あいるびーばっく!

 朝焼けの光の中に去る影は。

 たちだ!


 常緑樹が並ぶ下り坂の私道を、風を切って走る一頭の馬。

 その背のいちばん前に乗るのは、モフモフそよぐケットシー族のマヌー。

 その後ろに、ウサ耳を揺らす赤毛娘フレーメ。

 その後ろに、僕を胸元に収め、シーツみたいな胸巻き(なんで?)を風になびかせる白ゴブ娘のブ


 以上、騎乗!


 みんな体重軽いから(特に僕が)、たぶん4人合わせても戦士ひとりぶんの重さ以下のはずなので馬には負担がかからない、と思う。


 その馬はまだ涙目だけど!


 拉致されていた特職娘たちを取り戻したは、盗んだ馬で走り出す!

 は運ばれてるだけだけど、みんなそろってプランA……華麗にホンゴ屋敷を脱出だ!



 だけど、そのとき……


 ひゅるるる……ドズンッ!


 それは僕たちを狙った1本の矢。ここまで正確に射るなんて、よほどの手練れだ。

気配からして、おそらくブの背中に刺さったのだろう。いっぱいいっぱいのフレーメと最前列のマヌーは気が付いてないようだ。


 僕は声を掛けようと見上げて……


 あれっ?


「私なら大丈夫です。ご主人さま」


 ぜんぜん平気な顔してるぞ?


 今までこんなことは無かった。そのヒマがなかった時ならともかく、たいていちょっと痛みに顔をしかめたりしてたはずだ。


 おかしい。刺さってないのかな。


 僕はブの胸を蹴って、その肩に飛び乗った。

 背中を見おろすと……


 うわぁ! やっぱ刺さってるぅ~

 すっごい深く刺さってる~

 血だってドクドク流れてる~


「ブ、痛くないのか!?」


「痛いです。でも、慣れました」


「そんな馬鹿な!?」


「私は、今度のことで思い知りました。ご主人さまと離れる痛みに比べたら……」


 見てる間に矢は抜け、血が這い戻り……

 VTR逆再生のように傷が塞がった。


 彼女は微笑んだ。刺青のある顔で。


 その微笑みは、恐ろしく痛いはずなのに、あの痛いような微笑みではなかった。彼女の胸のように、暖かな微笑みだった……


「この程度、痛いうちに入りません!」


 ひゅるるる……ドズンッ!

 ひゅるるる……ドズンッ!


 げっ、またまた矢だっ!

 背中を矢が貫くたびに細い白ゴブ娘の身体ががくがくと揺れたが、その言葉通りその笑みはまったく揺らぐことはなかった……


 えっ、えっ、えっ!?

 この忠誠心、正直ちょっと怖い。


 僕は小さい身体を小さくかがめ、ブの肩越しに矢を射たヤツを探した。の視力はいい。ましてや今はスーパー(ヒト並み)能力のガン〇ラ形態モードだ。デカい弓を持つ敵らしき人影は、どう見ても100メートル以上は離れたところにいる。


 えっ、矢って……こんなに離れててもフツーにスナイプできるもんなの?


 普通サイズのニンゲンに換算すれば1キロメートルのこの距離、もっとよく見えないか、と思った……


 そうだ!


「魔動テレスコープ!」


 適当な技名を叫ぶと、ヘルメット全体が変形した感覚があった。おそらくメカっぽい望遠鏡テレスコープのカタチになったと思う。僕のバイザーにズームされて映ったその敵の姿は……


 緑顔で長耳、なぜか首に銀色のネクタイをして、ボロボロのバジャマ姿がちょっと笑えるムキムキのゴブリン族? いや、隣にいるニンゲン族らしき冒険者と比べると、ゴブリン族としてはとてつもない巨漢だ! ハッカイ族かよ!


 もしかして、あれが……ホンゴ!?


 げっ、あいつ、まだ射るつもりだ! 


「フレーメ! 回避ーっ!!」


「はいぃっ!」


 赤毛娘は馬を操ってジグザグに走り始めた。その左右ギリギリの地面にいくつも矢が着弾する。ホントにとんでもない腕前だ。白ゴブ娘に刺さった矢はすべて抜けたが、彼女以外に当たったら終わりだぞ!


 そして……!



