 屋敷に居た者たちは皆、いつのまにか毒を飲まされ、自分を含めた胃腸が丈夫なゴブリン族をのぞき、ネズミ大王ラッテンクーニッヒの卑劣な罠に陥ったのだ!



+++++++++++++



 教会の裏庭に回った一団は、各々が腹の異変に気付いた。

 痛い。猛烈な便意がある。


 冒険者たちは慌てて木々の間に走ると、人気ひとけがないことを言い訳に下履きを脱ぎ捨て、用を足そうとして……


 ありえないものを見た。


 木々の間から見える風景が、突然、突き出た剣に切り裂かれ……その向こうから、得物を持った男たちが襲いかかってきた。その風景のように見えたモノは、小さき者クラインがドクロの指輪を使ってシーツに描いた絵だったのだ。


 冒険者たちは強かった。しかし、油断しすぎていた。幻覚魔法が使われていないことに加えて、はためく白い布と痛む腹に気をとられたために、よく見れば不自然な風景を見破ることができなかった。その向こうに隠れていた、怒れる白波丸アビヤドマウジュの男衆に気付けなかった。


 そして。


 洗濯物を踏んずけていた者はその布を引っ張られて転んだ。洗濯物を払った者は頭から布を掛けられた。魔法も剣も振るうことはできなかった。反社どもを決して許さぬ剣が、槍が、矢が、汚いものを垂れ流す臭いおとこたちを貫いた。散らばった白い洗濯物は、ことごとく汚ない汁に染まった。



+++++++++++++



 教会の前庭に踏み込んだ冒険者どもも、急な腹痛と便意に襲われた。


 うずくまる者や茂みを目指そうとした者は、戦頭いくさがしらの怒声に叩かれて、ふらふらと建物へと歩み寄った。


 そして、巨大な落とし穴に落ちた。


 もし、健康なときなら、彼らは崩れる地面を蹴って罠を飛び越えたかも知れない。

 もし、足首を何者かに齧られなければ、前の者が落ちるのが見えた後ろの者は、穴の前で踏みとどまったのかも知れない。


 しかし、どちらにせよ便意に頭を占領された彼らは、全員がむなしく次々と穴に落ちたのだった。


 ぽっかりと開いた穴の底には、尖った木杭が立てられていた。身体から溢れ出た汚物を撒き散らしながら、おとこたちは次々と太い木杭に貫かれていった。


 そんな彼らの頭上から、矢が降って来た。

 それはクロスボウの短矢ボルトだった。


 意識がある者が見上げると、まるで輝きのいかずちのようにクロス教会の尖塔のクロスに近い窓からクロスボウを撃っているのは、白波丸アビヤドマウジュの侍女たちと、街の孤児たちだった。

 大人でもそれなりの技術と力のいる短矢の装填機構を、小さき者クラインは梃子てこや添え木を工夫することで、力なき女性や子どもたちが3人がかりで装填できるように、さらに部品を付け足すことで石つぶても打てるように改造したのだ。


 弱きものたちが殺戮に抗うために放った、尖塔から撃ち降ろされる豪速の短矢と石礫を、汚物にまみれ弱ったおとこたちは避けることも剣で払うこともができなかった。いくらかは腕に覚えのあった戦頭いくさがしらも例外ではなかった。


 やがて。


 立っている冒険者がいなくなると、教会の扉が開き……


 シャベルを肩にかけた戦女神バルキリと、鋭い爪を光らせるケットシー族が現れた。弱い者だけを選んで殺そうとした反社の生き残りに、とどめを刺すために。



>> small size >>



 さて、今ごろは教会組の戦いにもカタがついたころだ。

 白波丸アビヤドマウジュの甲板にて、真冬でも強い真昼の日差しを浴びながら、俺は思う。


 ゆうべ、シロカゲと一緒に屋敷を脱出してすぐ。


 は屋敷上空を旋回しながら、最大出力で不運魔法ハードラックをかけてやった。魔法の効力がいつまで残るのかは今もって不明だが、仕込んだネズミ毒もあるし、何もない、ってことはないと思うんだ。それでもマヌーのやつ、無理してなきゃいいけど。フレーメはともかく。


 次は、俺たちの番だ。


 すでに爆弾は仕掛け終わった。姫様から正式に代理人として任命された俺の「自爆せよ!」という命令で、9つのFBBは順々に爆発する。FBBの威力では同時に作動させても船全体を爆破することはできない。ホンゴを巻き添えにしつつ俺たちだけは脱出、そして効果的に沈めるためには白波丸アビヤドマウジュ自身がタイミングを計る必要がある……


「ご主人さま」


 魔声インカムに、白ゴブ娘の声が響いた。


「なんだ、ブ


「悲しまれているのですね」


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