血まみれサンライズ

 夜明けの光差す、ホンゴ屋敷の庭。

 馬小屋のそば。

 ついに特職娘たちを取り戻した


 ここから先はスッキリ報復ターイム! まずはプランBで行ってみようかあ! プランBの『B』は『ぶちまかせ』のBだっ!


「ブ、お前は


「2回です」


「それなら、は2発だ! まずは目標、ホンゴ屋敷の別棟、ブ、膝立ちでFBライフル構え!」


「はいっ!」


「耐いろいろ防御!」

「FBライフルトリガー起動、出力20パーセント!」

撃てぇーっファイヤー!!!!」


 食らえ、のド砲撃!


 ズギューン!!


 ライフルの先端に発生した魔法の炎弾は、咆哮のごとき脳内効果音と共に放たれた。その軌道は風を切り、庭の草を巻き上げ、まちがいなく別棟の壁に命中!


 ドオォォォンッ!!


 爆発。強烈な光と音が壁や屋根を破壊する! 一瞬、ちょうど運悪く建物の中にいたと思われる人影が見えたが、それも炎の中でバラバラに砕けていった。爆風がここまで届き、ブが胸に巻いていた(なんで?)シーツみたいな布をカッコよくはためかせた。背後の馬小屋から、怯えた馬たちのいななく声がした。


 あっ。


 撃っちゃいといて何だけど、あの姫様たち巻き込んじゃったかな、と、ちょっと思った。でも地下牢は本棟の地下にあったはずだから、たぶん大丈夫だろ。


「ひゃーすごい! いやースッキリしたぁ!」


 笑顔のフレーメがウサ耳を揺らして跳ねた。

 そうだろうそうだろう。


「はぁん……」


 見上げると、カ・イ・カ・ンとでも言いたげな白ゴブ娘の赤らんだ顔があった。

 そうだろうそうだろう。


 酷い目にあったもんな、お前ら!

 ……詳細は知らんけど。


「まだまだぁ! ブ、次の目標狙え、反転! 正門だっ!」


「は……はいっ!」


 生膝が擦れるのも構わず、ブはザッとその場で回転、膝立ちのまま、封鎖されている正門の方角を向いた。門を張っていた冒険者どもは、燃えている別棟を呆然と見つめていた。


 好都合だけど、油断しすぎだぞ!

 おいおい、あいつら死んだわ。


「耐いろいろ防御!」


 僕の掛け声に、さっきと同じように赤毛娘があわてて両手で耳を押さえしゃがみこんだ。


「もう、ご主人さま激しすぎるよっ」


「FBライフルトリガー起動、出力50パーセント!」

撃てぇーっファイヤー!!!!」


 ズギュギューン!!


 ドドオォォォォンッ!!


 爆発。木造の正門と冒険者どもは完全に破壊された!


「いくぞ、次はプランA!」


 プランAの『A』は『脱出』……いや、ここはカッコよく、えーと、えーと、ラ、『ランナウェイ』のAだっ! ……あれっ、『A』ってその単語の綴りに入ってたっけ? まあいいや別に。


「フレーメ、馬だっ!」


「はいなっ! 身体強化ゾンダー・クアパー!」


 まだ怯えてる一頭に、赤毛娘はすばやく飛び乗った。


「ブ! 呆けているヒマはないぞ! 手を伸ばせ!」


 ぼーっとしているブに叱咤すると、彼女はよろよろと片腕をあげた。その細い手首をガッシリ掴み、


「ブちゃん、ごめん!」


 そう声をかけてフレーメは、僕が収まっている白ゴブ娘を一本釣りで馬上に引き上げた。あれっこいつ、こういうふうにブに気遣うヤツだったっけ?


「フレーメ、ドクロの指輪を出せっ!」


 ネズミ形態ラット・モード解除のときに自動的に回収された指輪を、フレーメが魔包リュックから取り出す。両手のふさがった赤毛娘は、馬上の安定のために股にギュッとちからを入れ……


「ヒヒーン!」


「あっ、フレーメ、締めすぎ締めすぎ! 馬が死んじゃうから!」


 ちからを入れすぎたようだ。

 おいおい、馬が涙目だぞ!


