食らわせてやれ、輝きの鉄槌を!

変わり果てた仲間たち

 ふわわ……


 あくびが出た。なんたかんだ言って6時間以上は寝たんだけど、まだ眠い。デリバリーお兄さんに起こされたからな~


 ゴブリン族の巨漢、悪党ホンゴの屋敷から華麗に脱出し、街の外にある安宿で休息したたち。恐れていた追撃は無かったが、たぶん時間の問題だ。


 とりあえず街中を忍び歩くための装備……変装してみよう。ムダかもしんないけど、相手は卑怯ゴトに知恵が回る連中だ。できることはしておいたほうがいいもんな。ケットシー族のダチ、マヌー。バニースーツのフレーメ、白ゴブ娘のブ……うう、なんで俺の仲間は目立つ連中ばかりなんだ?


 まあ、身長18センチの俺が一番目立つんだけど。

 物理的に目立たなすぎで逆に目立つ!


 とにかく、例によって半刻ぐらいで支度して……


 あ、馬も二頭のほうがいいな。

 さあ、出発だ!



「……あの、ご主人さま」


「なんだブ


「これから白い船……とかに向かうのでしょう? その前にドードー亭に行かれることをお勧めします」


「あー、確かに警告はしといたほうがいいだろうなあ……でもなあ、きっとあの親子は怒るよな。なんで巻き込んだ、って言うだろうな。気が重いなあ~」


「早く決めてほしいにゃ。グラグラしてちょっと怖いニャ」


「あたいも無理っぽいかも。これで馬に乗るんですかぁ?」


「あ、もうちょっと改良するよ。で、あっちはどう話すかなあ。知らんがな、で押し通すのも気が引けるし」


「それでしたら、たぶん大丈夫だと思います」



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「ホ、ホンゴ様と揉めた~!?」


 2日前まではセンケーゲで最も流行っていなかった居酒屋ドードー亭。そのひとり息子アルシュは叫んだ。


 昼下がり。ゆうべのフェアリー・ライブでの片付けも済み、閉めた店の中でぐったりと休んでいた彼は、突然の客を迎えた。くだんの妖精だ。


「さらわれた特職娘たちを取り戻すときに、お屋敷とか手下を……ちょっとだけ潰しちゃってね。テヘッ」


 ホンゴは港町センケーゲの裏の顔役であり、逆らったものはレンガ袋に詰められてセンケーゲ湾に沈められるという噂があった。それは、図体だけしか取り柄のないアルシュにとっては衝撃の事態だった。


「ちょっとだけ、って……おいおい、冗談じゃないぞ! それじゃ、俺たちはどうすりゃいいんだ!」


「ホンゴとはすぐ話をつけるつもり。だから、あなたがたは、あー、しばらく引きこもってくれ。二、三日でかまわないからね」


「ただいま。……あれ、妖精さん? 昨日は本当にありがとうございました」


 アルシュの母親ベトが、重そうな仕入れ袋を抱えて戻って来た。


「リーズィヒさんのおかげで借金の利息が払えました。これで夫が帰ってくるまで何とかなると思います」


「それより、聞いてくれよ母さん……」


 息子と妖精の説明をうつむいて聞いていたベトは、話が終わると顔をあげた。いだ海のように静かな目がそこにあった。


「……わかりました。おっしゃるとおりにいたします。それで殺されても文句はいいません」


「母さん!?」


「アルシュ、忘れたの? 何があっても責任は私たちにある。もともとそういう約束だったでしょう? ……それに、リーズィヒさんは仲間を奪われて、それを取り返しただけ。私だって、いいえ、私たちだって同じ目に会わされたら……」


 かすかに微笑みながら、ベトはアルシュをじっと見つめた。

 母は、自分が冒険者に襲われたときにヒトの心を取り戻した息子を、見つめた。



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 ふよふよとドードー亭を飛び出て、変わり果てた仲間たち(笑)のところへと戻りながら、あたしは安堵していた。


