閉ボタンを連打しろ!

 港町センケーゲの塀の外。

 馬の仲買人ギルドが用意する安宿。


 ホンゴ屋敷を脱出したたちは、浄化魔法クレンジングもそこそこに全員ベッドに倒れ込んだ。特職だの主人だのとかいうのは今はメンドくさい。真冬だから一緒のほうが暖かいしな。


 白ゴブ娘の胸元で半分寝つつ、俺は吸い込むように大量の干し芋を食らい(良い子はマネしちゃいけないよ)、よだれと食べかすをシーツにこぼしながら、やっとの思いで呟いた。


「……シロ……カゲ……」


「ここに」


 打てば響くように白ネズミの声が聞こえた。

 姿を現さないのはフレーメが騒ぐといけないということが、ちゃんと学習できたからだろう。さすがだ。


「……怪しいヤツが来たら」


「ただちにお伝えいたします。おやすみなさい、陛下」


 そこで俺の意識は途切れた。




 ……ホンゴを……あの外道をやっつけて……そのちからやカネとか奪う……ああ……ちょっと横道にそれてる、ってことは判ってるんだ。赤毛娘フレーメが言った「人生で二番に大事なことは、一番目を本当に大事にすること」だっけ? 俺の人生の目標は、確かにクソエルフに拉致された義妹リーズを救うことだ……


 でもさ……それだってカネがなきゃ始まらないし、かと言って商売するには腰を落ち着ける必要があるし……悪くないヒトを見捨てるのもヤダ。だから俺は……


 俺は……


 目が覚めた。


 なんだかぼんやり考えていたことを頭を振って払いのけ、身体を起こして辺りを見回す。なじみはないが知ってる天井。いつのまにか枕に乗って寝てたか。隣には、デカ猫マヌーが顔の上で寝ているせいで唸っているフレーメ。彼女はバニースーツを脱いだらしく、胸下着から爆乳が半分ハミ出てる。その眺めをしばらくタンノーしていた16歳の俺は、暖かい腕に優しく抱きしめられた……いや、腕じゃなくてブの細い指だ。俺の身長は18センチだもんな。


 横を向くとそこには、刺青のある白い顔に優しい微笑みを浮かべた美少女。巻き付けたシーツから(なんで?)まろび出る、フレーメより小さいけど小柄な体格のせいで巨乳と言える白い乳房。香水もつけてないのにほのかに感じる甘い香りが、特職娘の肌から漂ってくる。浄化魔法クレンジングを寝る前にかけると朝はいつもこんな感じなんだよな。


 うっ。


 あ、股間がギンギンに!

 ああっ、ブの指が触りそうだ。触られたら、綿棒の先ぐらいに元気になっちゃってること知られたら、は、はじぃよぉ! 性ドレイにも使われる特職相手に何遠慮してんだ、とも思うけどさはじぃもんははじぃんだよ!


 ど、童貞だからじゃないぞ。

 ……たぶん!


 ドンドン!


 突然、ドアが激しく叩かれた。


「だ、誰だ!」


 まさか……ホンゴの追っ手か!? シロカゲは何やってんだ。仲間が全員飛び起きて身構える!


「フシャー!」


 唸り声と共にマヌーの尻尾がぶわっと大きく膨らんだ。ドアの外から怒鳴り声が聞こえた……


「クラインさんいますか! お届けものなんすけど!」



<< normal size <<



 いつでも、どこでも。

 邪悪は似たような悪臭を放つ。


 センケーゲの港。

 係留された船の中でも、とりわけ輝く白波丸アビヤドマウジュ

 その美しき船の内部にも、幼き美姫びきの言葉から放たれた、邪悪の悪臭が漂っていた。


 血まみれの女騎士と白銀の髪の姫君が帰ると、船内は森蜂の巣をつついたような騒ぎになった。船医者とその助手が慌てて駆け寄り、平民の執事は身分差も顧みず女男爵ツォーネを怒鳴りつけ、気の弱い侍女が気絶し、荒くれの船長と水夫たちは喜びにお互いの肩を叩きあった。


 女騎士の頬にある傷以外は、ふたりが無事であることが判ると、誰もが安堵の溜息をついた。当のマルマリス姫が凶事を告げるまでは。


「この船を……売った!?」


 マルバックツェ王に任命された家宰かさいは驚愕に目を見開いた。


「そうだ。責任は私にある」


 第三王女は毅然きぜんと答えた。その大人びた様子は明らかに好ましい成長をうかがわせるものであったが、それを喜ぶ余裕は家宰にはなかった。なんとか感情を押さえ仔細を聞くも、ただ頭を抱えることしかできない事態であることを悟っただけだった。


 美しきハイエルフ様まで関わる陰謀に、どうして小国の一派ごときが逆らえるだろう?


