フレーメ炎上!

「あいつ、何やってんだ?」


 スタンピード(偽)からの避難勧告をするために、妖精形態フェアリー・モードで夜の街を飛んでいたは、見覚えのあるスレンダーな少女が走っていくのを見かけた。


 あたしが買った特職、赤毛の美少女フレーメだ。


 どういうワケか下着姿で、細身のわりにでっかい胸をバルンバルン揺らして、短距離走の金メダリストを軽くぶっちぎるほどのスピードで爆走してる。なんか身体がすこし光ってる?


 それだけじゃない。


 鎧をガシャンガシャン響かせて、フレーメの後を追いかける集団……たぶん冒険者どもだな。フレーメともども冒険者ギルドらしき建物から飛び出して、白い息を吐きながら珍妙な追っかけっこを繰り広げてる。なんかトラブったのか……でも、大ピンチ、って感じじゃないな。


 様子みるか。


 あたしの身体は夜道でキラキラ光ってるはずだけど、あいつら夢中で走ってるから気がついてないようだ。


 やっぱり。


 予想した通り、息を切らした冒険者どもは、道路にへたり込んだ。冒険者の中には、ものすごいスキルを持っているヤツもいるそうだけど、あいつらはそうじゃないな。ひとめ見てすぐ判る。追いつけないのは当たり前だよな~ ウェイトが違うもん。フレーメの装備はご立派すぎる胸部装甲だけだしな!


 それにしても、揺れ揺れの、いい眺め……


 うっ。


 美少女妖精にあるまじき器官が反応しかけた。

 しずまれ、しずまれーいっ!


 あれっ?


 フレーメのやつ、少し先で立ち止まったぞ。

 振り返って、様子をうかがってる……?


 なんでそのまま逃げないんだ?



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 夜の瞳のように輝く、ふたつの月に照らされながら、フレーメは逃げていた。

 思えば、ほんの1年前も、こうして必死に逃げていた。


 ダンジョンの中で。


 我を忘れて、ボロボロの血まみれで逃げていた。


「フレーメ! ひとりで逃げるなっ!」


 同じく傷だらけの兄に、後ろから殴られるまで。



 11才のとき、とある探索者パーティに買われ、フレーメは弁当になった。


 特職業界のことを良く知らない者は、特職の美少女は娼館や貴族に売られる、と思っているが、それはよくある誤解だ。実際は、とある素質を持つ美少女は、たいてい探索者がり勝つ。


 なぜなら。


 彼らは気に入った女を買うためには、ダンジョンで得た富を平気でつぎ込む。また、探索者が欲するその素質を持つ女は、わがままな貴族や娼館の敬遠するところでもあったからだった。


 その、とある素質、とは。


 それは、生き残るための素質だ。探索者は危険な商売だ。美しいだけの、夜の奉仕が得意だけの少女は、探索に命をかける彼らの要求には合わない。幼いフレーメは幼いなりに、彼らが好む強さを、まなざしを持っていた。


 パーティの男たちは、昼間はフレーメの兄だった。兄たちに鍛えられ、生き延びるための技術を色々と教わった彼女は、ついに身体強化魔法さえ操れるようになった。



 フレーメが15才になった年。

 男たちは巨大ネズミの魔物の群れに襲われて、死んだ。


 フレーメがいま生きているのは、パーティで最後に生き残った男に助けられたからだった。彼は、恐慌きょうこう状態で 逃げるフレーメを殴り倒した後、気を失った彼女を背に縛り付けて、這いずるように地上へと戻った。


 そして、主人のひとりであったその男は特職ギルドにたどり着くと、最後のちからを振り絞ってフレーメを売り、ニヤリと微笑んでから倒れた。ギルドに入ったときはすでに彼の心臓は止まっていたはずだ、と後で医者が言った。


 特職を縛る規則には、異世界チキュウのとある時代のとある国と同じように、『主人が殺された場合、殺人者が誰であろうとも、同じ部屋にいた奴隷は死刑になる』という法律がある。その男は、生き残ったフレーメが死刑になることを避けたのだった。それは、パーティの男たちの総意でもあった。



