ぼくのかんがえたさいきょうのじゅもん
そして次の休み。決戦の日がやってきた。
今日は俺の他は教会関係者しかいない。マヌーはアイロンがけが忙しいそうだし、リーズはベソかきながら書き取りの練習だ。
場所は厨房。あれから新たに発見されたネズミ穴の前だ。鏡がわりの立てかけた包丁の前で、俺は手製の黒い着ぐるみをはおる。紐でできた尻尾もある。ネズ耳カチューシャを付ければ見かけは完成だけど、最後に最も重要な仕上げをしなきゃな。
俺は深呼吸して、頭にイメージを思い浮かべながら、自作の呪文を唱える準備をする。これは『魔力のないクライン君は普通の魔法は使えないけど、集中するためには呪文は必要だと思うよ~』というコテコテさんのアドバイスに従い、イメージを明確にするために作ってみたものだ。正直言って、ノッてしまった。楽しかった。
あこがれの「魔法の呪文」だもんな!
オリジナル呪文は、俺をネズミと認識したエレナさんがいない場所でも、パワーを使えるようにするための工夫もしてる。
もちろん、
と、ということに、したい。
なので、以上のことを考慮して完成した、『ぼくのかんがえたさいきょうのじゅもん』が、こうだ。
「
さて、初めて人前で披露した効果は……?
「うわっ、本当に変身した!」
背後から、イケメン聖官の驚いた声が聞こえる。
「すごいね~クライン君、ネズミそのものだよ!」
そう、かな……?
いつもの酔ったような感覚と、不思議パワーに接続したような感じはするので、こっそりやった練習のときと同じようにスキルの発現はしているのだと思う。だけどネズミそのものになったような気はしない。
俺っちは自分の手足や身体をよく見てみた。量販店で買ったものよりチープだった着ぐるみが、すごくリアルなタイプに変わったよう気がするだけだ。他人には違って見えるのかな? 磨いた包丁の鏡をのぞくと、むき出しの頭部はそのままだが、顔にはそれっぽい長いヒゲが何本もあり、鼻が黒く、少し出っ歯だ。頭上の耳は本当に生えているように見えるし、ピコピコ自分で動かせる。
えっ、何だか俺っち、すごくハンサムじゃね?
そして。
外見はともかく俺っちの知覚は、ネズミそのもの、というか、ネズミならこのくらい
VRゲームの透かし表示がごとく浮かび上がる、
これはもう、ネズミ魔法と言っていいんじゃね?
感じることは、他にもある。厨房はギラギラと明るく、うすら寒く、ヒトの匂いがするのがとても不安に思える。その反対にネズミ穴の中はほどよい明るさで、ほんのり温かく、安心する匂いがする。
ヤツらの存在も、ぼんやり感じ取れる。魔熱カマドに軽く火を入れてもらったので、いまは暖を求めて屋根裏に集まっているようだ。数は5匹ぐらいか。後で誰かに上がってもらえば、ヒトの気配を感じたヤツらは移動するだろう。その前に別の場所にワナを設置だ。
それにしても……
さっきから、気になってしょうがないものがある。ネズミ除けのお香が入った箱と、皿に盛られた毒ダンゴの山だ。お香はものすごくイヤな感じがするが、ダンゴは……
俺っちがふだん食べてるのは、パンとかスープとかテキトーなもので、屋台グルメとかしてみたいと思ってるけど、今は忙しくて行けてない。だけど、そんな俺っちでも、これって……
ああ、なんて
よだれを垂らしながら、俺っちはふらふらと皿に近づき……
はっ、いかんいかん!
危うく毒を食らうところだっ……うわっ、なんだ⁉
俺っちは急に、尻から空中にジャンプした。いや、尻尾をつかまれて吊り上げられた! ヒトの顔の高さまで持ち上げられて、ブラブラ揺れながらコテコテさんと目が合う。この聖官が俺っちをその手で吊るしたんだ。酷い!
「チュー! 何すんだよ!」
「いやぁ~危なかったねえ~ 君、危うく毒を食らうところだったよ」
あああああっ、
「知ってるよっ!」
俺っちは身をよじってイケメンの魔の手から逃れると、スチャッと床に着地した。
「もう大丈夫ですからっ」
ちょっと危なかったけどな。
もし俺っちが頭の芯までネズミになっていたら、今ごろ死んでた。正気を取り戻すことができたのは、変身が完全ではない自覚があったからだろう。
俺には、小さなニンゲンとして15年間生きてきた実績がある。その、俺と俺以外のヒトも含めた認識が、ストッパーになったんだと思う。たぶん。
フェアリーを演じてるときも、性転換はしてないもんな!
俺っちは前世で、魔法で他の生き物に変身したのはいいが、元に戻れなくなってしまった、という物語を見た覚えがある。いやホント、チューいしないと。このパワーのデメリットだな。そのうち何か対策が必要だっチューの。指さし確認とか。
「……行きます!」
俺っちは気合を入れ直し、ふたつの小さな袋を引きずって、ネズミ穴へと突入した。
ロウを塗り込んで匂いをシャットアウトしているこの小袋には、お香も毒ダンゴも数個しか入らない。もっと大きい袋だと重すぎて動かせない。この袋は、エレナさん以外の普通の女聖官たち、つまり、熟女シスターズの手作りだ。
これから、この袋を引きずって厨房とナワバリを何度も何度も往復するツライ作業が待っている。
ああ、オレ専用の魔包グッズが欲しい……
オルゲン座長や占い師のドロシィさんは携帯用のを持ってるんだよな。魔付ボタンがオシャレな、財布ぐらいの大きさで、リュックぐらいの荷物が詰め込める魔包ポーチ。手を突っ込んで自在に持ち物を出し入れできる。
うらやましい。
現代日本の金銭感覚だとポーチで軽自動車ぐらいの価格か。容量が倍になるとお値段10倍だとか。高いけど、そういうグッズがあれば、そして俺っちのサイズの商品があれば、こんなとき役に立つのになあ。
それから、1刻、つまり2時間ほどして……
俺っちは、超巨大ネズミに追いかけられていた。
「どうしてこうなった!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます