たったひとつの冴えない権利
「そのくだらない友人とやらの刺青を、その刺青針でここに描いてみせろ! たぶん思い出せないだろうがな、ぶうっ!」
特職ギルドの広い特別室に、特職ハンター、ヤクトの声が響いた。
迫りくる破滅をネズミ感覚でキャッチした俺っちは、ギルドを動かすために説得を試みたが……
このハッカイ族は、俺っちの言葉をどうしても信じなかった。キーマンのお前が信じないと、誰も動かないだろ!
なのに……
このやろ……
刺青針をくれたサムさんまで馬鹿にされた気がして、頭に、かあっと血が上った。
「ああ、そうかよ、やってやるよ!」
いいぜ、大サービスで、この紙にホントの刺青を入れてやる。
ここまで来たら、もう出し惜しみは無しだ!
「ガ〇プラ
変身!
一瞬でネズミの着ぐるみは弾け飛び、ガ〇プラのコスが装着される! 空中に飛んだ刺青針とドクロの指輪も、バク転してキャッチだ!
「「「おおぅ……」」」
特別室に集まったギルド関係者たちから、どよめきの声があがった。
かまわず僕は、刺青針をドクロ指輪に通し、ガシッと抱える。もし前世日本のオタクならば、僕がサブ・ウェポンなオプションを搭載したように見えたかも知れない。
タトゥー・ユニット、レディ・トゥ・ファイヤ!
なんかカッコいい台詞を脳内で叫ぶ。
「いくぞ!」
僕は針の先端を地図の白地に押し当てた。イメージするのは、前世でいつか見た刺青の機械彫り動画だ!
ジジジジジジジジッ!
ある程度の大きさの刺青が、一瞬で入れられるはずもない。でも、ガ〇プラ
オルゲン一座、火吹きのサムさんの刺青。まだそれほど時がたってないのに、もう懐かしく感じるデザインが、地図の裏面にくっきりと描かれていた。焦げた匂いが、あたりに漂った……
「どうだーっ!」
「ぶふん、どれどれ……」
ヤクトはその『絵』を覗き込み、そして言った。
「やっぱり、紙じゃ判らないなぶう」
「ええっ!?」
あまりと言えばあまりの言い草に、僕が一瞬固まった、その隙に。
ヤクトの野郎は、そばに立っていた『ブ
ゴキリ。
ブ
鮮血がしたたり、彼女の整った顔が苦痛に歪んだ。
「おまえ、何すんだーっ! そいつは僕のもんだぞ! いや……女のコに何するんだ!」
イキった言葉はすぐ出たが、僕からすれば大怪獣サイズの相手に、何か反撃することはできなかった。恥ずかしい……
俺にとっては、誰もが巨人だ。
「ぶへぇ、『女のコ』ねえ…… おい、このブ
「フシャー!」
ガリッ! 必殺の猫スラッシュ!
毛を逆立てたマヌーが、ブ
しかし、ハッカイ族の巨大な手は、微動だにしなかった……
ギルド長のほうを、すがるような目で見たが、彼は首を振っただけだった。
ヤクトはその巨大な顔を、ぐいぐいっと僕に近づけ、唸るように言った。
「あんたはな、王都で特職を婚活に使うヤカラと、一緒だ。俺はそういうヤツが大嫌いだ、ぶひっ……」
あるんだ、『婚活』って言葉。いや、そうじゃなくて……
「同じ、ってのはどういう意味だ?」
「特職はな、ヒトとしての権利がほとんど無い。ぶひ。だけどな、特職を使う側も、権利をたったひとつ捨てなきゃいけない。それを捨てる覚悟さえあれば、ムリに鞭や鎖なんて使う必要なんてないんだ。ぶう。でも、あんたらは、その捨てるべき権利が何か、ぜんぜん判ってない。その覚悟を見せない限り、ただのお客としては信用してもそれ以外の話なら、俺は特職商人の誇りにかけてあんたを信じるわけにはいかないんだ! ぶひぃ!」
「捨てなければいけない権利……それって何だ?」
見当もつかない……
「それは、『好かれる権利』だ、ぶひっ!」
脳髄に、アイスピックを突き刺されたような気がした。猛烈な恥ずかしさに、顔が燃えるように熱くなった……
そうだ。
僕は、俺は……!