 あたいは、あたいが好きだ、とフレーメは思う。


 勝気で、生意気で、気まぐれなところがいい、探索の技術以外は、そのままでいいと男たちは言った。最後には自分を守って死んだたちが、好きだと言ってくれた自分、そんな自分を自分でも好きでいようと決めたのだった。



 そう。現在いまもそう思う。


 はるか背後で、冒険者どもがへたり込んだのに気付いたフレーメは、自分も立ち止まり、しばらく息を整えた。


 そして顔をあげ、踊るような姿勢で、ぱんぱんと手を叩くと、大声で叫んだ。


「オーガさんこちら、手の鳴るほうへ!」


「……なんだとぉてめえっ」


「ざけんなっ!」


 少女の挑発に再びいきり立った冒険者どもは、ついに本気になり、攻撃魔法や投げ武器を繰り出しながら突進してくる……!


 再び、少女は叫ぶ。


身体強化ゾンダー・クアパー!」


 再び、逃走が始まる。

 冒険者どもの足が止まるまで。


 それを何度も繰り返す。


 背後から放たれる矢や手斧やナイフや攻撃魔法を、高まった五感で華麗にかわす。攻撃に使えば5つ数える程度の時間しか発動しない身体強化魔法も、ただ逃げるだけなら50まで数えられるほど長持ちする。そして10数えればまた使える。


 それにしても。


 見通しのよい広い場所で、待ち伏せも気にせず、ただ強いだけのド素人たちからの、ドタドタと無様に走りながら放たれた攻撃を避けることの、なんと容易たやすいことか! 


 フレーメは走った。息継ぎしながら、つぶやいた。


「あたい、らしいこと、してる!」


 そしてニヤリと微笑みながら、向かう先は。 


 宣伝地図に書き加えられていた……

 最も近い、避難場所だ。



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「ぞんだー、くあぱー……?」


 あっ、アインガンさんの言ってた身体強化魔法の呪文か!


 妖精アイで見ると、ほのかな魔力の光をまとったように見える。あんな使い方もあるんだな。すげー!


 どうやら……


 フレーメのヤツ、冒険者どもを避難所に誘導する気だな?

 ムチャクチャな作戦だぜ。


 正直言って、冒険者みたいな反社の連中なんか消えたほうが世のためだと思うけど……たぶんフレーメは、察するに、自分がそうしたいからそうしてるだけなんだろうな。


 なんかシンパシー感じる~

 よし、ちょっびっとフォローしてやるか。


 あたしが隠れてる路地の前を、冒険者どもが駆けていくとき、ちょろっと妖精魔法の不運ハード・ラックをかけてやった。ぐへへっ。これで、少なくとも追いつかれることはないだろう。


 って、うわっ!


 連中……火魔法まで使ってやがる!

 火事だ! 流れ弾で火事になってる!


 ……フレーメよ。前世の日本だったら、原因が~とか、責任が~とか言われて、お前のほうが炎上するぞ!



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「「「ああっ……」」」


 川向こうで上がった火の手に、避難民たちは悲鳴をあげた。


 聞いた話よりも半刻以上も早いが、あれはウィルオウィスプの仕業か、ドラゴン・ブレスか……ついに、スタンピードが始まったのに違いない!


 ここは、ハノーバ西地区。いくつもの街が接する噴水広場。


 南地区から避難してきた人々は真冬の寒さに震えながら、自分たちがいた街の方角を、不安げに見つめていた。


「落ち着いてください!」


「ここに居れば安全、のはずです……!」


 肌もあらわな鎧もどきを身にまとった女性、そう、『弁当』たちが、避難民たちに必死で呼びかけるが、こんな状況でも冷静でいられる者は、ごくわずかだった。


「モンスターが来るぞ!」

 

「橋だ! 橋をあげろ!」


 広場の避難民たちから離れて、橋に向かって走る一団があった。地区を隔てる川には、跳ね橋が架けられている。それを背の高い船が通るときのように、彼らは橋を跳ね上げようとしているのだ。普通の場合なら、専門の番人が橋の両側で同時に操作をすることを、こちら側だけで勝手にやるつもりだ。