 いやー、クレームなくて良かったよ。前世日本の中身だけハイエルフさんが大好きなズレた責任論とか言い出されたら、たまんないもんな~


 まったく、ブの言う通りだった。少なくともベトさんなら納得してくれるだろう、って。それに、ああ出られると逆に何が何でも守ってやんなくちゃ、って思うぜ。そうだ、後でシロカゲに頼んで、店に監視ネズミをつけてもらおう。


 待てよ。そう言えば……


 店には当然いなかったけど、吟遊詩人のモルゲンさんと孤児たちは危ない目にあってないかな。いや、バイトで雇っただけだから心配しすぎか。それに旅の吟遊詩人は商売がら逃げ足は速いはずだし、いくらホンゴだって子どもに手を出すほど外道じゃないだろ。


 よし、次の目的地は……


 お姫様と女騎士がいるはずの、あの白い船。確か名前は……白波丸アビヤドマウジュだっ!



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ネズミ大王ラッテンクーニッヒ!? 本当にその探索者たちはネズミ大王ラッテンクーニッヒの使いと言ったのか?」


 マルマリス姫の問いに、侍女長は答えた。


「はい。でも、姫様のお話では確かネズミ大王ラッテンクーニッヒなる者の見かけは普通のネズミだったはずでございますね?」


「そうだ。もしや、そ奴らはその名を騙る偽物……ホンゴの手の者であるかも知れないな」


 それなりに疑い深くなってしまった幼き姫がそう呟いたとたん……


 ヒュルルゥ……スチャッ!


 私室のから小さな白い影が現れて、ティーセットが並ぶテーブルの上に降り立った。それは風のような勢いだったのにも関わらず、カップに注がれていた茶には波紋ひとつ浮かばなかった。そして赤いマフラーをなびかせたその小さき者は、マルマリス姫を見上げてすっくと立ち、堂々と言い放った。


「シロカゲ参上!」


 たちまち室内は騒然となった。ありえざる光景を目撃してしまった侍女たちの顔から血の気が引いた。


「ひいっ、ネズミ!」


「いやぁぁっ!」


「ネズミが喋った!?」


「腕組みしてる、ネズミなのに!?」


「慌てるでない。この者はネズミの王の配下だ。……シロカゲどの、そなたが現れたということは、外に待たせている者たちはネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下の使いで間違いないな?」


「はい。我が王は姫様との会談を望まれております」


 シロカゲはそう告げるとシュッと消え去った。

 まるで転移魔法を使ったかのように。


「ただちに客を船にあげろ。船長室を場にしよう。家宰かさいを呼べ。……ツォーネもいたほうがいいだろう」


「ツォーネ殿はラズク卿の命にて謹慎中でございます……」


「かまわぬ! ネズミの王と会ったことがあるのは私とツォーネだけだ。話し合いとなれば呼ぶのが道理であろう。……もてなしの用意をしろ。たとえ探索者であっても、国賓と思うのだぞ!」



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 この船ホントに美しいデザインだよな~ 外観も白いだけじゃなくて、巨大なイルカがシュッとしてるようなスピート感のある船体に、海鳥が翼を休めてるみたいに優雅な帆が畳まれてる。


 それにしても、姿もう少しゴタゴタするかも思ったけど、割りとすんなり入れてもらえて良かったよ。怪しいものじゃありません、とか怪しい言い訳せずにすんだね。明らかに怪しいもんな、今のたちのルックスは。


 侍女長と名乗った熟女に案内され、丸窓から昼下がりの陽光が差し込む廊下を歩いて船長室へと向かった。


 こうやって船内に入ってみれば、廊下に張り出てる梁だか柱だかの構造も巻貝やクラゲを思わせる装飾があって、なんか船そのものが一個の芸術品としか言いようのない完成度だぜ。


 廊下ですれ違う船員らしきヒトたちも、オシャレにエキゾな衣装をまとっている。みんな俺たちが通り過ぎるときには脇へ寄って直立不動だ。敬意を払われてるのかも知れないけど、なんか少し怖がってる雰囲気もある。


 ぼくたち怖くないよ、たぶん!

 コスプレしてるだけだよ!



