姫と姫とのトリアージ

 ついに辿たどりついた。


 の大事な特職、ブとフレーメをさらったと思わしき賊……港町センケーゲの裏の顔役、ホンゴの屋敷、その地下牢にっ!


 と、思ったら。


 鉄格子で仕切られた牢屋に閉じ込められていたのは、別人だったよ。

 いかにも姫っぽい感じの美少女と、ツォーネとかいう女騎士だ。


 もう、まぎわらわしいなあ……


 しかも、このツォーネときたら、ネズミ形態ラット・モードの俺っちを捕まえて俺っちたちを脅迫しようとしやがった。何とか逃れたけど、腹立つわ~


 でもそこで、ようやく待ち望んだ知らせが舞い込んだ。頼れる天才ネズミのシロガネが、捜索ネズミからの報告を伝えてくれたのだ!


「ブとフレーメを見つけました。この屋敷の馬小屋に潜んでいます。しばらくは安全だと思います。今度こそ確かです!」


「でかした! よし、行くぞ!」


「ちょぉっと待ったー!」


 叫んだのは、女騎士だ。鉄格子を掴んで叫んでる。廊下の魔灯に照らされて、兜からはみ出す赤みがかった金髪と、輝く水色の瞳がはっきり見えた。やっぱりこいつ結構な美女だな~


「なんだ、助けてほしいのか? 悪いけど俺っちはそんなにヒマじゃない」


 ちょっと可哀想ではあるけど、お前ら……女騎士とお姫様には、差し迫った危険があるように見えないぞ。それなら……ブたちを助けるのを優先トリアージするっチュウの。もちろん『ブ』って言葉は皮肉な蔑称だって知ってるけどさ。


 姫には変わりがないもんな!


「……ネズミの王、お前は悔しくないのか?」


「むっ!?」


 こいつ……刺さるワード言うじゃんか。


「お前の仲間も、ホンゴに捕らえられたのだろう? この屋敷で見つかったのだからな。大事な仲間がそんな扱いを受けて、悔しくないのか?」


「そんなの、悔しいに決まってる。確かめてからだけどそれがもしホントなら……ホンゴってヤツを潰してやるぜ!」


「ああ、そうだ。私も同じだ。……もしお前に助けてもらえなくても、私たちは開放されるだろう。おそらく、より惨めな想いを背負わされてな…… 私は、それが悔しい。なんとしても一槍むくいたい。その気持ちを判ってくれるなら……そのためにはいま、たった今、ここから出してほしいのだ」


「ほほう」


 ただ助けてほしい、じゃないのか。


「さっき契約書がどうとか言ってたな。それを奪うつもりか?」


「いや……いまの私たちがそこまでしたら無駄死にすると思う。ホンゴはそこまで甘くないだろう。私の目的はあくまでも姫様を守り、次は頼りになる船の仲間の元へ大急ぎで戻ること……お前たちのためにすることは、たぶん立ちふさがるはずのこの屋敷の者を、ひとりでも多く……」


 女騎士は、すうっと息を吸い込んで、静かに言った。その目には熾火おきびのように昏い炎が燃えていた。


「殺すことであります」


 お姫様も鉄格子のそばに来て、フードをめくった。白銀に輝く髪と深い青色の目があらわになった。


「ツォーネの願いは私の願いでもある。……私たちにはもう未来が無い。せめて運命に少しでも抗いたいのだ」


 未来が無い、って生きてるんだからそんなことはないと思うけどな。でも、『せめて運命に少しでも抗いたい』か。いいな、その考え。気に入ったぜ!