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「逃げたか……くそっ」


 ホンゴは忌々し気に呟くと、愛用の長弓を傍らの手下に押し付けた。その握りは手汗で濡れていたが、冒険者はそれでも主人の武器を滑り落としたりはしなかった。


 もし落とせば、自分の命も落とすことになっただろう。


 なぜ命中したはずなのに落馬しなかったのだ? 怒りのあまり馬上の探索者をまず狙ってしまったが、やはり馬の尻を狙えばよかった……


 ホンゴはそう思いながら、緑色の分厚い胸板に汗で張り付いていた布切れを破り捨てた。その布は、弓を射るときに膨れた筋肉に耐えきれずついに弾けた、かつてパジャマの上着だった衣服の残骸だった。


 彼のもとにまた別の冒険者が駆けてきた。それは、またしても腹の立つ報告を主人に知らせるためだった。


「マルマリス姫たちを見失いました!」


 この騒ぎに乗じて逃げ出した姫たちからも被害を受けたか。そう思ったゴブリン族の巨漢は、がっくりと肩を落とし、そのまま庭の地面に座り込んだ。


 どうして……どうして!

 冒険者どもはこんなにも無能なのだ?


 日に何度も思うことを、ホンゴはまたしても思った。


 あやつらの戦闘力と脅迫力は高い。それは認める。しかしそれ以外は、女のことと虚勢をはることしか考えていない。だいたい今回の騒ぎそのものが、ちゃんと頭を使っていたら、そして私の命令に従っていたのなら……


 絶対に起きなかったことだ。


 総領事の密告をもとに、各所に張った罠のひとつで姫たちを捕らえたところまではいい。だが、なぜその情報を仲間うち……罠の早番と遅番の間ですら共有しないのだ? ただ服装が似てるだけで、どうやったら弁当どもと姫たちを間違える? おまけに、私への報告をどうして後回しにする?


 まったく、冒険者どもの頭はネズミ並みだ!


 あやつらが本物の戦場に出たら、5つ数えるうちに10回死ぬ。そのうち5回は怒った上官に後ろから斬られるのだ!


 だいたい、弁当には絶対に手を出してはいけなかった。すぐ放り出せと命令したはずだった。頭のおかしい探索者どもを怒らせたら、最終的に勝ったとしてもその前に手痛い反撃を食らうことになるのだ。今回のように。


 待てよ。


 少し……おかしなことがある。


 なぜあの探索者どもは……弁当奪還のために侵入したと思われる主人の顔は見えなかったが……屋敷を破壊しつくさなかったのだろう? ただ逃げるためだけの陽動と障害排除しかしていなかった……ようにしか見えない。探索者がその程度で終わらせるはずはない。そんなはずはない。あれほどの攻撃力を持っているのなら……私なら壊しつくす。


 そうか!


 あやつらは……使い捨ての魔道具……たとえばファイヤーボールなどを1回だけ打ち出す……アイテムを、2個しか持っていなかったのだ!


 それなら……


 いくらでも、やりようはあるだろう。

 役立たずどもを動かして……か。


 地面に座ったままのホンゴはしばらく立ち上がる気にもなれず、間抜けな手下どもに被害の対応を命令した。そしてどれくらい時間がたっただろうか。ホンゴは、ふと、自分の同胞であるゴブリン族たちの泣き声が庭に響いていることに気付いた。


 庭に敷かれた血が滲むシーツの群れ。

 ヒト型のふくらみが並ぶ。


 そのひとつの周りに、ゴブリン族が群がり、激しく泣き叫んでいる。耐えがたい悲しみに地面をごろごろと転がっている者もいる。ホンゴは立ち上がり、その方向に歩き始めたが、その足取りはだんだん早くなり、最初は避けていたシーツのふくらみも踏んずけて駆けだした。小柄な同胞をかき分け、彼らが囲むシーツをめくり、布に挟まれていたモノを見て息を呑み、衝撃に膝をついた。


 それは、変わり果てた姿のメイドだった。


「……何ということを」


 年端もいかぬ少女に、何という残虐なことをするのだ!?

 ヤツらは悪魔か、オーガか!?


 この美少女の……華奢な姿態、愛らしい長耳、若々しい皺、深みのある緑の髪と肌、甘いニンニクの吐息……その美しい身体が……回復薬ポーション使用が前提だが……激しくしても裂けない背丈まで育ったら……


 愛人のひとりにしてやろうと思ったのに!


「許せん……!」


 共和国のヤツらも探索者どもも全員、腹を裂いて臓物を引き出し、その上に便所壺の中身をぶちまけるところを本人に生きたまま見せてやる!