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 侍女長の後に入ってきたの探索者たちの姿を見て、船長室で待ち構えていた者たちは息を呑んだ。


 彼らが身にまとう装備は貴族の持ち物がごとき高級品だった。その金属部分も革地も磨き立ての輝きを放ち、清潔きわまりない布地には斬新な意匠の飾りがほどこされていた。しかし、最も目を引く点はそこではなかった。


 あまりにも、異形。


 ひとりは、ローブをまとう長身の獣人。


 その背はニンゲン族の大人よりも子供ひとり分は高く、船の低い天井に頭を擦りそうだった。波と共に揺れる床に油断なく姿勢を合わせているせいか、その上体は少しふらついていた。背丈の割りにその頭は小さく感じられたが、細身である森豹のたぐいの血統を持つ猫系獣人だとしたら何の不思議もない。フードから覗く毛むくじゃらの顔には、周囲を見回すために絶え間なく動く瞳が鋭く輝き、その者が歴戦の戦士であることをうかがわせた。そして、そのローブの背中はまるで背負子しょいこを仕込んでいるかのように膨れていた。


 猫背だ。


 もうひとりは、小柄なニンゲン族の少年。


 戦女神バルキリの兜から覗く、その目元は緑色の板ガラスに、その頬と口元は薄い布地に半ば隠されていることが、たまらなく怪しく見える。それでもその鼻筋と華奢なおとがいの輪郭は、かなりの美形であることをうかがわせた。


 中性的な雰囲気を漂わせる装備なのにも関わらず彼が少年のように見える理由は、探索者本人は男性ばかりという思い込みがあるせいだ。しかし、そんな常識を持たない者ならば、彼を少年ではなく少女だと思うかも知れない。


 さらに、そのような者ならば。


 ネックガードが大きく張り出した胸鎧は豊かな乳房を隠すもの。

 ごつい籠手ガントレットとブーツは華奢な手足を隠すもの。

 旅マントは細い肩に乗せた詰め物を隠すもの。

 スカート状に垂れた装甲の間から見える張りのある太腿は、鍛えているのではなく若い娘相応のもの。

 男っぽい仕草すら、誰かに教えられたもの。


 そんなふうに疑ったかも知れない。


 しかし、そのとき船長室に集まったマルバックツェ共和国の面々は、戦女神バルキリの兜を装備した者を、美形の探索者の少年と信じて疑わなかった。侍女たちの中には、陶酔の溜息をつく者もいた。


 そして、その唇の動きは薄衣とネックガードに遮られてよく見えなかったが、戦女神バルキリの兜を被った人物の、その声は。


「無事に帰れてよかったな。マルマリス姫と……ツォーネだったか」


 まぎれもなく、少年の声だった。

 そして、王女と女騎士にとって、聞き覚えのある声だった。


 ネズミの王の声と、同じ声だった。



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「無事に帰れてよかったな。マルマリス姫と……ツォーネだったか」


 あれっ?

 なんか反応がヘンだな。


 胸鎧につけたシャッターの隙間から見える光景に、俺は首を捻った。お姫様と女騎士はお互いの顔を見合わせてるし、偉そうなおじさんたちとメイドさんっぽいヒトたちは何かドン引きしてる。ひとりだけボーッと顔を赤らめてこっち見てるけど、風邪でもひいてるのかな。


 ちゃちな変装のつもりだったんだけど、もしかして。


 このヒトたち、俺たちのこと、見たまんまの……頭のおかしい探索者だと思ってないか? ……まあ、誤解はおいおい解くとして、とにかく今は、アレだけは最初に確かめとかなきゃいけないんだよな。


「話し合いの前に、ひとつだけ確かめたいことがある」


「……何でも聞くがよい。ネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下の使者のかたがたよ」


 姫様が絞り出すように言った。その様子はまるで、はち切れんばかりに膨れ上がる疑問をムリヤリ押さえつけて言っているようだった。


 俺はすうっと息を吸い、聞くべきことを吐き出した。この問いかけの答えによっては、俺たちはただちに戦うとか逃げ出すとかしなきゃいけない……でも、それでも、俺は尋ねなきゃいけないんだ。


「あなたがたは……美しきハイエルフ様のことを、どう思っているのか?」

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