「よし、判った。シロカゲ!」


「御意」


 白ネズミは、床に落ちてたカギ束を拾いあげてツォーネに渡した。それは階段から落ちたマヌケな冒険者が剣と一緒にばら撒いたアイテムだ。


「ご武運を」


 おっ、シロカゲのやつ、かっこいい台詞言いやがって。


「そなたに感謝する。今日か明日……港に泊めてある白い船まで来てほしい。出来る限りの褒美を……いや、そなたは王であったな。謝礼を献上したいと思う」


「いや、カネはいらん。自分で奪い取るさ……しかるべきところからな」


 そう。


 その『稼ぐ方法』は、領都ハノーバであのハッカイ野郎に疑われたとき、ふと思いついた方法でもある。どこにでも潜り込めるは、その気になれば他人の財産ぐらい簡単に盗める。


 ただ、そうしたくないだけなんだ。


 それなら、その気になれる、そうしたい相手から……そう、何を盗んでもひとかけらの罪悪感さえわかない、逆にそれが世のためヒトのためのためになるようなヤツから盗めばいいだけの話なんだ。


 たちの命と財産を狙ったヤツらから。


「でも、お前たちの船とやらには行くぞ! ホンゴだか誰だか知らないが、俺っちの仲間を拉致したクズどもを完全に葬るために、ぜひ協力してほしいからな!」


「願ってもないこと。勇ましきネズミ大王ラッテンクーニッヒ陛下に輝きの導きあれ!」



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 いつでも、どこでも。

 魂を、その心の在り様を決定的に変えるもの、それは絶望だ。


 ときに絶望は、前途ある若者からその未来を奪い小箱に閉じ込める。ときに絶望は、溺れたネズミの本能を砕きその生を諦めさせる。ときに絶望は、高潔なる騎士の誇りを汚し卑怯者と同じ行動をとらせる。


 そして、マルマリス姫を襲った絶望は、彼女から最後の子どもらしさを剥ぎ取ったのだった。露わになってしまった大人の世界にうごめく、『未来がない』という恐るべき事実をいやおうなく直視してしまうほどに。


 たとえその貞操を奪われなかったとしても、悪漢に一晩拉致された王女がどのような噂をまとうのか。たとえ王女が死ななかったとしても、その護衛隊長がどのような責を問われるのか。


 気遣ってくれる者はいるだろう。しかし、小さき者クラインが言うところの『中身だけ美しきハイエルフ様』のようなやからはどこにでもいる。彼らは平和や正義を語るその口で、王女とその護衛をもっともらしい言葉でののしり、普通に期待できていた未来を粉々に打ち砕くだろう。


「さあ、私たちも行こう」


 津波が引くようにネズミの王とその配下が立ち去った後。


 その小さな手に屈辱の銅貨を握りしめ、幼き姫は言った。牢屋の扉を開けた女騎士は、死んだ冒険者の室内剣を拾い上げながら答えた。


「はい。行くであります」


 ツォーネは姫に向き直り片膝をつくと、先祖代々受け継がれた鎧の魔道具『常戦魔装ロリカパラベラム』の操作呪文を叫んだ。


開け鎧オーフンパンツァー!」


 その言葉と共に全身鎧フルプレートの各所がひび割れたかと思うと、洞窟コウモリの翼が広がるようにその装甲板がめくれ上がった。


「姫様、訓練と同じ様に」


「判った」


 マルマリス姫は緩んだ装着帯をつかみ、汗ばんだ鎧下着が露わになった装甲の内側へと飛び込んだ。そして己を抱くように両腕を交差してその身体を反転させ、その後ろ頭を女騎士の豊かな胸に、その細い腰を割れた腹筋に押し付けた。


閉じろ鎧シュリースパンツァー!」


 呪文に応え、常戦魔装ロリカパラベラムの装甲板が再び閉じる。小柄な姫を包み込むように。

 さらに鎧の首回りが広がり、面当てが張り出して女騎士と姫の顔を覆った。剣や矢をはね返す堅固な装甲は、ひとまわり大きく、ふたりぶんの全身を守る全身鎧フルプレートに変形したのだ。


 その不思議な光景は、ナッハグルヘンの魔法防具においてはお馴染みの、とある魔法機能の応用が形になったものだった。もしその様子を小さき者クラインが見たのなら、ケットシー族のブーツを修理したときのように、そのありがちな機能の名前に別の意味を重ねたかも知れない。