「ごめんごめん、どうどう、どうどう!」


 フレーメは馬を落ち着かせると、


「はいご主人さま!」


 後ろ手で指輪を寄こした。ブはまだ身をゆらゆらさせていたが、その両手は前に座る赤毛娘のバニースーツをしっかり掴んでいた。その胸元から、僕は身を乗り出して魔法の指輪を受け取る! よし、これで勝つる!


「走れ、フレーメ!」


「はいよぉ!!」


 赤毛娘はニヤリと笑い、掛け声と共に馬の首をバシッと叩いた。


「ヒヒーン!」


 僕たちは駆けた。朝日差す正門に、自由に向かって!



<< normal size <<



「俺たちも出たほうがいいのかなあ」


「でもよ、賊はオーガみてえに強いらしいぜ。別棟なんか粉々にされて……おまけに火をつけられたそうだ」


 屋敷の使用人控室。


 ホンゴに仕えるゴブリン族の使用人たちは、ぶるぶると震えながら話し合っていた。悪党を何人か捕らえていた、という話を彼らは事前に聞いていた。そやつらが逃げ出し、暴れ回っているという。負傷者の治療や事後の片づけのために、彼らは不寝番を除いて叩き起こされたのだった。


 ひ弱で臆病なゴブリン族は、戦いに向いていないのだ。


「あんた達、ホンゴ様のご恩を忘れたの!」


 ひとりのメイドが、仲間の弱腰に耐えかねて立ち上がった。他の使用人たちは彼らの基準で美少女である彼女の皺くちゃな緑顔を見つめた。


「ホンゴ様に仇なす奴らがいれば、全力で立ち向かうべきでしょう。ホンゴ様がいなかったら、あたし達はまだ……小銭で便所壺を運んでいたのよ、蹴られながら、唾を吐きかけられながら!」


 ホンゴが傭兵稼業を引退してまず行ったのは、センケーゲの便所壺回収ギルドを立ち上げることだった。そしてまず、便所壺の中身の売り先である魔法小麦農場ギルドへの売却価格を半額にした。


 断る顧客はいなかった。次に、一般の便所壺回収費用を2倍に設定した。公共施設相手と滞納する客には3倍を吹っかけた。


 たいていの客はぶつぶつ言いながらも大人しく支払った。


 便所壺の中身をこっそり海に投げ捨てる者も大勢いた。大迷惑をこうむった漁業ギルドや港湾ギルドに対してホンゴは働きかけ、違反投棄者からの反則金徴収業務を請け負った。冒険者ギルドのように暴力で脅すやからには、単身殴り込んでこれを潰し、生き残りを手下に引き込んだ。


 そしてセンケーゲの便所壺回収業務とそれに属する資源の取扱利権を完全に掌握したホンゴは、売却価格を元の価格に戻し、回収費用を元の価格の10倍に設定した。ナッハグルヘンよりも文明がはるかに進んだ異世界チキュウにおいても、『いんふら』を押さえた者に逆らうすべは無い。


 いつでも、どこでも、ちからなき庶民は10倍と言われたら10倍のカネを払うしかないのだ。


 ホンゴは自分がゴブリン族と同族であること、傭兵時に貯めた初期資金があること、そしてたぐいまれな武力があることを最大限に活用したのだった。


 実際に現場で働くゴブリン族たちにとって、給料が5倍になったよりも嬉しいことがあった。回収業務を行うたびに彼らは侮蔑の視線を浴び、ときには暴力をふるわれることが常だった。


 それが今や、ぎこちなくも確かな笑顔や、ときには感謝の言葉さえかけられるようになったのだ!


「もういい! あんた達が戦わないのなら……あたしひとりでも戦う!」

 

 メイドは憤然と部屋を出て行った。残された者たちは皆、恥ずかしさに顔を伏せた。そう、恥だ。愛する者のために動かないこと。それはゴブリン族にとって恥そのものだった。彼らほど家族思い……家族や仲間への情が厚い者はいないからだ。


 小さき者クラインの育ての親がそうであったように、家族への愛情のままに行動したその結果として……


 たとえ無惨に殺されようとも。



+++++++++++++



 廊下の曲がり角から、隠し扉から、次から次へと冒険者どもは襲い掛かってきた。


 女騎士ツォーネはそ奴らをことごとく返り討ちにした。矢も刃も魔法さえもその使い手ともに切り裂いた。確かに冒険者どもは強かったが、脅しの専門家にすぎない彼らは戦いの専門家にとっては塵芥ちりあくたも同然だった。ただ卑怯でただ数が多いだけだった。爆発音と共に建物全体が震えても、戦いに没頭していた彼女は気付かなかった。


