俺のルールではギルティだ!

「待ってください!」


 あたしはフレーメと衛兵の前に割り込み、小さな両手を広げた。


 二つの月が輝く街で、下着姿の赤毛の美少女と、赤ら顔でダンディな衛兵たちは、ギョッとした顔で中央の妖精あたしを見つめる。


 あたしには……


 やらなきゃいけないことがある!


 ……ひょっとしたら。


「衛兵さん、このコは私が、後で安全な場所に送っていきます。他のヒトを助けに行ってください」


「しかし……」


「妖精の不思議チカラにおまかせください。それに……」


 あたしはパチッとウィンクして魅せた。


「……ちょっと女同士の話があるンです!」


「そうか……それでは、妖精さんもお気をつけて!」


 衛兵たちはビシッと敬礼をすると、倒れた冒険者を雑に運びながら去っていった。どうでもいいけど、この世界ナッハグルヘンの敬礼って、前世日本の有名コメディアンの決めポーズに似てるんだよな。鎖骨のあたりに右手を水平にかざすから。


 彼らが行ってしまったのを確認して、あたしは……



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「あの……」


 フレーメは、こちらに背を向けたまま浮遊している小さな主人(代理?)に声をかけた。あたいに話って? 勝手なことをしたので叱られるのだろうか?


「ちょっと待て」


 彼(彼女?)は、背負っていた小さなリュックを外すと、いきなりその中に小さな顔と右手を突っ込んだ。その身体から発せられているキラキラの光が、リュックをぼんやりと内側から照らすのが見えた。


『ない、ない、ない! ……やっぱり』


 リュックから、くぐもった声が響く。そして、妖精はリュックを持ち直し、ゆっくりとフレーメに向き直った。


「フレーメ」


「は、はい」


「お前に、命令する。……大事な命令だ。ひょっとしたら、最後の命令になるかも知れない」


「最後の、命令……?」


「急いで特職ギルドに戻って、残っている者に『いますぐ避難しろ』と伝えろ。そして、の連れのケットシー族には『もし夜明けまでに俺が戻らなかったら、後は好きなように生きろ。特職たちはまかせる』と、言え」


「えっ!?」


「何をしてる。早く行け。早く行かないと……ネズミ大王にカジカジさせちゃうからな!」


「ひゃ、ひゃい! ……身体強化ゾンダー・クアパー!」


 走り出したフレーメは、無人の夜の街を角ウサギのように駆けながら、自分が見たものについて考えていた。


 主人の化身か、それとも本人なのか判らないが……

 ふたつの月に照らされて、妖精の頬は濡れているかのように輝いていた。


 あれ、泣いてたのかな?

 なんで?



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 ちくしょう。

 ちくしょう。

 ちくしょう!


 あたしは飛んでいた。

 あの白い塔のてっぺん目指して。


 ふよふよスピードでは、間に合わないかも知れない。あんな高い建物は、近くに見えても実際は遠い場所にあるはずだ。

 塔に行っても何もできないかも知れない。あの巨大な花のような兵器のそばまで行っても、魔法の発射を止めることなんかできないかも知れない。


 でも……今は。


 あたしは飛ぶしかない。悪態をつきながら、ガチガチと歯を鳴らし、恐くて恥ずかしくて震えながら、キラキラふよふよと飛ぶしかないんだ!




 には、判ってしまったから。

 俺のミスのせいで、無実のヒトが死んでしまうことが判ってしまったから。


 ハイエルフがスタンピードを焼く、と聞いたとき、俺は疑問に思った。スタンピードだとは限らないのに、ヤツらは何を焼くんだろう、って……


 実はそれは、俺だったりしてね!