>> small size >>



 ……そして。


 どうやら運のあるうちに安全な場所までたどり着いた。色とりどりの塀が続く上流階級区画だ。それぞれの家の下働きらしい人通りも多くなってきた。ふう…… しばらくは大丈夫かな。僕たちは目立たぬようとりあえず下馬して、何喰わぬ顔で馬を曳きながら歩き始めた。


 あっ、そうだ。


「フレーメ、ちょっとあそこの角の先を見てきてくれ。なんか誰かが見張ってる気がするんだ」


「はいはい」


 他の僕らは木陰に身を寄せる。

 赤毛娘が離れたのを確認して、僕はブに命令した。


「ブ、僕の前に右手をかざせ。手のひらを上に向けて」


 白ゴブ娘は何も問い返すことなく、僕の言う通りにした。朝の木漏れ日がむきだしの白い腕を彩る。


「シロカゲ、いるか?」


「ここに」


 ブの小さな手のひらの上に、赤いマフラーをなびかせて白ネズミがスチャッと降り立ち、僕にひざまずいた。


「ニャッ!?」


「ご、ご主人さま……?」


「姫と女騎士はどうなった」


「裏口から馬で脱出いたしました。追っ手もなく、無事に船へと向かったようです」


「馬……? そうか、お前が手配してやったのか。もしかして……僕たちに馬の追っ手がなかったのもお前の計らいか。他の馬を遠くに放したんだな。よくやった」


「お、おお、陛下……! お褒めに預かり恐悦至極に存じます!」


「今回は本当に助かった。また呼ぶ」


「御意」


 天才ネズミはシュッと消え去った。

 マヌーが猫顔でニヤニヤしながら言った。


「ずいぶん王様らしくなったもんニャなあ、クライン? いや、陛下とお呼びするべきかニャ?」


「やめてくれよう」


 お前に言われると恥かしすぎるぞ!


「あ、ブ、もう手はいい」


 白ゴブ娘は言われた通り手をおろしたが、そのあと眉をひそめて自分の手のひらを見つめたり、空を見上げたりしていた。


 そうだよな~ 疑問に思うよな~


 シロカゲのヤツ、どんなワザ使ってるんだろう? なんだかどんどん忍者っぽくなってるんだけど。もしかして、あれって……


「ご主人さま、特に怪しいヤツはいませんでしたよ」


 フレーメが戻ってきた。


 ピコンピコンピコンピコン……


「これから、どうするニャ?」


「いったん宿に帰って、態勢をととのえよう。あそこなら、いちおう街の外だし衛兵も沢山いる。物資も届く予定だからな」


「ホンゴの手下が探しにくるかも知れませんよ。それに衛兵だって怪しいかも」


 フレーメの指摘に、僕は頷いた。


 ピコンピコンピコンピコン……


「そうかもな。だけどそれでも、ホンゴの野郎は何もかも思い通りにできてるワケじゃない。あの武器屋がそうだっただろう? それに手下だって数を減らしてやったし。少なくとも今日中ぐらいは何も無いだろ」


 無いといいな。希望的観測だけど!


 ピコンピコンピコンピコン……


 えっ、なんだこの音……


 げっ、うっそーっ!?


 バイザーに寝不足と空腹と疲労のゲージがある!

 いつのまに……!?

 僕の無意識が仕事したのか?


 しかもどれもリミットぎりぎりだ!

 警告音がしたのはそのせいか!


 危ねーっ!

 ハノーバで三日間倒れたときみたいに、簡単には取り返しがつかないほど消耗するとこだったぜ!


 ピコンピコンピコンピコン……


 もう判った。判ったから、この煩い音止まんないの? お、そう思ったら止まった。


「あー、実を言うと、もう僕は限界だ。フラフラだ。スゲー腹が減ってる。スゲー眠い。はっきり言ってモー倒れそうだ」


 今はブの胸元で魔力チャージし続けているから、なんとかもっているだけなのか……?


「……動くのは、つーか僕が動けるようになるのは……早くとも今日の夜だろうな、たぶん」


「はいはい! あたいは馬糞の臭っさい匂い、早く消してほしーです!」


 ちょっ、おま、何を堂々と……


 お前らに『臭い』って言いたくなかったから気付かないフリしてたのに。後で、さりげな~く浄化クレンジングしてやるつもりだったんだぞ!


「そのまま逃げる、って案はどうかニャ? ……あ、それじゃドードー亭の親子は酷い目に会うだろうニャ……」


「……たぶんな」


 特職娘たちの目撃情報は消せないもんな。それにしてもダチは気が回るなあ。僕はあの人たちのこと正直言って忘れてた。確かにそうなったらヤダな。


「でも大丈夫さ。にはプランがある。そのためにでガマンしてやったんだ」


「そのプランは何ですか?」


 心配そうに覗き込むブを見上げて、僕は高らかに宣言した。


「プランD! あいつらを殲滅してやる! ……おっと、そんな目で見るなよフレーメ。何をするにもカネはいるだろ? 殲滅、いやこの場合は強奪か。奪うのは敵のちから全部と全財産だ!」


 待ってろよ、ホンゴ一味!

 あいるびーばっく!


 ……って言うんだっけ?



 

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