 自動寸法調整機能シンデレラ・フィット


 それは、消音や軽量化と共に常戦の鎧ロリカパラベラムが持つ機能だった。 ツォーネが彼女の父、カジアバード家当主よりこの魔装を譲り受けたとき、女騎士は自動寸法調整機能シンデレラ・フィットを幼き主君の護衛にも活かせないかと考えた。いくつかの試行錯誤を経て、ついに魔装は主従ふたりを戦士ひとりと認識するようになったのだ。


『姫様。このツォーネは船に戻るまで、出会う敵すべてを切り捨てる無情のオーガとなります。姫様には目を閉じていてほしいであります』


 鎧の中にツォーネの声が響いた。幼き姫は、面当ての覗き穴から差し込む明かりに照らされた凛々しい顔を見上げて答えた。


『いやだ。そなたの血まみれの忠義、私はしかと見届けるぞ』

 

『よくぞ申されました』


 女騎士はすうっと息を吸い、ちからの限り叫んだ。

 

『マルバックツェ共和国男爵第七近衛兵隊隊長ツォーネ・カジアバード参る!

うおぉぉぉぉぉぉぉうっ!!!』


 鎧に反響したその喊声かんせいに、マルマリス姫の耳がじんじんと痛んだ。ひとすじの涙が、つややかな頬を流れ落ちた。


 命と誇りを賭けて、姫を抱いた騎士は運命の暗い階段を駆け上がった。


 自らの手で、新たな未来をつかみ取るために。



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 夜明けの光差す庭を全速力で駆け抜けた俺っちたち。


 馬小屋が見えた!

 ついに、あのたちのもとに!


「んっ、冒険者の見張りがいないな」


 だったら、こういう重要施設には番兵を配置しとくんだけどな。


「おりましたが、配下ネズミが囮になって連れ出しました」


「さすが、よくやった」


 冒険者ってホント馬鹿だな。ネズミなんかを追っかけて命じられた仕事を投げ出すんだから。


 あっ、しまった。


 キキーッ!


 馬小屋の直前で、俺っちは重要なことを思い出し、脳内効果音を響かせながら急ブレーキをかけて立ち止まった。

 後続のネズミたちは止まり切れず次々と重なり合ってネズミの山になる。


「ど、どうかいたしましたか陛下」


 ネズミ山の下敷きになったシロカゲが苦しそうに言った。


「あー、ごめんごめん。このままネズミ大行進で行ったらフレーメが大変なことになるわ。とりあえず……ええと、そうだ! シロカゲはさっきの姫と女騎士の脱出でも手伝ってやれ。他のネズミたちは今日は解散だな」


「よろしいのですか?」


「ああ。俺っちなら特職たちと会えるからもう大丈夫だ。たぶん。……皆の者! 感謝する! はお前たちのような民を持って幸せだ!」


 ううっ、真のネズミ大王形態リアル・ラッテンクーニッヒ・モードでもないのに『』って言うのはじぃよぉ。でも……


「「「 チュウ!チュウ!チュウ! 」」」


 喜んでくれたようで何よりだ!


「では陛下、御用があればいつでもお呼びください」


 シュッ、とシロカゲはネズミ山の下から消え去った。そして、どこからともなく不思議な鳴き声が響いた。


「CHUUUuuu!」


 たちまち、ネズミたちは四方八方に散っていった。


 よし、次は……


初期値デフォルト再定義デファイン!」


 変身解除!


 素の姿に戻った俺は、お尻を触ってみる。うん、尻尾は無い!


