モンスターがあらわれた!

 ツーフェ町のクロス教会にて。


 魔意味ミームのパワーで変身したは、ネズミ退治のためにネズミ穴に潜入していた。作戦開始から、1刻、つまり2時間ほど経ったころ……




 俺っちは、超巨大ネズミに追いかけられていた。


「どうしてこうなった!」



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 クラインとマヌーは、気付かなかった。


 どんな建物にもある、とある場所のことをすっかり忘れていたのだ。無理もない。かつてクラインは便所壺べんじょつぼに落ちたことがあり、またマヌーはケットシー族にあるまじきキレイ好きだ。嫌悪感、とまではいかなくても、彼らは必要なとき以外のトイレという場所をあまり積極的に考えなかった。無意識のうちにそれを駆除作戦の外側、思考の外側に追いやってしまったのだ。


 もし、その点に気付いていたら、魔物の気配を見逃すことはなかっただろう。


 トイレは普通、木製の大きな箱に大きな便所壺をはめ込む構造になっている。壺に溜まったモノをどうするかは場合によって違う。大きな建物では、毎日毎日、契約した業者が建物の外から中身の入った壺を外し、空の壺と入れ替えて回収する。なお、業者のほとんどはゴブリン族だ。


 そんな場所の外壁には、カギのかかる扉がある。ツーフェ町のクロス教会もそのような構造だった。数年前、回収業者が不注意からその扉を半刻ほど開けっ放しにしていたことがあった。


 その隙をついて。


 とある魔物、町の外には普通にどこにでもいる、ありふれた、名もなき小さく、ひよわな魔物が、町外れに建つ町教会に忍び込んだ。普通、ネズミのように単なる動物ならともかく、魔物はそれなりの聖域である教会に近づくことはない。しかし、教会の中にはとても気になるモノがあった。ドワーフ・チーズに引き寄せられるネズミのように、その小さき魔物はツーフェ町の教会に秘められた、開け放たれた扉から漂う「邪悪」の香りに、引き付けられたのだ。


 しかし。


 小さき魔物は、便所壺と座板の間にまで入り込んだはいいが、そこで動けなくなった。トイレとは言えど聖域の一部だ。そのちからと進みたい欲望に挟まれて、小さき魔物は、封印とも言える状態におちいってしまった。


 もし、小さき魔物が、もう少しだけ大きかったら、わずかな邪悪の香りなど最初から気が付かなかっただろう。

 もし、小さき魔物が、もう少しだけ小さかったら、聖域に入ろうとは思わなかっただろう。


 時は過ぎ、今。


 毒ダンゴを食べたネズミたちが、その限られた知性なりに、迫りくる死を嘆き、裏切った仲間を恨み、会ったこともない上位的存在かみさまに助けを求めた。


 その、本能的な呼びかけには、ちからがあった。弱い封印なら破ることのできる魔法、召喚サモン・コーリングのようなちからが。


 そして。


 その小さき魔物、ネズミ系モンスターは見知らぬネズミたちの願いに応え、虚空を介して出現したのである。


 ネズミの裏切り者、クラインを殺すために。



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 最初のうちは、順調だった。

 重ね着しているから少し暑いし、思ったより時間がかかったけど。


 予定したポイントに次々とお香とダンゴを設置した。半刻ほどたったときだろうか、ヤツラの一体が近づいてくる気配を感じた。相手を刺激しないように、俺っちは慎重に別ルートに避けようとしたが……


 それでも、そのネズミと顔を合わせてしまった。


 昔、襲われたときの恐怖が蘇って、身体が固まってしまった。情けないが……前世の地球だって、自分と同じ体格の野生動物と素手で戦える人類なんか、そんなにいないだろ。


 でも。


 そのネズミはくんくんと俺っちの匂いを嗅いだあと、そのまま横を通り過ぎようとした。外から来た新入りとでも思ってくれたようだ。そう言えばエレナさんは変身した俺っちのことを、ここにいるネズミの仲間と認識していたはずだ。


 そこで俺っちは小袋に残っていた毒ダンゴを取り出して、どうぞお近づきのしるしに、といった感じで差し出してみた。


 効果は抜群だった!


 まっしぐらでダンゴに飛びついたネズミを後目しりめに、俺っちはすばやく物陰に隠れて様子をうかがった。毒を食べたそいつはふらふらと身体を揺らすと、ひっくり返って四肢を痙攣けいれんさせた。すごいボルトの電撃を浴びたみたいに。


 効いてる効いてる。


 もちろん、このネズミは俺っちを襲った個体ヤツじゃない。ネズミの寿命からして、本当のカタキどもはすでに死んでいるはずだ。


 しかし……正直に言う。


 俺っちの心にはくらい喜びがあふれていた。前の首相の不正が暴かれて逮捕されたニュースとか、フリー小説投稿サイトで復讐モノとかを読む、そんな程度の軽い感覚だったけど。


 ざまぁ。


 そう思いながら、作業を続けていたのだが……



 突然、デカ猫マヌーよりもひとまわり大きい、超巨大ネズミがあらわれた!


 ネズミ的センサーには、まったく引っ掛からなかった。気付いたら、もう目の前にいたんだ。俺っちから見ると大型トラックぐらいの大きさだが、トラックなら全速力で直角には曲がれないし、電柱の高さまでジャンプしたりはしない。ヒトから見ると中型犬レベルだが、俺っちにとってはもう超巨大モンスターそのものだ。そいつが俺っちを追っかけてくる! 


 ヤバいヤバいヤバい!

 なんであんなのがいるんだよ!


「チュウウウウウウウっ!!!」


 ネズミみたいな悲鳴をあげて、ネズミみたいに必死で逃げた。


 四つ足で屋根裏を駆け、壁裏の隙間を抜け、コテコテさんの叫び声が響く厨房を転がり、壁を登って鍋やら食器やらをひっくり返し、シスターズの悲鳴とエレナさんの棍棒が飛び交う廊下を突っ走った。どんずまりの客間に追い詰められて、俺っちは本棚の裏を走って例のネズミ穴に飛び込んだ。


 ドーン! ドーン!


 ヤツが本棚に体当たりをする音が響く。ダメだ。ヤツは厨房の壁の穴だって崩して抜けたし、このぐらいの隙間なら潜り込める。いずれここにもムリヤリ入ってくるだろう……


 俺っちは絶望的な思いで、隠れ場所を探して、あたりを見回した……



 そして見つけた。

 いや、正確に言うと、


 壁裏の隙間、普通のニンゲンの背丈ほどの高さ、何かが……。まるで風景を切り抜いたような、見えないモノが、あそこにある。のネズミでない部分、ニンゲンであるの、追い詰められた知覚が、突然、真実をに告げた。


 理屈は判らないが……

 あそこに、ネズミには見えないモノがある!

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