世界は、俺に便利なようにはできていない。

 サイズ差のある妹、リーズ。

 その行方を求めて命がけでハイエルフと「対話」した、その夜……


 結局、夜行便の乗り合い馬車はなかった。駅ごと閉まっていた。


 ……ハイエルフが来襲したせいかも知れないけど。


 駅には待合室の建物があって、俺たちはそこで休むことにした。マヌーは倒れこむようにベンチで丸くなった。


 カギ? には無意味だ!


 たぶん俺たちが、最初に旅立つ。他の仲間は、やはり乗り合い馬車に乗ったり、隊商に交じったり、知り合いを頼ったりして、カキュー的すみやかにこの町を離れるそうだ。


 眠れないかと思ったが……それでも、やっぱり疲れていたんだろう。寝息を立てるデカ猫の腹にもたれているうちに、いつのまにか俺も寝ていたのだった……


 寝てすぐ、なんだか大騒ぎで馬車の一行が近くを通り過ぎたような物音がしたが……

 こんな真夜中に自家用馬車で出かけなきゃいけないなんて、誰だか知らないけど大変だな~と夢うつつに思っただけで、俺はまた眠りについたのだった……


 朝。雪も止み、冬の晴れた日になった。


 俺はネズミに変身してタダ乗りする予定だけど、マヌーはそう行かない。起こしにきた駅員さんに、夜中に侵入したことを平謝りに謝って、やっと馬車に乗れることになった。運賃を多め(笑)に渡したのと、ハイエルフに因縁つけられて焦っていたと話したことが良かったんだと思う。それにしてもマヌーはいいヤツだ。


 俺はどうして、マヌーを少し苦手に思ってたんだろう?


「朝メシ、食ってくニャ!」


 マヌーがそう言って、俺を旅チョッキの前ポケットに入れた。待合室の建物の別棟では食べ物を売ってる。ポケットから、ほんのちょっと顔だけ出して様子を見るが、売り台は立ったマヌーの肩(が、ある辺り)の高さにあるので、俺にはよく見えない。


 世界は、俺に便利なようにはできていない。


「朝イチだからたいしたモノは売ってないにゃ~ ドライフルーツとか、ナッツとか。いちおう買っとくニャ。あと、紙包みの……これ何かニャ?」


 デカ猫マヌーは前足、じゃなかった両手を売り台にかけ、少し背伸びして、俺に聞こえるように言ってくれた。


「王都で流行りの、ハム挟みパンだよ。半額でいいよ」


 店員らしきおばさんの声に俺は食いつき、小声で叫んだ。


「あっ、それっ、たぶんサンドイッチだっ! それ買ってくれ!」


「さんどいっち……? これも、もらうニャ。あと、水筒に水を入れてくれニャ」


 待合室の隅で、俺たちはサンドを分け合って食べた。


「クライン、お前の身体のどこにそんなに入るにゃ?」


「おえいお……ごくっ……俺にも判んないよ」


 魔意味ミームに目覚めてからの俺は、一日に身体と同じぐらいの量を食べる、と言うか、食べられるようになった。

 サイズ差を考えると大食いアスリートもびっくりの超大食いだけど、痩身ガリのまんまだから不思議だよな。


 変身にはカロリー使うのかも。


 サンドは、やっぱり魔法小麦のパンで、ナンみたいな感じで、豆か芋の香ばしいペーストをちょびっと塗ってあり、うっすいハムとエキゾな匂いがする葉っぱが挟んであった。少しモソモソしてるけど、こういのがいいんだよ。


 前世ぶりのサンドで、変わった味で、美味うまいけど……


「美味いけど、ハムが薄いニャ。半額じゃなかったら買わないニャ」


 目を細めて肉球をペロペロ舐めながら、マヌーが言った。このツンデレ猫め。俺もこのハム薄いと思うけどさ。


 ……リーズ、ちゃんと食べさせてもらってるかなあ。



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 空の彼方、雲の中。


 金銀ハガネ大理石とカラクリが織りなす、神殿にも似た巨大な建物群が美しく絡み合う、荘厳なる空中都市、パラディースアウフ・ヒンメル。


 美しきハイエルフ様たちの都。


 馬無し馬車の飛び交う、その一角。

 とある尖塔の最上階、光あふれる庭園の雰囲気をたたえる広い部屋に、ゴブリン族のブ、リーズは眠っていた。巨大な天蓋付きベッドの中央、まるで小さな人形のように、静かに。


 ときおり、口元だけ開いた銀の仮面をつけたメイドたちが何名も現れる。ヒト族の彼女たちは、リーズの白い肌を拭いたり、その長い金髪を優しくいたり、幼女に繋がった沢山の細い管の接続を確認するのだった。


