幼き唇から溢れるのは、腐臭を放つ真実なり

 港町センケーゲの波止場に並ぶ船の中でも、ひときわ目立つ白い船、白波丸アビヤドマウジュの船長室にて。


 は変装した白ゴブ娘の胸元に潜んだまま、マルバックツェ共和国のお姫様とその仲間たちに対峙した。もちろん隣にはダチのマヌーと赤毛娘のフレーメもいる。バレバレの変装で。


 俺の目的は、この街の裏の顔役ホンゴと戦うため、彼らに共闘をもちかけること。


 しかし……


 その前に、アレだけは最初に確かめとかなきゃいけないんだよな。


「話し合いの前に、ひとつだけ確かめたいことがある」


「……何でも聞くがよい。ネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下の使者のかたがたよ」


 目の前で、俺たちをまっすぐ見つめる、白銀の髪の美少女……マルマリス姫が絞り出すように言った。


 俺はすうっと息を吸い、聞くべきことを吐き出した。この問いかけの答えによっては、俺たちはただちに戦うとか逃げ出すとかしなきゃいけない……でも、それでも、俺は尋ねなきゃいけないんだ。


「あなたがたは……美しきハイエルフ様のことを、どう思っているのか?」


 ざわ……


 ざわめく脳内効果音と共に、部屋の空気がヒリついたような気がした。姫様と、その後ろに立つ女騎士ツォーネ、姫の隣に座るなんか偉そうな男性、船長っぽい服装の男性、侍女長さんと残りふたりの侍女たちが、いっせいに息を呑む音が聞こえた。


 美しきハイエルフ様。


 なぜか誰もがそんな敬称で呼ぶ(俺は脳内でクソエルフって呼んでるけど)あいつらはこの世界ナッハグルヘンの実効支配者だ。まさしく触らぬ神に祟りなしアンタッチャブル。でも、触らなくても気まぐれに死を振りまくクソどもだ。


 ナッハグルヘンじゃ、あいつら以外の誰もがクソエルフを嫌っていると思う。あいつらを消すボタンがあったら連打してると思う。でも、あいつらに従う紅の騎士クリムゾンや、腐った王侯貴族みたいに、クソエルフに味方する奴らがいない訳じゃない。


 オルゲン一座のヤビ(故人)のように、あいつらにゴマをすりたい奴とか密告者とかスパイだっていると思う。もし、目の前のこのヒトたちが……ぜんぜんそんなふうには見えないけど……そんな人類の裏切り者だったとしたら、厄介なことになる。


 敵に自分のパワーを打ち明けたくなんかない。でも世間話ならともかく、打ち明けなきゃ共闘なんてできないんだ。ただの情報収集ですらフェアリー・ライブみたいな工夫が必要だと思ったくらいだし。もちろん教会や特職関係みたいに、完全な味方じゃないけど敵には回らない安心感のあるヒトたちもいるけどさ。


 問題は、たぶん姫様たちも同じことを考えているだろう、ってことだ。だからこの話し合いは、真っ暗闇の手探りなんだ。


 信じて手を繋ぐのか、信じ切れずに振り払うのか。

 ……人形みたいに小さな手だけどさ。


「そういう貴方こそ……美しきハイエルフ様をどう思っているのか。まずそれを先に言ってほしい。それが礼儀というものではないかね」


 船長っぽいほうではないほう……ややこしいから、もう船長とお偉いさんでいいや。そのお偉いさんが、神経質そうな口ぶりで問い返した。


「名乗りの順番じゃあるまいし礼儀なんて知ったことか。答えたくない、ってのが答えならそれでもいいから、早く答えてくれよ。忘れたのか、俺たちはイカれた探索者なんだぜ」


 うへーっ、流れとはいえ、俺っていうやつは身長18センチのくせになんちゅうイキった台詞言っちゃうかなあ? しかも嘘ついてるし。


 ああ、はじぃよぉ。


「ラズク卿、使者どの言う通りだ。ここは正直に話して、ネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下の望むことをできるだけ叶え、そのうえで、私が捕らえられていたときのように助力を乞うべきだろう。忘れてはいけない。我らは既にダンジョンに放り込まれているのだ。……使者どの。私からすべて語ろう」


 胸元に下げたペンダント……なぜか穴を開けた銅貨にしか見えないそれを握りしめながら、姫様がそう言った。JS高学年にしか見えないトシなのに、このコったら話が判るね!


 マルマリス姫は自分と女騎士ツォーネを残し、他の全員を部屋の外に下がらせた。男たちはかなり渋っていたけれどそれでも出ていった。ラズク卿ってヒトはともかく、船長さんなんかたぶん自分の部屋だろうに……


 でも姫様、その誠意、確かに受け取ったぜ。出てったヒトたちに聞かせたくないほどの本意を話してくれる、ってことだよな。自分の安全を犠牲にしても。まあ、この女騎士だけでも凄い戦力なんだろうけどさ。


 それにしても……


 最後に出て行った侍女ズのひとりは扉を閉める前に手を振ってたけど、どういうつもりなんだろう? まあそれはいいや。姫様に正対するべく俺たちは椅子に座り……


 たかっ、座高たかっ!


