そのヒトは、救われてくれ、と頼んだ。


「この街は、もうすぐほぶ(あっ噛んだ)、もうすぐ滅ぶ!」


 うわっ、カッコいいセリフだったのに噛んじゃった。はじぃよぉ。


 俺っちの言葉に、特職ギルドの人々は、さらにどよめいた。内心、『な、なんだってー!』とか言うテンプレなレスを期待していないでもなかったが、さすがにこの異常な状況では、何を口にしていいのか判らないのかも知れない。


 しかし……!


 俺っちがそう告げただけで、マヌーやアインガンさんと同じように、数人のヒトが、その身体を包む幻影の炎を吹き飛ばすのが見えた。


 そう。


 彼らは、俺っちの言葉を信じた。いや、これから信じるんだ。そういうふうに、何をやってもムダな破滅ルートが、楽じゃないだろうけど助かる可能性のある選択肢つきルートに……


 いま、切り替わったんだ!


「滅ぶ原因は、正直言って判らない。どんな破滅が来るのかも判らない。でも……俺っちは確信してる! 俺っちがこのネズミのゴーレムを操るときは、ネズミの知覚を持つことができる。だから」


 ここは、アインガンさんの勘違いをパクらせていただきました。


「だから、ネズミの気持ちが判るんだ。この街のネズミたちは……街の滅亡を予知して、いっせいに逃げ出した。破滅のその時刻は、真夜中ちょうど……! でも……いますぐ逃げれば、助かる可能性があるんだ!」


 しん、と聴衆が静まり返った。

 これはいい兆候だぞ。いきなりゲラゲラ笑いださないんだから……


 ヒトの列を割って、初老の男性が近寄ってきた。高級なマントを身に着けたニンゲン族で、ひとめでお偉いさんだと判る。まわりのヒトたちが、ギルド長、と呟くのが聞こえた。


 ギルド長は、自己紹介の後、テーブルの上に立つ俺っちを見下ろして、言った。


「イチワリ様、そのお話が本当だとして……逃げる、と言っても、どこへ逃げるのですか?」


「えーと、それは……俺っちには、ここいらの土地カンがないから」


「では、地図と筆記用具を」


「いや、地図だけでいい」


 俺っちはドロシィさんからもらったドクロの指輪を取出し、それを王冠のように頭に乗せた。すぐに、使用人らしきヒトが地図を持ってきた。レンガ印刷でイラストがにぎやかに描かれた地図には、『冬至祭り!出し物とお店のご案内』というタイトルがあった。


 観光ガイドかよ!


 指輪を手で押さえながらぴょんと地図に飛び乗ると、助かりそうな場所はどこだ、と足もとをじっと見つめた。ネズミ魔法にこんなチュウショウ的な応用ができるのか、という疑問がないでもないが、さっき俺っちは残り時間を正確に算出したばかりだ。


 できる、と信じれば、できるはずだ……えた!


 VRゲームのマップ表示のように、現実の地図に重なって浮かび上がる、滅亡の範囲……!


 俺っちは、どんなモノにでも絵や字を書くことができる魔道具の指輪を使い、地図に大きな〇を書き込んだ。ハノーバのいくつもの街が連なる南側区画のうち、特職ギルドといくつもの街にまたがる大きな円形の範囲。ネズミが妙な魔道具を使うという不思議な光景に、ざわざわという驚きの響きが広がった。


「この円の中から外に出れば、たぶん命だけは助かると思う」


「ほう……救いの目は、あるのですね」


「……救い?」


 俺っちのそばに立っていた、あの『ブ』が呟いた。


 救い、か……


 俺っちはうなづき、また聴衆に語り掛ける。


「そうだ。救い、だ。自分だけじゃなくて、できれば他のヒトたちにも声を掛けて逃げてほしい。俺っちを信じてくれ。他のヒトも救ってくれ……そして……救われてくれ。頼む……」


「どうして、わざわざ頼むのニャ? もし聞かないヒトがいたら、ほおっておけばいいニャ」


 マヌーが言った。意地悪そうな言い方に聞こえたのは、たぶんワザとそう聞こえるように言ったんだと思う。


「かもな。でも……」


 見捨てたら、きっと後悔する。俺っちはそれが怖かった。

 恥ずかしかった……

 旅立ったのも、似たようなことを感じたのがきっかけだ。


 ここにいるヒトたちも、同じはずだよな?


 それにさあ、マヌー……

 お前だって、『ほっとくのは寝覚めがわるい』って言ってくれたじゃないか!

 言うだけじゃなくて、ついてきてくれたじゃないか……


 そうだ。言うだけじゃ、足りない。


 言葉だけじゃ、足りない。動かせない。

 は腹黒なコイツのおかげで、それを知った……

 

 いや、生まれる前からだって、そのことを知っている!