 それでも、しぼり出すように彼は言った。言わざるを得なかった。


「ツォーネ、お前がついていながらなぜ……いや、それは言うまい」


 老いた賢き家宰は見た。簡潔に報告する他は何ひとつ弁解らしき言葉を発しなかった女騎士の目は、雄弁に語っていた。


『ことが終われば、私を処刑してほしい』と。


 それはまた、宮仕えたるツォーネが決して逃れられない運命でもあった。


 侍女長が叫ぶように言った。


「……姫様、本当に、本当に何もなかったのですね!? その……貞操を脅かされるようなことは」


「断じて、何もなかった。王家と輝きに誓おう。だが……それを信じるものはいないだろうな」


「私は信じます!」


「安心しろ、侍女長どの」


 家宰が少し投げやりに言った。


「その疑いを……いさかいの種を我らの間にバラまくために、ならず者はあえて境界を越えなかったのだと思う。もし王族が侮辱された証拠があれば……我らは戦争をするしかなくなる。だが、疑わしき諍いの種が芽吹けば……王家の財産が奪われた怒りは真犯人には向かわない……」


 諦めの溜息を大きくついて、家宰は後の言葉を続けた。


「……平和な国であればこそ、我らは互いの考えを大事にする。そして互いに言い争う。結果として、船を差し出したことを褒め称える者さえ出てくるだろう。おそらくそこまで計算の上で造られた罠に、我らは堕ちたのだ」


「それでも、私が愚かにも遊び呆けていなければ……」


「その時はきっと、ホンゴは別の罠を仕掛けたでしょうな。総領事すら味方に引き入れたのだから。邪悪とは、そういうものなのです」


 邪悪。


 異世界チキュウにおいても、冒険者のように邪悪な手段を得意とする集団や個人がいる。ただ暴力を振るうだけではない。人質を取るだけがその手段ではない。一見もっともらしい毒の考えを送り込むことがある。善なる民の意見を割り、善なる民をお互いに争わせることがある。最終的に善なる民の財産を奪うために、あるいはただ己の歪んだ楽しみだけのために。


 いつでも、どこでも。

 邪悪は似たような悪臭を放つ。

 違う物を食べたはずの違うヒトの便所壺が、似たような臭いを放つように。


 この世界ナッハグルヘンでも、異世界チキュウであっても。



>> small size >>



 ちょっと乱暴な配達人が帰ると、床の上には大量の荷物が残された。そういや色々届けてもらうように頼んでたっけ。すっかり忘れてたぜ。シロカゲが警告しなかったのも道理。配達のお兄さんは怪しくないもんな、本物なら。


 それにしても……


 俺はうんざりした気分で、適当に投げ出されてぐちゃぐちゃの日用品と武具を眺めた。先にチップでもやったほうが良かったかな。寿司とかクリスマスケーキとか頼まなくて良かったぜ。この世界ナッハグルヘンにそんな食べ物ないけどな!


 いやいや、呆けてもいられない。もう昼下がりだ。俺たちに時間はない。たぶん。ヨシ、ここは作戦立案だ! まずはヤラなきゃいけないことを、仲間にも話しながら挙げてみよう。



1.ホンゴのカネを奪う。


 ホンゴの屋敷に再び忍び込む。そしてカネめのモノをガンガン盗み出す。

これはまあ決定事項だ。ただ結構縛りがあるんだよな……


 妖精のはどんなドアでも開けられるし、たいていの金庫が開けられる、と思う。ツーフェ町で見つけた怪しい小箱は開かなかったけど。そして真・妖精リアル・フェアリーはどんな地下室でも潜りこめるの。でもどっちにしても、お宝がどこにあるかまでは判らないんだよな。屋敷の外に預けてる可能性もあるし。