 隣に座ったの座高、不自然に高すぎるぜ!

 あまりの変さに、姫様の後ろに立った女騎士がちょっと身構えたぞ。


 ん、ツォーネって顔にあんな傷あったっけ?


「それでは改めて、使者どの。まずは問われたことに答えよう。……その前にひとつだけ約束してほしい。私の話が終わるまでは、決して早まった行動をしないでいただきたい。おそらく、使者どのはかなり腹を立ててしまうからだ。そして終わってから、その先に踏み込むか、それとも立ち去るかを選んでほしい」


 ふむ。


 さっき姫様が『ダンジョンに放り込まれている』なんて言ってたけど、これって『窮地に立たされている』って意味だよな。それを言うなら俺らだって結構ギリギリだし、まあ、どんな話か判らないけど、とりあえずはただ聞いてみるか。


「……判った。約束しよう」


 うん、俺はそう言った。

 確かに、そう言った!


 でも……その話の途中で、俺は何度も身体がビクついた。そのたびにブは立ち上がりかけ、マヌーの猫顔は威嚇に歪んだ。フレーメは……まったく動かなかった。よくガマンしたよな。あ、そんなこと気にするタイプじゃないか。赤毛娘が気にするのはネズミだけだ。


 そして、まず姫様は……


 いきなりぶちかましてくれやがった。


「三年前……初めてそのお姿をお見かけしたときから、私はずっと……美しきハイエルフ様に憧れていた。あれは恋というものだったと思う……」


 どっしぇえええっ!!


 俺は変な声が出そうになったが、かろうじて押し殺した。


 ……姫様の長い話をまとめると、次のようになる。


1.この国、フリューゲル王国には美しきハイエルフ様が校長を務める学園都市ブリュッケ・ヴェーがある。そこでは美しきハイエルフ様の美しきハイエルフ様による美しきハイエルフ様のための美しく清く正しく美しい教えを学べるという。


 えっ、その教えって……たぶん前世でいうアレコレだよな?

 このモロ中世的な世界で?


2.美しきハイエルフ様たちは美しすぎて性別も個人の見分けはつかなかったが、同じ学園ならば少なくともそのひとりと毎日会えるだろう。そこで恋するマルマリス姫は父親の……マルバックツェ共和国国王を始めとする多数の反対を押し切って留学を決意したのだった。


 ひええ……

 どこから突っ込んでいいのやら。


3.世界の実効支配者である美しきハイエルフ様への反発や恐怖は、王族にとっても非常に大きい。それにもかかわらずそんな無理が通った理由は、臣下にも議会にも美しきハイエルフ様に傾倒する一派……美しきハイエルフ様親しき派がいて、第三王女が友好と平和への架け橋となるようにと後押しをしてくれたからだ。


 架け橋w……プッ。

 いけね、つい笑っちゃった。


4.よき友人でもある護衛隊長のツォーネを従え、搭乗するのは昔から大好きな船……スクワラ族とドワーフ族の職人軍団がその技術を結集して造った、それ自体魔道具である国宝白波丸アビヤドマウジュ。船旅に出発して姫様は思った。私は世界一幸せな王女だ、と。


 俺の脳裏に、まざまざとその光景が広がった。


 青い大空、白い雲。青い大海を白い波を曳いて美しい白い船が駆ける。その甲板には白銀の髪を潮風になびかせた幼き姫。陽光に輝く鎧の女騎士と、船と競うかのように空を舞う海鳥に見守られながら、水平線を青い目で見つめる高貴な少女は、あふれ出る幸せに思わず微笑む。追い風をはらむ帆のように、未来への期待にまだ薄い胸をふくらませて……


5.快適な魔法船でも長旅は飽きる。センケーゲに着いてすぐ、おてんば姫様はこっそり見物に出ることにした。ツォーネが慌てて追いかけてきたが……少しだけと姫様に嘆願され、捜索隊の目を逃れながらも異国のぶらり街歩きを楽しんだ。

 そして帰り際、妖精ショウとやらの噂を聞き及んだ姫様たちは、その見物を小さな冒険の締めくくりにしようと思ったが……


 えっ、妖精ショウだって!?


6.おそらくは町じゅうに張られた罠、そのうちのひとつであろう共同便所に張られた罠にはまり、『スリープ・クラウド』を放つ魔道具の餌食となり、そのままホンゴ屋敷に拉致されて……


 おいおいおい、その罠ってまさか!


7.拷問に心折られて悪辣な契約を結んでしまい、この船を奪い取られた。契約には美しきハイエルフ様の後ろ盾があり、ホンゴは美しきハイエルフ様の飼い犬たる証の、白銀の首輪をつけていた。


 あちゃー。

 それって詰んでない?