 いつものように、そんなブラックな冗談を思いついたけど……冗談では、済まされなかった。まさかと思って確かめたら、あの白銀の腕輪……ハイエルフに現在位置を知らせるGPS機能を持つ腕輪……が、魔包リュックの中に無かったからだ。


 特職ギルドに行く直前、ゴーレムのコスプレをするために荷物をあさってたとき、腕輪は確かにあった。だから無くしたのは、ハノーバのどこかだ。そしその腕輪は、今はリュックに入っているハイエルフ・ジャマーの魔付ボタン、そのパワー……腕輪の機能を打ち消していたバワー……の効果範囲から外れているはずだ。


 だから。


 ハイエルフどもは俺が、白銀の腕輪を拾ったはずの俺が、反逆者ナンバー18たる俺が、イチワリの偽名を持つ俺が、ハノーバの南地区あたりにいる、と確信しているはずだ……


 さらに。

 

 は街の家を訪ねたから、避難していないヒトがいたことを、知っている。だから、他の家にも、避難していないヒトがそれなりにいるはずだと、判っている。


 もともと。


 腕輪が危険だと、判ってた。

 処分しようと思えば、できた。


 ツーフェ町の宿屋に戻って置いてくることができた。分解にチャレンジすることができた。海や大森林に捨てに行くことだって、前世の有名ファンタジーのヒーローな小人たちみたいに旅立つことだって、やろうと思えばできたんだ!


 でも、しなかった……


 怖かったからだ。面倒くさかったからだ。だから考えもしなかったんだ!




 なあ、クライン。


 逃げちゃえよ。


 ハイエルフの大量破壊兵器がお前だけを狙ってるなんて、どこに証拠がある?

 あいつらは確かに凶悪だけど、そこまでやるか?

 現場になかった腕輪をお前が持ってるなんて、普通思うか?

 誇大妄想とか被害妄想とか過ぎるんじゃねえの?


 それに、そもそも……


 避難しなかったヒトたちが殺されたとしても、本当に悪いのは実行犯のハイエルフだろ。さっきだって、フレーメの作戦が原因で火事が起きたけど、悪いのは冒険者だと思っただろ。


 避難勧告だけで責任は果たしただろ。

 逃げなくて死ぬヒトは自己責任だろ。


 これは無罪と言えるだろ考えすぎだろ証拠がないだろお前の責任じゃないだろ自己責任だろ原因とは言い切れないだろ逃げても悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない悪くない……


 俺の中の、前世の魂に刻まれた……化けの皮を剝がされて開き直った著名人のような……正しい正しい法律っぽいイイワケがささやく。


 ああ、そうさ。

 俺は、悪くない。


 でも……これは、ダメだ。

 俺の法律ルールでは有罪ギルティだ!


 そう、俺は……


 ハイエルフはそういうヤツらだと確信してるし、俺はドジを踏んだと確信してるし、冒険者以外の死人が出ると確信してるし、そこに因果関係があると確信してるし、俺はあの兵器を止められる可能性があると確信してる……


 のミスで、冒険者でもないヒトたちが死ぬのは、ダメだ。を見てビックリしていた家族のようなヒトたちが……そして、そのヒトたちを助けられる、いや、見捨てないで済むなら、何もしないのはダメだ。


 いくらなんでも、それじゃ……

 小さすぎるだろ!

 

 だから今、は飛ぶしかない……

 あの兵器を止めるために!


 直線距離ならネズミ形態ラット・モードで駆けるのが一番早いが、街並みを一直線には進めない。だから余計に時間がかかる。いったん戻ってマヌーたちに協力してもらう時間も惜しい。


 もうすぐ真夜中のはずだ……


 ああ、なんで、ネズミのときのは、あの塔が怪しく見えたのに、すぐ突撃しなかったんだ? 俺にとってハイエルフなんてモンスターと同じなんだから、とりあえず殴り込めば良かったんだ。

 まったく馬鹿だ。ゲームやラノベのヒーローなら、迷わずそうしてるだろ! 避難とか安全とか、面倒くさいことはぜんぶ脇役に押し付けるか、あと回しにして!


 でも。


 はヒーローじゃない。


 ……小さい、から。


 

「遠いなあ……」


 攻撃魔法を放つはずの、花の砲塔は、の真正面を向いている。迂回する余裕はない。間に合わなければ、あたしは直撃を受けて燃え尽きてしまうだろう。たとえ間に合わなかったとしても、心まで小さいままで生き残るよりマシだ。


 でも……


 逃げたいよう。怖いよう……

 そう考える自分が、はじぃよぉ……


 でも、飛ばなきゃいけないんだ。

 この、ふよふよスピードで……







「クライン、貴方はもっと速く飛べる」


 えっ!


