殺戮が花開くとき

「どりゃあ!」


「くたばりやがれ!」


「痛い痛い痛い痛いっ!」


「ぶっ殺すぞ!」


 スタンピード(偽)警報が功を奏したらしく人通りの絶えた、領都ハノーバの南地区、川沿いの道で。


 十数人の武装した男たちが、剣までは抜いてないようだけど、怒声をあげながら殴りあってる! 


 何だ何だ、ケンカか?

 冒険者ども……だけじゃないぞ!

 

 妖精形態フェアリー・モードのままのは気付いた。

 ケンカしてるヤツらの半分、冒険者ではない男たちは、この街の衛兵だ!

 衛兵たちと冒険者どもの大乱闘だ!


 えっ、じゃあ。

 あたしが買った特職、フレーメは……


「こっちへ来やがれ!」


「もがもがもがっ!」


 げえっ! フレーメのヤツ、乱闘から逃れた冒険者のひとりに、暗い路地に連れ込まれるところじゃないか! 口をふさがれてる!


 全速力ふよふよで飛んでいったが……


 まだ10メートルも先の、そう……


 あたしにとっては100メートル離れた先の……



 妖精攻撃魔法ショック・スタティックの射程外で……



 家の外壁に顔を押し付けられて、腰を掴まれた……




 下着姿のフレーメ……




 冒険者の男は下半身の防具とパンツを降ろし……




 そして……





 身長18センチの、無力な妖精あたしは……







 空中のその場で、キラキラ舞い散らせ、コマのようにグルグル回転した!

 こんなこともあろうかと(ホントは自分のピンチを想定してたけど)、対策を考えておいて良かったぜ!


 回転しながら、魔包リュックから金貨を取り出し、勢いを利用して、それを円盤投げのように冒険者に投げつける!


「ダブルムーン・フリスビー!」


 ふたつの月の下、いま適当に考えたカッコよさげな掛け声を叫ぶ!

 ダブルと言いながら投げたのは1枚だけど!


 はたして。


 金貨はキラキラの尾を引いて、一直線に飛んでいき……


 ……もちろん、この金貨は普通の金貨じゃない。オルゲン一座の手品師トマタさんから餞別せんべつに貰った3枚の金貨、いや、金貨の形をした手品グッズだ。そのうち1枚目は、両面とも表のイカサマ用の金貨、2枚目は空中浮遊マジックに使う、見えにくい糸を通す穴が開いている金貨……


 そして、投げつけた3枚目の金貨は……


『トマタさん、こんな演目はどうですか?』


 これは半年前にがトマタさんにした提案。3枚目の金貨とは、知ったかぶり雑学を聞いたトマタさんが、独自に開発した逸品。地球じゃポピュラーな手品グッズを、使い捨て魔道具にアレンジしたモノ……


 燃える紙幣フラッシュ・ペーパーならぬ、燃える金貨フラッシュ・コインだっ!


 ボワッ!


「ぎゃあああっ!」


 燃える金貨フラッシュ・コインは、見事、突撃寸前だった男の暴れん棒に命中し、爆発するように燃えつきた! 局部にクリーンヒットしたワケは、あたしがさっき掛けた不運魔法ハード・ラックのせいもあるんだろうな~


 そんな光景を眺めながら、あたしは

 、すぐ近くまで来ていた。


 火傷した股間を押さえながら、のたうち回る冒険者。

 なんか、それ見てるだけでの股間もヒュッンと縮む気がするぜ。


 ……縮みすぎて無くならないよな?


 そして、はっ、と気を取り直したフレーメは……


「このぉ、よくも、このぉ!」


 叫びながら、情け容赦なく冒険者を蹴り始めた。


 げしっ、げしっ!


「このぉ、おまえ、なんか!」


 げしっ!げしっ!げしっ!


 え?


「おまえなんか、ネズミ大王に!」


 ネズミ大王?


 げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!


 もしもし?


「ネズミ大王に、カジられちゃえ‼」


 げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!げしっ!


 おいおい……


「いいかげんにしろっ!」


 反社じるが飛び散ったらバッチィだろ!


「……えっ、妖精? その声って……まさか……」


 こっちを向いたフレーメは、ほかんと口を開けてあたしを見た。おっと、妖精形態フェアリー・モードでも、ときどき素の男声が出るんだよな。意識しても出せるけど。


だよオレオレ、お前のご主人様だ」


「ええーっ!?」


 そのとき背後から、数人が駆け寄ってくる気配がした。あたしは慌てて、気付かれにくいはずの少し高い位置まで飛び離れる。もう切り札を使っちゃったもんな!