 ん?


 女騎士がうつむいてギリギリ歯ぎしりしてるぞ。こいつも拷問されたのかな。あー、ちょっとクッコロなエロ妄想しちゃった……いや、それどころじゃない。そりゃあ姫様たちは可哀想だと思うけど、俺は俺でスゲー気になることがある……


「そこから先はネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下がご存知の通りだ。判ってもらえると思うが、私の美しきハイエルフ様への想いは、まるで相手が洞窟ガエルに変身したかのように消え去った。私は、仮にも美しきハイエルフ様が設立した学校の生徒になる予定の者だ。それなのに、気付いていないのかどうでもいいのかこの仕打ち……いずれにせよ失望するには十分だ。今はただ、幼かった自分を恥じるばかりだ」


 と、姫様は苦しそうに言った。


 そして銅貨っぽいアクセを握りしめながら、マルマリス姫は可憐に微笑んだ。ブと同じようにどこか痛いような微笑みを。


 姫様の後ろに立つ女騎士の小手ガントレットが、そっと幼き主人の肩に置かれた。それって身分的にどうなの……いや、そうせざるを得ない関係、ってことか。


 それより、それより!

 ちょっと尋ねたいんだけどさ……


 について色々確かめたいと思った矢先、姫様は俺の願いに応えるかのように最大級の真実を爆発させてくれやがった。


「最後に、落ち着いてから思い出したことだが……ホンゴ屋敷の手下どもが、私たちを捕らえた罠に後から偶然、別の関係ない者が落ちたようなことを漏らしていた。それはたぶん、ネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下が探していた者たちのことだと思う。そんなつもりは無かったが陛下の民を巻き込んでしまい、すまなく思っている……」


 それだぁー!


 ブが装備した胸鎧の内側で、俺は小さなこぶしを握りしめた。


 おかしいおかしいと思ってたんだ。そりゃブは可愛いよ。蔑まれてるブだって判らなければ価値があると思うよ。フレーメだってそうだ。中身がアレでもエロ美少女だしな。だけど大金目当てならともかく、田舎のチンピラがここまで手間ヒマかけて拉致するほどかよ?


 そう思ってた。


 そうか……おまえらのせいか!おまえらがクソエルフと仲良くなろうなんてシダ花畑みたいな腐ったことを考えたせいで俺は身体が爆発しそうなったのかおまえらのせいで俺の特職娘たちは酷い目にあったのか許さないおまえらを絶対に許さないよくもよくもよくも俺を俺たちをこんなトラブルに巻き込んだ……な……


 あ。


 待てよ……巻き込む?


 そうか。これが……


 これが、俺が。

 俺がドードー亭の親子にしたことか。


 そんなつもり無かったけど巻き込んだ。

 巻き込んで、しまった。


 俺は……ひどいヤツだ……

 テヘッ、なんて言っちゃったよう……

 自分が恥ずかしい、恥ずかしいよ……

 はじぃよぉ!




 落ち着け、落ち着け。深呼吸だ。

 すーはー、すーはー。


 怒りをぶつけるのは目の前の誠実なヒトたちじゃない。間違えたらダメだ。間違えてしまったら、真犯人じゃなくて手ごろな相手に怒りをぶつけるような、中身だけクソエルフなヤツらと同じになってしまう。


 だから、だから俺は……




 しなきゃいけないことを、するんだ!


「使者どの……?」


「……そのことは、気にするな。逆に、俺が怒るかも知れないのに……俺があなたがたの責任を問うのかも知れないのに、むしろよく誠実に話してくれたと思う。それに、あなたがたが悪いんじゃない。ホンゴとクソエルフが悪いんだ」


「えっ、まさか……ク……何とかって……美しきハイエルフ様のことなのか?」


「そうだ。姫様もクソエルフって言ってみろよ。美しき、とかはいらない。言えばスッキリするぞ」


 女騎士が睨んできたが、知らんがな。


「うつく、いや、ええと……クソ……美しきハイエルフ、様?」


「それじゃ逆に褒めてるだろ! それに様?って何なんだよ! あー、もういい。とにかく! あなたがたは、ホンゴやクソエルフと敵対するつもりなんだな」


「国王と……父上と同じく今はもう憎くてたまらないが、それでも……正直言って美しきハイエルフ様とは表立って対立したくはない。国ごと滅ぼされたくはないからだ。しかし、ホンゴは………」


「クソホンゴは殺す。殺したいと思っているであります」


 おおっ、ツォーネみたいな美女の唇からクソなんて罵倒が漏れ出るのって、なんかビクンビクンくるものがあるよな~


 それなら……姫様たちがその気なら。


「俺もそのつもりだ。だから……共闘するために、手を取り合って戦うために、俺のほうも姫様と同じように、ありのままの誠意を見せたいと思う」


「誠意……とは?」


「俺たちの、本当の姿を見せてやる」

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