会議で踊れ

「これより、ネズミ駆除作戦会議を行います!」


「おー!」


 俺が高らかに宣言すると、ゴブリン幼女のリーズがピシッと敬礼して応えた。前世日本の有名コメディアンの決めポーズに似てる敬礼ポーズだ。どこで覚えたんだそんなアクション。ノリノリで手伝ってくれるのは嬉しいが、今日はドロシィさんから読み書きを習う日じゃなかったのか。あのヒト、サボると怖いぞ。


「まあ、これも研究の一環だしね~」


「たるいニャ、眠いニャ」


 いっぽう、イケメン聖官とケットシー族はテンションが低かった。コテコテさんはドレス着てない俺が不満だから、だったらヤダなあ。マヌーの野郎は正常運転だが、文字通り猫の手も借りたいから文句は言わない。


「みなさん、よろしくお願いします」


 そう言いながらお茶と焼き菓子を用意してくれてるのは、この教会付きのシスター、地味な黒衣がかえって色っぽいエレナさんだ。おととい、俺はこの清楚な妙齢美女に殺されかけた(笑)。きのう、俺はコテコテさんを通じてネズミ駆除の奉仕を申し出た。そしたら彼女は、食いぎみに全面協力を了承してくれたそうだ。


 ここはコテコテさんが居候いそうろうしている客間。秋も終わりなので、もう魔熱ストーブを出している。壁に貼ってあった妖精のスケッチはようやく外してもらえた。テーブルに広げた紙の上で、俺は羽ペンを背負っている。前もってエレナさんに書いてもらった教会の間取り図に、これから作戦を書き込むつもりだ。この世界はまだ黒板とチョークを知らない。


「エレナさん。まず、ネズミが出現した場所を教えてください」


「ここです! このあたり!」


 細い指がくるりと輪を描いた。……すみません、恥ずかしながらそこは俺が出現した場所なんですぅ。

 

「え、えーと、他には?」


「そうですねぇ……」


 コメントを付けながら、エレナさんは次々と図面の各所を指さす。ネズミそのものを見た(俺だ)のは一昨日が初めてだそうだが、食べものや石鹸に残る咬みあととか、粒コショウみたいな糞とかの状況証拠は、いつも見かけるとのこと。何年も前に大工さんの信者が、外壁にあったネズミ穴をふさいでくれたそうだが、あまり効果はなかったという。


 俺は背中に装備した羽ペンをスチャッと抜き、インク壺に浸し、コメントに従って小走りで図面に書き込む。漬け過ぎたインクがポタポタとたれる。粗相しているみたいで恥ずかしいが、これぐらいの加減でないと非力な俺のちからでは上手く書けない。この世界の紙はまだ繊維が粗いからな。


「ではマヌー先生! 敵の本拠地はどこらへんになるとお思いでしょうか!」


「うにゃ? ……まあ、このあたりじゃニャいかな」


 デカ猫の短い指と長いツメが指したのは、カマドの煙突にほど近い屋根裏の一部、厨房の片隅、そして、この……


「ひぎゃ! インクが手についたニャ!」


 マヌーは黒板消しみたいなインク吸取器ブロッターに、あわてて手のひらを押し付けた。何やってんだ。


「えっ、ここかい~」


 コテコテさんが不安そうにあたりを見回した。


「やっぱり……! 私、この部屋でネズミを見失ったんです」


 ごめんエレナさん、それも俺。怖いから貴方に打ち明けるつもりはないけど。ちなみに、俺がフェアリーを演じてたことは言ってある。怒られたりしたら嫌だなあと思ったがそれはなかった。かなり驚いてたけど。


「あいつらの匂いがする、その本棚の裏側あたりが怪しいニャ」


 マヌーが部屋の隅を右手で指さした。偉そうな態度だが、左手にはプロッターをまだ持っている。肉球のスタンプがついてしまってるぞ。


 イケメン聖官とシスターが重い本棚をズラしてくれたので、俺はホコリの舞うその隙間に入ってみた。そこにはデカ猫の予想通り、ネズミの糞と、壁にいたネズミ穴があった。

 俺の足の親指ぐらいの大きさの糞を蹴飛ばしながら、おそるおそる穴の中を覗きこんで見る。暗くてよく見えなかったが、どうやらこの壁はなぜか二重壁になっているようだった。ネズミどころかケットシー族が通れるほどの内幅がありそうだ。


 よし、次は。


 テーブルの上に戻してもらって、俺は大まかな作戦を披露した。基本は、火事の危険を避けるために火をつけないネズミ除けのお香と、魔法小麦の粉に殺鼠剤さっそざいを混ぜた毒ダンゴ、このふたつを大量に設置することだ。毒ダンゴを作ってもらうのに人手がいる。


 俺の説明を聞いて、コテコテさんがタメ息をついて言った。


「はあ……そうか、安心したよ~ ネズミと戦うわけじゃないんだね」


「当たり前じゃないですか。たぶんヤツらは数が多い。多少ケンカが強くなったとしても、ひとりで冒険者ギルドに殴り込みに行くみたいなこと、怖くてできませんよ」


 ネズミは警戒心がすごく強いから戦わずに逃げるだけ、という話を前世で聞いたことがあるが、俺には実際に自分が襲われているという過去がある。この世界のヤツらは狂暴なのかも知れない。まあ、今の俺には、ネズミのスキル以外にも奥の手があるけどな。コテコテさんとの研究の成果だ。でも、それを使わないで済むことを願いたいぜ。


 あれっ、これってまさかフラグってやつ?


「俺の強みはですね、ヤツらのナワバリのド真ん中に毒を置けること、その周りを封じるようにお香を置けること、そしてそのあと、死骸が腐る前に回収できることです」


 ひょっとしたら、俺がナワバリに立ち入っただけでナーバスなヤツらは、あっさり引っ越ししてくれるかも知りないが、それならそれでお香だけ置いておけば作戦は成功と言えるだろう。

 それで俺自身が満足するのか、と問われれば、もちろん、と自信をもって答えられる。俺しかできない「戦いかた」には違いない。そして、ネズミに毒を使うのは、冒険者を衛兵に通報するのと同じくらい、卑怯じゃない。


 もちろん、ヤツらは違う意見を持ってるだろうけどね!


「なんだかネズミさん、かわいそう」


 焼き菓子をボロボロ食べこぼししながら、リーズがハイエルフみたいな面倒くさいことを言いだした。俺が何かを言う前に、エレナさんが優しく語りかけた。


「貴方がいま食べているお菓子は、輝きを拝するかたがたからの貰い物だけど、そういうものもネズミに食べられたことがあるのよ」


「えっ、ネズミゆるすまじ」


 ゴブリン娘の眉尻がキリッと上がる。よし、その意気だ。

 さあ、みんなで、楽しい楽しい「毒ダンゴこねこねタイム」といくか!



 そして次の休み。決戦の日がやってきた。

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