心のどこかで、期待していた!
フレーメとブ
いくつものナントカ効果とか含めて、都合よく自動的に、奴隷の女から好かれることを、期待していた!
まともな女に好かれるはずも無いサイズの俺は……
ご主人さまいやあご主人さまとか堅苦しい呼び方はやめてほしい名前で呼び合おうクラインでいいよじゃあクライン様でとか言われちゃってえのお風呂でお背中流しますうのあっ耳は敏感なんですうでもクライン様にならあのイチャイチャのキャッキャッウフフのアレとかコレとかを期待していた……
童貞を捨てられなかったとしても。
いや、現世だけじゃない。
前世で奴隷が出てくるフィクションを見たときから……
奴隷の女から好かれるストーリィを、好んでいた!
それだけならまだしも。
そんなストーリィを、表面じゃ軽蔑してた……
だから、オルゲン座長の「特職を買え」という勧めに、一度は
……いつものように、『それは醜いハイエルフな考えだ』なんて否定することは、できなかった。他人から先に言われてしまったからだ。そして、これは俺が前世から変わることなく持っていた、ゆるぎない『魂』だったからだ。
もしかしたら、妖精モードのあたしがセクハラの恐怖におびえたのも、女を選ぶ言い訳のひとつでしかなかったのかも知れない……
ああ……
身長18センチの俺が、ペット枠ならまだしも、まともな男として、カネで一方的に買った奴隷から好かれる、だってぇ?
……もちろん、中身(笑)がイケメンならワンチャンあると思うけどさ。でも、そんなイヤらしい期待をしてる時点でもう絶対イケメンじゃないからね?
俺は何をいい気になってたんだ。
「ヤクト様」
真っ白になった僕の思考を断ち切ったのは、ブ
「手をお離しください。特職商人の誇りがあるのなら、お客さまのモノになった特職を傷つけるのはいかがなものでしょうか」
「ぶひっ、でも、お前は……」
「誇りがあるのなら、お離しください」
ヤクトはしぶしぶ手を離した。ブ
「ああっ!?」
たちまちその手首は、骨が引っ込み、まっすぐになり、傷は血を吸いながらファスナーを閉じるように消え……あらゆるダメージが、消えたよう見えた……!
「自動回復魔法にゃ……」
「知ってるのか、マヌー?」
お前は何でも知ってて凄いよな、猫のくせに……
ううっ、気持ちがザラついてる……
すー、はー、すー、はー。
僕は深呼吸して、ムリヤリ気分を落ち着かせた。大丈夫、大丈夫。僕には
はい捨てた。もう捨てた。もうそんな期待はない。
きっぱり諦めた。
でもラッキー・スケベの期待ぐらいは……ダメダメ。
「……見るのは、初めてにゃ。膨大な魔力を持つものだけに、ごくまれに発現する特別な魔法、と聞いてるにゃ」
「ぶふぅ、そうだ、こいつはそういうスキルを持っている。刺青は傷じゃないから残るだろうが、皮を剥がせば消せるぶう。だから気兼ねなく、手のひらに刺青を……」
「ヤクト様」
「ぶひ?」
「おかしなことを仰るのですね。それで貴方様は納得されるのですか? また難癖つけて、それ以上のことを要求するのでは?」
あれっ?
はじめて会ったとき彼女は、ぶるぶる震えて
この自信にあふれた物言い……どうなってるんだ?
僕は彼女の背後に、華麗に咲き誇る大輪の花を見たような気がした……
背筋を伸ばして、胸を張って……て、あれっ、よく見たらこのコもフレーメほどじゃないけど、きょにゅーだぞ! 細身だから目立つ。たぶんカップはそれなりにデカいッ!
「ぶひっ、何だと?」
「顔の刺青を手のひらに入れて、どうするのです? 顔の刺青は、顔に入れるのが道理というものでしょう」
ブ
「ぶ、ぶひっ!?」
えっ、おいおい、まさか……
俺っちもだけど、ヤクトですら、なんか驚いてるぞ!