 また別の尖塔にある、とある部屋。


 そこはリーズの眠る部屋とはまた趣きが変わり、うす暗いなかに半透明の動く絵画と不思議なカラクリが立ち並ぶ、劇場にも似た広大な部屋だった。銀の仮面をつけた数人のヒト族の技術者が、まるで操り人形を踊らせるかのように指を動かし、動く絵画を操作していた。


 もしクラインのように異世界ニホンに縁のあるものが見れば、その部屋を「うちゅうせんかんのしれいしつのようだ」と表現するかも知れない。


 その部屋の、ひとつの動く絵画に、とある光景が写し出されていた。それは、クラーニヒに殺された紅の騎士クリムゾンが、魔道具やスキルを通さずに、ヒト族の生きた眼球で見た光景だった。


 半分に折れたベッドの下、ぼんやりと白いが見える。その形は、技術者たちがいくら絵画を分析しても、はっきりと分からなかった。無理もない。死にかけの身体が捉えた姿なのだから。そして、彼の今際いまわのかすかな呟きが、その頭に埋め込まれていた魔道具に、光景と共に記録されていた。


『……人形?』



「これで、はっきりしました」


 技術者の作業を見守っていた、ひとりの美しきハイエルフ様が言った。その姿はクラーニヒによく似通っていたが、それ以上に美しく、より威厳を備えていた。


「調査員クラーニヒの報告と照らし合わすと、賊はやはり、わたくしたちの知覚や探査魔道具を阻害する魔道具を持っていた……数字で呼び合う者たちの生き残りですね。彼らの中には、優れたゴーレム使いがいたという記録が残っています。ナンバー18とは、その後継者たる『ドール・マスター』に間違いありません」


「「「ドール・マスター……」」」


 仮面の技術者たちは、ざわざわと主人の言葉を繰り返した。


 様々なゴーレムを造るゴーレム使いの中でも、最高位の称号、それが、ドール・マスターだ。そのちからを極めた者は、ヒトを模した小さなゴーレムを造ることができるという。たとえば、『人形』のように。


「クラーニヒに辞令を。選別の指輪及び女王候補を発見した功績と、その経験をかんがみ、地上における全権の特滅官とくめつかんに任命します。ナンバー18ことドール・マスターと、その仲間に、慈悲深き浄化を!」


「「「慈悲深き浄化を!」」」



>> small size >>



 心配していた車酔いだったが、ネズミに変身していると平気なことが判った。は荷物の山から抜け出して、馬車の屋根によじ上り、移り行く風景をのんびりと楽しんだ。常緑樹の並木を抜け、枯れた草原を走る乗り合い馬車。


 ちょっと寒いけど、風が気持ちいい。


 今まで移動するときと言えば、木箱の中でずっとゲーゲー吐いていたからなあ…… 車内のマヌーは寝ているようだった。


 田舎道とはいえ、ときどき別の馬車や、むちゃくちゃ積載オーバーの荷馬車がすれ違う。もしあれだけの荷物を魔包グッズで運んだら、設備投資がハンパないなよ~

 くつろぐ俺っちに気づくヒトもいて、けげんな顔をするのも面白かった。子どもは俺に手を振ってくれた。


 晴れた冬の日。空が高いなあ。ん、何か光った? ……伝書鷹か。前世にいた伝書鳩の5倍くらいデカい。光ったのは足につけてる手紙筒だな。あれには教会や馬車と同じような魔物除けの結界が付いてるんだよな。


 その、空の景色が、ふいににじんだ。


 ……ああ、家族を失くしたのはまだ、昨日のことじゃないか。自分の心に、誰かがささやいている。そんなにすぐ気持ちを切り替えられるなんて、お前はなんて情の無いニンゲンなんだ、食い物を楽しんだり、のんびりしたりする資格が、余裕が、今のお前にあるのか、恥ずかしくないのか、と。


 いや。


 は知ってる。そんな風に自分を責めることを、の家族は喜ばない。は、そう、とうかあのぶんも美味いものを食って、旅を楽しんで、大きくなって、そして、ちょろっとリーズを助けるぞ。


 とっとと出ていけ、の中の、醜いハイエルフ野郎!




 ツーフェの町を出発してから、その日のうちにふたつの町を経て、ザルギッタという村に着いた。酪農の村だ。今夜はここに泊まる。やっと落ち着ける。


 そしたら……


 マヌーにを見せてやるぜ!


 ……壊れてたら、ごめんよ。

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