「……頼む。いや、お願いします!」


 俺っちはネズミの身を低くして、その頭を地図にこすりつけた。この世界ナッハグルヘンに土下座の意味があるかどうか、俺っちは知らない。でも、俺っちが思わずここまでしたのには、したいと思ったのは、たぶん前世のネット意見の影響だろうと思うんだよな。


 前世の日本、ネットでも、日常に潜む何かの危険を訴えるヒトはいた。正しい警鐘けいしょうを鳴らすヒトはいた。でも、ハイエルフのように丁寧な言葉を使うことはあっても、そのほとんどがハイエルフのように偉そうな『上から目線』だった。


 たぶん彼らには、救ってやる、っていうマウントな気持ちがあったんだと思う。だから前世のは、「そのドヤ顔が信じられない」と思ったものだった……


 身長18センチのニンゲンが、上からモノを言うだって?

 そんな小さなこと、そんな恥ずかしいこと、できるかっチューの!


 顔をあげると、かなりの数の炎が消えていたのが見えた。良かった……でも、まだまだ燃え盛る破滅をまとうヒトたちがいる。そのうちのひとりが、声をあげた。


「俺は信じないぞ、ぶひぃ!」


 特職ハンター、ハッカイ族のヤクトだ。

 こいつ~


「ぶひっ、イチワリ様よぉ、俺は根っからの特職商人だ。あんたみたいに鞭のふるえないヤツは、本当に信じるわけにはいかないんだよ。美しきハイエルフ様みたいな綺麗ごとばかりに聞こえて、疑わしく感じちまうんだ」


 えっ。

 そんなこと言われても……


 ああっ、増えてるぅっ!

 ヤクトの今の言葉で、また幻影の炎をまとったヒトが増えてる!


 マジか……そうか、こいつギルドの『キーマン』だな?


 なぜか偉いヒトよりも発言力があったり、インフルなムードメーカーってのは、組織のどこにでもいるもんだ。こいつを説得しない限り、ギルド全体を動かすのはムリか……(泣)


 いや。諦めるな。俺っちはもう走り出したんだ。

 考えろ、考えろ、このハッカイ族を説得する方法を……


 そうだ!


 ハッカイ族といえば……!

 俺っちは、じゃないか!

  

「ヤクトさん。俺っちにはハッカイ族の友人がいる。その証拠を見せたら、そのハッカイ族に免じて、俺っちの話を信じてくれるか?」


「ぶひ?」


 俺っちは、刺青針を魔包リュックから取り出した。そして聖剣を抜いた勇者のように、針を天を衝くがごとく掲げ持った!


 シャキーン!(脳内効果音)

 刺青針の先端が、ギラリと光る!


「これぞ、わが友、歩く山脈こと火吹きのサムより、旅の餞別せんべつにと贈られし剣だっ(針だけど)!」


「ぶむっ! ま、まさか! その刺青針にある文様は、ハッカイ族サンゲント家系に代々伝われしモノ……!」


「見たか、疑い深き特職商人よ! これで俺っちが、ハッカイ族の友人、つまりヤクトさんの信頼に足るヤツだって、判ってもらえるよな?」





「ムリぶひ」


「ええーっ!?」


 そこはさあ、無礼を詫びてさあ、俺っちを褒めたたえてさあ、カッコいいBGMが流れてさあ、さあ、みんなで行こうっ!ってなる見せ場じゃないの?


「確かに俺らハッカイ族は、親しい繋がりを大事にする。ぶう。でも、これが本当に贈りモノかどうか、俺には判らんぶひ。それに、あんたはネズミを操るしな」


「なんだよ、俺っちが盗んだって言いたいのかよ!」


 くそっ、もっともな疑いだ。ネズミなら小物は盗み放題だもんな!

 ……待てよ、盗み放題? いや、今は余計なこと考えてるヒマはないぜ。


「じゃあ、どうやったら信じてくれるんだよっ」


「それは……」


 ヤクトは何を考えたのか、しばらく横目でブを見た。そして、牙をむき出しにしてニヤッと笑った……おい、なにジロジロ見てんだよ、そいつはもう俺っちのもんだろ。その証拠に、ブは俺っちの言葉を信じて、その幻影の炎は消えてるぞ!


 ……あれっ、このコだけ、完全に炎が消えてる?


「ぶひっ、あんたが本当にサンゲント家の友人なら……顔を見かわすほどの付き合いなら、その顔の刺青を覚えているはずだ」


 ヤクトは、地図を俺っちの足元からいきなり引き抜いた。


「チュー!」


 ころころ転がり、テーブルから落ちそうになるも、あやうく俺っちはその端にぶら下がった。さいわい指輪は落ちなかった。あわてて這い上がった俺っちの前で、ハッカイ族は地図を裏返し、その白地を太い指でトントンと叩いた。


「そのくだらない友人とやらの刺青を、その刺青針でここに描いてみせろ! たぶん思い出せないだろうがな、ぶうっ!」


 このやろ……

 サムさんまで馬鹿にされた気がして、頭に、かあっと血が上った。


「ああ、そうかよ、やってやるよ!」


 いいぜ、大サービスで、この紙にホントの刺青を入れてやる。

 ここまで来たら、もう出し惜しみは無しだ!


「ガ〇プラ形態モード再定義リ・デファイン!」


 変身!

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