 どうかしている。


 そんなことをすれば、確かに地上しか進めない種類のモンスターからは守られるかもしれないが、後から逃げてくる人々はどうなるのか。まだ真夜中まで時間があるというのに……


「どけ!」


「弁当のくせに、邪魔するな!」


 美女たちを彼らを静止しようとしたが、焦った者たちに突き飛ばされて酷い言葉を投げかけられただけだった。彼女たちを指揮していたハッカイ族のヤクトがいれば、暴徒は蛮行を諦めたかも知れないが、彼は今は別の避難場所にいる……


 ヒトの本性はこういうときに露わになるものだ。少しでも下手したでに出ると、主人がその場にいないと、弁当たちはよくこういう目に会う。


 そういうものだ。


 彼らは操作機に取りつき、保護のおおいを乱暴に外すと、舵輪だりんのような把手とってを必死で巻き上げた。そして、橋はその中央で割れ、こちら側の橋だけが、ゆっくりと上がっていった……


 そんな人々の様子を、じっと見ているヒトがいた。 


 噴水広場は、きれいな芝生の区画と、ぬかるみが乾いていない地面の区画がある。ゴブリン族の避難民は、他族の手で、みな泥まみれのその区画に追いやられていた。


 いつものことだ。


 その中に、弁当から貰った宣伝地図を握りしめるゴブリンがいた。彼の名はリンゴ。まだ年若いリンゴはその細い目を見開き、その緑の瞳を輝かせて回りを見ていたが、やがて地図を裏返し、緑色の指についた泥で、絵を描き始めた。


 ヒトビトを助けんと走り回る、弁当たちの絵を。



+++++++++++++



 男たちが出て行った、冒険者ギルド。


 フレーメが落とした宣伝地図を、拾う手があった。

 ギルドの受付嬢だ。


 彼女たちは地図をしばらく見つめると、互いに頷きあい、手をつなぎ、夜の街に出て行った。 



+++++++++++++



 怪しい店が立ち並ぶ、冒険者ギルドの裏通り。

 転売屋以外の住人は、とうに避難を済ませていた。


 転売屋の店の地下深くには、脱税のための隠し倉庫があった。


 店主は、その倉庫に店の在庫とともにこもっていた。ここならばスタンピードにも耐えられるはずだ、と彼は信じていた。


 こんな騒ぎがあれば、きっと日用品が高く転売できるに違いない。明日になったら買い占めてやろう。


 そう考える店主のそばで、白銀の腕輪は歌い続けていた。

 彼には、決して聞こえない歌声で。



+++++++++++++



「橋が……上がってる!?」


 ついに南地区の端までたどりついたフレーメは、目の前の光景に愕然とした。この橋を渡れば、避難場所のひとつである西地区の噴水広場に着くはずだった。切り札を使いつくした冒険者ども程度なら、押さえつけられる大勢のヒトたちがいる場所に、弁当仲間たちも待つ場所に、そういう安全な場所に、たどり着くはずだった。


 まずい……!


 冒険者たちは、容赦なく近づいてくる。

 川に飛び込む? 真冬の川に?

 戦う? 武装した男たち相手に下着姿で?


 これでは誘導など諦めるしかない。後ろを気にしながら、川沿いの道へと方向転換しようとした彼女は……


 ドンッ!


 誰かにぶつかり、彼女は後ろに倒れた。

 道路に座り込んでしまったフレーメが見上げると、そこには。


 酒に酔って真っ赤な顔の、武装した男たちが立っていた。



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 フレーメ早い~ 全然追いつけない。


 さっきの魔法だけじゃヘルプ足りないかもと思って、あたしは急いだ。

 まあ、途中で適当な家があったらそっちを優先するつもりで、同じ方向に飛んでただけなんだけどね。


 でも、ふよふよ飛びでは圧倒的にスピードが足りない。こういうとき、本物の妖精ならどうしてるんだろ。何か早く飛ぶスキルとかモードとかあるのかなあ。


 そういうのあったら、あたしも欲しいぜ!


 そうして、それなりの速さで、南地区の西端まで来たら……


 何だ何だ、大勢でケンカか?

 冒険者ども……だけじゃないぞ!








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