イチワリ、ハノーバに死す

『スタンピードは起きません』

 身長18センチのは今、美少女なのに世間から差別されてるゴブリン娘のブ、その柔らかく暖かくボリューミィな胸の谷間に挟まれてる。わざわざ自分からダイブしたんじゃないぞ。仕方なくだ、仕方なく(建前)!


 ああ~、ずっとこうしてたい(本音)!


 だけど、そういうワケにもいかないんだよな。いまはスタンピード偽警報の取込み中なんだから。あたりを見回すと、特職ギルドの広い特別室は閑散としていた。ケットシー族の連れであるデカ猫マヌーによると、関係者全員がそれぞれ動いているという話だ。


 ハッカイ族のヤクトに率いられた弁当たちは全力で警告を呼びかけているし、ギルド長は根回し、アインガンさん他の特職商人たちは、使用人と共に寮の特職たちを避難させているそうだ。


 だったら、僕も……


 んんっ?


 部屋の端、積み上げられた椅子の山、そこに掛けられた布の影に、誰かが潜んでいる……ちらりと赤毛が見える。


 ……あっ、このやろ~


 僕はブの胸元をピョンと飛び出すと、赤毛娘……フレーメのそばまで駆け付けた。


「おい、お前……何やってんだ」


 布をくぐり、椅子の横木につかまって、僕は低い声で言う。

 フレーメのヤツは、ぶるぶる震えながら答える。


「だ、だって外はネズミがいるもん。それに、命令されなかったから……」


 涙目だ。


「たぶんネズミはもういない」


 確かにこいつの今の主人は僕だし、こいつに動けとは命令してない。だけど、最初の印象だけどお前はそういうキャラじゃないだろ。お前なら、ちゃんと自分の頭で考えて、最初はビクビクしててもすぐにキビキビ動くか、でなかったら僕の近くにいて自分なりの提案でもしてるはずじゃないのか。


 ちょっとムカついたぞ!


「だけどな……僕がいるぞ。ネズミ形態ラット・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


 たちまちガ〇プラ形態モードは吹き飛び、ネズミの着ぐるみが自動的に身体を覆う! 赤毛の美少女の顔は恐怖に引きつった!


 あれっ? の魔包リュックはテーブルの上に置きっぱなのに、スムーズに変身できたぞ…… まさか、変身スキルがまた進化したか?


「ひいっ」


 あっ! ……こいつ!?


 危機予知ができるネズミ感覚でると、彼女の身体は約束された破滅のビジョンに包まれていた。


 そうか……


 こいつは、ネズミ怖さに外に出たくなかったんだな? ここにずっと隠れるつもりだったんだな? それで、そのまま確実に死ぬ運命だったんだ……


「いいから、さっさと出ていけ。いつまでお前らしくないことをしてるんだ。弁当仲間と同じように働け。こんど隠れたりしたら……」


 普段は生意気で勝気な美少女に、俺っちは無慈悲に言い放つ!


「……俺っちは知り合いのネズミ大王に(でまかせ)頼んで、どこに隠れても探し出してカジカジしてもらうからな!」

 

 ……お、なんかちょっと気持ちいいぞ?


「い、いやぁ~!」


 フレーメは悲鳴をあげて、外へと飛び出していった。俺っちの言葉がよほど効いたのか、その身体の運命の炎はほとんど消えていた。俺っちや他のヒトと同じように選択肢のある未来……俺っちの尻尾はすでに半分が燃え尽きていた……を選択できたようだ。


 よし、次は俺の番だぜ!


 フレーメとのやり取りを見て何事かとそばに駆け寄ってきた、ブとマヌーに、俺っちは決意の台詞を放つ。


「ちょろっと、俺っちも出る!」


「うにゃ? 弁当でもないのに、どうやって説得するつもりにゃ?」


「それは当然、それなりに説得力のあるカッコをするのさ……妖精形態フェアリー・モード再定義リ・デファイン!」


 変身!


「可愛いです!」



<< normal size << 



 寒風吹きすさぶ夜の街へと飛び出したフレーメは、その大きな胸を揺らし、ただ走っていた。


 誰にも会わない……!