「ご主人さま! ご主人さまですね!」


 気配とか魔力とか感じたのか、馬小屋の中に入るまでもなく、ブが中から飛び出してきた。白ゴブ娘はひったくるように地面の俺を掴むと(でもぜんぜん痛くはなかった)、その暖かい胸元へ押し込むように抱きしめた。むぎゅう。


「待たせたな。ご主人さまが……」


「きっと、きっと来ていただけると信じておりました! よかった、本当に良かった! またお会いできてブは幸せです!」


 見上げると、彼女の緑色の眼から涙があとからあとから溢れ出し、刺青のある頬を伝わって、俺の頭にビシャビシャふりかかる。


「ううっ、ゴボゴボッ(待たせたな。ご主人さまが助けに来てやったぜ)」


 おいっ、口に涙が入ってせっかく考えた決め台詞言えないだろ! ……それにしても、やっぱりブの柔らかい胸は安心できるよなあ。俺が帰ってくる場所、って感じがする。でかいだけで固いフレーメとは大違いだ。


「ねえご主人さま、あたいがムカつくようなこと考えてないよね?」


 赤毛娘フレーメが白ゴブ姫の後ろから、ひょこっと顔を出した。

 ちいっ、カンのいいやつめ。


「そんなヒマはない。さあ、反撃開始だっ!」


「はいっ!」


「はいよ!」


「まず、確かめなきゃいけないことがある。お前たちは酷いめにあったか?」


「はい……」


「そりゃあもう。まあ、少しヤリ返しましたけどね」


「虫けらを踏みつぶすのはノーカン……勘定に入れなくていい。それで、そいつらは確かにこのホンゴ屋敷のヤツだったか?」


「たぶん。屋敷の中を逃げてるときに『ホンゴ様に叱られる』みたいなこと叫んでたの聞きました」


「わ、私も聞きました!」


 よし、ギルティ!


「ブ、FBライフル用意……あっ手元にないか」


 リュックはシロカゲに預けたままだったぜ! と思ったら、中空からそのリュックが落ちてきた。フレーメがすばやくそれをキャッチする。


「これもご主人さまのスキル?」


「いやあ、その……まあ、そんなとこだ」


 たぶんネズミのワザだ、とは言えなかった。


「くんくん、なんかヤな匂いがする。馬糞よりマシだけど」


「気にするな。フレーメ、FBライフルを出せ!」


「ほいな」


 野球ボール大の魔包リュックからサイズ感を無視して、賞状入れに激似のFBライフルが取り出された。ブが黒く太いそれを細い指でつかむ。


「まずは……そうだな、お前たちが最初に捕らえられていたのは、建物のどのへんだ?」


「たぶん、あのあたりですね」


 フレーメが屋敷の別棟、その一角を指さした。


 オッケー! ここから先はスッキリ報復ターイム! まずはプランBで行ってみようかあ! プランBの『B』は『ぶちまかせ』のBだっ!


「ブ、お前は


「2回です」


「それなら、は2発だ! まずは目標、ホンゴ屋敷の別棟、ブ、膝立ちでFBライフル構え!」


「はいっ!」


 あの盗賊団との戦い前夜、構えるだけで実際に撃たなかったけど(撃っときゃ良かった)何パターンか教えたポーズのうちのひとつだ。健康的な太腿をあらわにして膝立ちになった白ゴブ娘の胸元から、俺は叫ぶ!


「ガン〇ラ形態モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


 たちまち、前世日本のアニメ、スーパーロボット激似のコスが身を包む!

 魔導糸まどうしを握りしめたの脳内に、FBライフル発射シーン専用のテーマソングがかかった!


 ……気がする。


「耐いろいろ防御!」


 僕のバイザーが蒼く染まる。フレーメが目をつぶってしゃがみ込む。耳はウサギ耳を垂らしてその上から両手でふさいでる。ちょっと可愛いぞ。


 僕はすうっと息を吸い、見かけは変わらないけど次の変身をする!


「トランジスタ形態モード再定義リ・デファイン!」


 二段変身!


 僕の小さな魔力が美少女の大きな魔力を貫き、支配する!


「はあっ……」


 なぜか甘い吐息を漏らすブに、僕はさらに命令する!


「FBライフルトリガー起動、出力20パーセント!」


 あっ、勢いで『トリガー』とか『パーセント』とか言っちゃった。でも、魔力が繋がってるブは感覚的に理解したらしく、バイザーに望みどおりのMPが表示され、ライフルの先端にそのMPに応じた炎弾が出現した!


撃てぇーっファイヤー!!!!」





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