 突然、飛び続けるあたしに、誰かが声をかけた!


「だ、誰だ!」


 いきなり。


 俺の目の前に、走る車の前に飛び出す野良猫のように、とつぜん現れたのは……


「……金色の、玉……?」


 黄金色に輝く、バスケットボール大の球体。凄まじい速度で回転してる? でも半透明で、その向こうに景色が透けて見える。


 ルルルルルルルルル……


 球体は電子音に似た高い音を発しながら、あたしの周囲をものすごいスピートでぐるぐる回ったかと思うと、今度は、飛び続けるあたしに速度を合わせて並行飛行をしてくる……


 こいつって……まさか。

 マヌーが言ってたヤツか!?


「クライン。あなたがどういうヒトか、だいたい判った。だから仲間も協力した。まだ正式な許可は出てないけれど、妖精の真の飛びかたを教えてあげる」


「真の……飛びかた!?」


妖精の粉フェアリー・ダストは、世界のことわりのちからを弱めることができる。重さのちから、動きのちから、固さのちからを、弱めることができる」


 妖精の粉フェアリー・ダスト……は、キラキラのことか。それで、重さ、動き、ってのは……まさか、重力や慣性のことか!?


「回るの、クライン。ぐるぐる回って、身体を包みこむ輝く大きな泡を作る。泡はことわりをもっと隔てて、もっと速く飛べるようになる」


「おいちょっと待て。簡単に言うけど、あたしは本物の妖精じゃない……」


「クライン、あなたはさっき女の子を助けたとき、ちょっぴりだけど、気付かなかったみたいだけど、その飛びかたをしてる」


 あっ、そう言えば……


 確かにさっき……回転したままのあたしは、10メートル、あたしにとっては100メートルの距離を、一瞬で移動した。ほんの少し違和感を感じたけど、それだけだった……


「また会いましょう、クライン。妹を増やしてくれてありがとう」


 金色の球体はそう言い残すと……


 ギュュウン!


 風切りの音を響かせ、超速で空のかなたに飛び去った。



「回る……回るだけだな!」


 あんな怪しい存在の言葉を(あれっ?言葉だったかな?)そのまま信じるなんて、あたしは相当の間抜けだ。でも、マヌーの言葉を信じるなら、あれは命の恩人、信じるべき存在だ……


 なら、やるしかない!


 あたしは大きく両手を広げ、フィギュア選手のように回転した!


 妖精形態フェアリー・モードのときはいつも身体からこぼれ落ちる金色の妖精の粉フェアリー・ダストが、あたしを輝きながら囲み、巡り、渦となり、竜巻となる……!


 ゴォオオオオオオッ!


 妖精の粉フェアリー・ダストは、激流のごとき轟音を響かせた!


「もっと、もっと早く……!」


 あたしは回転する。


 顔が熱くなる。酔ったように身体が熱くなる。いつもの、魔意味ミームに繋がる、あの感覚だ。あの金色の球体は、やっぱり……そう、あたしは繋がる。


 本物の妖精だけが持つ、魔意味ミームに!


 眼下の街が、遠くの山や森が、雲が、星が、ふたつの月が、金色の流れに押し流され、回る、回る、回る。いつしか、手も足も金色たる回転の流れに溶け込み、身体の感覚はただ熱だけとなる。そして低い轟音は次第に高い音……歌うような電子音のような不思議な調べに変わる……


 ルルルルルルルルル……


 あたしは唱える!

 即席だけど、魂から湧き上がる呪文を!


魔意味ミームよ、クラウドのようにネットのようにナッハグルヘンを覆う魔意味ミームよ、真の妖精形態リアル・フェアリー・モード定義デファインする魔意味ミームよ、黄金妖精ゴールデン・フェアリー認識プロトコルにて接続ログインせよ、あたしを再定義リ・デファインせよ!」


 真・変身!


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