彼女の緑色の瞳が、まっすぐ俺を見つめた。
「ハッカイ族の刺青を、私の顔にお入れください。その覚悟を、救いたいと思うかたがたに、見せたいと思うのなら……」
ブ
「……私は信じています。輝きを信じています。輝きが信じるヒトを信じています。さあ!」
ワケの判らないことを言って、彼女は目をつぶった。
「どうぞ!」
お前は何を言ってるんだ。
確かに、そこまでインパクトのあることをすれば、ヤクトは折れるかも知れない。
ヤクトに追従するギルドの人々も、助かるかも知れない。
大勢の命を救うなら、仕方のないことかも知れない。
魔法のインクはすぐ消せるし、彼女には自動回復魔法がある。
でも、だからと言って、ひとりの少女をむやみに傷つけていいのか?
もし前世の投稿小説サイトにこんな話を投稿したら、『そんな世界なんかどうせもう終わりだよ。だからみんな死ねばいい』って書き込むヒトさえいるかも知れないぞ!
待てよ……?
ははっ、そもそも刺青の何が悪いんだ。
前世日本じゃ、刺青を批判するのは差別だ、って騒ぐヒトがいたじゃないか。現世の俺だって、サムさんの刺青をカッコいいと思ったこともあるし。
今もそう思えばいい。
このブ
それに文句言うヤツは差別主義者と
考えてみりゃただ流されてるだけじゃ馬鹿だよな。
他にも工夫なんかいくらでもあるよな……
針先を刺すふりして、肌の表面だけに刺青を描くのは?
その方法はたぶん気付かれるか~
まあ、とにかくヤクトを論破してゴマかして……
知恵使ってスキル使って魔道具使って……
アレとかコレとかソレとか……
でも、そこまで考えて、気付いた。
必 死 だ な w
ここまで必死に考えてる、
その理由に、本音に、
気付いて、しまった……
そう。
俺はまだ、奴隷に好かれたい。
俺は、醜い……
ハイエルフよりも醜い!
う……
うう……
うううっ……
「うわあああああっ!」
僕は絶叫した!
醜い自分を、上書きするかのように!
「俺は覚悟を決めたぞぉ! お前は、俺の道具だっ! 道具が好きとか嫌いとか、関係ないっ!」
刺青針オプションを振りかざす!
「壊れるなよ、ブ
「はいっ!」
ジジジジジジジジッ!
たちまち、ハッカイ族の刺青は、彼女の白い顔に刻み込まれた……!
ムリヤリな施術に、その皮膚から血が滴ったが、それもすぐに止まった。ヤクトの言葉通り、刺青は自動回復魔法でも消えたりしなかった。彼女の緑の目から、ひとすじの涙がこぼれ落ち、刺青にそって流れた……
自分がとんでもない変態に(ドSかよ)なったような気がして、僕はしばらく
すー、はー、すー、はー。
しっかりしろ、クライン。まだ何も終わってない。
顔をあげると、おだやかに微笑む彼女と(ドMかよ)、ビビりまくってるヤクトの顔が見えた……
「これで、どうだ……満足したか」
「あ、ああ。……イチワリ様の覚悟、確かに見届けました。今までのご無礼をお許しくださいぶひ」
きっとこのハッカイ族は、ブ
「でも……」
何だよ、まだ何か言いたいのかよ。
「どうやってこの街のヒトたちを説得するのか、その方法について何かお考えをお持ちですか、ぶひ」
あっ、そういえば……
こいつだけを信じさせるのに、こんなに苦労したんだよな。
「いや、ちょっと……」
やっぱり誠心誠意、説得して……あと残り6時間、いやもう5時間ちょっとじゃムリかあ……
「それについては、俺に考えがありますぶひっ」
えっ、それって!?
「ぶひっ、とある偽情報を、弁当たちを使って広めるんです」
偽情報……デマってことか。
ヤクトはその巨大な鼻からすうっと息を吸うと、叫ぶように言った。
「その偽情報とは……『スタンピード』です! ぶひっ!」
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