 ひん曲がった最初の剣はとうに投げ捨て、今は右手に短刀ショートソード、左手に短槍ショートスピアを握りしめていた。どちらも息絶えた敵から奪い取ったものだった。

 

 常戦魔装ロリカパラベラムは敵の返り血で真っ赤に染まり、まさしくオーガもかくやと成り果てていた。その姿は、少しでも理性がある者ならブーツも履かずに逃げ出すほど恐ろし気に見えていた。しかし自分勝手であるはずの冒険者たちは、その瞳には恐怖を浮かべながらも際限なく立ち向かってくるのだった。


 まるで、逃げればもっと恐ろしい目に会うかのように。


 鎧の中、マルマリス姫はツォーネの顔を見上げた。その眼には焦りの色が浮かんでいた。いくら廊下を進んでも、どれほど扉を蹴り開けても、外へと通じる出口が見つからないのだ。


 まるで、迷路のように。屋内の防戦に詳しい者が設計したかのように。


「ツォーネ、いまの私は頼ることしかできないが、お前のちからを信じている」


「そのお言葉だけで……充分戦えるであります」


 ゴスッ!


 突然、面当てのあたりから衝撃が走った。


 女騎士の顔から姫の額に、ぽたぽたと垂れてきた液体……それは血だった。見ると、面当ての覗き穴にボルトが深々と食い込み、ツォーネの頬に斜めに刺さっているではないか!


「ツォーネ!」


「こんなもの、かすり傷であります。うおぉぉぉっ!」


 女騎士は叫びながら突進し、物陰に隠れてクロスボウの二射目を準備していたゴブリン族のそばに駆け寄った。そして一刀のもとにその少女メイドの首を刎ねると、自らの手で頬のボルトを引き抜いた。


「ふん!」


 さらに溢れた女騎士の血が、姫の額から右目に垂れ、次いで涙のように右頬へと流れていった。そして姫の左目からは本物の涙が左頬へと流れていった。


 赤い涙と、透明な涙。二条の涙が、大きく目を見開いた少女の顔を濡らしていた。


「武人よ、あっぱれなり!」


 突然、聞き覚えのある声がした。


「あれは!」


「あの白ネズミの声であります!」


 その声はネズミの王の配下、王と同じく人語を解する白ネズミの声だった。


「こっちだ、こっちへ来い!」


 魔法小麦の藁にもすがる思いで、ツォーネはその声が招く廊下を走り、扉を開けた。視界に広がったのは、朝焼けに輝く空……外だ!


 パッカパッカパッカ……


 ひづめの音と共に現れたのは一頭の馬。その頭上にあの白ネズミが、ネズミの骨格ではありえないはずの『腕組み』をしながら、すっくと立っていた。


「シロカゲ参上!」


 赤いマフラーをなびかせて、天才ネズミは言った。



>> small size >>



 僕たちは駆けた。朝日差す正門に、自由に向かって!

 屋敷のほうから、わらわらと冒険者どもが湧いてでたが、


目つぶし魔法アウゲンビンダー!」


「うわぁ、目が、目がぁ!」


 近寄れば目つぶし魔法アウゲンビンダー餌食えじきだ。そして矢や魔法の遠距離攻撃は、フレーメの絶妙な馬術、というより涙目の馬の絶対服従により、華麗に避ける! スゲー!


「待つにゃあああっ!」


 突然、小さな人影が飛び出して来て大ジャンプ! モフモフのそいつは空中で回転すると、赤毛娘の股の間にすっぽり収まった。


「うひゃっ!」


「マヌー様!」


 フレーメの驚いた声と、気を取り直したらしいブの声が聞こえた。

 そう、のダチ、ケットシー族のマヌーだっ!


「よくやったニャ、クライン!」


 赤毛娘ごしに横から短くちょこんと突き出た、サムズアップの猫手が見えた。


「ちょろっと、やってやったぜ!」


 前にいるマヌーには見えないと判ってるけど、僕もブの胸元にいるままサムズアップを返す!


「やあっ!」


 かけ声と共に手綱を引いたフレーメに従い、馬は門の残骸を飛び越えた。


 みんなそろってプランA……脱出だ!

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