蝶の標本のように
ハイエルフ野郎の大量破壊兵器をぶっ壊す(ムリかな~)ために、夜のハノーバ上空を飛んでいた
突然現れた謎の黄金球体のアドバイスにしたがって、あたしは回転する!
あ、『謎』って言ったけど、もうその正体は薄々判ってるけどね!
ルルルルルルルルル……
回転し続けるあたしの身体から、かん高い電子音のような音が響く。いつもの、
あたしは唱える!
即席だけど、魂から湧き上がる呪文を!
「
真・変身!
ジャンッ!
ピアノの鍵盤をいくつも同時に叩くような脳内効果音と共に……
私は変身したの。
いつもの変身とまるで違うことは、すぐに判った。いままでの変身モードだと、他人の目から見れば本物の妖精やネズミに見えてたみたいだけど、自分で鏡に映った姿を見たら、カネのかかったコスプレのレベルにしか見えなかったし、実際そう感じてたもん。
だけど……
いまの私は、あきらかにヒトではないと思う。そういう自覚があるよ。自分の手や足は視界に入らず、感覚もない。背負った魔包リュックの感触もない。顔や体に触って確かめることはできないけど、たぶん……
いまの感覚を説明するとしたら、VRシミュレーションの視点移動だね。ありえないような超機動で、でも風切り音やGも無く、思ったとおりにあらゆる方向に超高速で飛ぶことができる。なんというか……
私は自由だ!
ふいに、もう何もかも放り出して、このまま飛び続けたいと思った。……ダメだダメだ、俺には大事な使命があるんだからな!
必死で気を取り直し、私は夜を突き進む。あれほど遠くに見えた白い塔が、みるみる近づき、その
高い塔だ。私のサイズだと正確には判らないけど、たぶん50メートルくらい?の高さかな。天然水晶を思わせる多角形の柱で、その表面は清らかな白だけど、私にはかえって邪悪きわまりない色にみえる。
塔の先端、花びらのように開いたランチャー?、その中にある攻撃魔法を放つ砲塔……メカニカルなデザインの巨大な雄しべ状構造物と雌しべ状構造物が見える。最も大きな雌しべは、ずっと私を(と言うか私の来た南地区の方向を)向いている。
はっきり言って、すげー怖いよう……
リュックの中にあるはずのハイエルフ・ジャマーは、この変身モードでもちゃんと働いているよな? でなかったらこんなに近づくのは自殺行為だぜ? 迎撃とか防衛システムとか絶対にあるはずだからな!
えっ!?
いきなり、雄しべの1本が動いて、私を狙った!? その先端が輝き、火の玉が発射される!
「うわああああっ!」
悲鳴をあげて(どっから声が出たんだよ)、あわてて回避するも……火の玉、おそらくファイヤー・ボールの魔法は、私に命中した!
「ぎゃあああああっ!」
パァン!
……泡が弾ける、音がした。
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「ああっ!?」
ハノーバ近郊を走る馬車の中で、美しきハイエルフ様、特滅官クラーニヒ・パラディースアウフ・エールデンは、思わず声をあげた。塔の先端が一瞬の光に……おそらく迎撃砲の発射光に……照らされて、確かに開いているのが見えた!
「なぜ
敵を威嚇するために、前もって砲塔の盾を開くことは、作戦としてよくあることだ。出力をあげて撃つ場合も、魔力充填のために発射予定時刻よりも早く盾を開く必要があるだろう。
しかし今回は、『ナンバー18』とその仲間を急襲し、確保するのが目的だ。だから最小の出力、塔が常に保持している魔力だけで、撃つ直前に盾を開くのが道理だ。これから攻撃すると悟られてしまえば、敵に逃げる時間を与えてしまう。また、あえて弱い攻撃をするのは、相手側の負傷者を多くして混乱させる心づもりがあるからだ。
つい先ほど、馬車の中からふと目的地を見たクラーニヒは、自分の目を疑っていた。月あかりがあるとは言えまだまだ遠距離であったために、気のせいだと思っていた。まさか本当に塔の先端が開いているとは……! そこで一応、問い合わせの伝書鷲を放ったばかりだった。
迎撃砲の起動も気になる。ハノーバの塔責任者、ヴァイスラーベはいったい何をやっているのか!
「急ぎなさい!」
美しき主人は、御者席に座る
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「……あれっ?」
痛くない⁉
「ピギャアッ!」
突然、背後から鳴き声がした。見ると、黒コゲになった伝書鷲が落ちていくところだった……
あたしは、あわてて自分の身体を確かめた。ファイヤー・ボールは確かに命中したはずなのに、その魔力も感じたのに、いつもの妖精姿には傷もコゲ痕も何もなかった。
どうやら、運の悪い伝書鷲は、迎撃システムみたいなのにやられたみたいだな。私は狙われたんじゃなくて、きっとその射線に割り込んでしまっただけなんだ。
なむ~
でも、なぜ撃たれたのに私は無事だったんだ?
そういえば……
マヌーは確か『あの黄金の球体は壁をすり抜けた』と言ってたっけ。
そして、
固さのちから……つまり分子カンリョクとか、クーなんとかとか、そんなような
無敵じゃん!