 もちろん、ネズミにも。


 どうやらこのあたりの住民は、とうに避難を済ませているようだ。避難場所を書き込んだ例の宣伝地図が落ちていたので拾ったが、通りを歩く者さえ見かけなかった。


 誰か、誰か見つけなきゃ、と彼女は焦った。少女の頭の中には、小さくも恐ろしい……ネズミ大王?……新たな主人の命令が焼き付き、さらにその言葉の欠片が、繰り返し繰り返しずっと響いていた。


『いつまでお前らしくないことをしてるんだ』


 その通りだった。


 ネズミは怖い。実際に見れば身体が震えてしまう。それにネズミ姿の主人にも。そのこと自体は仕方がないと思う。があってから、1年しかたってないのだから。


 しかし。


 さっきまで隠れていた自分ときたら、ただ無様に震えていただけではなかったか。実際には目の前に居もしない……頭の中だけにいるネズミに怯えて。


 いかに立場をわきまえなくても、ときには鞭で叩かれても、フレーメは言いたいことを言う自分が好きだった。そういう自分を、は好きになってくれた。


「いやだ」


 思わず声に出た。自分に負ける、自分が嫌だ!

 何か、すぐ何かしたい。自分にしかできないことを!


 ドンドンドン!


「開けてくれっ」


「契約を守ってください!」


 やっとヒトがいた!


 ニンゲン族の数人……おそらくは南地区の住民が叫びながら、酒場らしき場所の扉を叩いている。フレーメは彼らに向かって叫んだ。


「逃げて! スタンピードが来るよ!」


 彼らの返事は、予想外のものだった。


「知ってる。もう君らに教えてもらった」


「だからここに来たの」


「えっ?」


 ここは、酒場ではなくて……


 『冒険者ギルド』の看板。

 鎧戸が閉められた窓と、漏れ出る灯り。

 そして『スタンピードは起きません』という張り紙。


 それらを見た賢い娘は、瞬時に状況を悟った。


「まさか、こいつら!」


 湧きあがる怒りに、フレーメの赤毛が炎のように逆立った。その激情のままに、弁当の少女は魔法の呪文を叫んだ。


身体強化ゾンダー・クアパー!」


 たちまち美少女の身体に、不似合いな怪力が宿る。風のような助走をつけて、フレーメは扉に両足跳び蹴りを放った。あまりの乱暴に驚いて、住民たちは逃げ去っていった。


 ドバーン!


 板が打ち付けてあった扉は内側に吹き飛び、勢い余った少女の身体はごろごろと床を転がった。フレーメが顔をあげると、驚いて息を呑む男たちが見えた。


 身体強化の魔法は切れた。攻撃に使えば一瞬しか発動しないのだ。それでもすばやく立ち上がると、フレーメは武装した冒険者たちに指を突きつけて叫んだ。


「お前!お前!お前たちは……!」


 酒を飲みながら自堕落にすごす男たちに、さっきまで震えていた自分の姿が重なって見えた。この真っ赤な怒りは、自分自身を叱っているのかも知れない、と、少女は頭の隅でちらりと思った。


「お前たちは、いつも地回りしてたじゃないか!」


 地回り。


 それは、冒険者たちの固定収入のひとつだ。『スタンピードが起きたら守ってやる』と言って店や酒場を回り、守護代と称して毎月カネをせびる契約を結ぶのだ。それは常識知らずのクラインでさえ知っているほどの、この世界ナッハグルヘンの常識だった。


「なのに……いざその時が来たら、契約したヒトを守りもせず、避難も手伝わず、戦いの準備もしてない! どうして何もしてないの!」


 冒険者と探索者は、少なくとも見かけはよく似ている。同じようなものだ、と思っているヒトもいる。しかし、似ているからこそ、同じようなものだと思われているからこそ、当事者たちには決して許せないこともあるのだ。


「何だ、てめえ……」


 冒険者たちは、ゆらりと立ち上がった。


「おまえ、間抜けか?」


「スタンピードだあ? んなこと起きるはずねえだろうが」


「起きないって言ってる学者センセイもいるぞ」


「うかつにそんなこと言って、暴れるヤツやケガ人が出たらどうすんだ? 責任とれるのか?」


「はいはい、スタンピードは起きませ~ん!」


「ニセ情報お疲れさ~ん!」


「あったま悪いんじゃ、お前らは!」


 冒険者どもの台詞に、フレーメは自分の推測が当たっていたことを知った。


 こいつらはスタンピードなどどうでもいい。引きこもっていた理由は、モンスターを恐れたからじゃない。さっきのように、地回りの約束を果たせ、と押し掛けるヒトたちを拒むためだ。