 現れたのは、ハノーバの意匠を鎧につけた男たち。この街の衛兵だ。


「お嬢さん、ご無事でしたか……うっ、これはひどい。強姦魔とはいえ……いったい誰がこんなひどい暴行を?」


 強姦魔かあ……そうだよなあ、集団で下着姿の少女を追い回してたんだもん。レイプしようとしてる、ように見えるし、実際そのつもりだったろうし。衛兵ならほっとけないよなあ~


 フレーメの作戦は別にして!


 この人たちはフレーメを助けるために、冒険者どもと戦ったんだな。ありがたい。こういう正義の味方なら安心だ。あたしは彼らの真正面までスーッと降りて浮揚すると、できるだけ可愛く言った。


「私の友人、ネズミ大王のしわざです!」


 テキトー言っちゃったぜ。ホントのことは差しさわりがあるもんな!


「そうでしたか! ご協力に感謝します!」


 あれっ? この人たち、あたしに驚かない?

 もしかして、あたしの公演、見たことがあるのかな?

 ハノーバに巡業に来たおぼえはないんだけど。


「あのう、貴方がたは……?」


 衛兵のひとりがフレーメに自分のつけていたマントをかけた。紳士だ。

彼女はその裾をしおらしく(さっきまで強姦魔を蹴ってたくせに)引き寄せながら、問いかけた。


「我々はハノーバの衛兵ですが、今は自主的に見回りしております」


「えっ、それじゃあ、仕事でもないのに……」


「我々には街を守る誇りがあります。探索者の女性や、妖精やそのご友人の皆さんに甘えるわけにはまいりません」


 うわっ、異世界にもこういうヒトたち、いるんだなあ~

 『弁当』って言わないし。

 ヤダ、カッコいい。……なんだか顔が熱い。


 ハートがトゥインクするぜ!

 

「お嬢さん、そろそろスタンピードが始まります。上がってしまった橋は、もうすぐ我々の仲間が降ろす予定ですので、渡って避難してください。そこまでお送りします。良かったら妖精さんも」


「衛兵さんたちは、避難しないんですか?」


「もちろん避難します。美しきハイエルフ様が、スタンピードを焼く前に」




 えっ⁉


「焼く……焼くって!?」


 あたしは叫ぶように聞き返した。


「あれを見てください」


 衛兵が指差した先には……!




 ハーノバのどんな建物よりも高い塔。

 ふたつの月に照らされて、白く輝いている。


 まだ夕方の時分、あたしはあの塔を見た。

 ネズミアイで見たあれは、邪悪なオーラが立ち上っていた……


 でも。


 その先端、塔の頂上は、水晶のように尖っていたはずだ。なのに、今は。


 開いている。


 花びらのように開き、その中に、雄しべ、雌しべのような筒が、何本も見える。


 そして、ひときわ大きく、長い筒が、雌しべのような筒が……


 見下ろすように曲がり、その先端の丸いモノが、を向いている!



「あ、あれっ、ましゃかっ」


 噛んで間抜けな声をあげたあたしに、衛兵は教え諭すように、優しく言った。


「妖精さんは、我々ヒトの事情に疎いかも知れませんが、あの塔には、ハノーバに赴任している美しきハイエルフ様が住んでいます。あの巨大な花が開くとき、そこから強力な攻撃魔法が放たれて……どんなものでも焼き尽くされてしまいます。美しきハイエルフ様が気に入らないものは、何でも」


「何でも……」


「ええ。ハノーバだけでも、特職の用語変更に逆らった農場や、演習場、備蓄倉庫、私塾、レンガ版屋、時には、美しきハイエルフ様をからかう冗談を流行らせた酒場まで……我々ヒトは、気に入らないモノから顔をそむけますが、美しきハイエルフ様はそれを潰そうとしますからね」


 は知らなかった。


 あいつらは、歴史上の色々なことや、とおかあを殺したような乱暴や、ゴーマンなふるまいだけで嫌われていると思っていた。こんなふうに、現在進行形でヤツらがこの国を……いや、この世界ナッハグルヘンに、むごい仕打ちをしていたなんて……


 考えてみれば、当然のことだったのに!


「実は、我々もスタンピードのウワサについては少し疑っていました。しかし、ついさっき、ああやって花が開いていることに気付き、確信しました。スタンピードは起きる。そして起きた瞬間に美しきハイエルフ様が焼くのだろう、と。まあ、だからと言って……」


 衛兵は肩をすくめて言った。


「まともな頭なら、美しきハイエルフ様に感謝するヒトはいないでしょうね。……ではお嬢さんがた、あと一刻ほどで真夜中です。そろそろ行きましょうか」


「待ってください!」


 あたしはフレーメと衛兵の前に割り込み、小さな両手を広げた。


 あたしには……


 やらなきゃいけないことがある!


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