「おいらもそう思うニャ」


 搬出の問題もある。魔包リュックに詰め込めるのは容量は普通のリュックと同じくらい。盗むのは現金か、換金しやすい貴重品がベターだけど、そう都合よく見つけられるかな~


 どうやらこの1を実行するためには、あらかじめ事前調査の必要がありそうだ。シロカゲに丸投げ……はダメだな。あいつなら簡単なカギは開けられそうだけど、金庫まではどうかな。それに壁抜けまではムリだろ。せいぜい助手までか。


「ねえご主人さま、シロカゲって誰? 寝る前にも言ってたけど」


「まあそのうち話す……と思う」



2.ホンゴのちからを奪う。


 これがやっかいなんだ。

 たぶん、アイツは生きてる限り、部下が誰もいなくなっても、身体が不満足になっても、心が折れない限りドードー亭の親子を殺すと思う。俺たちとの関係が暴かれてからになると思うけど。


 加えて、俺らを地の果てまで追いかけると思う。ブの背中を撃った矢のように。なぜかそう感じるんだ。何と言っても俺らが面割れしてるのが痛いよな。


「みんな目立つからニャ」


「マヌー、お前もな!」


 ホンゴ本人を殺す。これができりゃ話は簡単なんだよな。こらしめる、とか、倒す、とか、リタイヤさせる、なんて『作り物で使う言葉』でゴマかしたりしないぞ。あー、もちろん話し合いはありえない。話し合いができる相手は、そもそもヒトを拉致しない。


 ある程度の交渉やら契約なら出来るかも知れないけど。でも、それをヤツが守るのはたぶん最初だけじゃないかな。『最終的かつ不可逆的な』なんて文を入れたって、なんかイチャモンつけて破りそうな気がする。


 良心のカシャク? いやそれは全然無い。だいたい女に平気で乱暴するヤツの親玉なんか死んで当然だろ。


「そうそう。あたいもそう思う」


 それに俺自身だって……昨日の夜早く、(えっそんな最近だっけ)の尻尾が導火線のように燃えたとき……俺は確かに感じた。胸が悲しみで破裂する予感を、身体が怒りで爆発する不安を。大事なものを、そう、家族を奪われてしまうような恐怖を……


 ボタンを押すだけでヤツが死ぬなら、エレベータの閉ボタンみたいに連打するぜ!


「えれべーた、ですか?」


「気にすんニャ、ブ。クラインはときどき変なこと言うんニャ」


 でも……たぶんホンゴのサツガイは相当難しいと思う。だってアイツ、火事とか暗殺とかじゃ簡単に死にそうにないからな。俺の得意な方法じゃダメってことだ。かと言って真正面からじゃもっともっとムリだと思うんだ。しかも必殺技FBライフルはすでに手の内を見せてるから、当然対策してるだろ。俺Yoooeee!


 う~ん、難しいな~


 溶岩流や大嵐に誘い出すとか、誰かの超魔法に巻き込むとか、要するにアイツ以上のパワーをけしかけることさえできたらな~



3.戦いの準備を整える。


 これはとにかく今すぐしなきゃいけないし、できることでもある。まず、ここにある材料だけで相当の装備が作れると思う。いくつか案もできてるからな。


 こんなもんかな……あれっ、何か忘れてるような……


「陛下、姫君と女騎士の件はいかがいたしますか?」


 天井あたりから、声が響いた。


「ああっ、誰!? 何いまの声、なんかスッゴイ嫌な感じなんですけど!?」


「気にするな、フレーメ。あれがシロカゲだ。……そうか、そう言えば訪ねる、って約束したっけ」


 行けばサツガイに協力してくれるかも。あの女騎士強そうだったもんな。



4.白い船を訪ねる。


 これで予定が決まったぞ。ホンゴ邸の事前調査に忍びこむなら深夜や未明のほうが都合いいし、アポ無しで人んち行くなら明るいうちだ。と言うことは船から帰って来て事前調査に行くまでの間に色々準備だ。


 あ……


 また寝る時間が無い。

 お肌に悪いわ~

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