 思わず叫んだ。


「卑怯者!」


 額に青筋を立てた冒険者たちは、少女の非難に返す言葉もなく、ただ各々の武器を取った。いつだって、それが彼らの最終的な解決手段だった。


 じりじりと近づく、武装した大男たちの前で。

 小柄な少女は思った。


 どうしても引きこもりたいのなら……


 少女は、主人の命令を思い出す。


 こうしてやろうじゃないか。

 あたいらしいやり方で!


 首の後ろに両手を回し、掛け金を外した。


 鎧もどきが外れ、ドシャッと下に落ちる。少女の胸当て下着があらわになった。薄い布地を突き上げるふたつの大きな膨らみに、しばし唖然としていた冒険者たちは目を見開き、それから歓声をあげた。


「ヒャッハーッ!」


「おいおいおい、もう降参かぁ?」


「タップリ詫びてもらおうか」


「そうそう、弁当はおとなしく蓋を開いとけばいいんだよ!」


「舐めるぜ俺は! そのツンと尖った……耳を!」


 下卑げびあざけりに答えず、赤毛の少女は下半身に取り掛かった。ベルトを外し、刀身のないショートソードと腰回りの装甲もどきも落とす。


 身に着けたものは、胸と腰の下着と、ブーツと、首輪だけとなった。


 半裸の少女はダンスのように軽く足をバタつかせる。クラインよりひとつ年上にしては熟れた乳房が、ゆっさゆさと揺れる。さらに盛り上がる男たちのはやし声。


 仕上げにニヤリと笑い、フレーメは叫んだ。


身体強化ゾンダー・クアパー!」


 そして少女は。


 角ウサギのごとく、逃げ出した。



>> small size >>



 妖精形態フェアリー・モードの効果はバツグンだぜ!


 なにせ、警告に取り合わないで閉じこもっていた住民からして見れば、締めたはずのカギが不思議なパワーで外されて、いきなり室内に飛び込んできたのが、キラッキラの


 そう、伝説のフェアリーなんだから!


 ビックリして家族全員固まったところに、必死ながらも可愛い声で、


「お願いです、逃げてください! スタンピードが起きるんです」


 とか聞かされてごらんよ。ありえない妖精が、ありえない災害を警告することで、逆に信ぴょう性にターボがかかる、ってもんだぜ。


 まだ三軒しか回ってないが、警告した後こっそり様子を伺ってみれば、みんな家を飛び出てあたしが示した避難場所に向かってるじゃないか。


 よし、この調子で行くぞ!


 と、あえて自分を盛り上げたけど。



 本当はまだ少し、怖かった……


 特職の『女』を買おうと思った理由は、妖精形態フェアリー・モードは『普通の男』が怖くなったからだ。だけど、いまのは、その自身が持っていた恐怖そのものを、疑ってる。


 いや、怖いことは怖いけどさ、言い訳のために怖がりすぎてないか?って、ことだ。


 だからこそ。


 その恐怖を打ち負かしてやりたかった。『普通の男』がいる『普通の家』にひとりで飛びこむという、チャレンジがしたかった。もちろん、ガンバる特職たちに負けてらんない、って気持ちがメインだし、保険として奥の手も用意したけどね。


 言うなれば、これはの修行ってこと!


 まあ、マヌーたちを置いてひとりで飛び出た理由のひとつは、マヌーもそうだけどブは特に、『お願いする仕事』にはムリがあるからだけど……あいつ、あたしのこと『可愛い』だって?


 お前のほうが可愛いわ!



 次のターゲットを探しつつ、そんなことを考えながら、ふよふよ飛んでたら。


 妖精は見た!


 酒場から、いや、冒険者ギルドからものすごいスピードで飛び出ていく半裸の少女を、あたしは目撃した。


 えっ。


「あいつ、何やってんだ?」


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