「ん、あれっ? 何か変……」
引っ張られてる!?
あたしの手足、髪、羽が、身体が……
掃除機に吸い込まれるみたいに、何かに……いや、目の前に迫った雌しべ、その先端にある直径1メートルほどの大きさの球体に、すごい吸引力で引き寄せられてる!?
あたしは雌しべから離れようと空中でバタバタともがき、ぐうぜん触れた花びら部分の先端に必死で掴まった。しかし、変わらない吸引力に健闘むなしく、すぐ手を放してしまった。
「あっ、あ、あ、あぁーっ!」
さらに羽を振り回して前後に回転、その勢いで背中から外れたリュックをなんとか空中で掴みつつ、雄しべのひとつに尻でバウンドして。
「きゃあぁっ!」
最後に……
ピタッンッ!
あたしは、雌しべの先端の球体、その
まるで、蝶の標本のように!
「なんなんだよ、いったい!?」
あっ!
……吸われてる。魔力を吸われてる!
魔力測定計を振り切る、
……たぶん。
この兵器は周辺にある魔力を吸いこんで、攻撃魔法のために充填してるんだと思う。妖精の身体成分に魔力が多いばっかりに、あたしはこのワナもどきにまんまとハマってしまった……
例えるなら、水を抜いてるプールの排水孔に張り付いたレシートのように、あたしはベッタリくっついてしまったんだ!
身体がまったく動かせない。ジェット戦闘機のGかよ!
ああ、このままじゃ……干からびる? それとも主砲のバックファイヤに焼かれる?
「らめえっ! 死ぬ、死んじゃうよぉ!」
と、思わず妙な声が出たところで、逆に冷静になれた。
「あっ、そうか。
変身解除!
たちまち、妖精コスは弾け飛び、手に持ったリュックに飛び込んでいく。同時に
球体の吸引力は感じられなくなった。素の俺は、ほとんど魔力を持ってないからな。
……ふう。ヤバかった。
俺は身を起こし、リュックを背負いなおすと、あたりを見回した。周りには、6本の雄しべ状の構造物が取り囲むように並んでいる。さっきの様子を見るに、このひとつひとつが迎撃用の魔法攻撃を放つ砲塔なんだよな。恐ろしい……
いや、本当に恐ろしいのは、この雌しべ状構造物だ。状況から見るに、これが主砲だろう。これには少なくともハノーバの4分の1を焼くパワーがあるはずだ。俺がノンキに座ってるのは、その死の兵器の頂上。頂上と言っても今は本体が曲がっているから、俺がいるのは先っぽの側頭部ということになるけど。
これらの砲塔群を収めていた、6枚の花びらの部分……これはたぶん、兵器が起動する前の閉じた状態なら、おそらくは、少なくともヒト相手なら、どんな攻撃もはね返すほど丈夫だと思う。
そして、花びらの向こうに広がる、月光に照らされた領都ハノーバの街並み。高所恐怖症なら身のすくむ眺めだけど、俺は幸いにしてそうではない。ヒトの背丈ですら雑居ビルの屋上ぐらいの高さに感じるから、高所恐怖症じゃもともと生きてけないぜ。
他の場所に比べて、南地区は、ほとんど真っ暗だが、冒険者どもが起こした火事の明かり以外にも、ちらほらと瞬く小さな光が見える。さっきまでは、余裕がなくて見えていなかったけど。
あの光の場所には、
俺は真上を見上げた。
ブルーダの月とシュベスタの月が、もうすぐ重なる。あと20分くらいか? それが真夜中の時だ。俺の尻の下の兵器が起動して、あの小さな光を焼く時だ。
と、その前に。
やっぱりこれだけは、やっとかないとね。
いつもの指差し確認……
……えっ?
あれっ?
ああっ!? なんてこった!
俺は気付いた。気付いてしまった……
無敵だと思った
男のアレが無い!
……いや、かろうじて、まだ、あるぅ~
通常時は炊き立てゴハン粒ぐらいのアレが、今は生の米粒ぐらいに縮んでる~(泣)
考えてみれば、当然の現象か……
そりゃあ、コメだかゴハンだかの違いなんか、普通サイズのヒトから見れば誤差かも知れないけどさ……
アゲアゲ時でも綿棒の先っぽだけどさ。
死ぬまで本番使用しないだろうけどさ。
それでも俺には大事なアイテムなんだ。
いま生き残れたら、だけど。
俺はこの砲塔の基部を覗こうとして身を乗り出して見たが、暗いし、位置的にあまり良く見えなかった。制御盤とかあればと期待してたんだけど、とりあえず降りてみなきゃダメか。
「よし……
変身!
ネズミのコスが魔包リュックから飛び出し、身体に装着される!
俺っちは魔力を吸われる感覚を、そよ風のように少しだけ感じた。これなら動ける。俺の決意のせいなのか、もう尻尾は燃えていない……
「いくぞ!」
駆け声で気合を入れた俺っちは、雌しべを蹴り……
小さな身を暗闇へと躍らせた。
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